それぞれの休息日 ~紫苑&沙希~ (前編)
お待たせいたしましたm(__)m
お約束通り? 続きを投稿いたします。
前・中・後編の3部となりますので、連続で3部お届けいたします。
この後、閑話を1話挟んで新章へと移ります。
東京都港区白金台某所・久世家リビング
8月7日 金曜日 午前8時32分
「ねぇ~、折角のお休みなんだから、どっか行こうよ~」
既に、約30分この状態が続いている。
誰にでも覚えがあるだろうが、休息日になったこの日、沙希の目醒めはとても早かった。その時間は、なんと驚愕の6時20分。寝坊助の沙希にしてみれば、奇跡とも言える時間である。
そして、7時には身支度を整えダイニングに姿を現し、驚きのあまり目を見開いて硬直した康子の朝食を30分ほどで食べ終えると、お替りをした温かい紅茶を飲みながらリビングに移動し、想い人が姿を見せるのを待っていたのだ。
「いや、ダメだからな」
そう、にべも無く答えるのは、先日晴れて彼女と恋人同士になった紫苑その人である。8時少し前にリビングに姿を見せてから5分もしないうちに、先程の台詞を繰り返しながら、シャツの背中側の裾を掴んで金魚のう〇ちよろしく付いて来るのである。
「なんで~、良いじゃん。遊びに行こ~よ~」
「ねぇってば~。付き合い始めて、初めてのお休みなんだしさぁ~。近くで良いから、買い物したり、ご飯食べたりしに行こ~よ~」
この台詞も、もう何度目か分からない。
休日は朝食を取らない紫苑が、洗面所で顔を洗おうが、歯を磨こうが沙希はお構いなしでお出かけを強請る。
「それこそ絶対ダメだろ。って言うか沙希には無理じゃね?」
普通の紫苑なら、とっくにうんざりとしている様な状況だが、そこは自分の彼女であるという部分と、甘ったれるように強請って来る可愛さに、ため息交じりでぶっきらぼうに答えているものの、言葉には棘も無くそう思っているようには見えない。
それどころか、恋人補正が掛かっている彼は『なに? この可愛い生き物は!』という目で沙希を見ている為、傍から見れば〈朝っぱらから、イチャイチャしてる付き合いたてのバカップル〉にしか見えなかった。
「なんで~? 別に怪我もしてないし元気もん。ねぇ~紫苑。お出かけしよ~よぉ」
リビングに戻ろうとする紫苑の後を、掴んだシャツを左右に振りながら付いて来た沙希を、リビングでのんびりしていた賢斗とセリーヌがほほ笑ましそうに見つめる。
そのままソファーに腰掛けようとする紫苑に、沙希は掴んだシャツを離し彼が腰掛けたと同時に自らも隣に腰を下ろし、今度はシャツの脇腹の裾を握る。
このままでは今日一日、ずっと夏休みの課題三昧になってしまうと思っている沙希は、何とか彼に『分かったよ』と言わせたい。
そんな切なる願いを打ち砕く一言を、紫苑が優しく諭すように言った。
「だから、沙希には無理だって。俺も出掛けるつもりだったんだよ。ついでに久しぶりだから、月ヶ瀬の家にも寄って来ようかなって思って、昨日百合子さんに電話して予定を聴いたけど、その時に『家はお小遣い日が15日なんだけど、沙希お金残ってるのかしら?』って言ってたんだ。それで思い出したんだけど、この間財布見ながら、『こもれびのランチみんなにご馳走しちゃったから、お小遣いがスッカラカンだよ~』って嘆いてたよな? 流石に、スッカラカンで買い物とかランチとか出来ないだろ」
「そっ、そうだった……」
それを聴いて、沙希はガックリと項垂れる。出掛ける事ばかり考えて、肝心な軍資金の事をすっかり忘れている辺りは、何とも沙希らしい。ただ、それでも諦めきれないのが、意外と頑固な性分の彼女である。
「ほら、そこは『俺が出してやるよ』って彼氏の紫苑が言ってくれるんじゃ……」
声を尻すぼみにしながら淡い期待をしつつも、彼の顔色を窺うように尋ねた。
しかし、当の紫苑は、首を横に振りながらため息交じりに答える。
「あのなぁ、俺はSランクだし個人的に収入もあるさ。確かに、仕事で使う魔導具とかの費用はそこから出してるけど、遊びに行ったり好きな物を買ったりするのに使う金は、俺も小遣い貰って賄ってるんだよ。今月分貰ったばかりだけど、欲しい物もあるし今日出掛けて散財するのはちょっと無理だな」
沙希は彼の言葉を受け、向かいに座る賢斗とセリーヌに目線を向ける。2人とも苦笑いを浮かべながら、それを肯定するかのように頷いていた。
「家は、紫苑が自分自身で得た収入でも、大学生になるまでは自由に使わせないって決めてるんだ。だから、魔導具を頼んだりする時も、事前に相談する様に言ってある。これは、家族3人で話し合って決めた事なんだよ」
補足をするように、賢斗が久世家のルールを話してくれた。
そして、それは残念ながら沙希の完全敗北が決定した瞬間でもあったのだ。
「そっかぁ。それじゃあ、しょうがないよね。でも、お出掛けしたかったなぁ……」
沙希は、そう呟きながら顔を俯かせた。昨夜から楽しみにしていただけあって、落胆の色は隠せず、涙腺が緩み涙が溢れそうになる。しかし、ここで涙を見せれば、紫苑に余計な気を遣わせるだろうと彼女はそれを懸命に堪えた。
隣の紫苑は、そんな沙希の姿に罪悪感を覚えながら、慰めるように彼女頭を撫でた。こもれびでの一見は、彼も当事者の1人であるし、当然と言えば当然である。
「今度の休みは、沙希の好きな所へ連れてくから…… ゴメン、ちょっとトイレに行ってくる」
暫くそうしていたものの、居た堪れなくなった紫苑がそう言いながら席を立つ。
リビングに残された沙希は、自分の部屋へ戻ろうと彼の後を追うように席を立つと、賢斗たちの方へペコッと頭を下げ、リビングを出て行こうとした。
「Saki waits a minute」
不意にセリーヌから声を掛けられ、沙希は彼女の方へ振り向く。
「Come to this place」
そう言いながら立ち上がり、両手を広げほほ笑むセリーヌの姿が沙希の目に映る。
「Come here」
もう一度言われた言葉を聴いて、沙希は小走りでセリーヌの元へ向かうと、迷わず彼女の胸に抱き着いた。
堪えていた涙が溢れ、小刻みに背中を震わせる。セリーヌは、自分の胸に顔を埋めて声を出さずに泣く沙希の身体をしっかりと抱き締める。
「Why did Saki want to go for a date with Sion today?」
ゆっくりとその背中を撫でながら、セリーヌがそう尋ねると、沙希はしがみついたままコクコクと頷いた。
「Then mom helps you」
セリーヌは、沙希からゆっくり離れると、ワンピースのポケットから財布を取り出し、1万円札を抜き取って彼女の手に握らせた。
沙希は、涙が止まるほど驚く。
「ダメ! 紫苑に怒られちゃう」
慌てて涙を拭い、お金を返そうとする沙希の手を押し止めて、セリーヌはニッコリとほほ笑む。
「All Right.Because it is a special privilege of mom that supports the daughter to be in love」
「でも……」
言い淀む沙希を照らしていた日の光が、俄かにフッと遮られた。気付かぬうちに、賢斗が立ち上がって2人の傍にやって来たのである。
沙希が、助け船を頼もうと賢斗の方を向くと、彼は少し前屈みになって沙希と目線を合わせる。
「じゃあこれは、毎日頑張ってる娘へ、パパからのご褒美。その代り、無駄遣いしないで大事に使うんだよ」
賢斗は穏やかな目をしながら、いつの間にか用意していた2万円を沙希の空いている手に握らせた。どう考えても普段の小遣いより多い金額と、思っていた事と真逆な展開になってしまった事に、沙希は目を白黒させる。
「ダメだよ、こんなに……」
もうどうして良いか解らず、軽いパニックに陥った沙希は、それ以上の言葉を紡ぐ事が出来ない。
戸惑う彼女を見て、賢斗は更に続けた。
「私達には、子供が紫苑しかいないのは知ってるね。でも本当はもう一人、女の子が欲しいと私もセリーヌも思っていたんだよ。だけど、紫苑が生まれた時、酷い難産でね。セリーヌは、もう一人子供を産むことが難しくなってしまった。それでも、セリーヌは産むって言ってくれたんだけど、私はどうしても無理をさせたくなかった。『セリーヌと紫苑が元気でいてくれれば、それだけで良い。だから、諦めよう』私はそう言って、泣いて嫌がるセリーヌを諦めさせたんだ。今まで、任務で色々な所に行ったけど、紫苑は友達を家に招いた事が無かった。沙希ちゃん、君が初めてなんだよ。紫苑が、家に連れてきた子は。それだけでも嬉しい事なのに、その子は紫苑の彼女になった。私達の欲目もあるけど、きっと沙希ちゃんは家の娘になるだろう。だから少し前倒しして、私達の娘のつもりでいてくれないかな?」
沙希が、傍にいるセリーヌの様子を伺うと、両手を祈る様に組み、頷きながら溢れんばかりに涙を浮かべほほ笑んでいる。そんなセリーヌの姿と賢斗の話で、彼女が他人である自分の事を、娘のように溺愛する理由が解った。そして、普段は寡黙で威厳もあり、公私共に厳しいイメージのあった賢斗もまた、自分の事を我子のように見守っていてくれたのだという事を知った。
沙希はもう一度、セリーヌの方へ向き直ると、倒れ込むように抱き着いた。
「ありがとう、ママ……」
「Oh, it is my pretty Saki」
2人は、本当の母娘のように暫く抱き締め合うと、どちらともなく離れた。
間を置かず、沙希はセリーヌに促され、再び賢斗の方へ体を向けた。今にも涙が溢れそうな瞳で、しっかりと賢斗の顔を見ながら笑みを浮かべる。
「ありがとう、お義父さん……」
少し頬を赤らめ、モジモジしながら彼女が近づこうとすると、賢斗の表情が苦笑いになっているのに気が付く。
「沙希。セリーヌがママなんだから、私はパパじゃないとおかしくないかなぁ?」
「!!!!!」
賢斗の指摘に、沙希は大いに慌てる。
分かってはいたのだが、気恥ずかしさからあえて“お義父さん”呼びにしたのだが、そう言われてしまえばもう逃げようが無い。
今度は、顔を真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべた。
そして───
「ありがとう、パ、パパ……」
そう言って、笑顔になった賢斗に抱き着いた。
感無量なのか、彼は沙希に声を掛ける事も無く、ただ彼女を抱きしめ続けるだけだった。
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