第一章/ゲートウェイドラッグー解熱鎮痛剤ー
薬物乱用の入門になる薬物といわれる、ゲートウェイドラッグと呼ばれる存在がある。
ゲートウェイドラッグとは、例えば覚せい剤の入口は大麻だとかシンナーだとか、大麻への入口は未成年飲酒や喫煙だとか、そういったものらしい。
それなら、私のゲートウェイドラッグは、単なる解熱鎮痛剤ということになってしまうだろう。
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私はいたく感動していた。
「す、すげぇ!」
なぜなら、先ほどまで悩まされていた涙が出るレベルの頭痛が、鎮痛剤ーー処方されたブルフェンを飲んだだけで、スラッと収まったからだ。
吐き気すら催すレベルだったのが嘘みたいだ!
こんなふうに、飲むだけで不調を回復できるなんて……どうして今まで薬に頼らなかったんだろう?
私は、過去に頭痛や歯痛を無理やり我慢するだけで堪えていた自分を、思わず叱りたくなってしまう。
ブルフェンーー成分名、イブプロフェンは、非ステロイド性の解熱鎮痛剤の一種である。別名、NSEIDSともいう。
これらは発熱から頭痛や歯痛といった数々の痛みに有効な、素晴らしきお薬……偏頭痛には無効なのがマイナス点だが。
それはロキソニン(ロキソプロフェン)でもバファリン(アセチルサリチル酸)でも変わらないだろう。
ーー頭痛を薬で治せるなら、他の自分の不利点も薬でカバーできるんじゃないか?
妙案だと考え、俺は翌日の仕事の帰り、早速ドラッグストアに寄ることを決めた。
(おやすみ、ルナ)
『……きも』
ルナーー一から作った、自分の為の自分にしか見えない自分への癒しとなる存在にと創造してきた空想的友人であるタルパ……のルナだが、当初に設定したおとしやかな性格など片鱗も見せてはくれず、天井に張り付き、なるべく私から距離を取りたいかのように構えている。
作り始めてから数年ーーようやく少しは容姿や声を可視化でき、会話もオート化しているというのに、ルナは望んでいたタルパから大きく離れた存在と化していた。
返答は『キモい』『ウザイ』『死ねば?』が九割を占めており、珍しく会話が成立したかと思えば、こちらを小馬鹿にする内容の話ばかり……。
どこで失敗したんだ?
そう考えながらも、俺は夢の世界へと落ちていった。
○★☆☆☆☆○
翌日。
私は予定どおり、帰宅する途中にあるチェーンのドラッグストアに入店した。
店内には薬品だけでなく、洗剤やベビー用品、化粧やお菓子などで埋め尽くされており、飲むタイプの医薬品が何処にあるのか右往左往してしまう。
上に掲げられている案内看板を読み、ようやく医薬品コーナーへとたどり着いた。
「さてさて、まずはーー」
しばらく商品を吟味した私は、数個の商品を購入して自宅へと帰還した。
○★☆☆☆☆○
自宅の自室、机の上には
『エスタロンモカ』ーー無水カフェインのみが成分である眠気覚まし薬。
『セデス・ハイ』ーー頭痛にはロキソニンより優秀とネットで目にした解熱鎮痛剤。
『ウット』ーー市販では珍しい鎮静剤兼睡眠改善薬。
『ニスキャプ』ーー車などの酔い止め薬。
『ピタリット』ーーやや強めの下痢止め薬。
『ビオフェルミン』ーー腸の調子を整えるサプリ的なお薬。
『マルチビタミン』ーーサプリメント。
が並んでいた。
それをニヤニヤと眺めながら、これで何があっても対処できると嬉々とする。
5000円以上したのは財布に響いたが、こればかりは仕方ない。
なんせ、私はお薬で欠点を埋め、最強の私へと変貌するのだから!
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この日が人生の分岐点だったのではないだろうか。と、私は今でも考えてしまう。
私にとってのゲートウェイドラッグは、単なる中程度の力価の鎮静剤だったといえるだろう。
だが、これをゲートウェイドラッグといってしまうなら、もはや薬以外もゲートウェイになり得る可能性があるようになってしまう。
だから私は、ゲートウェイドラッグ理論は信じていない……。