番外編02/留置所(前編)
○☆☆☆☆☆○★
泉警察署についた私は、早速留置所の入り口まで連れていかれた。
厳重な扉の中に入り、とある個室に立たされた。
「はい、服を全部脱いで。下着もすべて」
「はい……」
私は言われるがまま衣服を脱ぎ捨て、下半身さえも丸裸になった。
警察官に全身隈無く調べられていく。
「おまえ、鉄のたまとか仕込んでないよな?」
イチモツに時折仕込んでいるひとがいるらしく、陰部までしっかりと見られてしまった。
羞恥心で死にたくなってくる。
「はい、これ。この中では私語厳禁だから。他のルールにも目を通して」
私の前に小冊子のようなものが差し出される。
どうやら、この留置所の中でのさまざまなルールが記載されているらしい。
私はそれを流し読みした。
「ここではきみの名前は22番だから名前では呼ばないぞ」警察官はそう言った。「あとで部屋移すけど、いったん五号室に入っていてくれ」
警察官は立ち上がり、私を連れて、ついに留置所の中へと足を踏み入れた。
六~七号室ほどまで並ぶ鉄格子の中へと誘導されて、私はその中へとおとなしく入る。
「新聞読むか」
「いえ、いいです……」
いまはそのような気分ではない。
そもそも、これは悪い夢なのだ。
夢なら覚めなければおかしい。
私はまぶたを腕で覆い、すすり泣きを始めた。
「……」
これは夢だ。
こんなことあるはずない。
だって、たった一回スリップしただけじゃないか。
それをピンポイントで刑事がやってくるなんてあり得ないじゃないか。
今までだって、たくさん捕まる夢を見てきた。ならば、これも夢にちがいない。
でも、おかしいな……この夢は妙に長すぎる。
いったい何時になったら、この悪夢から覚めることができるのだろう?
○☆☆☆☆☆○★
「夕飯だ」
いったいどれくらい経ったのだろう?
時計を見ると、まだ二時間も経過していない。
ここでは五時が夕飯、七時に布団を運びいれ、九時には消灯なのだ。
鉄格子の下に設置されている固い小さな入り口が開かれ、そこから弁当箱が投入された。
中身は、パサパサした具の少ない餃子やオクラ、お新香に昆布の煮付けなど。
オカズ食いの自分には、明らかにご飯の量に比べてオカズが不足している。
渋々といった様子で私はそれを口に運ぶが、食欲がまるでない……。
夢なのに味はあるんだなぁ……。
いまだに夢だ夢だと諦めきれずに、私は黙々と食べ続けた。
ご飯を半分ほど残したが、警察官は特段なにも言わないでくれた。
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「部屋を変えるぞ、22番、おまえはきょうから二号室だ。くれぐれも私語は厳禁だからな」
「あ、はい……」
覚めない覚めない覚めない覚めない!
夢なのにいっこうに覚めないじゃないか!
発狂しそうになりながら、ネットも自由もない鉄格子からいったん外に出された。
新たな鉄格子の部屋ーー二号室には、先客が一名いた。
「あ、はじめまして。よろしくおねがいします」
「ヨロシクおねがいシマス」
ん……?
なにやら日本人ではないようだ。
よくよく姿を見ると、どうやら外国人だということがわかった。
「あなた、ナニをやった?」
「え? えっと、覚醒剤です……」
「覚醒剤?」
どうやら通じていないらしい。
私はどうにか伝えようと、ジェスチャーで注射の真似をした。
「オー、ワタシの国ではこれですよー」と、外国人は拳銃を握る振りをする。「バーン」
「え、失礼ですが、どこの国の方でしょうか?」
「ベトナムね」
ベトナム人か……でも、日本語が通じるひとでよかった。
「あなたはなにを?」
「私はオーバーステイと窃盗ね」
窃盗のほうが悪だと思ってしまうのは、私が薬物中毒者だからだろうか。
「こら、22番、13番。私語はやめろ」
「は、はい。すみません……」
警察官にやさしく諭され、私は喋るのをやめた。
と、ぞろぞろと警察官たちが留置所に入ってきた。
「これから布団を運びいれるから、二号室から順番に布団を持ってこい」
「わ、わかりました」
私は慌てて開かれた鉄格子の外へと飛び出した。
その後ろにベトナム人もついてくる。
私とベトナム人の前後には警察官が歩き、サンドイッチ状態だ。
なにも、ここまで厳重にしなくとも……たしかに手錠は外されたけど。
二号室の中に布団を運び終えると、今度は洗顔と歯磨きの時間だ。
最初は自費で購入できないらしく、特別に警察官から歯ブラシと歯みがき粉、石鹸を貸してもらった。
「週末には自分で買うんだぞ」
どうやら、週末にまとめて自費でいろいろと買えるらしい。
ーーしかし、まさかこのとき無料で貰った歯ブラシを、最後まで使いとおすことになるとは、このときの私は、まだ知るよしもなかった。
○☆☆☆☆☆○★
寝る前、ベトナム人が小声で話しかけてきた。
「クスリよりエッチのほうがきもちいいデスヨー」
「いや、自分まだ童貞なんで……」
それを聞いたベトナム人は、「オー!?」と驚き、珍しいものを見るかのような目で私を見てきた。
「嘘でーす」
「嘘じゃないです……」
「お店行ったほうがいいヨ、クスリより何倍もきもちいいネ」
んなバカな……いや、知らんけど。
ふと、ベトナム人がマジマジと見ている起訴状が気になり視線を移した。
そこには、ベトナム人の名前が記載されていた。
ーードー・テー・○○○ーー
思わず噴きそうになるのを堪えて、わたしは「おやすみなさい」と声をかけて布団に潜った。
私は、このままここでやっていけるのだろうか?
私は、これから何日ここで暮らさなきゃいけないのか?
これは、本当に夢じゃないのだろうか?
そういえば……瑠奈は……?
そう思いながら、私は眠りへと落ちていった。
泣きながら、涙を流しながら、ゆっくりと、夢の世界へ……。
○☆☆☆☆☆○★
私は夢を見ていた。
崖の上から、波で荒れる海を見下ろす夢を……。
そこから一歩足を滑らせ、海へと落ちる。
いや、落ちそうになったーーが正しかった。
寸でのところで、誰かに手を引かれたのだ。
「バカな考えしないの。結果的に、これでよかったかもしれないじゃない」
そこにいたのは、私の腕を引いて助けてくれた瑠奈であった。
○☆☆☆☆☆○★
ハッと目覚めた私は、瞼だけを開けて、周囲を見渡した。
そこには、私を見つめる瑠奈が座っていた。
瑠奈……来てくれたんだ……。
『ずっといたよ……隠れていただけ』
よかった……よかったよぅ……。
私は柄にもなく、いや、久しぶりに感動で涙を流した。
てっきり、見捨てられてしまったのかと思っていたからだ。
瑠奈は添い寝してくれ、そのまま私は、起床時間まで、久方ぶりに安心して眠りにつくことができたのであった。