恋敵(ライバル)?!
突然ですが、前回の更新でお休みをいただくとご連絡をいたしましたが、
諸々の都合により、6月末からお休みをさせていただくことになりました。
予告なしでの更新となりますが、お許しいただければ幸いです。
兵庫県神戸市中央区某所・魂の守護者たち・日本支部
7月19日 日曜日 午前9時48分
扉の前に現れたその女性は、優しい笑みを浮かべたまま2人の方へ歩み寄って来た。背丈はヒールを履いている状態で、沙希よりも頭一つ分高い。真っ黒で綺麗なストレートロングの髪と、整った小さい顔。スタイルも良く、凛とした佇まいは一流のモデルを思わせる、そんな人だった。
彼女は、2人の前に立つと、《パンパン》と手を鳴らしながら事務所をぐるりと見渡すと、
「はい、はい! 日本支部所属のメンバーがSランクの訪問くらいでバタバタしない! 第一、久世紫苑がここへ来るのは初めてじゃないし、堅苦しい事が嫌いなのは有名な話でしょ! ほら! さっさと仕事に戻りなさい」
と、その容姿からは想像出来ない声の大きさで、事務所内のメンバーを一喝した。その声に返事をする者はいなかったが、一同は、あっという間に自らの持ち場に戻ると、何事も無かったかのように仕事を再開し始めた。
女性は、その様子に満足したのか、続いて豊田の方へ笑顔を向け、
「美玖ちゃん、2人の入場チェックは終わったのよね?」
鈴の音のような優しく温かみのあるハイトーンボイスで、豊田に尋ねた。
〈さっきの大きな声は、凛として綺麗な声だったけど、今の声の方が、この人に合ってるみたい。なんだか、落ち着く感じがする。〉
名も知らぬ女性の声を聴いて、沙希はそんなことを思っていた。と同時に、
〈でも、この人は一体、誰なんだろう?〉
という疑問が浮かんだいたのも確かである。そこへ、
「あっ、はい! 入場チェック終わってます。あとは、ご用件を伺うだけです」
少し慌てた感じで豊田が女性に返答した。女性は頷きながら、
「ご苦労様。あとは、私が話を聴くから大丈夫よ。紫苑の事だから、どうせ私に用があって来たんでしょうから。でしょ? 紫苑」
そう言いながら、紫苑の方を向いて笑みを浮かべる。
「まあ、そんなところかな。っていうか、相変わらずで何より」
そう彼女に向かって苦笑いを浮かべながら答えた。女性は、紫苑から沙希の方へ視線を移すと、
「それより、お連れの可愛い彼女を紹介してくれない?」
そう言いながら、沙希に優しい笑顔を向けた。
「ああ、彼女は月ヶ瀬沙希。神田支所所属の法術師で4月から協会に所属した新人。支部に所属している製作者の月ヶ瀬耕一さんの娘で、今、俺が通ってる高校のクラスメートだ」
紫苑は、隣にいる沙希を女性に紹介した。続けて、
「沙希。この人は、高梨涼子さん。ここ日本支部の支部長さん。前に、添島支所長たちとチームを組んで仕事をしてたことがあるんだけど、その時のメンバーの一人なんだ。Aランク付与師で、無限の付与師って通り名が付いてるんだ」
向かいの女性を沙希に紹介した。沙希は、それを聴いて、一瞬、唖然とした表情になったが、すぐに、
「月ヶ瀬沙希です。まだ、協会に入ったばかりのど素人ですが、父共々、よろしくお願い致します」
と慌てて挨拶をした。それを見た涼子は、クスクスと笑いながら答えた。
「沙希ちゃん、そんなに慌てなくて良いのよ。私も、紫苑と同じで堅苦しいのは嫌いだし……。私、高梨涼子です。不肖ながら、ここの支部長を任されてます。これから、よろしくね。それにしても、月ヶ瀬さんの娘さんかぁ。お父さん、元気にしてる? 今度、新しい魔導具を頼みに行こうと思ってたのよ」
「はい。元気です。相変わらず、仕事馬鹿ですけど……」
沙希が涼子の問いにそう答えると、涼子は、嬉しそうに笑いながら、
「そう。相変わらずなんだ。月ヶ瀬さんの性格なら、どこに行っても変わらないと思ってたけど。まあ、立ち話もなんだし、私の部屋に行って、ゆっくり話しましょうか」
そう話すと、先程出て来た扉の方へ2人を促した。
涼子に促されるまま扉を潜ると、そこは上の階に続く階段があった。丁度、オフィスビルの非常階段のようなイメージではあるが、そのデザインは非常階段のそれとは、全く異なったものだった。通常、非常階段といえばコンクリートとタイル、スチールの手すりで造られているパターンが多いものだが、ここの階段は木製で出来ており、床はカーペットが張られている。一見すると、どこかのお屋敷にありそうな階段である。窓は無いものの、壁にはすっきりとした色調の風景画が飾られ、手すりもモダンな感じのデザインになっていた。
階段を上がった先の9階は、さらに沙希を驚かせるものだった。1階下の8階は、一般的な会社のオフィスといった装いであったのに対して、ここ9階は洋館のフロアそのものといった雰囲気であった。階段を上がり切った先は、フロアの中心部分にあたるのか、広いエントランスになっている。階段を上がった右手側のフロア半分は、等間隔にずらりと両開きのドアが並んでおり、それぞれのドアには《魔術師関連書庫》・《魔物・魔法生物関連書庫》などのプレートが取り付けられている。つまり、ワンフロアの半分が書庫になっているという事だろう。書庫の反対側、左手側のフロア半分は会議室・各役職の個室になっているのだが、それが大いに変わっている。通常、部屋は2~3部屋が中の壁で仕切られて長屋のようになっているパターンが多いはずである。しかし、今、沙希が見ている光景は、正に1部屋1部屋が独立している状態のフロアなのだ。しかも、どの部屋も同じ大きさで出来ているため、正に碁盤の目のようになっているといって間違いないだろう。
「面白いでしょ? 同じ大きさの部屋がマス目に並んでいるのよ。基準が会議室だから、役職の個室は無駄に広いんだけどね。まあ、上手に使えばなかなか快適な空間になるみたいよ」
面食らっていた沙希の後ろから、涼子がそう説明をした。
「なんだか、珍しい配置ですよね。何か理由があるんですか?」
涼子の方を振り返りながら、沙希はそう尋ねた。
「そうね。2~3部屋くっついてるタイプでも良いとは思うんだけどね。結局、聴かれたくない話も多いわけよ。壁を防音にしただけだと、『魔法が~』って騒ぐ人も少なくないから、それなら1部屋ずつ個室にしてしまえって事になって、今の形になったみたいね。私も、初めて観た時は、面倒くさいって思ったわ」
やれやれといった感じで肩をすくめながら、涼子は整然と並んだ個室部屋の方を見ながらそう答えた。
「やっぱり、協会でも派閥みたいなものがあるんですか?」
沙希は、涼子の説明を聴いてさらに質問を続ける。それに対して、涼子は軽く溜息を付きながら、
「派閥なんて、つまらないものは存在しないんだけどね。ここで部屋を持ってる役付きのメンバーは、各都道府県の取り纏めをしている人が多いの。大阪府担当とか、沖縄県担当とかね。喧嘩するほどじゃないんだけど、任務実績とか所属メンバーのランクとかで、お互いをライバル視している県とかも少なくないのよ。協会の支部が出来た時からそんな状態だったみたいだから、今更、騒いでもどうにもならない事だけどね」
そう言うと、少しげんなりとした表情を見せた。
「色々、大変なんですね。」
沙希は、そんな涼子の表情を見ながら、しみじみとそう呟くのだった。
涼子が常駐している支部長室は、整然と並んだ個室部屋を抜けた奥、突き当りにあるドアを潜った先、役員専用区画の奥にあるとの事だった。専用区画に入るドアの入り口には、セキュリティーセンサーとタッチパネルが付いており、指紋認証とパスコードの入力をしないと開かないようになっていた。
ドアを潜ると、長い廊下の左右に《役員会議室》・《秘書室》などのプレートが付いたドアが点在している。その先、正面の一番奥のドアが、支部長室という事らしい。
沙希達が、支部長室の前までやって来ると、そこはやや広めの空間になっており、ドアの右横には秘書と思われる女性が座るデスクがあった。
女性は、沙希達の姿を目に入れると素早く立ち上がり、
「いらっしゃいませ」
と柔らかい声で挨拶をして来た。それに対して、沙希と紫苑もそれぞれ挨拶を返すと、
「私の秘書をしてくれている、杉山聡子さんよ。本部所属のAランク治癒師なの」
涼子が、女性を紹介してくれた。紹介を受けた女性は、
「杉山聡子と申します。支部長の専属秘書をさせていただいております。よろしくお願い致します」
そう言って、丁寧にお辞儀をした。それに対して紫苑はすかさず、
「世界本部所属・フリーライセンス持ち・執行者Sランク・永久の魔術師・久世紫苑です。よろしくお願いします」
口頭申告と同じ内容で自己紹介をした。沙希は、少し慌てながらも彼に続けて、
「神田支所所属・守護者Dランク・法術師・月ヶ瀬沙希です。よろしくお願いします」
と自己紹介をすると、笑顔でお辞儀を返した。
一通りの挨拶が済んだところで涼子が、
「聡子さん、後で紅茶を入れてくれるかしら」
部屋のドアを開けながら、聡子に向かってそう頼んだ。
「承知いたしました」
聡子はそう返事をすると、彼女の真後ろにあるドアに入って行った。
「さあ、どうぞ入って」
涼子はそう言うと、開けたドアをそのまま支えながら、2人に部屋へ入るように促した。
部屋の中は、思っていた以上にシンプルな感じであった。
ドアを潜った正面には、応接セットが置かれ奥の窓から柔らかい自然光が差し込んでいる。右手奥に涼子のデスクがあり、パソコンやら書類が整然と並べられている。壁には絵画などの装飾品は無く、書棚やキャビネットが置かれていた。シンプルだが、どこも広めのスペースが取られているため、ゆったりとした空間を醸し出している。さり気なく置かれている応接セットや書棚なども、よく見れば細やかなデザインが施されており、それなりに価値のあるものだという事がうかがえた。
2人に続けて部屋に入って来た涼子は、応接セットのソファーを勧めると、自らも2人の対面側に腰を下ろしながら話を切り出した。
「それで? 引っ越したばかりの東京からわざわざ私を訪ねて来たって事は、やっとその気になったって考えて良いのかしらね、紫苑?」
「なっ! 何でそう言う解釈になるんだよ。第一、あの話はちゃんと断ったはずだろ?」
「あら、だってあの時は、今はまだ考えられないって返事だったじゃない。今はまだ考えられないって事は、それなりの時間が経てば考えてくれるって事でしょう? 断った事になって無いじゃない」
紫苑と涼子は、沙希には内容が理解できない話を始めている。重要な事かもしれないと思った沙希は、2人の会話に割って入って涼子に尋ねた。
「あのぉ、一体何の話をしているんですか?」
「えっ、ああ、月ヶ瀬さんは知らないわよね。3年前に、私と彼は他のメンバーとチームを組んで任務にあたった事があったんだけど、任務終了の時に、私が彼に結婚を前提に付き合って欲しいって頼んだのよ。だから、今日はその返事に来たんだと思って……」
「だから! 年齢的に考えて早すぎるだろ。俺はまだ16なんだぜ。結婚前提だなんて、考えられるわけないだろ!」
「あら、別に難しい話じゃないでしょ? 要は私の事が好きかどうかと、一緒にいたいと思うかどうかじゃない。まあ、結婚前提のお付き合いとなったら、私は一緒に同棲もしたいし、出来れば仕事も一緒がいいと思うけど。今の生活で大幅に変わるとしたらそのくらいじゃない」
「それはそうだと思うけど……。って言うか、そもそも3年前の時点でおかしいだろ? 13のガキに19の大人がいう事じゃないだろ?」
「そうかしら。今の時代、年の差婚なんて珍しくも無いし、6歳差なんて当たり前みたいなもんじゃない。それに、3年前のあの時、私はチームとして一緒に任務をこなすなかで、あなたの事を色々知ったわ。性格も実力もね。気が付いたら、あなたの事を好きになってたの。だから告白したんじゃない。それだって、私にとって人生初の事だったし、真剣に悩んで出した結論だったのよ」
「そっ、それは、そうかもしれないけど……。正直、今はまだ結婚とか婚約とかって考えられないし、俺も曖昧な返事をしたら涼子さんに失礼だなって思ってるからさ。だから、もう少し待ってくれないかな?」
「待つってどのくらい? 5年も10年も待てないわよ?」
そう言った涼子の顔は、真剣そのものである。決して年下の男をからかっているような様子ではない。そんな彼女の表情に、紫苑は真剣な眼差しを向けながら、
「高校卒業したら、ちゃんと返事をするよ。だから、後2年待ってもらえないかな?」
そう絞り出すかのような声で答えた。それに対して涼子は、
「はぁ~、2年かぁ~。まあ、3年もほったらかしにされてたんだから、あと2年くらい待ちますか。6つも年下の男に惚れた弱みってところかしらね。ところで、さっきから月ヶ瀬さんが固まったままなんだけど、彼女大丈夫?」
溜息を付きながら紫苑の答えに了承すると、視線を沙希の方へ向けてそう言った。
紫苑が沙希の方を見ると、驚いた表情のまま硬直している彼女の姿がそこにあった。
「おい! 沙希、大丈夫か? おい、返事しろ!」
紫苑は、沙希の肩を揺すりながらそう声を掛ける。
「はへっ? 何? なんかぼーっとしちゃって聴いてなかったよ。ごめん、何の話?」
「いや、大した話じゃなかったから良いけど。お前、なんか変じゃないか?」
「えっ! そっ、そんな事ないよ。ほら、支部長室なんてすごい所に来ちゃったから、今になってちょっと緊張してきちゃっただけだよ」
沙希はそう言い繕うと、少し顔を赤らめながら笑顔を見せた。
紫苑はその言葉で納得したようだが、沙希の発言はただの言い訳にしか過ぎない。
少し前の沙希の頭の中では、
〈涼子さんが紫苑に告白!! しかも結婚前提って……。それより、涼子さんは紫苑の事が好きだって事だよね?! この若さで支部長やってて、おまけにスタイル抜群で美人の涼子さんが恋敵だなんて……。ヤバイ! 強敵すぎるじゃん! しかも、告白してない私の方が一歩遅れてるよぉ~。どうしよう~。〉
そんな考えがグルグルと浮かんでいたため、2人の会話が全く耳に届いていなかったのである。
沙希が下手な言い訳を紫苑にしている間、
〈ふ~ん。月ヶ瀬さんも紫苑の事が好きみたいね。まあ、私も簡単に諦めるわけにはいかないのよねぇ~。とりあえず、お手並み拝見と行きましょうか……。〉
涼子は、ほほ笑みを浮かべながらそんなことを思うと、恋敵と認識した沙希の事を、穏やかな目で見つめ続けるのであった。
予定外の更新となってしまい、申し訳ございません。
お待ちいただいている皆様へ、少しでも早くと思い更新させていただきました。
次回更新は、6月中旬ごろを予定しております。
引続き、魔術師と法術師をよろしくお願い致します。




