特訓と調査 9
すっかり秋の気候になり、朝晩が寒くて、日中が暑いという日が続いております。
普段は、比較的健康な私ですが、毎年この時期は厄介な風邪をひいて
いますが、今年はまだのようです。
そろそろかな?、ひかないと良いなと思う今日この頃です。
東京都世田谷区某所・星流学園校門前
7月12日 土曜日 午後1時18分
沙希と紫苑の2人が、渡辺からLIGNEで連絡をもらったのは、もうすぐ日付が変わろうとしていた、昨夜の23時40分過ぎだった。
なぜ、連絡がそんなにも遅くなってしまったかと言うと、3人は〈かふぇ・こもれび〉での打ち合わせが終わった後に、他愛もないお喋りに花を咲かせてしまい、解散したのが20時半を過ぎた頃だったためである。
遅い時間になってしまったものの、幸いにも、次の調査対象になっている、原田美緒の友人で“黒い影”の目撃者でもある、本田久美子と連絡が取れ、会う約束をすることが出来たのは、渡辺の尽力の賜物であろう。
今日は土曜日のため、公立中学の世田谷区立南部中学校に通う、本田久美子は学校が休みなのだが、沙希と紫苑の通う星流学園は、私立高校のため、原則土曜日でも午前中は授業がある。
なるべく調査を早く進めたいとはいえ、渡辺の猛烈な反対もあって、さすがに学校を休むわけにもいかず、本田久美子との待ち合わせは、14時に、行方不明現場近くの児童公園で、ということになった。
ちなみに、待ち合わせ場所は、沙希達が通う高校からやや距離があるとはいえ、路線バスで10分少々の距離である事から、渡辺との待ち合わせも同じ場所になり、14時10分前に現地集合の約束になっていた。
沙希と紫苑は、学園前にあるバス停でバス待ちをしながら、空いた時間を沙希の特訓に使っていた。人目に付きそうな屋外で特訓を始めたのは、望む魔法を、望む数だけ発動させ、瞬時に消滅させるという魔法制御の特訓のためである。
持続時間があるライトの魔法や、紫苑の使うライトバレット、沙希の使う光矢烈翔弾等の初級・中級魔法は、比較的制御が簡単なため、発動状態のまま待機もしくは維持させる事が可能なのだが、逆に、術者の任意で待機・維持状態の魔法を消滅させる事も可能である。
術者は、戦闘状態になると、魔法を維持・待機状態にすることが当たり前であり、その頻度はかなり高いのだが、実は、消滅も同じくらいの頻度で行われている。これは、待機状態にした攻撃魔法などが、戦闘終了後に余ってしまうことが多く、そのまま放置、もしくはどこか適当な場所に使ってしまうと、万が一の事故につながる可能性があるため、術者本人が消滅させることが義務とされているからだ。
もちろん、特訓をしなければ、沙希が任意で自分の魔法を、消滅させる事が出来ないわけではない。目立ちやすい場所で、元々使える消滅を含めた制御の特訓をしているのは、発動→制御→消滅という一連の基本魔法制御プロセスを、一般の通行人や学園の生徒に、魔法を認識させないくらいのスピードと、安定感を養うためである。
2人は、バス停のベンチに並んで座りながら、
「それじゃあ、5セット目、行くぞ。5・9・2・7・3」
そう、小声で紫苑が呟くと、俯き加減の沙希は、自分の体と学生鞄の間に出来たわずかな空間に、ライトの魔法を、彼が呟いた数だけ発動させ、瞬時に消滅させる。
(5・9・2・7・3、っと。初めの頃よりも、速く出来るようになって来たかな?)
沙希は、そんなことを考えながらも、集中力を切らさない様に注意して耳を澄ませる。
丁度、10セット目が終わった所で、待っていたバスがやって来た。
「結構、慣れてきたな。今日、早く帰れたら、次の段階に進もうぜ」
バスの座席に座りながら、そう言ってきた紫苑の言葉に、沙希は、少しの間、嬉しさを滲ませるのだった。
東京都世田谷区経堂・某所
7月12日 土曜日 午後1時45分
待ち合わせ場所の児童公園は、最寄りのバス停から、徒歩で5分ほどの所だった。そこは、5階建てくらいのマンションが密集しているエリアと、昔から、この界隈で生活していると思われる、古い戸建ての住宅が並んでいるエリアの丁度中間に位置している。
入り口の看板は、児童公園となっているものの、広さは、通常の公園より広く、ブランコやすべり台といった遊具エリアと、バスケットゴールが設置されている、スポーツエリアに分かれているため、ちょっとした運動公園といった感じであった。
2人が渡辺と待ち合わせたのは、遊具エリアにある東屋である。紫苑は、そこに設置されていた自販機で冷たいレモンティーとミルクティーを買うと、ベンチに腰かけた沙希に両方の缶を見せながら声を掛けた。
「どっちが良い?」
「あっ、ありがと。ミルクティー貰っても良い?」
紫苑は、そう答えた沙希にミルクティーを渡すと、レモンティーを開けて飲み始めた。それに習って缶を開けながら沙希は、
「いただきます」
そう言うと、ミルクティーを飲み始めた。気温30度を超える暑さの中、冷たいミルクティーと、時々吹いてくるそよりとした風が、沙希の火照った体に心地よく染みわたっていった。
沙希の飲んでいる、缶ミルクティーの中身が半分ほどに減ったころ、慌てた様子の渡辺が、公園の入り口に駆け込んでくるのが見えた。
やや息を切らせながら東屋へ入って来た渡辺は、
「はぁ、はぁ。ご、ごめんなさい。考え事していたら、下りるはずのバス停を過ぎてしまって……」
そう言いながら、手を合わせ2人に謝って来た。紫苑は、先ほど買っておいたペットボトルのお茶を渡辺に手渡しながら、
「大丈夫ですか? 遅れるならLIGNEしてくれれば、目撃者の子と待ってたのに」
笑顔でそう言うと、彼女は受け取ったお茶を飲みながら、
「はぁ、ありがとう。出来れば、事情を聴く前に、2人と事件のおさらいをしておきたかったから。次のバス停が、思ったよりここから離れてて、ちょっと焦っちゃったわよ」
と、息を整えながら、ほほ笑んでを見せた。沙希は鞄からタオル地のハンカチを取り出すと、
「渡辺さん、汗、びっしょりですよ。これ、使って下さい」
「ごめんね、沙希。洗って返すからね」
渡辺は、差し出されたハンカチを受け取りながら、申し訳なさそうに額と首筋の汗を拭うと、2人の隣に腰を下ろした。そこへ、1人の少女が東屋を覗くように見ながら、声を掛けてきた。
「すみません。もしかして、世田谷西署の渡辺さんですか?」
「はい。私が渡辺ですが、あなたが、本田久美子ちゃんかな?」
「はい。連絡をもらった、本田久美子です。母から、美緒ちゃんのことで、話が聴きたいって聴いてきました」
「お休みなのに、ごめんなさいね。前にも、刑事さんに話してくれたと思うんだけど、もう一度確認させてもらいたくて。どうも、ありがとうね」
「いえ、美緒ちゃんが、早く見つかるなら、なんでも協力します」
水色のTシャツに、デニム地のスカート姿の少女は、淋しそうな顔をしながらも、はっきりとした声でそう答えた。
その姿を見た渡辺は、頷きながら、手帳を取り出すと、
「事件の現場に行く前に、少し話を聴かせてね。まず、久美子ちゃんの事を聴かせてもらえるかしら」
「はい。えっと、名前は、本田久美子です。世田谷区立南部中学校の2年生で13歳です」
「ありがとう。次は、原田美緒ちゃんの事を教えてくれるかな?」
「はい。美緒ちゃんは、私と同じ南部中学校の2年生で同じ13歳です。美緒ちゃんと私は、幼稚園からずっと一緒で幼馴染なんです。部活も一緒で、ソフトテニス部でダブルスを組んでます」
「そう、美緒ちゃんは、幼馴染なんだね」
渡辺は、そう言いながら、沙希と紫苑の方を見た。沙希は、渡辺に軽く頷いて見せると、
「久美子ちゃん。今度は、私からも質問していいかな?」
「はい。いいですよ」
「久美子ちゃんと、美緒ちゃんは、いつも一緒に登下校してるのかな?」
「はい。どっちかが休みとかでなければ、毎日一緒です」
「じゃあ、美緒ちゃんが行方不明になる前で、2人で下校している時とか、遊びに行った帰りとかに、変わった事は無かった?」
「変わった事? うーん、特に無かったと思うけど……。あっ、美緒ちゃんが居なくなる3日くらい前に、ここでソフトテニスの練習をしていた時に、綺麗な保険屋のお姉さんに、道を聴かれた事があったかなぁ」
「保険屋のお姉さん?」
「はい。家に来る保険屋のおばちゃんが持って来る、大きな黒い鞄を持った綺麗なお姉さんでした。道に迷っちゃったらしくて、タクシーの捕まえられそうな、大きな通りはどうやって行けば良いのか、私たちに聴いてきました。美緒ちゃんが、バス停のある通りを教えてあげたら、ありがとうって言って歩いて行きましたけど……」
「そうなんだ。綺麗なお姉さんってどんな感じだった?」
「髪の長い、優しそうな感じの人でしたよ。スーツ姿で、すらっとしたスタイルの良い人でした」
それを聴いた沙希が、紫苑と渡辺に視線を送ると、2人は沙希の考えに同調するように頷いた。沙希は続けて、
「久美子ちゃん。その人の顔って覚えてる? もし、覚えてたら、警察の人に似顔絵を描いてもらおうと思うんだけど、どうかな?」
そう尋ねると、久美子は少しの間、考え込むと、
「ごめんなさい。夕方6時くらいで薄暗くなってたし、3ヶ月近く経ってるから、よく覚えていません。それに、この辺は、入り組んでいる所も多いから、道を尋ねて来る人も少なくないし……。今のお姉さんの事を思い出したのも、時間的に余所から来た人が、この辺を歩く時間じゃなかったから、珍しいなってその時思ったからなんです」
「そっかぁ、そうだよね。無理言ってごめんね。あと、2つだけ質問させてね。1つ目は、美緒ちゃんの生年月日と血液型を教えて欲しいのと、もう一つは、久美子ちゃんの生年月日と血液型を教えてもらえるかな?」
「はい。美緒ちゃんは、平成16年11月13日生まれのA型で、私は、平成16年10月25日生まれのO型です」
沙希は、それぞれの情報を聴くと、メモを取りながら、
「はい。私からの質問は、これで終わりです。色々と、ありがとうね」
そうお礼を言って、久美子にほほ笑みかけた。沙希の質問が終わったのを聴いた紫苑は、久美子に、
「続けて質問で悪いんだけど、俺からも良いかな?」
そう尋ねると、久美子は少し頬を赤く染めた笑顔を紫苑に見せながら、小さく頷いた。それを見た紫苑は、予てから、詳しく聴く予定だった事柄について尋ねた。
「美緒ちゃんが行方不明になった時、久美子ちゃんが、“黒い影”を見たって聴いたんだけど、どんな感じだったか教えてもらえるかな?」
“黒い影”という言葉を聴いた途端、久美子は、誰が見ても分かるくらいに青ざめた顔になると、恐怖に怯えたような表情で、涙を浮かべながら、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「美緒ちゃんが居なくなった、4月26日の夕方5時半頃、私は、いつも別れる十字路で、美緒ちゃんに手を振ってました。美緒ちゃんは、私の方を見て手を振り返しながら、後ろ向きに歩いていたんです。美緒ちゃんが、住んでるマンションに入って行くまで、手を振りあうっていうのが、2人で決めた約束だったから……。
あの日、美緒ちゃんがマンションの入り口のまで歩いて行くと、マンションの中から“黒い影”が横切ったんです。気が付くと、美緒ちゃんの姿はありませんでした。私は、てっきり、マンションに入って行ったんだと思って、そのまま家に帰りました。夜8時近くになって、美緒ちゃんのお母さんから電話があって、美緒ちゃんが家に帰って無い事が分かったんです。私、自分の両親にも、美緒ちゃんの両親にも、“黒い影”の事を正直に話したんです。でも、誰も信じてくれなくて……」
そこまで話すと、久美子はいつの間にか頬を伝い始めていた涙を、手で拭った。それを見ていた紫苑は、真剣な表情をすると、
「大丈夫。俺達は、久美子ちゃんの話を信じるよ。それで、その“黒い影”についてなんだけど、どんなヤツだったかな?」
「えっと、形はホラー映画に出て来る、オオカミ男みたいな姿だったと思います……。頭が犬に似ていて、毛が逆立っている感じでした。プロレスラーの男の人みたいに体格が良くて……。背は、2m位だったと思います」
「じゃあ、人間っていうより、バケモノみたいなヤツだったんだね?」
「はい。ほんの数秒しか見ていませんけど、美緒ちゃんの方をじっと見いていた時に横切ったので、間違いありません」
「ありがとう。すごく、貴重な情報だよ。もしかしたら、美緒ちゃんを連れ去ったヤツが解るかもしれない」
「本当ですか! 周りの人が、何かと見間違えたんだって言うから、ちょっと自信が無かったんですけど、覚えていて良かった」
紫苑の言葉に、久美子は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。話を聴いていた渡辺は、一通りの質問が終わったと判断すると、
「それじゃあ、事件のあった現場に行ってみましょうか」
その声で、一同は立ち上がると、事件現場に向かって歩き始めた。
事件現場は、児童公園から歩いて4~5分の十字路であった。沙希達は、久美子の案内で、彼女と美緒が、事件当日に下校して来た道順を辿りながら現場へと到着した。美緒の自宅は、通りの左側にある、外壁が茶色いレンガ調のマンションで、久美子が美緒と別れた時にいたという場所からは、マンションの入り口部分まで、約10mほどの距離だが、電柱などの遮蔽物も無く見通しが良かった。
沙希と渡辺は、久美子から聴いた情報をもとに当時の状況を再現してみたり、“黒い影”の大きさなどの確認をしたりしていたが、紫苑は1人少し離れた所で難しい顔をしながら、周囲を警戒していた。
そんな紫苑の様子に気が付いた沙希は、彼に近づき声を掛けた。
「どうしたの? 何かあった?」
「ああ、なんだか妙な気配を感じるんだよ。公園を出たあたりからずっと、誰かに見られてるような、そんな感じがするんだ。ちょっと、警戒してた方が良いかと思ってな」
「そう、分かった。じゃあ、渡辺さんにも気を付けるように言っておくよ。もう少しで終わるから、早くここから移動しようね」
「そうだな。気のせいならそれでいいんだけど、万が一もあるからな。人通りがある所なら、相手も滅多な事はしてこないだろうしな」
「うん、そうだね。じゃあ、パパッと終わらせてきちゃうね」
そう言って渡辺の所に戻った沙希は、事情を渡辺に話すと現場検証の続きを始めた。それから5分ほどで、大体の確認が終わり、3人は協力してくれた久美子を自宅まで送って行くことになった。
久美子の自宅は、現場から10分ほどの所にあるマンションで、3人は久美子に悟られない様に警戒しながら歩いていたが、特に何も起こることなく、久美子を送り届ける事が出来た。
「取り越し苦労だったみたいだな」
その帰り道、そう呟いた紫苑に、少し前を歩いていた沙希が、振り向きながら、
「そうだね。でも、何もなくて良かったよ」
そう相槌をうって警戒を緩めた次の瞬間、
「沙希、危ない!」
沙希の隣を歩いていた渡辺がそう叫ぶと、押し倒すように覆いかぶさって来た。
一瞬で渡辺に頭を抱え込まれた沙希は、真っ暗になった視界の中で、紫苑が、
「くそっ!」
と吐き捨てるように叫びながら、走っていく足音をが聴こえた。
沙希は、自分を抱えたまま動かなくなった渡辺の体温を感じながら、言い知れぬ不安を感じ、身を震わせるのだった。
調査編をお届けいたします。
2時間サスペンスが、ちょうどいい所でCMを入れておりますが、
今回の投稿が同じようになってしまいました。
決して狙ったわけではなく、長くなってしまったので、2回に分ける事に
したからです。
ごめんなさい。次回にご期待ください。
次の更新は、連休明けの10/10(火)の予定です。




