番外編03╱留置所(中編)
毎度毎度短くてすみません。
あと、ヘロインは水に溶けるらしいです。
お詫びと訂正を記させていただきます。
○☆☆☆☆☆○★
「はい、起床~」
警察官の号令と共に私は目覚めた。
ベトナム人は既に布団を畳んでいて、慌てて私も布団を畳んだ。
そのまま夜みたく順番に鉄格子が開かれ、布団を運び出していく。
そのあとも、夜と同じく歯みがきと洗顔である。
顔を洗いながらも、私は未だにこれは夢じゃなかったのかと自問自答していた。
『諦め悪すぎ。いいじゃん、これでやめるきっかけができて』
別にやめられていたじゃないか……たった一回スリップしただけで捕まえるなんてどうかしている。
私は瑠奈にぼやきながら、顔を洗い部屋へと戻った。
ここでの風呂は五日に一回……地獄だ。
「22番はきょう地検だから、早めに運動を済ませておこう」
そう言われた私は、再び鉄格子から外に出され、回りが柵で覆われた日差しの当たる場所まで連れていかれた。
運動?
運動ってなにをすればいいんだ……?
「あの、運動って、この狭い場所でなにをすれーー」
「はい髭反り、あと爪切りもいるだろ?」
「はあ……はい?」
てっきり運動と聞いて、マラソンやラジオ体操なるものをやらされると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
運動とは名ばかりで、要は日差しを浴びる時間帯ということらしい。
私は爪を切ったり、髭を反ったりしながら、警察官と雑談をはじめた。
「すみません、自分覚醒剤で捕まっちゃって……」
「言わなくていいよ。でも、きみがねー。ひとは見かけによらないっていうけど、だってなぁ?」
警察官は隣の同僚に同意を求めた。
「どう見てもシャブで捕まる風貌じゃないもん。よくて自転車泥棒。番号確認したら返しちゃうよ」
「はぁ……あ、自分自転車乗れません」
「乗れないんかい!」
談笑しながら15分が過ぎ、運動の時間は終わった。
それからしばらく経ち、どうやらバスなるものが到着したらしく、私は再度手錠を填められ、留置所の外へと出た。
外の景色がやたらと眩しい……もう、しばらくは牛丼もチョコレートも食べられないのか……。
そう考えると、一気に寂しさが込み上げて来てしまう。
「階段気をつけて」
警察官に促されながら、パトランプのついた通称? バスに私は乗り込んだ。
先客が一名だけいたが、なかも私語厳禁なため、言葉を交わすことはなかった。
そうして、一時間弱をかけて横浜地検へと向かうのであった。
○☆☆☆☆☆○★
「壁に体を向けて周りを見ないように」
そう注意されながらエレベーターを下る。
地検について地下へと連れていかれた先には、留置所よりも厳重な鉄格子の部屋であった。
しかも、一室に七名くらい詰め込まれたうえ、少しでも喋ろうものなら怒声が飛んで叱責される。
留置所より厳しい場所ーーそれが私の第一印象であった(この印象は最後まで変わらないのだが)。
「おまえはなにやってきたんだ?」
こそこそ話で隣のヤがつくような職業をしていそうな強面の男性に話しかけられる。腕には刺青が入っている……。
私はなるべく外に聞こえないように、こそこそ話で答えるようにした。
「覚醒剤で……」
「その顔で!? あはは珍しい~」
なんだとこの野郎。
いや、怖いから口には出さんけど。
「ここ出たら、俺が安くネタを回してやろうか?」
「は、はあ?」
なにを言っているんだこのひとは。捕まってもうしないと反省している人間に、なにを誘っていやがるんだ。
「いえ、もう二度とやりません」
「ムリムリ、一度やったらやめられないって」
なぜだかカチンときてしまう。
なにも決めつけることないだろう。
たしかに未だにやりたい欲求はあるが、やめようとしているひとにわざわざ誘う必要はあるのだろうか?
「おいおい、こいつこの風貌で覚醒剤だってよ」
「マジで!?」
おいおいなに勝手に広めているんだ!
「俺は草」
「あ、大麻ですか……」
「そうそう、こうやって」なにやら両手でにょきにょきとポーズを取った。「栽培しまくってたら捕まったんだよ」
そういう男の顔は、たしかに大麻をやっているような風貌だった。
見た目で判別つくもんなんだなーー。
「うるさい! 静かに黙ってろ!」
「ふぁい!」
思わず声を上げてしまった。
そんな怒鳴らなくても……。
「22番」
「あ、はい」
番号が呼ばれて立ち上がる。
手錠をチェックされて、ついに地検の検察のいる部屋へと連れていかれるのだった。
もちろん、移動の際も、所々ーー意味がわからない場所であってもーー壁のほうを向かされる。
部屋に入ると、なにやら偉そうな検察の方が座っていた。二人の隣には、記録係だろうか? 書記なのかなんなのか、常にパソコンを打っている方が座っていた。
「これから録音を開始するから、間違ったことは言わないでね。たとえ警察の調書と違っていても全然大丈夫だから」
あとに聞いた話によると、裁判では警察での調書より、検察での回答のほうが有力視されるらしい。
といっても、私は「間違っていません」「そのとおりです」としか回答しようがなかったからか、ものの10分で終わってしまった。
なぜか注射上手いねーーなどと余計なお世話まで言われる始末。
瑠奈、瑠奈?
瑠奈に呼び掛けても出てきてくれない。
そういえば、留置所以外では極力現れないって言っていたな……。
途端に寂しくなる。
検察での質問が終わり、似たような工程が終わってから、再び待合室なのか牢屋なのか、とにかく犯罪者皆が集まる場所に戻された。
昼飯はコッペパン三つ。ふざけているのか、こんなんで腹の足しになるか!
とは口には出せず、モソモソとパンを頬張る私。
ここからが長かった。
全員終わるまで帰らせてくれないのか、いつまで経っても椅子に座ったまま放置される。
瑠奈……現れてくれ……!
と願っていると、隣の年下の男性に声をかけられた。
「俺、実は1000万のもの盗んだんだ。だけど証拠がないから黙秘貫いてる」
ふぁっ!?
「えっと、じゃあ僕は」もう両隣のひとは「振り込み詐欺の受け子で捕まったんだ」
ふぁあああっ!?
てっきり薬物犯ばかりいるのかと思いきや、そうでない人たちもたくさんいるぅ……!
ふと目の前を見ると、そこには強面のおっさんが……ニヤリと口角を上げてーー。
「ここを出たら捕まらない方法と良ネタを紹介してやるよ」
あんたは捕まったからここにいるんだろぉおおおおぉおおぉおおおおおおおおぉおおッッッ!!!
○☆☆☆☆☆○★
なんやかんやあって、留置所へ向かうバスに乗り、留置所へと帰ることになった。
「おかえり、22番」
「ただいま帰りました」
そうだ、ここでの私の名前はす砂風ではなく22番なんだ……。
「ドーデシタ?」
「いや、待ち時間がくそだるかったです」
正直に答えた。何時間座らせる気だ、あの場所は!
それに、まだ何回も行かなくちゃならないのも怠い……。
『それくらい耐えなきゃ』
瑠奈!
どうして現れなかったんだ地検で!
『少しは反省しなきゃいけないじゃん。自分が犯した罪の償いとして、ここ以外では私との会話は禁止ね』
そんなぁ……。
「日本人の女高いね」
知るかバカ!「しらないですよ、風俗とか行ったことないんで」
危うく本音が口に出そうになった。
「薬よりよっぽど気持ちいいデスヨ」
何度も言われなくてもわかっとるわい!
だいたいそれならキメセク面倒になってキメオナに移るシャブ中が多いのはなんでや!
「22番、13番、そろそろ布団の運び入れだ」
「あ、はい」
「わかりました」
ずっと布団起きっぱなしにしておいてくれたらなぁ……楽なのに。
布団を運び入れたら、歯磨きと洗顔の時間。
まだまだひとが少ない。別室に中国人とベトナム人2がいるだけだ。日本人私だけじゃないか。
シャカシャカ歯を磨いたら、自由時間が二時間ある。
しかし、私は早く寝たかったため布団を丸めて、簡易用瑠奈の依り代をつくった。
瑠奈も仕方ないと言わんばかりに、その中に入ってくれた。
「22番、薬の時間だ」
そう言われて渡されたサイレースとロラメットを飲み込み準備万端!
ああ、これで安眠できる……いま七時半……。
瑠奈、うう、瑠奈……。
『……なに』
どこで僕は、道を間違えたんだろう……。
『ブロンを飲みはじめてから。言っておくけど、ここを出たらブロンも禁止だからね?』
ふぁい……。
起床だ、何時だ!
「22番、まだ二時だぞ」
まさかの丑三つ時なのであった……。
○☆☆☆☆☆○★
翌日はなにもなかった、多分。
記憶にあるのは、質素な弁当と、カタコトな日本語を喋るベトナム人のみ。
私は夢日記を書きながら、官本を借りて東野圭吾の本を読み漁っていた。
なぜガレリオシリーズの一巻だけ置いてないんや!
※タイトルにあるとおり現在休載中。
留置所内での小話。
留置所内での生活に慣れはじめた頃、私は隣から毎日毎日聞こえてくる声が気になって仕方なかった。
毎日、隣の一号室から『失敗した~』とだけ繰り返す声と足音。
なにがあったのか気になった私は、運動時間中に隣のひとについて、隣のひとーー7番さんがいないあいだに警察官に訊いてみることにした。
「すみません……隣の一号室から毎日『失敗した~』って何度も聞こえてくるんですけど、なにがあったんですか?」
「そりゃ教えられないよ」
それはそうか。でも、本人には訊きづらいよなぁ……。
「でも、こう返せばいいと思うよ」
「はい?」
「『失敗した~』って聞こえたら、すかさず『後悔先に立たず!』って」
そんな嫌み言えるか~い!
だいたい留置所内私語厳禁じゃないんかーい!
案外、緩い留置所なのであったーー。