番外編01/留置所(前編)
○☆☆☆☆☆○★
五月の中旬、私は仕事の面接で外出していた。
瑠奈がいると緊張感が阻害されると考え、瑠奈は今回お留守番である。
夏前の暑い陽射しが降り注ぐなか、私は隣駅の前にある薬局を目指している。そう、薬局の薬剤師手伝いが、今回面接を受ける仕事の内容となっている。
そんな私のもとに、覚醒剤の営業電話がかかってきたーー。
ついつい手を出す決意を固めてしまい、無事に購入。
その日から、再び覚醒剤を使いはじめてしまった。
瑠奈には心底呆れられたが、まあ、どうせこれ一回で、またやめられるんだから……。
○☆☆☆☆☆○★
それから10日ほど時が経ち、五月の下旬。
朝6時前ーー。
「びっくりした?」
「へ?」
いきなり見知らぬ男性が部屋に入ってきて、私は至極驚いた。
前職の社長に似ていたため、一瞬社長かと思ったのだが、どうやら違うようだ。
「警察だよ。なんで来たのかわかるよね?」
ぞろぞろと部屋に入ってくる男女四人。
ーー警察……へ?
え……え、え、なんで?
だって、まだ買ってから10日経ってないよ?
「思い当たる節あるよね?」
どう考えても、このまえ買った覚醒剤だ。それ以外に思い当たる節などない。
しかし、おかしい。
どうしてこんな早く……。
「はい……ここにありまーー」
「おっと触らないで!」刑事は私がベッドの端から取り出そうとするのを制止した。「指差してくれ」
親はなんだなんだといった表情と、まさか、といった表情が合わさったような顔をしている。
そのまさかだと、自分から言い出せる筈もなくーー。
「ここです……」
私が指差すと、女性の刑事が写真を撮った。
刑事が取り出すように指示をしてくる。私は安物のポーチを取り出し、刑事に差し出した。
刑事はそれをひっくり返し中身をすべて布団に出す。
「どれが覚醒剤か指差して」
「はい……」
これにどんな意味があるのだろうか……。
『……はぁ……ああ、もう……』
瑠奈は頭を抱えながらほとんど喋ってくれず、空気のように存在感を消している。
私も頭を抱え布団に頭を垂れた。
どうして、やめておかなかったのだろう?
「そんなことをしても変わらないのだから、さっさとしなさい」
女性刑事の無情な言葉が耳をつんざく。
そんなことはわかっている……わかっているけど、どうしても落胆してしまう。
先日やらなければ、こんなことにはなっていなかったはずなのに……どうしてやってしまったんだ。後悔の念が止まらない。
「落ち着いた? なら、今からこれをこの中に入れて、青く変われば覚醒剤だから。わかるよね?」
「はい……見なくてもわかります」
刑事さんは小さく細長い匙で覚醒剤を掬うと、それをなにかの試験薬の中へと入れた。
それをそのまま振ると、パキッと割る。するとーー。
「はい、これ見て? 青色だから覚醒剤ね?」
刑事さんはそう言いながら、私にその結果をまじまじと見せてくる。
「注射?」
「はい、注射です……」
「どこ刺してたの? 指差して」
なぜかことあるごとに指差し確認を求められ、そのたびに女性刑事が写真を撮っていく。
萌え系抱き枕の真隣でつづく、絶望へのスタート……。
「じゃあちょっと待ってて。準備できてる?」
女性刑事へと刑事がなにかを確認する。
「はい、できています。ほら、立ちなさい」
「はい……」
おそらく見たこともないくらい顔面は真っ青だ。それがわかるくらい、私は血の気が引いていた。
まさか、まさか、まさかまさかまさか!
まさか、こんな事態になるなんて!
「最後にお母様お父様に、なにか言いたいこと、あるでしょう?」
女性刑事に言われたことで、私は両親に頭を下げる。
両親は唖然としたまま言葉を放たないままいる。
「すみません、行って参ります……」
「やめてなかったのか……このバカ」
父親にそう言われつつ、私は家から外へと出る道を歩いた。
これから、どのくらいお家に帰れないのだろうか?
どうして、やめておかなかったのだろうか?
歩く最中も後悔から泣きたくなって止まらない。
「それじゃ……」
「ほら、歩きなさい」
女性刑事に促され、私は少額の金銭と共に、ワゴン車型の車に乗せられた。
一番後部座席の真ん中、左右には二人の刑事がいて私を挟み込む。
ーー逃げないってば……。
車は走り出し、目的地らしき茅ヶ崎警察署まで向かうこととなった。
「いや、しかし、きみのお家暑いね~」
「あの抱き枕はきみの? いいじゃん」
挟み込む刑事たちが雑談を振ってくる。
「はい、そうです。すみません……少し寝ててもいいですか?」
私は言うが早いか、瞼に両手を当てながら頭を垂れて目を閉じた。
これは夢だ。
これは夢に違いない。
夢なら覚めてくれ。
早く覚めてくれよ……。
なあ、頼むから、もう覚醒剤は買わないから、夢から覚めてくれ!
ーー夢にしては、時間の経過がリアル過ぎる。
ああ……ぁぁ…………。
残酷なことに、いっこうに目は覚めてはくれず、茅ヶ崎警察署まで到着してしまった。
おそらく二時間はかかっていないだろうが、そのくらいは車に乗っていた気がする。
そりゃそうだ。川崎の東京寄りの地区、多摩区から茅ヶ崎市まで走ったのだから。
これ、まさか夢じゃないの?
あれ、瑠奈?
『ごめん……またあとで姿を見せるから、いまは放っておいて』
瑠奈の声が聞こえない、姿も見えないと思い瑠奈に声をかけると、どうやら付いてきてくれてはいるらしいが、姿は隠しているらしい。
しかも、気落ちしている……そりゃそうだ。あんなさまざまな出来事が重なってようやくやめた覚醒剤を再使用。それでまさかの逮捕なのだから、瑠奈も納得致しかねるだろう。
ごめん、瑠奈……また、あとで……。
「ほら、降りなさい。わっぱかけるわよ」
女性刑事に言われ車を降りると、最初にいた刑事さんに手錠をかけられたのであった。
○☆☆☆☆☆○★
警察署に入ると、なぜか大量の警察官が表に出ていた。
どうやら逃亡対策らしいが、逃げる気など毛頭ない。そもそも逃げてどうなるというのだ。
どこかの部屋に案内されると、これから事情聴取をする旨を言われた。朝の8時から……。
刑事さんたちがなにか雑談をしている。
「面倒くさいけど預けだからーー」
「これから預け先を決めるーー」
預けとはいったいなんなのだろうか?
「これから事情聴取を始めるから、嘘つかずにちゃんと真実だけを答えてくれ」
「はい……」
それからは、数時間の間、いろいろな作業をした。
覚醒剤の動機や最後にやった日、どこにどう注射したのか、どのような気分になったのか、などなどさまざまな質問を繰り返し答えていき、それを刑事さんがワープロ? パソコンに書いていく。
その間に、指紋を取られたり、DNA検査のため口腔粘膜を取られたりした。
尿検ももちろんやった。
コップに小便を注ぎ、それをしっかりとした入れ物に移し変える。
その状況も、なぜか逐一指差し確認と写真を撮影された。
「さて、昼飯だ。おにぎり」
そう言われて差し出されたおむすびだったが、私は食欲が失せており、ほとんど口をつけられなかった。
それから数時間がたった頃、再び別の警察署へと向かうことになった。
「泉警察署だ。残念だったな、もう一案は鎌倉警察署だったんだ。観光できないぞ、ははっ」
強面の警察官がそう言いながら、手錠に鍵をする。
「さあ、行くぞ」
「ゆっくりあるいて、転けないように」
なんなんだ、この厳重体制は。極悪人でも捕まえられたかのように、移動まえでも警察官は外にたくさん群がるようにたちすさんでいる。
私は再び車に乗せられ、泉警察署とやらまで運ばれるのであった。