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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
36/90

特訓と調査 8

台風が列島を縦断していきました。

皆様がお住まいの地域は、大丈夫だったでしょうか?。

幸いにも、私の住む地域は、大した被害はありませんでした。

被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。

いち早い復旧を、お祈りしております。


 東京都渋谷区代官山町某所・《かふぇ こもれび》

 7月11日 午後6時18分


 渋谷駅の南に位置する代官山町の、住宅地にほど近い裏通りの一画に、ログハウス調の建物があった。外見は、特に装飾などは無く、通りに面した歩道に、《かふぇ こもれび》の文字と、おすすめメニューが書かれた、黒板の立て看板が出されているだけだったが、唯一、沙希の目を引いたのが、庭に立っている一本の大きな木の存在だ。

 種類こそわからないが、幹は太く、平屋のお店よりも高いその木は、日が差せば、綺麗な木漏れ日を生んでくれるであろうことは、日の暮れかけた今の時間でも、容易に想像できる。お店を見守る様な雄大さを見せるその木は、正にシンボルツリーと言うのに相応ふさわしいだろう。


 紫苑に促され店内に入った沙希と渡辺は、その雰囲気にほっとした安心感を持った。

 格子の入った大きな窓、各テーブルに灯るオレンジ色の優しい光、カウンターから漂うコーヒーの香り、そして、所々にさり気なく置かれた観葉植物。

 シンプルだが、安らぎと落ち着きを持ったその空間は、ここが都心に近い場所だというのを忘れさせてくれるそんな雰囲気を醸し出していた。


 紫苑は、店主であろう初老の男性に軽く手を上げて見せると、店内でも一番奥のテーブルに2人を案内した。程なく、先ほどの店主が、お冷とおしぼりをトレイに乗せて現れた。


「いらっしゃいませ。紫苑、久しぶりだね。もう、ここの事は、忘れちゃったのかと思ってたよ」

「あはは。ひでさん、お久しぶり。こっちに来る時は、顔出そうと思ってたんだけど、なかなか時間が取れなくてさ。忘れてた訳じゃないんだけど、ご無沙汰になっちゃったよ」


 声を掛けてきた店主に、気さくに話をし始めた紫苑は、


「そうだ、紹介しておくよ。俺の隣にいるのが、月ヶ瀬沙希。今の仕事のパートナー。向かいの人は、調査協力してもらってる、世田谷西署の渡辺巡査部長さん。これから、ちょくちょく寄ると思うから」

「そうかい? まあ、期待しないで待ってるよ。おっと、遅ればせながらですが、高坂秀明こうさかひであきといいます。今は、このお店をやっていますが、昔は月ヶ瀬さんと同じで、協会にいた事があるんですよ。彼とは、その時に知り合ったんです。だから、任務の話も、気兼ねなくしてもらって大丈夫ですからね」


 秀さんはほほ笑みを浮かべながらそう言うと、脇に抱えていたメニューを渡辺に手渡した。メニューに目を通すと、豊富なドリンクの種類と、軽食、スイーツの名前が、ずらりと並んでいる。注文の決まった渡辺は、


「私は、ミックスサンドと、ウインナーコーヒーを」


 そう言うと、メニューを沙希に手渡す。沙希は、しばらく、目移りしながらも、


「えっと、私は、ケーキセット。アイスレモンティーと、苺のミルフィーユでお願いします」


 秀さんに、笑顔を見せながらそう注文をした。


「渡辺さんが、ミックスサンドとウインナーコーヒー。月ヶ瀬さん……、沙希ちゃんで良いかな? ケーキセットでアイスレモンティーと苺のミルフィーユだね。紫苑は、いつもので良いんだよね?」


 紫苑の方を見ながら、そう確認すると、紫苑は頷きながら、


「それと、アップルパイが食いたい」


 と、にこやかに頼むと、秀さんは嬉しそうに注文を伝票に書き、


「ちょっと待っててね」


 そう言いながら、カウンターの方へ戻って行った。その後ろ姿を見ながら、笑顔を見せた渡辺が紫苑に、


「気さくで、優しい感じの人ね。お店も良い雰囲気だし、気に入ったわ」

「良かった。このお店は、どれを頼んでも美味いですよ。料理とスイーツは、娘さんの優子ゆうこさんが作ってるんですけどね。良かったら、通って上げて下さい」


 自分が褒められたかのように、紫苑は嬉しそうな表情をすると、沙希の方を見ながら、


「沙希。優子さんのケーキ、すげー美味いぜ! 食べ過ぎない様に、気をつけろよ」


 ニヤニヤしながらそう言うと、沙希は、


「だ、大丈夫だよ! ちゃんと、1個で我慢できるもん」


 そう言いながらも、焦った表情を見せる。そのやり取りを見ていた渡辺は、


「2人とも、仲が良いのね。もしかして、付き合ってるの?」


 と、沙希に尋ねる。沙希は、顔を赤くしながら、


「つ、付き合ってないですよ! 紫苑は、友達で、任務のパートナーです。もう、渡辺さんまでからかわないで下さいよ。ねっ、紫苑」 


 そう早口で、捲し立てると、恥ずかしそうに少し俯いた。


「ああ、確かに付き合ってはいないよな。最近、一緒にいる事が多いけど……」


 話を振られた紫苑は、そう沙希の意見に同意する。渡辺はその話を聴くと、


まだ(・・)付き合ってはいないけど、まんざらでもないって感じなのね)


 そんな感想を持ちながら、目の前の若い2人にほほ笑ましい笑顔を向けるのだった。



 15分ほど他愛も無い話をしていた3人の前に、注文した物が運ばれてきた。〈いつもの〉と言う注文をしていた紫苑の前には、バナナジュースとアップルパイが置かれていた。沙希は、物珍しそうな顔で紫苑に尋ねる。


「紫苑、それってバナナジュースだよね? いつもは、紅茶なのに、珍しいね」

「ああ、いつもは、あんまり飲まねえけど、秀さんのバナナジュースは絶品だからな。ここへ来ると、必ずこれを頼んでるんだ」


 紫苑は、そう答えながら、話題のバナナジュースを、ストローで一口飲むと、


「それじゃあ、今、解っている事の確認から始めるとするか」


 少し低めのトーンで、そう2人に促すと、渡辺は手帳を、沙希はメモ帳を取り出し、話し合いをする体制を整えた。それを確認した紫苑は、ゆっくりと話し始めた。


「まずは、前に渡辺さんからもらった捜査資料からなんだけど、行方不明になっているのは、10歳~17歳までの男女10名。そのうち、所在が確認されたのは、きぬた公園で発見された、田所朋子たどころともこさんだけ。今日、話を聴きに行った、浅野潤也あさのじゅんやくんとの共通点は……」

「え~っと、2人とも小学生ってことは共通点だけど、他の行方不明者と共通しないよね。あとは……、田所さんの誕生日は、平成18年5月18日だし、血液型もB型だから浅野君とも共通してないよね」


 資料とメモを見比べながら、沙希がそう答えた。すると、同じように資料を見ていた渡辺が、


「2人とも、資料の2枚目を見て。私が作った行方不明者リストなんだけど、上から4番目の、下田美穂しもだみほさんの欄、生年月日が平成13年5月10日、年齢16歳、血液型はO型よ。田所さんとは誕生月が、浅野くんとは血液型が同じだわ。浅野君を含めて、他の子は誕生月が合わないけど、血液型がB型かO型の子は他にもいるわ。もしかしたら、血液型にヒントがあるのかもしれないわね」


 そう共通点について意見を述べた。紫苑はリストを見ながら、


「やや強引な感じがするけど、共通する人が多いのも確かだな……」


 すこし難しい顔になると、そう呟いた。渡辺の言う通り、10名の行方不明者の中で、7名がB型とO型のどちらかである。残りの3名はA型が2名、AB型が1名と圧倒的に少ない。ちなみに、B型とO型の割合は、B型が4名、O型が3名だ。

 2人の会話を耳に入れながら、リストを確認していた沙希は、ふと疑問を感じた。


(確かに、B型とO型が多いけど、田所さんだけ、遺体で発見されたのは、何でなんだろう? 彼女もB型なのに……。それに、B型とO型の人を集めてるんだったら、A型とAB型の人が発見されても良いはずだよね。他に、何か共通点があるのかなぁ)


 眉を八の字にしながら、考え込む沙希に気が付いた渡辺が、


「沙希、どうしたの? 何か引っかかってる事があるなら、話してみて。それによっては、これからの動き方も変わるから」


 そう促すと、沙希は少し身を乗り出しながら、


「今回の事件って、1人の時に行方不明になった人もいるから、“黒い影”に連れ去られたっていうのも、共通点にはなってないんですよね?」


 そう渡辺に確認すると、彼女は頷きながら、


「そうよ。この事件が、誘拐事件にならないのは、第1に、行方不明者全員が、連れ去られたという事実が証明されていない人がいる事。第2に、犯人から脅迫電話みたいな接触が無い事。2つの理由から、行方不明者本人の意思で、失踪した可能性も考えられるし、“黒い影”の正体も分かっていない事もあって、行方不明事件になってるのよ」


 溜息を付くようにそう説明した。


「とりあえず、血液型の事は、一回忘れて、行方不明者全員が“黒い影”に連れ去られたかどうかを、はっきりさせませんか? なんだか、そこがはっきりしないと、何を基準に連れ去っているのか、共通点は何なのかが、絞り切れない感じがする……。それに、何で田所さんだけ、発見されたのかも、よく解らないし……」


 そう沙希が思った事を言うと、それを聴いた紫苑と渡辺は、


「そうだな。そっちから確認していった方が、答えは出やすいかもしれない。まずは、共通点を“黒い影”に限定して、行方不明者全員を再調査するところから始めてみるか」

「そうね。今の情報だけじゃ、共通点はほぼ無いに等しいのも事実だしね。幸い、今までの捜査で、行方不明者たちの足取りも分かってるし、いずれにしても、全員の家族とか、友人に話を聴きに行かなきゃいけないと思ってたから、この際、徹底的に調査し直してみましょう」


 2人が、沙希の意見に同意すると、今だ難しい顔のままの沙希が、


「でも、思った以上に、時間が掛かっちゃうかもしれないね。大丈夫かな……」


 そう、ポツリと呟いた。


「とりあえず、全力で調査しましょう。考えてても、答えは出ないと思うから……」


 それを聴いていた渡辺は、沙希にそう言いながら、軽くほほ笑んで見せた。沙希は、そのほほ笑みをを見ると、不安を振り払うように頷いた。そこへ、紫苑が、


「その、“黒い影”なんだけど、今日聴いた話で感じたのは、俺達みたいな術者が、低級の魔物を使役してるんじゃないかと思うんだ。前にも他の任務で、低級の魔物を使って、殺人をしていたって事案があったんだ。もっとも、その事件の場合は、リアルに犬型の魔獣を使ってたから、すぐに解決したんだけどな。今回の“黒い影”も、人的な何かよりも、超常的な何かと考えた方が、良いと思う」


 そう“黒い影”について、考えを述べた。


「じゃあ、浅野くんと、田所さんは、2人とも“魔法”が関わってるって、共通点があるって事だね」


 沙希がそう確認すると、紫苑は頷きながら、


「ああ、まだ予想でしかないけど、恐らく、田所さんを連れ去ったのも、“黒い影”だと思う。彼女に関しては、連れ去られた後、“魔法”で殺されて、公園に遺棄されたんだろう……」


 先日、紫苑の魔法を、目の前で見せられた渡辺は、2人が、〈低級の魔物〉、〈超常的な何か〉、〈魔法〉と言った、一般人ではあまり口にすることが無いであろう単語を聴いても、違和感を感じなくなっていた。彼女は、真剣な表情で、2人の話をメモすると、資料の行方不明者リストに視線を向け2番目の欄を確認すると、


「じゃあ、次は、リストの2番目、原田美緒はらだみおさんについて、調査しましょう。彼女は、学校の友人と一緒に帰宅している途中で“黒い影”に連れ去られているわ。その友人を、東署の刑事が、目撃者として事情聴取しているから、アポを取って、もう一度、詳しい話を聴いてみましょう」


 そう、2人に提案した。沙希は、リストの2番目を確認しながら渡辺に、


「そうですね。すでに共通していますけど、“黒い影”の情報も少ないですし、良いと思います。それで、次の調査は、いつにしますか?」


 そう尋ねると、彼女はスケジュールのページを見ながら、


「まずは、その友人にアポを取ってからになるわね。明日は土曜日で学校が休みだから、相手の都合が良ければ、続けて調査できると良いわね。調査対象も多いし、なるべく短期間で集中的に調査していきましょう。確認が取れたら、2人にLIGNEリーニュするわ」


 そう答えて、コーヒーに口を付けた。沙希はミルフィーユを食べながら、バナナジュースを飲んでいる紫苑に話しかけた。


「“黒い影”の具体的な情報が聴けると良いね、紫苑」

「ああ、少しでも想像できる情報が得られれば、いくらでも調べようはあるからな。出来る限り、詳しく聴いてみようぜ」

「うん。でも私、次は上手に質問出来るかな……。今日、うまく話しが出来なかった気がするんだよね……」

「そうか? 俺は、初めてにしては、良い感じだったと思うけどな」

「紫苑がそう言ってくれると、少し気が楽になるよ。まだ、自分で納得できてないから、慣れるように頑張ってみるね。いつも、ありがとね」

「いや、礼を言われるような事、言ってねえよ。俺は、思った事を言っただけさ。でも、あんまり無理すんな。まだ、特訓だって終わってねえんだし、調査も始まったばっかりなんだからさ」


 紫苑は最後にそう言うと、ニコニコしながら、沙希の頭をくしゃくしゃっとちょっと荒っぽく撫でた。


「ちょ、ちょっと、止めてよぉ! 髪型が乱れちゃうでしょ! もう、紫苑のバカ!」


 沙希は、彼の突然の行動に、頬を少し赤らめながら、そう抗議の声をあげると、得意の『ハムちゃん顔』をしてみせた。そんな2人の様子を見ていた渡辺は、とても面白そうな笑い声をあげながら、


「それにしても、2人は、ホントに仲がいいのね。いっそのこと、付き合っちゃえばいいじゃない。きっと、お似合いのカップルになれるわよ」


 そう言いながら、笑い続けている。沙希は、そんな彼女の言葉に、今度は顔を真っ赤にすると、


「もう、からかわないでって、さっき言ったじゃないですか! 私、ホントに怒りますからね!」


 と、軽く睨みながら、軽く握った右手を肩口まで振り上げて見せる。渡辺は、堪えきれない笑いを、必死に堪えながら、


「ぷっ。ごめんなさい……。ぷぷっ、もう言わない、もう言わないから……」


 そう言って謝るが、所々吹き出してしまい、全く反省している様子は感じられない。沙希は、そんな様子の彼女を睨みながら、上げた手を下ろし、ホークを掴むと、少し大きめに切ったミルフィーユを頬張った。隣の紫苑は、我、関せずな様子で、アップルパイを食べ進めている。


(ムキになればなるほど、好きだってことがバレちゃうと思うんだけどな。それにしても、青春って良いわね~)


 やや、笑いの治まって来た渡辺は、そんなことを思いながら、赤い顔でミルフィーユを食べる沙希を見つめた。


 そんな和やかな時間を過ごす3人は、そう遠くない未来に、予想もしない出来事が起こる事を、この時、誰も知らなかった。


調査編をお届けしております。

数回は、このままの状態になりますが、特訓編も

ちゃんと考えておりますので、楽しみにしていてください。

次回更新は、少し空きまして来週金曜日を予定しています。

よろしくお願い致します。

9/20 ご指摘いただいた、誤字を修正いたしました。

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