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 それから一年が経ち、私はついに王国の騎士団に入団することになった。ナイツナイツ家での修練と、ノラとの戦いで鍛えた私はメキメキと頭角を出し、ナイツナイツ家の名前もあって当時の騎士団長、大陸一の槍手と謳われたサギタ・ラン・ヘイナメの直弟子となることが許された。


「よろしくお願いいたします。ナイツナイツ家が長男、エクス・ナイツナイツです」

「こちらこそよろしく頼む」

 サギタは初老の男で、いかにも武人然とした人だった。その立ち振る舞いはまさしく私の理想とする騎士であり、一目で彼のことを尊敬した。


 そして初めての訓練で、私は完膚なきまでの敗北を味わった。槍手サギタの神速の槍技。それを前に私はまともに槍を振ることすら敵わなかった。

 だがサギタ師は私にこう言った。

「その齢で、()()()()()才でこれほどの槍を使うか。しかもナイツナイツ家の型にはまった武技だけではない。実のあるいい槍を使う」


 実のあるいい槍。そんな槍を使えるようになったのはきっとノラとの戦いを重ねたおかげだ。

「ありがとうございます」

 だから私は心の中でノラに感謝をし、騎士団の寮に入ってサギタ師との訓練と騎士団の職務に励んだ。



 騎士とは武技と精霊術の両方を使える者のことを指す。ナイツナイツ家では体内に存在する無色の精霊による、肉体強化を基にした武技を重視していたが、騎士団に入団した時点で初級とはいえ精霊術も扱えるようになっていた。

「精霊位階に存在する精霊を操り、物質位階に干渉するのが精霊術。しかし精霊は一部の魔眼を持つ者以外には見えない。故に行使するのは難しい」


 当時の騎士団長であったサギタ師は当然の如く、精霊術にも秀でていた。サギタ師の教えてくれることはいつも実戦に即していて、分かりやすかった。

「難しいからこそ、精霊術士という精霊術を専門に扱う者たちがいるのだ。だが騎士は精霊術と武技を同時に使わなくてはならん」

「ならどうすればいいのでしょうか」

「武技と一緒だ。体に刻みこむしかない。槍を振るいながら、あるいは剣を振るいながらも頭は精霊術のことを考える。相手の一挙一動を観察しながら、精霊を己のもとに手繰り寄せる。その感覚を身につけなければならない。そして優れた騎士は皆この感覚を得ている」


 ただまぁ、とサギタ師は続けた。

「私が先ほど言ったのは戦闘における騎士だ。これから私が言うのは騎士としてのあり方。騎士としてあるべき姿。騎士道についてだ」

「はい」

 私はサギタ師の言葉に深く頷いた。



 騎士団に入って半年。サギタ師の訓練は熾烈を極めた。師の直弟子は私一人。途中何人かの騎士が弟子入り志願してくることもあったが、皆一日訓練に参加しただけで諦めた。それほどまでに異常な密度の訓練だった。

 しかし私にとってはそんな環境が心地良かった。師に槍をかすめることすらできずとも、手足が動かぬほどしごかれても、日に日に強くなっていく自分を感じるのは得難い幸福だった。


「エクス。お主には才能はない」

「はい」

 師の言葉に私は頷いた。それは何より自分が理解していることだ。弟のノラ。師のサギタ。二人は紛うことなき天才だ。武技に愛され、武技を愛する資格を備えた者たちだ。彼らに比べれば自分など、ただの努力を重ねた秀才でしかない。

「しかしお主は努力を積み重ねることに関しては天才だ」

「…はい」

「精進せよ」

「はっ!」


 二人きりの修練の日々は続いた。私は槍と精霊術の訓練に夢中になり、まともに家に帰っていなかった。

 そんな折、私に縁談が舞いこんできた。


   *


「私に…ですか?」

「らしいな。相手はアンメルン家の長女フーラ・アンメルンだそうだ」

 サギタ師を通じて父の言葉が届けられた。アンメルン家。ナイツナイツ家同様、平民身分で古くから王国に仕えている家系だ。そのためか、アンメルン家とナイツナイツ家は仲がいい。昔から何度も交流があった。

 だからフーラ・アンメルンとも知り合いだった。私とは違い、槍よりも花を愛する女だ。栗色の髪をした、穏やかな人。


(確か、フーラ殿はノラと仲が良かったはずだ)

 武人気質のアンメルン家で、花を好むフーラは浮いた存在だった。はずれ者同士だったか、それとも違う理由か、ノラとフーラは親しげであった。


(ノラは、息災だろうか)

 最近全く思い出すことのなかったノラの顔を私は思い浮かべた。



翌日、私は一年ぶりに生家に帰ってきた。家の者たちは騎士団長サギタの直弟子になったことを喜び、「ナイツナイツ家の麒麟児ここにあり」とはしゃいでいた。

一族総出の出迎え。だが私の心は波一つ立てることはなかった。称賛も絶賛も欲しいとは思わない。サギタ師の弟子になれたことは嬉しいが、それ自体は誉れではないのだ。大切なのは己の武技を高めること。弟子である地位には何の価値もない。


 ただ一つ、私が気になったこと。それは出迎えの中のノラの姿がないことだけだった。



「ノラは今どうしている?」

「えっ」

 久方ぶりの自室で、世話役のメイドに尋ねた。含むところのない純粋な問いだったが、メイドは明らかに狼狽した。


「そ、それはその、あの」

「言いにくいことか?」

「…はい」

 何があった。問い詰めたい気持ちは大きかったが見合いはすぐだ。時間がない。仕方がなく、私は家の広間へと向かった。


   *


「お久しぶりですね。エクス様」

「あぁ。貴女も壮健そうで何よりだ」

 ナイツナイツ家の広間。小奇麗に飾られた部屋で私はフーラと再会した。長い栗色の髪に穏やかな表情。戦士ではなく、内助の妻を体現したかのように彼女は成長していた。


「ミーラも。相変わらずのようで何より」

「あぁ。エクスも相変わらず厳つい顔だな」

 アンメルン家の者たちが一斉にため息ついた。だがミーラはどこ吹く風と、不敵な笑みを浮かべている。ミーラ・アンメルン。私がこれから見合いをするフーラの双子の妹だ。

 動きやすいよう、短く斬り揃えられた栗色の髪に勝ち気な表情。顔の造りはフーラとうり二つだが、受ける印象はまるで違う。

 今回はフーラの護衛役ということだろうか。ミーラは礼服を身につけてはいるが、腰には剣を佩いていた。懐に短剣しか仕込めていない私とは大違いだ。


「かははっ。しっかしホントに顔ごつくなったなぁエクス。おっさんみたいだ」

「失礼だな。私はまだ14だ」

「知ってるよ。私だって14歳だ」

「ミーラ。控えなさい」

 話していると、アンメルン家当主、ミーラとフーラの父が口を開いた。「はーい」と言って、ミーラはすんなりと引き下がる。


「んじゃ。選手交代っと」

 長机に向かい合って私とフーラは雑談に興じた。ナイツナイツ家もアンメルン家も貴族に近い権力を持つが、貴族ではない。だからこれは貴族の真似事だ。

 内心うんざりしながら私はフーラと言葉を重ねる。どうやら上手く取り繕ってはいるが、フーラもこの縁談に乗り気ではないようだ。細かな仕草、言葉の随所からそれが伝わってくる。

 とはいえ、両家の間で話がついている以上、この縁談は結ばれることが決定したようなものだ。見合いは二時間ほどで終わった。その最後に父がこんなことを言い出した。


「せっかくだ。久しぶりに帰ってきた私の一人息子と、私とで腕を競い合ってみよう」

「一人息子?」

 ノラはどうした。そう思ったが、父は私に口をはさませぬように早口にまくしたてる。

「どうだエクス。一年ぶりに」

「…分かりました」

 結局、アンメルン家の者たちを見学にして、かつて毎日のように使っていた修練場で私と父との模擬戦をすることとなった。



「ふふ。こうしてエクスと武器を構えるのも久しぶりだな」

 修練場にて。父は軽鎧を身につけ、愛用の剣を構えた。私も家の槍を借り受け、軽鎧を纏って構える。そして強い違和感に襲われた。

(なんだ…?)


 かつては遠い存在に思えた父。結局家を出るまで私は一度も父に勝てなかった。

 遠い存在に感じるのは今も同じ。だが立場が逆だ。


「では始めるとしようか」

(隙だらけだ)

 悠然と構える父。昔は余裕の表れに見えたそれが、今では単なる油断にしか思えない。


「はぁっ!」

 気勢を上げて斬りかかってくる。遅い。私は体内を巡る無色の精霊を操作。一瞬だけ全身を強化する。

「しっ!」

「なっ!」

 振り下ろされた剣に合わせて、下段気味に構えた槍を振り上げる。私の槍が父の剣の側面を撫でるように動き、剣の軌道が乱れる。

 乱れた剣に力はない。私は即座に石突で真横に薙ぐ。あっけないほど簡単に、父の剣はその手から離れた。


 ヒュゥンと音を立てて槍の刃を首筋に当てられた父は、呆然としていた。何が起きたのか理解できないといった様子だ。それを見ていた

「わ、私は…」

「これでよろしいでしょうか」


 離れてみて分かるものがある。質実剛健と実力主義を謳っていたナイツナイツ家は、貴族を真似た古い慣習に固執し、指南書通りのことしかできない一族だった。お行儀のいい優等生を作ることはできても、飛びぬけた才能を潰してしまう家だった。

「ノラはどうしました?」

「ノラ、だと」

 槍を父に突きつけたまま、私は問う。父はノラの名前を聞いて、顔色を赤くした。


「あんな男のことは忘れてしまえ!あいつは…」

「俺がどうしたって?」

 ザラリとした声が聞こえた。まさか。そう思いつつ、私は声のした方を振り向く。


 そこにいたのは目つきの悪い男。裾のほつれた寸足らずの衣服を身につけ、ボサボサの髪をした男。私はその男のことをよく知っていた。

「ノラ、か?」

「そうだよ。…兄貴」

 不遜な笑みを浮かべて、ノラが答えた。



 私は槍の穂先を父から外し、構えを解く。ノラは両手をズボンのポケットに入れ、がに股で歩く。

「何をしに来た貴様!」

 私の後ろで父が吠えた。だがノラはニヤニヤとした笑いを浮かべるばかり。


「何があった、ノラ」

「何もくそもねぇよ」

 代わりに私が聞くと、ノラは不機嫌そうな顏をした。


「あんたが出て行って、俺も家を出て行った。そんだけだ」

「それだけ?なぜ…」

「だから!」

 ダン、とノラは地面を強く踏みつけた。よく均された修練場の地面に薄い亀裂が入る。


「あんたのいないんじゃ、このくそったれの家にいる価値がねぇってことだよ。上っ面だけ取り繕って、意味わかんねぇ慣習だのなんだのに振り回される生活にイヤケが差しただけだっての」

「そうか」

 ノラの言葉には嘘はなかった。言った言葉のまま。ノラからはナイツナイツ家に対する嫌悪感だけがあった。

 私が家にいた時に気づけなかった。まさかノラがそんな思いを込めこんでいるなんてことは。言葉を失う私の代わりに、父がやかましくもがなり立てる。


「ならばなぜ帰ってきた。貴様はすでにナイツナイツ家の人間ではない。とっとと出て行け」

「うっせぇ黙ってろクソじじぃ。俺は兄貴以外と話すつもりはねぇよ」

「貴様…」

 チラリと背後にいる父の方に目を向ける。顔を赤くして、目を血走らせている父が正気であるとは思えない。一体何が父をそこまでさせるのか。家柄に対する自負とそれをないがしろにしたノラへの怒り。当時の私にはそれが分からなかった。


「そうであれば私が聞こう。ノラ。何故にここに来た?お前にとってもここに来るのは嫌なことではないのか?」

「あぁ嫌だね」

 ノラはペッと修練場に唾を吐き捨てた。いきり立つナイツナイツ家の人間たちを威圧だけで押さえる。


「おぉ、こえぇこえぇ。兄貴やっぱりクソ強くなってんだな」

「そんな戯言はどうでもいい。用件を言ってくれ」

「戯言、ね。俺としちゃ結構大事なことなんだけど、まぁいいや」

 ノラはボサボサの髪を掻き混ぜ、腰に巻いたベルトから二本の剣を抜いた。


「聞いたぜ?兄貴今度フーラと結婚すんだろ?だから俺からも餞別を送んなきゃって思ってさ」

 持った二本の剣はどちらも業物に見えた。灰色の刃は太陽の光を浴びて鈍く輝く。

「ほら、丁度俺と兄貴の勝敗が200勝200敗で止まってたろ?だから勝負しようぜ」


「勝負、か」

 勝負という言葉を言う時だけ、ノラは年相応の少年に見えた。こだわり。執着。そんな言葉が頭をよぎる。


「分かった」

「おっ!いいねぇさすがは兄貴。それでこそ俺の尊敬する兄貴だ」

「エクス!そんな犬畜生に構うことはない!誰か!誰かこいつをつまみだせ!」

 犬畜生とは中々ひどい言いぐさだ。父の言葉を無視し、私はノラに向かって槍を構えた。以前と同じ心臓狙いの構え。それを見たノラは嬉しそうに目を細めた。


「…ほんと、兄貴のことは尊敬するぜ」

 ノラもまたダラリと体を倒し、腰だめの姿勢になる。剣はもちろんの如く逆手持ちだ

「行くぜ?」

「いつでも来い」

 私が言葉を言い終えると同時に、ノラは私に向かって跳びかかってきた。

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