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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
53/90

想定外な仲間

突然ですが、更新をさせていただきます。

実は、魔術師と法術師が今月末で1周年となります。

お読みいただいてる皆様に、感謝・感謝でございます。

という事で、ささやかではありますが、更新をさせていただきました。

次話は予定通り更新いたします。

今後とも、よろしくお願い致します。

 兵庫県神戸市中央区某所・魂の守護者たち(ソウルガーディアンズ)・日本支部・支部長室

 7月19日 日曜日 午前10時23分


 茶番のような紫苑と涼子の話が終わり、ぼーっとしていた沙希が覚醒したタイミングで、ドアをノックする音が部屋に響いた。


「どうぞ」


 涼子がそうドアの向こうにいる人物に入室の許可を与えると、


「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」


 そう言いながら、大きめのトレイを持った秘書の聡子が現れた。彼女は、沙希達のいるテーブルまでやって来ると、その場で紅茶を注ぎ、ソーサーとカップを各人の前に丁寧に置いていく。(かぐわ)しい香りが、その場をほっとさせる空間を生み出していく。


「忙しいのにごめんなさいね」


 涼子がそう聡子に声を掛けると、


「いえ、ちょうど一段落着いたところでしたから、お気になさらないで下さい」


 彼女はそう答えながら、シュガーポットをテーブルの中央に置くと、にこやかにほほ笑みを浮かべた。


「さあ、どうぞ。冷めないうちに頂きましょう」


 涼子は、沙希と紫苑にそう勧めると、自身も淹れたての紅茶に口を付けた。2人も、それに習ってそれぞれ紅茶を口にした。芳醇な香りと、すっきりとした味わいのそれは、色々な事を考えてやや荒んでいた沙希の気持ちをすーっと和ませるものだった。


 お茶の用意を終えて聡子が部屋を出て行き、3人が一息ついたところで、紫苑に向けて最初に口を開いたのは涼子だった。


「それで? 結局、2人は何をするために日本支部までやって来たの? 大概の事は、支所で賄えるはずでしょ?」

「確かに。普通の用件なら支所で十分なんだけど、今回は、支部(ここ)じゃないと申請出来ないみたいだからさ」

「なるほど。封鎖施設への入場申請に来たってわけね。それで? どの施設を利用したいのよ」

「うん? ああ、巣鴨プリズンに入りたいんだ」


 軽く答えた紫苑の言葉に、涼子はこれでもかと言わんばかりに目を見開いて驚くと、


「ちょっ、ちょっと紫苑。あなた、あそこがどういう所だか解って言ってるの? 私も一度入った事があるけど、洒落になんないレベルよ……。そんな所に、わざわざ好んで入ろうとしてる理由は何? あなたがいかに執行者(エクスキューショナー)だとはいえ、内容によっては許可できないわよ」


 そう焦ったように、やや強めの口調で捲し立てた。

 それに対して紫苑は、平然とした表情でここまでに至ったの経緯を説明すると、


「そんな訳でさ、今の状況を考えると、巣鴨プリズンが条件的には一番いいんだ。もちろん、沙希もいることだし無茶な事をするつもりはない。もし、そこが危険すぎてダメだったら、別の方法を考えなきゃいけないと思ってる。いずれにしても、出来るだけ早く決めて、早く特訓を始めたいんだ」


 そう続けて言った。さらに紫苑は、肩掛けのバックから封書を取り出して涼子に手渡すと、


「一応、光の元老院(ライトセニトゥ)からの推薦状も預かってきた。涼子さん、これで俺と沙希の入場許可を申請して貰えないかな?」


 そう言って頭を下げる。隣に座っていた沙希も、同じように頭を下げながら、


「私のせいで、みなさんに迷惑を掛けているのは十分わかっています。私みたいな新人が、巣鴨プリズンに行っても、何も出来ないかもしれません。でも、私のために紫苑や賢斗さん添島支所長が考えてくれた結論なんです。だから、結果はどうなっても、一度は行って試したいんです。お願いします、申請して貰えませんか?」


 そう意志のこもった声で涼子に願い出た。

 涼子は沙希の言葉を聴きながら、紫苑から預かった書面に目を通した。内容は、2人を巣鴨プリズンに入れるようにして欲しいというもので間違いない。

 涼子は、視線を頭を下げている2人に向けると、


「まあ、事情が事情だし、推薦状もあるから申請するのは構わないわよ。でも、2人でっていうのは無謀じゃない? 巣鴨プリズンよりも危険度の低い封鎖施設ですら、4人とか5人のランクの近いパーティーで入るのが普通でしょ? 沙希ちゃんと紫苑がそれぞれ法術師(ロー・ソーサリー)魔術師(ウィザード)だから攻撃面は良しとしても、補助と治癒で付与師(エンチャンター)治癒師(ヒーラー)が必要なんじゃないかしら。新人の沙希ちゃんならともかく、そんな当たり前の事、紫苑(あなた)なら当然解っている事よね」


 ややため息交じりに申請の承諾をした後で、率直な疑問を紫苑に投げかけた。


 涼子の言う通り、封鎖施設のようなダンジョンに入るには、各職種のメンバーを募り、パーティーを組んで行動するというのがセオリーである。それは、万が一パーティーの誰かが行動不能になった場合において、敵を牽制しつつ救出や治療、退却等が行えるからである。

 人数が少ない、今回の沙希と紫苑のようにたとえば2人で行動した場合、どちらかが行動不能になった時点で、もう一人が動けない仲間を庇いつつ牽制もしくは防戦する事になる訳だが、圧倒的に相手の数が多いと防戦するのにも限界があるだろう。そうなれば、全滅は必至であるし、仮に相手を退かせる事に成功したとしても、行動不能になった仲間の状態によっては手遅れにもなりかねない。

 通常の任務とは違い、それだけ少ない人数で全貌が明らかとなっていない封鎖施設に入る事は、かなりのリスクの伴うことなのである。


 涼子に痛いところを突かれた紫苑は、


「もちろん、メンバーを募ってパーティーを組むことを考えてない訳じゃないんだ。ただ……」


 難しげな表情を見せながら、そう言い淀んだ。涼子は、そんな彼の話を補足するかのように、


「ただ、紫苑(あなた)が計画した予定で動いてくれる人が見つかるかって事と、その人物が施設への入場許可を申請しているかが問題になるわよね。あなたみたいに、フリーライセンスを持っていれば、電話一本で入場は可能になるだろうけど、そういう人は大概、大きな任務を受けてたり役職についているパターンが多いから、自由になる時間も限られてるでしょうからね」


 そう言うと、紅茶を口にしながら呟いた。


「そうなんだ。2人で入るには、当然無理があるのは解ってる。これだけのダンジョンだから、どう考えても本格的な戦闘になる事は予想がついてるし、沙希のレベルアップを考えるなら、出来るだけ魔法を使わせたり、戦術を考えさせたりしたい。でも、それ以上に、将来的な事も考えるなら職種の違う仲間との連携も覚えた方が良いと思う。今の悩みどころは、自由に動けてかつ実力の伴った都合のいいメンバーを探し出す事かな」


 紫苑は、涼子の言葉に呼応するかのように心中を吐露した。沙希は、深い悩みに苦悩した様子の紫苑の横顔を見つめ不安そうな表情を浮かべている。そんな2人の様子を見ながら涼子は、


「まあ、そんな都合のいい人材はそうそう見つからないでしょうね。どちらかといえば、《忙しいと言いつつも、その人次第で自由な時間が作れる人物》に当りを付けた方が早いと思うわ。とりあえず、付与師(エンチャンター)は良いとして、後は必須として治癒師(ヒーラー)と、欲を言えば守護師(ガードナー)がいると完璧ね」


 そう言いながら、スーツのポケットからスマホを取り出すと、何やら真剣な顔で操作し始めた。


「ちょ、ちょっと待て。付与師(エンチャンター)は良いとしてって、俺達はまだ誰も誘ってないんだぜ。簡単に言うけど、涼子さんには条件に当てはまる実力者の知り合いでもいるのかよ?!」


 さらっと軽く流したように言った涼子の一言を、紫苑は聞き逃すことなく発言の真意を尋ねる。それに対して涼子は、スマホから顔を上げると、意地悪そうな笑みをにやっと浮かべながら、


「あら、あなたの目の前にいるじゃない。実力があって自由な時間を作れる付与師(エンチャンター)が」


 さも事無げにそう返事を返した。紫苑と沙希は、これでもかと言わんばかりに目を見開いて、


「まっ、まさか、涼子さんがメンバーになるつもりじゃないよな(ですよね)?」


 示し合わせた訳でも無いのに、最後の言い回し以外をハモリながら2人が同時に尋ねた。

 驚き、慌てた様子の2人を交互に見ながら、涼子は意地悪な表情のまま楽しそうに答える。


「もちろん、そのつもりだけど? もしかして、私じゃ実力不足かしら?」

「いや、実力は十分すぎる程だけど、日本支部長が長期間不在になるなんてありえないだろ!」

「そうですよ! 支部長の涼子さんがいなくなったら、支部がパニックになっちゃうじゃないですか!」

「そんな事、大した問題じゃないわよ。世界本部に召集されれば、2ヶ月や3ヶ月くらい留守にする事だってあるし、副支部長が優秀だからほとんどの事は任せられる。それに、重要な案件に関してはタブレットに情報が回って来るから、アンテナさえ立っていればどこでも確認出来るし決裁を下ろす事も可能だわ。そう考えれば、ここで私が机にしがみついてる必要は無いのよ」


 そこまで話をすると、涼子は溜息を付きながらカップに手を伸ばし残った紅茶を飲み干した。紫苑は、涼子の言葉に納得が出来ないのか、


「それにしたって、俺達と一緒に行動するには無理があると思うけど。第一、ここにいる事がさほど重要じゃないなら、自由に出かけたりしても問題ないはずだろ? それなのに、今だってこうしてここに留まってるじゃないか。それは、ここじゃなきゃ出来ない事があるからなんだろ?」


 そう(いぶか)しげな表情を浮かべながら問い掛けた。その問いに、涼子は先程より深い溜息を付きながら、


「ここじゃなきゃ出来ない事なんてほとんどないわ。なら、どうしてここに留まっているのかと言われれば、正当な理由があっての外出なら自由に出来るけど、そうじゃない場合になると時間的制約がついてしまうからよ。自由に動けるって言ってもショッピングに半日も掛けて出かけたら、支部長って立場があってもさすがにアウトでしょ。そんな理由の無い外出はせいぜい2時間が限度でしょうね。まあ、勤務時間が終わってからでも時間が取れない訳じゃないから、よほどの事が無い限り不要な外出はしないってだけよ。そう考えたら役職なんてつまらないものだわ」


 そう言ってうんざりとした顔になった。そこへ、


「でも、支部所属でない新人守護者(ガーディアン)のために長期不在になるっていうのも正当な理由にならないんじゃないんですか?」


 沙希が至極まっとうな意見を述べた。それに同調したのか、紫苑は頷きながら、


「そうだよ。特訓に協力しようとしてくれてる涼子さんの気持ちはすごくありがたいと思う。でも、どんな手を使うつもりか知らないけど、2ヶ月近く不在になるっていうのは無茶が過ぎるはずだ。支部長としての仕事がここでなくても出来る事は解ったけど、俺や沙希のために涼子さんの支部長としての立場が悪くなるようなことはして欲しくないんだよ。沙希だってそう思うだろ?」


 そう隣に座る沙希に返答を求めた。沙希は、真剣な眼差しで涼子を見つめながら大きく頷くと、


「紫苑にしても、涼子さんにしてもそれぞれ今の肩書に対する立場や責任があるはずです。私の特訓のためにそれが危ぶまれる状況になって欲しくはありません。涼子さんの気持ちは本当にうれしいです。でも、私のために誰かが無茶をしたりするくらいなら、巣鴨プリズンでの特訓なんて出来なくていいです」


 そう力強く答えた。涼子は、真剣な沙希の答えを聴くと、


「ぷっ、あはははは。紫苑もそうだけど、沙希ちゃんあなたも相当真面目なタイプみたいね。心配してくれてありがとう。でも、無茶な手段を使わなくても、ちゃんと正当な理由があるのよねぇ~。私には……」


 楽しそうに笑顔を見せながら、沙希の前に一枚の便箋を置いた。それは、少し前に紫苑が涼子に手渡した賢斗からの推薦状の中身であった。

 沙希はそれを手に取ると、紫苑にも見えるようにしながら内容を読み始めた。

 そこには、ランクの低い沙希に、巣鴨プリズンへの入場許可を出してもらえるようにとの丁寧な推薦文と合わせて、


『これは、元老院(セニトゥ)としての命令や強制ではなく2人の保護者としてのお願いなのだが、可能であれば2人の特訓にメンバーとして加わってもらえたら心強く思うのだがいかがだろうか。恐らくだが、2人で施設に入るのは無謀だろう。紫苑もその辺は解っていると思うし、メンバーをどうするか悩みどころだと思う。もちろん、判断は貴方に任せるし、無理のない程度で構わない。検討をよろしくお願い申し上げる』


 そう書き上げられていた。さすがは上司であり親なのであろう。今の沙希が支部でどういう判断をされるかもさることながら、紫苑の状況までもを理解し先手を打ってくれていたのである。


「ねっ。ちゃんと正当な理由があるでしょ。元老院(セニトゥ)ではなくって書いてあるけど、署名と指輪印が押されているもの。あなた達に協力しても、誰も文句なんて言わないわ。それに、頼まれなくてもメンバーになったと思う。だって、Dランクの女の子が、最恐レベルの封鎖施設で特訓なんてほっとけるわけないじゃない。」


 そう涼子は2人に声を掛けた。


 沙希は、賢斗と涼子の優しさを感じ、感動のあまり目に涙を溜めながら顔を上げた。

 そこには、優しく穏やかなほほ笑みを浮かべながら、沙希に向かって両手を前に広げる涼子の姿があった。

 沙希は、ぽろぽろと涙を流しながら立ち上がり、向かいの涼子の方へゆっくりと歩み寄ると、


「涼子さん…… 私……、私……」


 そう言いながら彼女の胸に飛び込んだ。涼子は、幼児を抱くかのようにしっかりと沙希を抱きしめると、


「あなたは優しい子だから、迷惑掛けたくないって思ってるだろうけど、みんなあなたの事が心配なのよ。添島さんも賢斗さんも、きっとあなたと一緒に行きたいと思ってるはず。でも、それこそ立場があるから簡単にそうする事も出来なくて、もどかしい気持ちでいると思う。でもね、大丈夫よ。2人の代わりに、私が一緒に行ってあげる。私と紫苑で絶対にあなたを守ってあげるからね」


 そう子供をあやすかのように囁いた。


「どうして……? どうして……みんな……私なんかのために……」


 沙希は、ところどころしゃくりあげながら尋ねる。涼子は沙希を抱きしめたまま、


「だって、あなたは大事な仲間じゃない。みんな仲間だけれど、あなたが他の人と違うのは、誰よりも辛い試練を受けなきゃいけなくなってしまったって事でしょ。それを、経験値のある上のランクの人間が、心配したり協力したりするのは当たり前じゃない。あなたは、私の事を考えて気を遣ってくれたけど、今は自分の事だけ考えて良いのよ。他の事は心配しなくて大丈夫だからね」


 そう言うと、ゆっくりと彼女の頭を撫で始めた。


 それから5分ほど、沙希のあげる小さな嗚咽だけが静かだった支部長室の音を支配していたのだった。


祝もうすぐ1周年!

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