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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
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閑話 西口康子の思い出 中編

中編です

 『それと、あそこに並んでるティーカップとソーサーのペアセット、一番左のセットと左から3番目のセット、それと右から4番目のティーポット付きの4客セットを頂くから、一緒に用意してもらえるかしら?』


 セリーヌが頼んだ磁器は総額で康子の2ヶ月分の給料を上回る物である。事故とはいえ、数分前に失敗したばかりの店員に頼むことなどあり得ないと康子本人ですら思う。

 その考えをセリーヌはあっさりと覆してみせたのだ。


(どうして? だって私は……)


 驚いた表情のまま、康子はセリーヌをじっと見つめる事しか出来なくなっていた。


 その状況に苛立ちを覚えたのか、康子にぶつかって来た女性店員が2人の間に割って入り接客を始める。


「お客様、ただいま西口は片付けに追われておりますので、私の方でご準備させて頂きます」


 今までの不敵な笑みは何だったのだろうと思わせるような、ばっちりな営業スマイルで対応した女性店員をセリーヌはスッと一瞥すと次の瞬間───


I ordered(私は西口) it from(さんに) Ms.Nishi(頼んだ)guchi.(のよ)  Nobody(誰も貴女) orders it(になんか頼) from you(んでない).  Don’t(邪魔) disturb(しない) me()!」


 セリーヌから放たれたのは、康子に向けられていた優しい眼差しが嘘のように感じられるほどの冷ややかな視線と、その容姿からは到底想像出来ない荒々しい言葉だった。

 早口で捲し立てられた言葉が英語であったため、言い放たれた女性店員はその意味を理解出来なかったのだが、その視線と口ぶりからセリーヌが好意的な感じではないと察し、項垂れながらすごすごとバックヤードに引っ込んでいった。


「もう少しお店の中を見て回るから、慌てなくて大丈夫よ」


 女性店員の姿が見えなくなると、セリーヌは康子に視線を戻しながらそう声を掛け店内の散策に戻って行った。


「ありがとうございます」


 康子はその言葉で我に返ると慌てて立ち上がり、セリーヌの後姿に深々と頭を下げた。

 その後、康子はセリーヌに振り回されて、てんてこ舞いな状態になった。

 注文を受けたカップやソーサーなどを梱包していると、店の奥から「西口さ~ん」とゆるーいミルキーボイスでお呼び出しが掛かる。何事かと思って康子が駆けつけると、「これと、これと、あれも頂戴」と追加の注文が増える。

 商品を棚からカウンターに移動させたり梱包したりと、康子がテキパキ動く中で再び声が掛かる。

 そして更に追加の注文が増える……

 そんなことを3度繰り返した結果、ようやくセリーヌの顔に満足という文字が浮かんだ笑顔が見えた。


(驚かない! 今日はもう何があっても驚かないから!!)


 10万円前後の磁器や食器、銀製のホークやナイフのフルセットなどがポンポンと注文されていく異常事態に、驚愕を通り越して却って冷静になってしまった康子であった。


 全ての梱包が終わり、過去に1度だけしかお目に掛かった事がない7桁越えの数字をレジが弾き出したころになって、ようやく用事を済ませた店長が帰って来た。


「戻りましたー!」


 陽気な感じで店内に入って来た店長の目が捉えたのは、ご機嫌な様子のセリーヌとレジを見つめたまま硬直している康子、そしてレジカウンターに並べられた大量の紙袋たちである。

 もう驚かないと意気込んだ康子も、自分が売ったレジが7桁の数字を表示したのを見て硬直せざるを得なかったのだろう。


「あら、店長さん。お帰りなさい」


 タイミング良く出入り口の近くにいたセリーヌから声が掛かる。


「あっ! 久世様、いらっしゃいませ。いつも、お買い上げいただきましてありがとうございます」


 驚いた顔をしたものの、サッと機転を利かせ挨拶を返したのは、さすが店長と言ったところだ。


「本日のお買いものは、もうお済になられたのですか?」


「ええ、西口さんのおかげで、とても良い買い物が出来ました」


「そうですか。ありがとうございます」


 状況的に買い物が終わっていると分かり切ってはいたものの店長が念の為にと確認を取ると、セリーヌは満足そうに笑みを浮かべて答えた。

 そのまま、少しの間2人が談笑をしていたのだが、レジを打った康子から一向に声が掛からない。


「西口さん、お会計は?」


 横目で康子が硬直したままの状態である事を確認した店長は、苦笑いを浮かべながらそう促す。


「あっ、はいっ! 失礼いたしました。久世様、お買い上げありがとうございます。お会計、合計で118万2560円になります……」


 店長ははっと我に返った康子が読み上げた金額を聴くと、目を丸くして驚いた。それもそのはず、店でも年に2~3回程しか出ない高額会計だったのだから……

 一方、金額を聴いたセリーヌは、にこやかな表情を変えることなく手に持っていたクラッチバックから徐に財布を取り出すと、


「じゃあ、これで。支払いは一括でお願いね」


 そう言いながら、黒光りするカードを康子に手渡す。


((ジャ、ジャパンセレブレティーカードのブラック!!! 初めて見た……))


 そのカードは、康子と店長の2人を更に驚かせるのに効果抜群であったようだ。

 テレビCMの『持ってるだけでセレブでしょ?』というお馴染みのフレーズは、幼稚園児でも知っている有名なセリフである。このクレジットカード、年会費は一番下のランクでも10万円くらいすると言われている正にセレブが持つに相応しいカードなのだ。

 結果、もう驚かないそう思っていた康子が三度驚いたのも無理は無い。


「カ、カード、お預かりいたします」


 小刻みに震える手でカードを受け取った康子は、もたつきながらも支払いの処理を進め、明細にセリーヌのサインをもらうと、5つある紙袋を店長と手分けして持ちながら見送りに出た。

 品物を車のトランクに収め、見送る為に車の傍に立つ。


「西口さん、今日はどうもありがとう。またね」


「はい。本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 後部座席に乗り込みかけたセリーヌから声を掛けられた康子が笑顔でそう答えると、セリーヌも満面の笑顔になりながら小さく手を振って答えた。

 走り出した車に、店長と2人で深々と頭を下げる。


「お金持ちなのに、気さくで良い人よね……」


 そう呟いた店長に小さく頷き返しながら、康子は今日の出来事を一生忘れないだろうと思った。



 翌日───

 遅番だった康子が店に出勤すると、店舗の方がやけに慌ただしい様子である。


(VIPの来店予約なんてあったかしら?)


 上得意様の中には、高額購入をする時に来店予約をする人も少なくない。そんな日は、店が俄かに活気ずくのだ。この会社の店舗では、お客様が商品を購入すると接客した店員の成績に反映される。レシートの末尾に担当者の名前が入っているのは、それを集計するために必要だからだ。

 当然、お給料にも影響する。昨日、康子にいじめを働いた女性店員が康子をそっちのけにしてセリーヌの買い物にしゃしゃり出てきたのも、そういった理由があったからである。

 当の康子は、それに対してあまり意識した事は無いのだが……


(急いだ方が良いかな……)


 既定の出勤時間まであと15分ほどあるのだが、忙しければのんびりもしていられない。康子は手早く制服に着替えると、バックヤードから店舗へ移動した。


「お疲れ様です」


 遅番の為、先に出勤していた先輩店員にそう声を掛ける。すると、声を掛けられた店員の返事よりも先に、応接コーナーからの声が響いた。


「西口さーん! 賢斗さん、西口さんが来たわ。西口さーん!!」


 席から立ち上がって大きな声で自分の名前を呼びながら、嬉しそうに手を振っている人…… 見まごうことなくセリーヌその人である。隣には見慣れない紳士が座っていて、じっと自分を見つめている事に康子は気が付いていた。


(何か、不手際があったんだ……)


 同じお客様が、昨日の今日で来店するはずが無い。

 察するに隣に座っている紳士はセリーヌの旦那さんだろう。セリーヌはなぜか嬉しそうにしているが、恐らく何かしらのクレームを付けに来店したのだと康子はそう考えた。現に対応している店長も、困惑した表情で自分に向かって手招きをしている。

 突然の事に康子が躊躇いながら他の店員を見回すと、皆一様にニヤニヤとした意地悪気な笑みを浮かべていた。


「西口さん、お客様がお待ちよ。早く行って!!」


 挨拶したばかりの唯一いじめに関わっていない先輩店員にそう急かされ、康子は泣きたくなりそうな気持ちで応接コーナーへ向かう。


(どうしよう…… どうしよう…… どうしよう……)


 歩きながら、康子の頭の中はその言葉で一杯だった。昨日の事を必死に思い出してみても、自分ではこれといったミスは茶葉の一件以外に思い当たらない。パニックになりそうな状況の中、それでも相手が自分を名指しで呼んでいるのだから、きっと何か落ち度があったのだろうと康子は思う。


 応接コーナーに近づくにつれ、気が重くなった康子は少しずつ顔を俯かせていった。


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