HydeAndSeek
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東京都千代田区神田神保町・アンティークショップHydeAndSeek
7月1日 午後4時40分
― アンティークショップ〈HydeAndSeek〉 ―
イギリスで〈かくれんぼ〉と言う言葉の名前が付いたこの店は、アール・ヌーボー調の3階建てビルの1階部分にあり、その佇まいは周囲のビルと比べ、見るものを引き付ける絢爛さを醸し出している。
見た目より広い店内は、温かみのあるウォーム球の灯りに照らされ、アール・ヌーボー調を始め、アール・デコ、ロココ調などの家具や装飾品や、リュネヴィル、ドレスデン、ダヴェンポートなどのティーカップやソーサーが整然と並べられている。その中でも、一際目を引くのが、レジ前の大きなショーケースで、指輪やネックレスなどの煌びやかな宝飾類が陳列され輝きを放っていた。
沙希と紫苑が連れ立って中に入ると、店内には他に客はおらず、店のオーナーであろう女性が、
「いらっしゃいませ。あら、沙希ちゃん。」
と、声を掛けて2人に歩み寄って来た。沙希は、
「小夜子さん、こんにちわ。」
と、笑顔で返しぺこりとお辞儀をした。続けて、
「小夜子さん、こちら、久世紫苑君。今日、私のクラスに編入してきたクラスメイト。ここへ来る途中にばったり会って、このお店に行くって言うから一緒に来たの。」
そう、小夜子に紫苑を紹介すると、今度は紫苑に向かって、
「久世君、こちらはこの店のオーナーさんの東野小夜子さん。私が個人的にお世話になっている人なの。」
と、小夜子を紹介した。
「久世紫苑です。よろしく。」
「東野小夜子です。こちらこそよろしくね。」
紹介された2人は、お互いに向かって軽く会釈をする。
「ちょっとぉ、イケメンじゃない。沙希ちゃん、頑張りなさいよぉ~。」
「そっ、そんなんじゃないよ。もう、私をいじって遊ぶの止めてっていつも言ってるのに・・・。」
肘で自分の腕を突きながら笑顔で茶化す小夜子に、ちょっと顔を赤らめながら沙希は軽く抗議するも、通い始めて3ヶ月、一度も聞き入れて貰えていない。一方、もう1人の当事者である紫苑は、〈そんな茶番に興味無し〉とばかりに、近くにあるカップを目を細めながら眺めている。
「ところで、沙希ちゃんはいつものだとして、彼の方は、何かお探しなのかな?。」
熱心に商品を見ている紫苑の後姿を見ながら、小夜子が声を掛けるも、当の本人はカップやソーサーを眺めるのに夢中で、その声に気が付いていない。見かねた沙希が、
「久世君は、このお店で知り合いの女性と、待ち合わせだって言ってたけど・・・。まだ、来てないのかな?。」
さりげなく女性の部分を強調しながら、沙希は店の奥に目を凝らす。
「今日は、あなた達が初めてのお客様だから、まだ来てないのね。じゃあ、沙希ちゃんの方を先に済ませちゃいましょうか。」
小夜子は、沙希の背中に軽く手を添えると、2人はレジカウンターに向かって行く。紫苑は、相変わらず商品に夢中のようだ。
レジカウンターの中に入った小夜子は、レジの下にある引き出しから通常より少々大きめのタブレット端末を取り出すと、いくつか操作をした後、
「じゃあ、いつものように、右手を画面の上に乗せてね。」
と、沙希にタブレットを差し出した。タブレットの画面には右手の形をした画像と、[CHECK]の文字が点滅しているのが見える。沙希は、無言でタブレットの画面に手を添えながら、
(いつも思うけど、このお店って他のお客さん来るのかなぁ・・・。)
若干、失礼な事を思いつつ、タブレットの反応を待つ。しばらくして、タブレットから〈ピピっ〉という電子音が聞こえ[CHECK OK]の文字が点滅した。
そこへ、
「なんだそれ?。」
ついさっきまで、店の商品に夢中になっていた紫苑が、唐突に声を掛けてきた。
「!!」
小夜子と沙希は、顔を見合わせながら一瞬、驚いた表情になったが、すぐに小夜子が、
「私、占いもやってるのよ。会員制だから、これでお客さん情報をチェックしてるの。沙希ちゃんはOKだからいつも通り、奥の方で待っててね。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
2人は、ややぎこちないやり取りをすると、沙希は店の奥へ、小夜子は慌ててタブレットをしまう。沙希が見えなくなると小夜子が、
「それで、何かお気に召すものはあった?。お待ち合わせの方、遅いね?。」
「まあ、気に入った物はあったんだけど・・・。待ち合わせの人はとりあえずいいとして、その占いって俺もやってもらえます?。結構、好きなんですよ、占い。」
ほほ笑みながら問い掛ける小夜子に、紫苑は微笑を浮かべながらそう答える。それに対して小夜子は、
「ごめんなさい。一応、女性会員限定なの。」
特例はあるが、紫苑はそれに当てはまらないといった感じで小夜子は、紫苑の申し出を断った。
ほんの少しの間、天井を仰ぎ見ながら何かを考えていた紫苑は、
「じゃあ、これで俺も占いしてもらえるかな?。」
と、ズボンのポケットから500円玉くらいのコインを取り出すと、〈パチッ〉とカウンターの上に置き、小夜子の方へ押し出した。
紫苑が取り出したコインは、右側が赤色を、左側が青色しており、表面には幾何学模様が掘り込まれている。
訝しげにそのコインを手に取って表面を見るなり、小夜子は、
「まさか・・・!?。」
と呟きながら目を見開いて、コインと紫苑を交互に見入った。
「ダメかな?。」
その様子を見ていた紫苑が、にこやかに小夜子にそう問い掛けると、
「し、失礼いたしました。少々お待ち下さい。」
急に丁寧な言葉使いになると、先程と同じように、引き出しからタブレットを取り出し、慌て様子で操作をすると、
「一応、規則ですので、確認をお願いできますか?。」
と、タブレットを紫苑に差し出す。画面は、沙希の時と同じ、手の形と[CHECK]が点滅しているのものだ。紫苑は、当たり前のように画面に手を置くと、すぐに〈ピピッ〉という電子音と[CHECK OK]の文字が表示された。
タブレットを受け取り、画面を確認した小夜子は、タブレットを引き出しへ戻すと、
「確認いたしました、ありがとうございます。こちらへは、初めてお越しになりましたか?。よろしければ、ご案内いたしますが・・・。」
やや緊張した面持ちで、小夜子が訪ねると紫苑は、
「うん、今日初めて来たんだ。ここの事はよく解らないから、案内してもらえると助かる。」
砕けた話し方を変えず、紫苑がそう答えると、
「了解しました。では、こちらへどうぞ。」
小夜子は、カウンターから出て店の奥へ紫苑を促した。店の事務所を通り過ぎ、奥の扉を開くと、小ぢんまりとしたエントランスに、クラシカルなエレベーターが現れた。手動になっているエレベーターの扉を開き、先に乗り込んだ小夜子の後に、紫苑が続けて乗り込むと、
「こちらの窪んでいる所に、コインをはめると自動で動きます。」
小夜子は、ジャケットの胸ポケットから、銀色のコインを取り出すと、階数ボタンのパネルの一番下にある窪みの部分にコインをはめ込んだ。程なく、扉が自動で閉まり、エレベーターは地下へ下がり始める。
「行き方は解った。ありがとう。ところで、お店にあった品物は売り物なんだよね?。」
「はい。お店の商品は、全て売り物ですが・・・。」
説明に礼を言いながら、ショップの品物について紫苑が確認をすると、小夜子が不思議そうに答えた。
「帰りに、セーヴルの青いティーカップとソーサーのセットを買って帰りたいんだけど、カード使えるよね?。」
「カードでのお支払いは可能ですが、ご希望の商品は、少々値が張りますけど、よろしいですか?。」
店に並ぶ食器の中でも、一番高価な商品を買うと言った紫苑に、申し訳なさそうに小夜子がそう確認すると、
「カードが使えれば、大丈夫。帰りに支払するから包んでおいてくれる?。」
困り顔の小夜子に、ウインクしながら紫苑がそう言うと、
「ありがとうございます。ご用意しておきますね。」
と、小夜子は嬉しそうに、ほほ笑んだ。
2人が話をしている間も、エレベーターは、小さなモーター音を響かせながら、下へ、下へと、下りて行くのだった。
今回は、説明部分が多く、話が今までよりも長くなってしまいました。
次回も、同じくらいになるかもしれません。
7/5紫苑のコインの色を編集いたしました。