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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
29/90

特訓と調査 4

台風が通過して、本日はとても暑くなる予報です。

皆様、熱中症には十分ご注意ください。

それにしても、予想最高気温37℃って、ちょっと異常な気がします。


 東京都世田谷区某所・星流学園高等部・1年B組

 7月8日 火曜日 午後12時10分


 期末考査1日目を終えた沙希と紫苑だが、ここに至って彼は、重大なミスと犯している事に気が付いた。

 沙希曰く、星流学園高等部では、その日の試験が終わると授業はせず、下校になってしまうというのだ。

 紫苑が編入前に通っていた江陽大付属こうようだいふぞくは、試験が終わると、その日受けた試験の解説授業が、5限目もしくは6限目まであったのだ。それを見越して、昨日、世田谷西署の渡辺巡査部長との待ち合わせを、文京区にある帝都医科大学前に17時と設定したのだが、大幅に時間が空いてしまったのである。


「ミスった……。早い時間にしておけば良かった」


 その事実を知った紫苑は、次々と下校をしていくクラスメートを見ながら、唖然とした表情で肩を落とした。沙希は少し困惑したような顔をすると、


「ごめんね、紫苑。前もって教えておけば良かったよね。てっきり、前の学校も同じだと思ってたから……。これからどうする? 一旦、家に帰って出直してくる?」


 そう尋ねられた紫苑は、少し考えると、


「いや、このまま駅で着替えて、どこかで時間つぶそうぜ。昼飯食って、適当にぶらぶらしてれば、そのうち待ち合わせの時間になるさ」


 そう言いながら、沙希を促して教室を出て行くのだった。

 ちなみに、今日も沙希の背中には、リュックが背負われているが、昨日の日中にやっていた特訓とは違い、昨日の試験勉強の時にやっていた特訓を、引き続き行っているため、他の言動にあまり支障が出ていないようであった。


 学園近くの最寄駅である、桜上水さくらじょうすい駅のトイレで着替えを済ませた2人は、駅の路線図を見上げながらどこへ移動するか考えていた。


「なるべく、帝都医大に近い所の方が良いよな?」

「うん。距離があると移動するのに時間が掛かっちゃうからね」

「そうだよな……。近くにある施設は……。おっ、東京ドームあるじゃん。ここなら時間つぶせそうじゃないか?」


 路線図から目を放し、スマホで検索をしていた紫苑が沙希にそう提案する。


「そういえば、近いね。レストランもあるし、遊園地になってるから、飽きないよね」


 沙希は笑顔を浮かべながら、そう答えると頷いて見せた。


「よし、じゃあ移動するか」


 という紫苑の声と共に、2人は改札に向けて歩き出した。



 東京都文京区某所・帝都医科大学正門前

 7月8日 火曜日 午後4時48分


 2人は、最寄駅の水道橋駅から東京ドームに向かう途中にある、ファミリーレストラン『どっさりモンキー』でランチをし、遊園地エリアで暇つぶしという名のデートを満喫すると、時間を見計らって帝都医科大学の正門前にやって来た。

 もちろん、当の本人たちには、その(デートの)自覚は全くと言っていいほどなかったのだが。


 2人に遅れる事10分、白いブラウスに紺のパンツスーツを身にまとった渡辺がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。渡辺と目があった2人は、軽く会釈をすると、彼女は小走りになってやって来て、


「ごめんなさい。待たせたかしら」

「いえ、時間ぴったりです。私たちが、早く着いてしまっただけですから」


 詫びを入れる渡辺に、沙希は笑顔でそう答えると、渡辺は頷きながら、


「では、早速行きましょうか。法医学教室は、別館B棟の1階にあるわ。担当の久保田くぼた教授には、井上警視が話を通してくれているから。くれぐれも、変な事はしないでよ」


 不機嫌そうな顔をし、そう言うと、すたすたと先を歩き出した。2人は顔を見合わせると、おとなしく渡辺の後に付いて歩き始めた。


 法医学教室のある別館B棟は、他の建物と比べやや古めかしく、異様な雰囲気を醸し出していた。中に入ると、入り口すぐのドアの上に、『法医学教室』と書かれたプレートが見える。その奥、廊下の突き当りが解剖室になっているようだ。


 渡辺は、教室のドアを2回ノックすると、中からの返事を待たずに、


「失礼します。世田谷西署の渡辺です」


 と、ドアを開けながらそう言うと、中に入って行った。2人も後に続いて、室内に入る。


 室内は、思ったよりも明るく、書類などもきちんと整理されており印象は悪くない。一番奥の大きな机でパソコンを操作している人物が、教授なのだろう。その人物は渡辺の姿を見ると、軽く手を上げながら、


「よう。おいでなすったな。もう少しでケリが付くから、座って待っててくれるか」


 そう言うと、そばにある応接セットへ促し、パソコンの画面に向き直った。

 3人は、横並びでソファーに座ると、無言のまましばらく待つことになった。


 5分ほどすると、先ほど人物がファイルを小脇に抱えながら近くまで来ると、


「待たせて悪いな。法医学部で、教授をしている久保田だ。ナベちゃん、2人が井上君が言ってた協会の人だな?」


 そう自己紹介をしながら、渡辺に確認をすると、


「はい。そうです。お忙しい所、時間を取っていただき、ありがとうございます」


 立ち上がった渡辺は、頭を下げながらそう言うと、


「いや、不可思議事件に関して、協会に協力するのは、この業界でも常識だからな。それは、ナベちゃん所も同じだろ? さて、2人にはまず、身分証明のコインを見せてもらえるか? 疑ってる訳じゃないんだが、一応、決まりなんでな」


 久保田は、笑みを浮かべながら2人に手を差し出す。2人は、立ち上がりながらコインを取り出すと、彼の手のひらに乗せ、


「自分は、久世紫苑です。今日は、よろしくお願いします」

「私は、月ヶ瀬沙希です。よろしくお願いします」


 それぞれ、軽く頭を下げながら挨拶をした。久保田は、2つのコインをしげしげと見ると、


「うん。間違い無いな。協会の人間がここに来るのも、久しぶりだ。とりあえず、ご遺体を見せる前に、解剖で解っている事を説明するぞ」


 3人の対面に座るとコインを返し、持って来たファイルを広げた。


「個人情報は、すでにナベちゃんから聴いてるだろうから省くとして、まずは、死亡推定時刻だが、遺体発見の6日前、7月1日午後10時頃から、翌7月2日午前4時までの間と推測される。

 1日の10時頃って根拠は、被害者が最後に目撃されたのが、午後6時半頃だがその前、5時半頃から友人宅で夕飯を食べている事が解ってる。内容は、豚の生姜焼き・キャベツの千切り・きゅうりの浅漬けといったありふれたものなんだが、遺体発見時の状態では、胃の中はからっぽだった。個人差はあるが、豚肉といったタンパク質が多い食品は、消化にだいたい4・5時間かかると言われてるから、おおよそこの位の時間になると推定される。

 それと、2日の午前4時までって区切ったのは、発見時の死後硬直の具合からだ。検視官の話じゃ、すでに死後硬直は解けていたって報告している事から、今は夏だから殺害から少なく見積もっても、50時間は経過している事になる。ただ、このご遺体には不審な点が多くてな、通常の鑑定範囲で判断する事が出来ないんだよ。仕方なく、現状で考えられる、死後硬直が解けるであろう最大時間を導き出すと約90時間、発見時刻から逆算していったら、今言った時間になったってわけだ。ここまでは良いか?」


 久保田はそこまで説明すると、沙希と紫苑に理解したか確認を取る。2人は頷くと、まずは紫苑が、


「殺害から、遺体発見までの時間が、短かった可能性は無いんですか? 短時間なら死後硬直は現れませんよね?」

「それは、無いな。遺体発見時に被害者が着ていた着衣には、完全に乾いて、かなりの時間が経過した大量の血液が付着していたと報告されているし、遺体が搬送されてきた後に確認したが、死後硬直は起きていなかった。つまり、すでに死後硬直が解けている状態だったと言えるだろう」


 質問に久保田が素早く答えると、続けて沙希が、


「不審な点っていうのは、どんな事なんですか?」


 そう久保田に尋ねると、


「その点に関しては、最後に説明させてくれ。次に死因だが、左胸部の刺創しそうによる失血性ショック死。傷は背中と正面の2か所にあり、形状は、円形で直径20mm(ミリ)、凶器は円筒形で棒状の物、そうだな鉄パイプとかガラス管みたいな感じだな。

 傷の侵入方向は、正面からか、背後からか不明だが、一直線に右心室を貫通して反対側に抜けていた。目立った外傷はそれだけ。膝に擦過傷さっかしょうがあったが、絆創膏ばんそうこうが貼ってあったから、事件と直接の因果関係は無いだろう」


 そう説明すると立ち上がり、近くにあったコーヒーメーカーで、人数分のコーヒーを淹れるとそれぞれに手渡した。久保田は、再びソファーに座ると、


「さて、問題はこっからだ。さっき、月ヶ瀬さんだったかな、彼女が質問して来た、不審な点ってやつなんだが。まず、遺体の状況から説明するとして、さっきの死後硬直の時間を覚えてるか?」


 そう沙希に確認すると、


「確か、少なくて50時間、最大で90時間でしたよね」


 沙希が思い出しながら答えると、久保田は頷きながら、


「そうだ。つまりご遺体は、殺害後それだけの時間が経過しているって事になるんだが、解剖してみるとご遺体は腐敗が全く進んでなかったんだ。普通、遺体は24時間が経過すると、下腹部から腐敗が始まってくる。例外的に、冷蔵もしくは冷凍すれば、腐敗の時間を遅らせる事が出来るんだが、その場合、ある程度その痕跡が残るはずだ。ところが、ご遺体にはその痕跡はどこにも見当たらなかった。もちろん、防腐処理等も行われていない。これが、1点目。

 2点目は、ご遺体には、血液が一滴も残っていなかった。まるで、解剖して綺麗に洗い流されたようにな。残っていたのは、着衣に付着した血液だけだ。したがって、死斑も出ていない。恐らくは、殺害後すぐに、血を抜き取られたんだろう。

 最後に3点目、さっきの説明で話に出たが、凶器の侵入方向が解らない点だ」


 久保田は立ち上がると、そばにあったホワイトボードに人型の絵を書きながら説明を続ける。


「普通、侵入した側は押された状態になり、貫けた側は内部から押し出された状態になる。押し出された方は、基本的に傷口が大きくなるんだ。

 凶器は、円筒形で棒状の物と言ったよな。それは、貫通した穴の部分にあった組織がえぐり取られていたからだ。注射針のように先端を尖らせた物では、尖らせた先端が先に刺さって行くから、組織が抉り取られる事は無いし、丸い穴にもならない。

 可能性とすれば、尖っていない円筒形の物を無理やり押し込んだと考えられるが、同じ圧力で均等に力が加わらないと、一直線に穴は開かないし、真っ平な物に穴を空けるわけじゃ無いんだから、貫けた側は、侵入した側に比べて大きくなったり、楕円に穴が開いてないとおかしいって事になる。

 だいいち、傷には生活反応があったから、被害者が生きてる状態でそんな物を無理やり押し込んだりしたら、抵抗して暴れたりするだろうし、そうなったら、防御創だって出来ているはずだ。

 そう考えると、人体にきれいな一直線の穴を空けることなんて不可能なんだよ。ナベちゃんなんかは、拳銃でって思うかもしれないけど、貫通銃創はもっと傷口が汚くなるからな。今回の傷は、全く別物だよ」


 溜息を付きながら、久保田はソファーにどっかりと、腰を下ろした。沙希は、そこまでの説明を受けてると、


「人知を超えているご遺体だということは、解りました。ご説明、ありがとうございました」


 沙希がそう礼を述べると、久保田はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、


「あとは、実際のご遺体を見てもらえば、何かわかるかもしれないな。案内しよう」


 そう言うと、部屋のドアに向かって3人を促す。


 沙希は、これから起こる初めての体験に戸惑いながら、言い知れぬ恐怖を感じ、軽く身を震わせるのだった。


今回から、調査がメインになります。

法医学関係には、あまり詳しくありませんので、おかしいなと

思われる部分があるかもしれませんが、お許しください。

詳しい方などいらっしゃいましたら、ご指摘等いただけると

今後の参考になりますので、大変ありがたいです。

よろしくお願い致します。

次回更新は、18日くらいを考えております。

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