表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
31/90

特訓と調査 6

天候がやや回復して来ましたが、みなさん体調は、いかがですか?

私は、長く続いた不安定な天候のせいか、夏風邪を引いてしまったようで……。

昨日、更新予定でしたが、今日にずれ込んでしまいました。

晴れ間が続くと、暑くなるそうです。

お互いに、体調管理には気を付けましょう。

 東京都港区白金台某所・久世家・地下訓練場

 7月9日 水曜日 午後2時32分


 午前中の期末考査を終えた沙希と紫苑は、久世家に帰宅していた。


 日中の早い時間に、2人が帰宅しているのは、調査の続きを諸事情により2日ほど中断する事になってしまったからだ。

 渡辺は、中断している間に、行方不明になっている人達のリストの用意と、その家族への聞き込みが出来るようにしておく手筈になっている。


 予定の変更によって、余裕な時間が出来た2人は、その時間を特訓に充てる事にしたのである。

 ちなみに、特訓の状況は、一昨日の晩から変わっておらず、相変わらずライト(灯り)の魔法を1つだけ制御する状態が続いていた。

 この日、沙希の様子を見に訪れた百合子は、それを見ると


「まさか、基礎中の基礎を特訓してるとは思わなかったわ」


 大きな溜息を付きながら、項垂うなだれるように肩を落とした。


「そう、気落ちする事は無いと思いますよ。俺の予想ですけど、これが完璧にマスター出来れば、後の特訓はスムーズにいくはずですから」


 そんな百合子の姿を隣で見ていた紫苑がそう声を掛けると、


「紫苑くんがそう言うなら、大丈夫だと思うんだけどねぇ……」


 そう呟いた百合子は、沙希の方へ視線を戻す。今の沙希は、合気道の道着を身にまとい、形の練習をしている。その頭上、約30cm(センチ)の所にライト(灯り)の魔法が輝いていた。


(結構慣れて来たみたいだな。この調子なら今の特訓は、今日で終わりにしても良いかもしれない)


 長い髪をポニーテールに結った沙希が、それを揺らしながら次々に動き回るのを見て、紫苑がそんな事を考えていると、百合子が、


「紫苑くん。沙希は、あの状態を1日でどのくらいやってるの?」


 視線を沙希に向けたまま、紫苑に問い掛けた。紫苑は、同じように沙希の姿を見つめながら、


「寝ている時以外は、ずっとあの状態ですよ。出かける時は、リュックに入れたクッキーの空き缶に発動させて、維持させてます。昨日も、任務の調査に行ってきたんですけど、忘れずに維持出来てましたし、そろそろ、次の段階に進んでも良いかもしれませんね」


 そう答えると、百合子は紫苑の方へ顔を向け、


「調査の方は、順調?」


 軽く笑みを浮かべそう尋ねると、


「それが、昨日、事件を担当している刑事さんに試験期間中だって話をしたら、『学生の本分は勉強だ、協会の人間でも、学生である事には変わりないんだから、試験に集中しなさい』って試験が終わるまで、調査は中断になってしまいました。本当は、日中の早い時間に調査するつもりだったんですけどね……」


 渡辺とのやり取りを思い出したのか、紫苑は苦笑いを浮かべながら答えた。2人が、そんな会話をしていると、形稽古を終えた沙希が、額に玉のような汗を浮かべながら2人の所へ戻ってくると、


「紫苑、形稽古終わったんだけど、次は何しようか? あれ? お母さん、いつの間に来たの?」


 並んで立っている2人に、そう声をかけた。


「20分くらい前かしらね。どう? ご迷惑かけてない?」

(あら、私よりも紫苑くんの方が先なのね)


 百合子が微笑みながらそう言うと、


「うん。セリーヌさんもお手伝いの康子さんも優しいし、良くしてもらってるよ。賢斗さんは、いつも忙しいみたいで、帰ってくる時間が遅いから、あんまり話とか出来てないんだけど、迷惑はかけて無いと思うよ」


 沙希はそう言うと、紫苑に手渡されたタオルで汗を拭きながら、笑顔を浮かべる。


「それなら良いけど。特訓も頑張ってるみたいじゃない」

「うん、でも基礎の基礎だから、まだまだなんだけどね」


 百合子の言葉に、沙希は難しい顔になりながらそう言った。2人の会話を聴いていた紫苑は、


「沙希、百合子さんも来てくれたし、そろそろ3時だからお茶にしようぜ」

「えっ、ホント! 紫苑、今日のお菓子って何だか知ってる?」


 紫苑の提案に、沙希は嬉しそうに目を輝かせる。紫苑は含み笑いをしながら、


「ああ、今日はセリーヌが、スコーンを焼くって。ブルーベリーのジャムと生クリーム付きって言ってた」


 と、天井の方を仰ぎ見て、記憶を辿りながらそう答えると、沙希は両手を胸の前で組みながら遠い目をすると、


「ス、スコーン! ブルーベリージャムと生クリーム……」


 そう呟いた沙希の目は、まるでハートマークが浮かんでいるようだ。その様子を見た百合子は、


「沙希。あなた、このまま紫苑くん家に居続けたら、絶対太るわね」


 沙希にそう突っ込みを入れると、沙希は百合子に向かって必殺の《ハムちゃん顏》をすると、


「そ、そんなことないもん。食べた分、ちゃんと運動してるし、昨日だって調査に行ってたからお茶してないし、大丈夫だもん。お母さん、変なこと言わないでよね」


 そう切り返すと、その言葉に反応した紫苑は、


(家でお茶はしてないけど、ランチで2人前くらいあるフルーツどっさりパフェってやつと、遊園地でシナモン味のチュロス2本食ってたけど……)


 昨日のデートもどきを思い出しながら、クスクスと笑い始めた。沙希は、紫苑の様子を見ると、


「紫苑! そこは、笑う所じゃないからね」


 と、怒り調子の言い方で突っかかると、紫苑は沙希に顔を近づけ、


「昨日のパフェとチュロスの事は、黙ってってやるから、機嫌直せよ」


 彼女の耳元で小さく呟くと、はっとした顔になった沙希は、


「……そうだった……。すっかり忘れてた……」


 と、まるで死んだ魚のような目になると、弱々しい声で呟きながらフリーズしてしまった。それを見た紫苑は、勝ち誇ったような表情になると、


「百合子さん、先に行きましょうか」

「ええ、そうね……」


 百合子は、一瞬、不思議そうな顔で沙希を見ると、階段の方へ促す紫苑の後に続いて階段を上り始めた。

 その後、着替えを済ませた沙希が、一同が談笑しているリビングに現れたのは、10分ほど経った頃だったのだが、彼女の姿を見て、


「沙希ちゃん、お疲れ様。沙希ちゃん、いつも頑張ってるから、スコーンもジャムも生クリームも大盛りにしておいたからね。今日は、いつもより上手に焼けたから美味しいわよ」


 とても嬉しそうな表情で、手招きをするセリーヌのそばには、山盛りのスコーンとジャム、そして生クリームがたっぷりと添えられた皿が置かれている。それは、皿の大きさも盛られた量も、他の人の倍はあるだろう。

 その量を見た、沙希が困惑した表情を見せると、


「沙希ちゃん、もしかしてスコーンは好きじゃないの?」


 セリーヌが悲しげな表情になりながら、確認をすると、


「そ、そんなことないですよ、スコーン大好きです。うわ~、美味しそう。嬉しいなぁ……」

(ここで、最近、甘い物食べ過ぎてるから、食べられないって言ったら……。セリーヌさんが泣く! 絶対に、断れないよ)


 やや引きつったような笑顔を浮かべながら、ソファーに座る。

 1人だけ、沙希の心境が解っている紫苑は、意地悪そうなほほ笑みを浮かべながら、山盛りのスコーンを食べ始めた沙希を見つめていた。


 小一時間ほど、談笑しながらお茶を楽しんだ一同だが、掛け時計が16時を告げると、


「ごちそうさまでした。ずいぶんと長居をしてしまいました。今日は、電車で来ましたし、夕飯の買い出しもありますので、そろそろお暇させていただきます」


 そう言った百合子が、ソファーから立ち上がると、キッチンにいたお手伝いの康子が、


「セリーヌ様、今日は水曜日ですので、食材の買い出しに参りませんと。菅沼さんに話しておきますので、百合子様と一緒にお買いものされてはいかがですか?」


 冷蔵庫の中を確認しながらそう言うと、


「そうね! 百合子さんがご迷惑でなければ、ご一緒したいわ。百合子さん、どうかしら? 買い物が終わったら、お家まで送りますから」


 笑顔を浮かべながら確認をするセリーヌに百合子は、


「ええ、私は構いませんけど。却ってご迷惑なのでは?」


 そう言い淀むと、セリーヌはにこにこしながら、


「康子さん、百合子さんが一緒でも良いそうよ。あなたも行くでしょ? すぐに、菅沼さんに車を回すようにお願いして」

「はい。解りました」


 康子はそう返事をすると、苦笑しながら玄関の方へ歩いて行った。 


 程なく、百合子と康子を伴ってセリーヌが出かけると、玄関先まで3人を見送った沙希と紫苑は、そのまま訓練場へ下りて来た。

 紫苑は、相変わらず、沙希の頭の上で輝いている魔法を見ながら、


「沙希、魔法1つでの制御は、もう大丈夫そうだな。予定よりも、ちょっと早いけど、次の段階に入ろうと思う。良いか?」


 沙希にそう尋ねると、


「うん。紫苑が大丈夫って判断だったら、私は何時でも良いよ。それに、早く進んだ方が良いもんね」


 と、沙希は笑顔で頷いた。それを見た紫苑は、


「じゃあ、いよいよ魔法を2つに増やしてみようぜ。感覚は、1つの時と同じで数だけ増やせばOKだ」


 そう指示を出した。沙希は、特訓初日の事を思い出して、やや緊張した面持ちになると、ふーっと細長く息を吐き、


ライト(灯り)


 と、魔法を発動させた。すると、沙希の目線よりやや上の辺りに、3つの光の玉が浮かび上がった。それらは、特訓を始めた頃の沙希が、苦労して制御していた魔法に比べ、揺らぎや振動などの不安定な動きを見せる事無く、静かに浮かんでいる。

 それを見た沙希は、


「あれ? 3つ出来ちゃった?」


 そう言いながら紫苑の方を向くと、小首を傾げながらきょとんとした顔をした。その表情を見た紫苑は、


「俺は、“2つ”って言ったはずなんだけど……。まあ、少ないよりも、多い方が進歩してるんだから、問題は無いんだけどな。って、まさか、2つのつもりが、3つ出来ちまったわけじゃ無いよな?」


 そう問い掛けると、沙希はちょっと照れたように、


「うん。2つ発動したつもりなんだけど、3つ出来ちゃった。えへへへへっ……」


 ちょっと笑ってごまかすと、紫苑は盛大な溜息を付いた。


(制御が安定してきたと思ったら、今度は発動の方が、怪しくなってきやがった……。こいつ、一体どうなってんだ……)


 紫苑は、めまいのしそうな脱力感を感じながら、


「沙希、複数個の魔法でも制御出来るみたいだから、今度は、俺が言った個数を、きちんと発動出来るように特訓だな」


 笑顔の沙希にそう提案すると、彼女は、ごまかし笑いを続けながら、


「あはははは。そうだよね。やっぱり、知らないうちに増えてちゃ、ダメだよね……」


 そう言うと、溜息を付きながら項垂れた。


 その後、夕飯までの約2時間半、地下訓練所には、1から5までの数を言う紫苑の声と、それに合わせて『はい』っと合いの手を入れるような沙希の声が響いていた。



 7月9日 午後11時42分


「いっ、いやぁ~~~」


 夜も更け、各々おのおのが平穏な時間を過ごす中、それを切り裂くような悲鳴が久世家に響き渡った。悲鳴の主は、明日の試験勉強を終え、風呂に入っていた沙希である。

 リビングにいた、紫苑とセリーヌは悲鳴を聴きつけると、慌てて脱衣所に向かった。久世家の脱衣所は、秘書のエマやお手伝いの康子も使用するため、中から鍵が掛けられるようになっている。

 紫苑とセリーヌが脱衣所のドアの前に着くと、案の定、ドアには鍵が掛けられていた。


「おい! 沙希! 何かあったのか?」


 ドアを目一杯叩きながら、紫苑が怒鳴り、


「沙希ちゃん、大丈夫なの? お返事して!」


 セリーヌが、おろおろしながら普段出さないような、大きな声で呼びかける。

 しかし、脱衣所の中は、しんと静まり返り、沙希の声は聴こえてこない。2人は、それから5分ほど呼びかけを続けたが、時折、ガサガサと何かが動いているような音はするものの、中から沙希の声が聴こえて来る事は無い。

 痺れを切らせた紫苑は、


「ダメだ、返事が無い。セリーヌ、非常用のキーでドアを開けよう!」

「でも、もしかしたら、今の沙希ちゃんは、あられもない姿かもしれないのよ?」

「そんなこと言ってる場合かよ! もしかしたら、命に関わる事になってるかもしれないんだぞ!」


 中にいる沙希の様子が解らないため、外からドアを開ける事を躊躇するセリーヌに、紫苑はあからさまに焦った表情でそう訴えた。

 滅多に見せた事のない表情の紫苑を見たセリーヌは、


「わかったわ。キーを取って来るから、あなたは、ここで沙希ちゃんを呼び続けてて」


 そう言い残すと、キーの置いてある、賢斗の書斎に向かって走って行った。その間も、ガサガサ音はするが返事のない状況は続いた。

 程なく、


「紫苑、持って来たわよ」


 やや荒くなった息を整えながら、セリーヌがキーを紫苑に手渡す。紫苑が受け取ったキーを鍵穴に挿そうとしたその時、


『カチャン』 


 という音と共に鍵が開けられると、ゆっくりとドアが開かれた。そこには、くまさん柄の入ったピンク色のパジャマを着た沙希が、虚ろな目をして立っていた。セリーヌは、すかさず沙希の前にかがみこむと


「沙希ちゃん、大丈夫なの? どこか痛い所は無い?」


 そう言いながら、肩や腕を触り怪我が無いか確認をする。セリーヌは、彼女に異常が無い事が解ると、紫苑の方を向いて、


「大丈夫。怪我とかは無いみたいね」


 そう言って安堵の表情を見せる。紫苑が、ほっとした表情を見せると、セリーヌは沙希を優しく抱きしめながら、


「心配したのよ。急に悲鳴を上げてどうしたの?」


 相変わらずぼーっとしている彼女にそう尋ねると、


「……じゅうが増えてたの……。……3キロも……」


 沙希は、蚊の泣くような声でそう答えた。


「えっ、何が増えたの?」


 よく聴き取れなかったセリーヌは、沙希から離れ、もう一度、尋ねると、沙希は、


「体重が増えてたの……。3キロも……」


 恥ずかしさから俯き加減になると、顔を赤くしながら、やや大きな声でそう答えた。それを聴いた紫苑は、


「なんだぁ~、焦らせるなよ」


 そう言うと、脱力したのか、へなへなと床に座り込んだ。セリーヌは、目をパチパチさせると、ほほ笑みを浮かべながら、


「そう、ちょっと太っちゃって、びっくりしたのね? じゃあ、元に戻るまでの間、少しお菓子は、控えるようにしましょうね。私たちが、外で騒がしくしちゃったから、恥ずかしくて、出て来難きにくくなっちゃたのね……」


 そう諭された沙希は、コクリと頷くと、


「おっきな声出して、心配かけてごめんなさい」


 そう謝ると、セリーヌに抱き着いて、しゃくり上げ始めた。

 その様子を見た紫苑は、バツが悪そうに頭を掻きながら、


「特訓の時に、少し接近戦の訓練も加えるようにするか……」


 そう呟くと、改めて、ほっと胸を撫で下ろした。


 セリーヌは、久世家に来て、初めて自分に甘える沙希の背中を、愛おしそうな眼差しで、いつまでも優しく撫で続けるのだった。


特訓の様子と、ちょびっと沙希の恥ずかしい話でした。

女子高生に限らず、女性は、色々と大変そうですね。

体型、お化粧、ファッション、ダイエット……。

でも、女性として生きるのは、とっても楽しいみたいです。

ちょっと、羨ましいですね。

次回更新は、週末を予定しております。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ