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第二章/合法ドラッグー市販薬のOver doseー

 さまざまな医薬品に頼り始めて、しばらく月日が流れた、とある日の晩。


 私は、机上に鎮座させているパソコンの画面を眺めていた。

 そして、偶然にも、ある情報を目に入れてしまったのだ。





○○○○○○





「会社怠いな~……」


 マウスを弄り画面をスクロールさせながら、思わず呟いてしまう。

 

 苦手な上司のイビり、ひょろい肉体に似合わぬ肉体労働、ここ最近の残業ばかりの日々……数々の悩みのせいで、精神的に有効だとされているウットを飲み込んでも、不安な気持ちは収まらない。そして、何だか気力も湧かない。


「ん?」


 画面に映えるとある文字が目に入り、私はスクロールするのをやめた。


【脱法ハーブではなく、きちんと合法なドラッグ】


 そのような文に興味を抱き、私はサイトのタイトルをクリックした。


 ーーこ、こんなものがあるのか……。


 そこは、市販薬や処方薬を過剰摂取したりして、麻薬のような気分になれる方法などが記されたサイトだった。


「麻薬……か」


 最初に思い浮かんだのは、「ダメ、ゼッタイ」という薬物乱用防止啓蒙のPR文句だった。


 しかし、あれは麻薬だが、こちらは“麻薬みたいな物”だ。大分違う物だろう。


 ーー問題ないだろう。どうせ何もすることないんだから、やってみるかな……。


 私はサイトに乗っている情報を集め、そこから更に他のサイトに繋ぎ、さまざまなページから情報収集していった。




○★☆☆☆☆○




 翌日。残業帰り、私は再びドラッグストアに立ち寄った。


 理由は、サイトに記載されていた薬品をいくつか購入するためだ。

 同時に、同僚の奨めで、普段吸いもしない煙草も一箱買った。



 夜道を足早に歩きながら帰宅するなり、私は購入した“合法ドラッグになり得る物”をビニル袋から取りだし並べてみる。

 また、前に買っていたエスタロンモカとウットも引き出しから取り出した。


 これで、机に並んでいる物は……


・ブロン(咳止め錠)

・コンタックST(咳止めカプセル)

・ウット(鎮静剤)

・エスタロンモカ(眠気覚まし・除倦薬)

・煙草(ニコチン・毒物)


 の五つである。


『うわ、まーた何か買ったんだ。キモッ、おえっ』

(うるさいな~……これから現実を一時忘れ去られる麻薬代替品を楽しんでいくんだから、ほっとけ)

『チッーーそういう偉そうな部分も気持ち悪っ』


 私がいないときだけ、ルナはベッドの上に寝転がる。

 私がベッドに上がると、拒絶するかのように天井に逃げる癖に……。


 まあいい。

 予想どおり作れていないタルパについても、嫌になる仕事の事も、不安になる事も、きっと解消できるだろう。

 私はそう信じている。いや、そういう効果を持っていてくれ!


 私は祈るように、商品に手を伸ばした。





煙★☆☆☆☆草





 まずは、軽く煙草から吸ってみよう。


 市販されコンビニですら購入できる合法ドラッグ、煙草。

 煙草は薬物というより毒物に類されるらしいが、今はそんなことはどうでもいい。


 タール1ミリの一番弱い煙草ーーマルボロの箱からタバコを一本取り出して口に加えた。


 先っぽを狙い点火する。


 ーーたしか、深呼吸するように肺まで吸って吐くんだよな?


 点火しながらやや強く息を吸い、煙を肺までーー。


「げほっ! げっほげほっ!」

『ウケる! バカだ、バカがいるっ! ぷぷぷっ!』


 ーーなんだよこのキツさ!? 喉のイガイガ感、ヤニの不味さ臭さ、後味の悪さ、頭がクラクラするっ!


「げぇーほ! げほっ! ……はぁ、はぁ」


 笑うルナに返事ができないまま、とにかく咳込んでしまった。


 ーーこんな物、いったい全体、皆なにがよくて吸い続けているんだ!?


 なにも効果が感じられず、この“煙草”という物が存在している理由がわからなくなる。


 ーープラス効果がないどころか、マイナス要素しかないじゃないか!


 私は昔から有り、合法だが常用者が山ほどあるから、煙草の効果に対して意外にも期待していた。夢を膨らませドキドキしながら効果を予想などもした。

 だが……結果はこれ……。

 期待は裏切られたのだ。


 私は人知れずガックリと肩を落とすのだった。





ウッ★☆☆☆☆ト





 ウットと書かれている箱から中身を取り出す。


「ワンシートか……」


 情報を再三見て摂取する量を確認した私は、PTPシートの中に封じられている白く平べったい錠剤をすべて取り出し手のひらに乗せた。


 ーーさっきの煙草は残念だったけど、こいつは陽気になれるらしい! いざ!


 ウットを一粒ずつ飲み込んでいく。


 実は、まだまだ錠剤が上手く飲めないのだ。

 上手に嚥下(えんげ)できないのである。


 ようやくワンシートーー12錠すべてを飲み込み終えた。


 ーーこれで三十分くらいかな?


 私は寝ないようリビングの椅子に座ると、せっかく買ったのだからと、不味い煙草を無理やり吸いながら待つことにした。



ーー45分後。


 ーーこれは、効く!


 先ほどまで頭で燻っていた暗い気持ちは何処へやら。妙だが、明るい気分になれてランラン気分に変貌した。


 嬉しくて嬉しくて仕方がない。


 私は嬉しさを誰かに伝えたくなり、携帯電話を取り出す。


 ーー待てよ? 今は深夜一時過ぎ……こんな時間に掛けたら


 ーーとか言いながら、不味くないよーん!


 友人の番号に躊躇せずかける。

 しばらく鳴らしつづけると、『もしもし?』という声が聞こえてきた。


「やあ、Sくん! 楽しいねぇ人生って!」

[……は……はぁ? おまえどうした? 頭が壊れたのか?]

「ネジが数本抜けて、オイルが切れた頭にグリスを差したった!」

[……今何時かわかるよな?]

「一時十分でーす!」


 通話口の向こうから、怒り混じりのため息が聞こえた。


[ふざけんなよおまえ、明日も仕事なんだぞ]

「大丈夫大丈夫! 人生は薔薇色だ!」


 それだけ告げると、私はスキップしながら通話を無造作に切った。


「忍法、壁わたりの術!」


 廊下に立った私は、両手を左右の壁につけたままジャンプする。

 両足を広げて壁を抑える手足の力で静止しようとした。

 が、失敗して転けてしまう。


「ちょっとあんた、さっきからいったいなにしてるの?」


 母親が起きてきて訪ねてくる。

 不審に感じたのか、起こされたからか、細目で睨み付けてきていた。


「あ、あはははは! 寝るか~!」


 私は自室にドタドタと足音を立てながらダッシュで向かうと、布団に飛び込んだ。



 ーーそのまま、朝まで記憶が途切れてしまったのであった……。





エスタロン★☆☆☆☆モカ





 ーー昨日のウットの離脱症状……予想外に辛いぞ?


 片手で頭を擦り、くらくら目眩がするのを耐えながら、私は出社していた。

 鞄の中には、エスタロンモカの箱が入っている。


『バカなことやめたら? 見ててキモいしウザい』

(す、すんまそん……でも、まだ3つ残っているんだよ、実験用市販薬が!)

『はぁ……好きにすれば?』


 ルナからも呆れられてしまった。


 ーーこいつ、俺のタルパだよな? タルパって、要は俺の分身みたいなもんじゃないのか? どうしてこうまで冷たいんや……。


 不服に感じながら、会社の最寄り駅に到着した。


 ーーさて、実験パート3だ。


 エスタロンモカを六錠取り出すと、一粒ずつ口に入れていき、コーラでシュワシュワと流し込んでいく。

 なぜだか水やお茶、白湯で飲むより、炭酸飲料やジュースのほうが飲み下しやすく感じる。


 ーーさて、仕事大変だろうけど、カフェインパワーで頑張るぞ!



ーーおよそ一時間半後。


「すみません……動悸が止まらないうえ吐き気がします……」


 カフェインごときと油断していた。

 通常一回一錠、エスタロンモカ12でさえ一回二錠まで。つまり、一回200mgが通常の最大摂取量なのである。その三倍飲んでしまったからか、悪心と動悸、冷や汗が止まらなくなり胸が苦しくなってしまっていた。


「はぁ? いいよいいよ、トイレ行ってこい」

「すみません……」


 先輩に断ると、よろよろとした歩調でトイレに向かった。


 トイレに腰掛け、瞼を閉じてひたすら耐える。


 吐けば楽になるかもしれないが、嘔吐することにただならぬ恐怖心を抱いてしまう私は、どうしても吐くという選択肢ができず、結局三十分ほどトイレに籠る羽目になったのだった。





DXM★☆☆☆☆DXM





 大迷宮。ここは巨大で難度の高い迷宮だーい!


 自宅の廊下の真ん中で屈みながら、両手を前後左右にペタペタと動かし地形を確認する。

 どこだここどこだここ、どこここ、ここ、ここっここっどこ? まーろにぃーちゃんはでこにぃあるぅううぅぇ!?


 ーーヤバいヤバい吐きそう吐きそう!


『おーい、のーび○』


 いきなり国民的アニメの登場人物の声が、タルパの声のように耳に届いた。


 ーーどないしてジャイ○ン!?

 ーーあああ! コンタックSTなんぞODするんじゃなかったぁああああっ!!


 後悔しながら、よちよち一センチずつしか進まない小さな牛歩戦法で廊下を進み自室を目指す。

 こうなった原因は、つい二時間弱まえにデキストルメトロファンーー略名DXMが含まれている「1日二回で長く効く」というキャッチコピーがあったような気がする非麻薬性鎮咳剤を謳っている、咳止めカプセル『コンタックST』をODしたからにほかならない。



 最初は泥酔したかのように視界と足がふらふらぐらついた。

 布団に入ったが、未だかつてないほど強烈な嘔気(おうけ)に襲われてしまい、トイレに飛び込む羽目になってしまいーー1時間嘔吐しないよう耐えてから出ると、自宅が迷宮へと変貌していたのである。


 見た目は変わり気のない普段どおりの自宅の廊下。

 しかし、廊下から自室に向かうと、どうしてかリビングにたどりついた瞬間、再び、無意識で廊下を目指しているのかはわからないが、とりあえず廊下へと舞い戻ってきてしまうのだ。

 三回繰り返した段階で嫌な予感が頭を過り、耐えきれずに廊下に座ってしまった。

 しばらくして再チャレンジしようと自室を目指して出発ーーそれが、現状である。


 ーー廊下の真ん前の扉の先にはリビングがある。

 リビングにある扉を開けば、そこにあるのは、もう自室なんだ。

 迷う要素なんて皆無、なのに、なぜ……。


 屈みながらチマチマ進み続けてリビングに入ると、いつの間にか自室の扉を通り越してリビング中央に敷いてあるカーペットの中心を、ちまちまちまちまぐるぐるぐるぐる回っていた。


 ちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐらはらぐらころぐらころぐらころぐらころぐらころぐらころでしょう、は?

 ちま、ちまちまちま? ちなみに、ちなみに、ちなみに?


 ハッと意識を取り戻す。

 私は視界にある自身の鞄に手を伸ばした。

 鞄の中から急いでピルケースを取り出して、制吐剤ーーナウゼリンと余っていたウット1錠を取り出して口に含んだ。


 ーーみ、みみみ水っ!


 飲むための道具が無いことを思いだした私は、ふらふら立ち上がり冷蔵庫を開ける。

 一番最初に目に入った2Lのお茶のペットボトルをガチャガチャ音を立てながら取り出す。


 ーー今ここに見えた飲み物を掴まなければ、もしかしたら、飲み物をゲットするまえに四度目の廊下逆戻り現象が起こるかもしれない! 直口なんて気にしない!


 並々と入っているお茶のペットボトルのキャップを捻り外し、口に直接当てて豪快に飲み干していく。

 500mlほど飲み終わった私は、誰かに追われているような行動ーー視線を左右にキョロキョロ動かすなり、小走りで自室に飛び込むや否やベッドに入った。

 抱き枕を抱きし瞼を閉じる。


 ーーな、なんじゃぁああこれぇええええっ!?


 瞼の裏に見えるのは、キラキラに光る線と線で不規則にできた模様……万華鏡を覗いているかのような模様が現れたのだ。


 ーーえー!?

 ーー待って待って! 俺、360mg分のDXMしか飲んでいないのに、視覚にまで影響現れたのぉ!?


『の、ののの、のび○~。これ、シマッテオクゾォ……ぉぉ』

『アイスクリーム屋さん! メルシーのアイスクリーム屋さん!』


 視界を塞いだせいなのか安堵したせいなのか、幻聴がさっきよりも強く現れてきた。

 ジャイアン&しずかちゃんのデュエットだ!


 ーーダメだ聞こえるぅううう!


 両手で耳を塞ぐが、幻聴にはまるで効かない。

 むしろ周囲の雑音が消えるせいで、より鮮明に聞こえてしまうではないか。


 ーー仕方ない、もう、無理やりにでも眠ってやる!


 私は抱き枕を抱きしめながら布団を頭まで被ると、無理くり意識を落とすように努める。

 これが効を奏したのか、いつの間にか私は夢の世界へと旅立っていた。



 しかし、翌日中酷い目眩で視力が滅茶苦茶下がったような現象に悩まされてしまったが……。




 

BR☆★☆☆☆ON




そして、俺は最後の薬瓶に手を伸ばした。

                 ーー第三章へ。






●●●●●●


 




 途中でやめておけばよかったと思ってしまう、この、薬物乱用実験。

 せめて、せめてブロンにさえ手を出さなければ、違う未来もあったのかもしれない。

 ブロンを片手に握りながら、私は今でもそう考えてしまうのであった。

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[一言] 一応心配してくれるルナさんマジエンジェル
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