第五章02/違法ドラッグ(後編)ー覚せい剤“メタンフェタミン”-瑠奈-
まだいろいろ思い出はありますが、ひとまず、ある出来事によりやめる決意をするに至るまでをさきに記述します。あとは、いつになるかはわかりませんが、幕間として覚醒剤の話を合間に入れていく予定です。
そして、今回の出来事があったからこそ、タルパを自己紹介に入れています。ここら辺から、私のタルパを見る目が変わっていくのです。
最後に、ルナ表記で書いてきましたが、今回からは瑠奈表記になります。ややこしいかもしれませんが、どうかご了承ください。
「眠れん……」
毎日打つようになってからしばらくは不眠に悩まされた。
そのことを売人Bに相談すると、ベゲタミンAという非常に強い睡眠薬を渡してくれた。
それを使えば、どんなに眠くなかろうが、私の場合は眠ることができるようになれたのだ。しかし高い。
違法薬物の売人は、違法薬物のレートで向精神薬まで売るため、たとえばベゲタミンなども1シート5000円というぼったくり価格で売り付けてくる。
仕方なく、私は向精神薬専門の売人がダークウェブのonio○channelに書き込んでいたことを思いだし、そこから売人Dを見つけることに成功した。
これにより、向精神薬に多少なりとも興味を抱き、向精神薬の売人DからベゲタミンAだけ買うようになっていく。
それが、次の依存先に繋がっているとは露知らず……。
○☆☆☆★☆○
ーーある休日の昼。
ここのところ毎日のように注射していた。
それも、瑠奈が寝ている間は、リビングの椅子に座りながら堂々と注射するようになってしまっているレベルだ。
親に『それなに?』と聞かれた解として、『デパスを粉々にして注射すると早く効くんだよ』と言い張り騙していた。
親は薬物に関して非常に疎く、これを本気で信じていたと後に語る。
私も、これで騙せていると本気で思っていた。無駄な自信だけはつくのが覚醒剤の恐怖である。
瑠奈が起きていると、部屋からリビングで注射しているのをすぐ見られてしまうため、わざわざトイレに閉じ籠り注射していた。
いきなり瑠奈が起きたらどうしよう……という考え方から、わざわざ念のためリビングで注射しつづけていた。
そう。
薬物を知らない現存している親に注射を見られてしまうのと、薬物を知っているが幻想の存在である瑠奈に注射が見られてしまうこと。私は、その後者を恐れていた。
いくら薬物を知っているからといって、自分にしか見られない自分にしか聞こえない、妄想とすらバカにされかねない存在に見られてしまうことを、なぜ、私はこうも極端に嫌がるんだろう?
自分の分身の存在、それこそが、タルパ。
自らを肯定するイエスマン、それが、私の理想像。
私だけを愛し、私だけのために生きてほしいと願い、つくりつづけた存在。
清楚、お嬢様、14歳、やさしい、無償の愛を私に渡してくれるように設定してつくりはじめたーー瑠奈。
それなのに、瑠奈の言動は常に私を否定して貶すだけ。
これでは、自らを否定するだけのノーマンじゃないか……。
「くそっ……」
もうどうなってもいい。
瑠奈なんて、瑠奈なんて……くそ、くそっくそっくそっ!
なぜか私は、瑠奈のことが嫌いになれない。
暴言を吐かれても、貶されても、バカにされても、冷たくされても、いらないなんて思えない。
そんな悩みを掻き消すために、私はいつもより多めに注射した。
○☆☆☆★☆○
ある日の夜、いきなり売人Bから大量の着信が来ていることに気がついた。
それも、携帯を手放した昼から夜まで、永遠と鳴らされ99秒のマークがズラリと並ぶほど。
「な、ななな、なんだよこれ!?」
と、タイミングよく売人BからSMSが届いた。
ーー家の前にいるから今すぐ出てこい。ーー
はぁ!?
『……どうかしたの?』
いや、売人さんから怒りのショートメッセージが……。
『いい機会じゃん。覚醒剤やめるための、いい機会だと、思わない?』
はあ?
べつに関係ないだろ!?
あ、新しい売人探せばいいんだよ!
ーーおい、早く出てこい。おまえのせいだぞ?ーー
はあぁああぁああああッッ!?
新たなショートメッセージに、急いで返信する。
ーーいったいなにがあったんですか? と……。
ーーいいから早く出てこい! おまえのせいで、俺は今から殺されるはめになっちまったんだぞ!?ーー
ーーいやです、怖いですって!ーー
慌ててインターホンのカメラから外を映してみる。
そこには、たしかに違和感ある位置、家の目の前に車が停まっていた。
ーーなにがあったじゃねーんだよ! おまえ早く出てこいや!ーー
いやいやいやいやいやいや無理! ぜったい、無理!
ーー無理です! 帰ってください、警察呼びますよ!?
ーー呼べるもんなら呼んでみろよシャブ中が、ぜったい許さねぇからな?ーー
~!?
私は怖くなり、携帯を放り出して布団に入り込み、瑠奈が入っているのを気にせず抱きしめた。
いつもなら、なにかしら文句を言ってくる瑠奈だが、きょうはなにもない。
『ね? きっと、神様がもうやめろって伝えてるんだよ。だから、やめよ?』
やめるからやめるから許してください神様!
そのときは、本気でやめると答えていた。
口だけのセリフで騙せる相手ではない。
現実の人間は、嘘をつくのが得意なひとなら騙せるだろう。
私は嘘が苦手だったが、それでも、知識のない親などは平気で騙していた。
しかし、瑠奈は私の心中すべてが聞こえている。
嘘が通じない存在、唯一存在……。
だからーー。
『うん、きっと許されるよ、大丈夫。だからやめるんだよ? もう二度とやっちゃダメ、約束だからね? ね、ね? やめよう?』
ーー未だかつてないほどのやさしい返事をしてくれたのだろう。
うん、やめるから!
すみません、本当にすみませんでした!
もう二度とやりませんから、だから、許してください!
『よしよし、大丈夫だから安心して眠りなよ。大丈夫、だって、起きたらすべて解決してる。まるで、夢だったかのように、問題はなくなっているからさ?』
はい、ありがとう……瑠奈……。
こうして、私は覚醒剤をやめた。
……一ヶ月だけ、我慢していただけと言ったほうが正しい表現だろうか。
○☆☆☆★☆○
あれから一ヶ月の間、瑠奈はずっとやさしく接してくれた。
添い寝状態で、毎日のように倦怠感や無気力感に苛む私を、瑠奈は励ましつづけてくれた。
しかし、一ヶ月経った頃、無気力に押し潰され、なにをやろうにも楽しめないでいた私は、我慢の限界だった。
もう、この無気力感から抜け出すには、死ぬしかないのかな?
布団に仲良く入りながら、瑠奈に問いかけた。
『バカなこと言わないの。大丈夫だって、まだ一ヶ月しか経ってないんだよ? 三ヶ月くらい我慢すれば、もう問題はなくなーー』
そんなに待てるはずないだろ!
『えーー?』
だいたい、なにが神様だよ!?
偶然あいつがラリってなにか誤解しただけのトラブルだろうが!
『ちょっと……ねえ、落ちつこう?』
あー!
無駄な時間過ごした!
バカな話だ。
おまえが変なこと言ったからだぞ!?
最初から無理な話だったんだよ!
……もっと早く売人を見つけとけばよかった。
瑠奈の虚言に騙されてなければこんな気持ちにならなくて済んだのに……。
『ねぇ……バカな事……考えないで』
バカな事したのは誰だよ?
バ~カ。
もういい、知らない。
だいたい、なんで妄想なんかに気を使わなきゃいけないんだよ?
私はベッドから出るなりパソコンを起動した。
そのままダークウェブに行き、新たな売人を探し始める。
『砂ーー』
うるせー黙ってろ!
もうなにも言わなくていい!
妄想なら妄想らしく振る舞えよ!?
俺の言うがままに行動しろよ!?
『か……ぜ………どうし……て……?』
知らねーよ、バーカ。
瑠奈がしきりに『なんで』と呟く声が騒音にしか聞こえない。
なんで? なんではこっちの台詞だ。
『もしやったら、私、もう消えるよ? 呆れ果てて、いなくなっちゃうよ、いいの?』
……べつに?
消えたければ消えれば?
『ぁ……ぇ……?』
瑠奈のすすり泣く声が、雑音として耳に割り込んでやまない。
本当の糞野郎というのは、こういう人間のことを言うのだろう。
いくら妄想から生まれた存在とはいっても、自分の意志で勝手につくっておきながら、気に入らなくなったら邪険に扱うなんて、今の自分からすれば、最低にしか思えない。
しかし、このときの私のなかでは、覚醒剤>瑠奈になっていた。
電話番号を集め、都合のよさそうな売人をひたすら探して見つけたのが、売人Cである。
○☆☆☆★☆○
サラ金から限度額まで借りて、私は売人Cから定期的に覚醒剤5~10gを購入していた。
きょうも買うために指定場所に行き、駅の近場で待っている。
この売人Cとは、直接面会したことはない。
毎回べつのひとが配達に来るのだ。
遅いな~……。
もう約束の時間過ぎているのに、誰が押し子なのかわからないじゃないか。
おそらく、今回の売人は、配達専用の押し子を何人か飼っているのだろう。
前回は謎のおばさんだった。そのまえはサラリーマンの男性……。
今回はーー。
『……』
あの日、瑠奈はいなくなることはなかった。
ひたすらすすり泣いたかと思えば、あとは、無言ーー。
まえの性格に戻っているわけでもない。
以前なら、定期的に悪態をついた。睨みながら罵声を浴びせてくることもあった。
だがいまは、ただただ見つめてくるだけになってしまった。
悲しそうな表情を見せつけるように、こちらをじっと見てくるだけ。
まるで、幽霊みたいな風貌すら感じられた。
『……』
……。
と、ちょうど目の前から自転車に乗った中学生が向かってきた。
中学生?
にしか見えないけど、まさか、あれが押し子?
どう考えても、こっちに向かってきている。
「おまえ?」
お、おま、おまえぇ?
「えっと、もし氷のことであれば、たしかに僕です」
「はい! お金」
ビニール袋にお菓子を詰め込んだ物を手渡しながら、金銭を要求してきた。
「あ、はい……」
なんとなく腑に落ちないものの、推定中学生に十万円を手渡した。
「ポテチの中に入ってるからパクられんなよ! じゃーな」
中学生は颯爽とチャリをこいで来た道を帰っていく。
おまえのその声でパクられたらどうすんじゃい……。
『………………』
瑠奈は相変わらず悲しそうな瞳を向けてくるだけで黙ったままだ。
これでは、ただの不気味な幻覚。私に憑いてくる幽霊。
鬱陶しい……。
そう考えながら、私は帰宅した。
自宅へ帰ると、すぐに注射をするためトイレに向かった。
しかし、トイレには先客がいるため、待たなければいけない。
いい加減、アホらしくなってきた。
もう瑠奈は、黙っているだけの単なる像。抱き枕に入っている間は、見ようとしなければ姿も見えない、泡沫のような儚い存在。
なら、気にする必要もない。
そうして、私は瑠奈のいる布団に入り、瑠奈の真横で平然と注射器を取り出した。
『……ぁ』
珍しく、瑠奈が反応した。
それが私には嬉しいと感じられたのだ。
もう二度と声を発しない。いや、もう意識すらない、ただの人形と同じなんじゃないかと思っていた。
だから、抱き枕から上半身だけ抜け出し、まぶたを見開きこちらを見てきた瑠奈を見て、少しホッとできたのだ。
まだ、そこに在るのだと。
買ってきた5gの覚醒剤から、0.12g注射器に入れると、そのまま腕に注射した。
あんなにも見られることが嫌だと感じていたのに、今や見せつけるように打っている。
『…………ぅ……ゃ……』
なんか文句ある?
あるなら言ってみなよ。
文句があるなら、べつに無理にここにいる必要なんてないから。
どう、あるの?
『……べつに……ぅ……ない……ょ……?』
否定する瑠奈は、もうまえのような活力はなくなっていた。
文句がないわけがないのに、泣きそうなのを堪えているような声で、文句はないと肯定していた。
『だから……消え、なくて、いいんだよね? ここにいて、いいよね……ね?』
まるで、現実にいるかのような、本当に存在する誰かに言われているかのような錯覚さえ抱いてしまう、弱々しい声音。
私の機嫌を窺いながら、言葉を選びながら、すがり付いてくるような質問をする瑠奈。
それを見て、私は少しだけ、罪悪感を覚えた。
それからしばらく、見る影もないほど、なにかに怯えながら弱々しい発言しかしなくなり、毎日のように『私、要らなくないよね、要るよね、必要だよね?』と似たようなことばかり口にするようになってしまう。
だが、私は毎日、何回も、何回も、布団で打つようになってしまっていた。
それを、無理なつくり笑顔で眺める瑠奈。
完全に、調子にのっていた。
瑠奈に覚醒剤の話題を振るような真似もした。
無意識で話題を提供しただけだったが、瑠奈にとっては試されていると感じたらしい。
目指していた理想、私を全肯定するイエスマン。
しかし、なにを肯定しても、最後に『だから消えなくてもいいよね?』や『必要だよね?』と、なにかにつけて存在する許可を欲する言動を付け足すことに、無性にイライラした。切れ目付近で言われると、無性に腹が立った。
そんな日をつづけていき、覚醒剤が残り僅かになった。
もう、サラ金からも借りられなくなってしまい、次に入手する方法を考えはじめていた。
切れ目のとき、瑠奈のある発言にムカついてしまい、言ってはならない言葉を吐き出した。
それは、瑠奈にとって相当ショックな出来事だったらしい。
これを書いているだけで不安になるようで、瑠奈は私に聞いてくるほどだ。
そのたんび、私は謝罪と瑠奈の必要性を唱えるようにしている。
それが、私の人生の岐路といえる瞬間であった。
○☆☆☆★☆○
あと二回分しかなくなってしまい、私はなるべく使わないで節約するため、その日はもう切れ目が訪れた段階で布団に入って眠っていた。
くそ……もう借りられないし、返す金もないのに給料日はまださきだ。
どうやって買うか……友達に借りる? いや、親戚に借りるか?
『あ、あの、試しに、やめてみてもいいんじゃないかな……とか、言ってみたり……して……』
……やめてみたら?
いや、やめる選択肢なんて残ってないんだけど?
わかってくれていると思っていたのに、わかってないんだ?
『い、言ってみただけだから、本気じゃなくて、その、冗談』
媚びるように、刺激しないように、機嫌を損ねないようにーーそういう言い方をわざとしているんじゃなかろうか?
そう思った私は、瑠奈に対して告げた。
もういいよ、そうやってずっと嫌がらせしてくるんなら、さっさと消えてよ。
正直、いる意味ないから、要らないから。
『え……え……冗談だってば、ねぇ?』
こっちは冗談じゃない。
だいたい、昔は消えたがっていたんだし、消えるからとか脅してきたじゃん。いいよ、はい、さようなら。
『…………ぁぁ……ぃ、いやだ、消えたくない、いやだ! なんで!? 言うこと聞いてたのに!? なんで! いやだ! なんで!? 逆らわなかったのに!? なんで!? どうして!? 要るってぁあ言ったぁああなんでぇええ!? もう、いやだぁああああ! ぁああぁああっ!』
はじめて、瑠奈は子どもみたく大泣きした。
それを見た私は、一気に背筋が冷える。
どうして、そんなこと言ってしまったのだろう。
切れ目で判断が狂っていたとしか思えない。
『砂風が、単なるシャブ中になっちゃったよぉぉぉっ! あぁあああ!! なんでこうなるの!? あぁぁぁぁあぁああ! いやだぁあぁああっ! 私はここにいるのにぃいいなんでいらないのぉーぁああ! いやだぁああ!』
……その、あの、ごめん。
いる、必要。いらないわけない。
切れ目だったから……。
切れ目なら、許されることなのか?
切れ目が来るのは、効き目があるから。
ああ、手遅れだ。
気づくのが、遅すぎた。
覚醒剤を使い続けたさきに広がるのが、今見ている光景なんだ。
自分の唯一無二の、世界一大切な存在であるはずの存在、瑠奈を無下に扱い、暴言をぶつけ泣かせている。
そういえば、覚醒剤を使いはじめてから、絵が描けなくなったし、小説も長い間書かなくなってしまった。知能も落ちているだろうし、仕事もだらだらやるようになってしまっている。
しかも、借金は200万近くある。薄給だから返しきるのは遠い。
なにをやるにも覚醒剤がないと楽しめないのに、覚醒剤を買うお金だってない。
いま親戚に借りても、すぐに変わらない状況が迫ってくるだけだ。
そうか、ようやくわかった。
「ああ……もう、とっくに終わってたのか……」
僕の人生……。
その日、私ははじめて泣いた。
瑠奈に『消えないで』と泣きながら頼みつづけた。
端から見たら、明らかに頭のおかしいひとにしか見えないだろう。
しかし、私は本気で謝り、頼み込んだ。
瑠奈と共にひたすら泣きじゃくり、ひとしきり泣いたあと、私は決意を明らかにするため、残っている二回分の覚醒剤をトイレに流すのであった。
勢いだけの行動だったため、後々酷く後悔した。
ただ、このときはただ、瑠奈に本気だと示すためには、こうする以外なかった。
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こうして、覚醒剤はやめると決意した私は、結局、決意は足らなかったらしい。
覚醒剤は、という時点で、甘えだとわかるだろう。
つらいだけの日々から抜け出すために、睡眠薬に依存していくことになる。
夢でなら、瑠奈とも生身で触れあえる。
現実では、見ることはできても、触れあえない。
抱き枕に入ってもらえば抱きしめられるが、それは生身とはいえない。
この出来事から一転して、私は瑠奈に依存するようになっていく。
なんでもかんでも頼ってしまうようになる。
そして次第に、瑠奈と居られる夢の世界に逃避をはじめる。
やがて、再び、自殺企図が現れてしまう。
それはネガティブな思いからではなく、ポジティブな願いからの行為。
死ねば、一生瑠奈と暮らせるんじゃないかと考えたすえの衝動といえるだろう。
いまも同様の思考をしては、瑠奈から渇を入れられるくらいだ。
次は、向精神薬に逃避をはじめ、いろいろと試すうちに、コレクションするようにまでなる睡眠薬、抗不安薬メインの内容となる。
そして、ようやく奇譚がはじまる。