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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
28/90

特訓と調査 3

台風が近づいてるみたいですが、みなさんがお住まいの地域は

大丈夫でしょうか?

私の住んでいる地域は、今日の夜中から明日の夕方くらいまでと

予報が出ておりました。

河川に近い所へお住まいの方、低い土地にお住まいの方、くれぐれも

ご用心くださいませ。

 東京都港区白金台某所・久世家・沙希の部屋

 7月7日 月曜日 午後9時55分


 地下室を出た後、沙希は、いつもより15分ほど早く風呂を出て部屋着に着替え、部屋に戻って試験勉強の用意を済ませると、まだ乾ききっていない髪をドライヤーで乾かしていた。


 〈コンコン〉


 不意に鳴らされたノックの音に、沙希は少し大きめの声で、


「はい。どうぞ」


 と、ドライヤーをかけながら、そう返事をすると、トレイに何かを乗せて持って来た紫苑が、ドアを開けて入って来た。


「ちょっと早いけど、大丈夫か? 準備がまだなら待ってるけど」

「大丈夫だよ。まだ髪がちょっと湿ってただけだから」


 紫苑の問いかけに、笑顔で答えると、沙希はトレイの上を見て、


「紅茶入れて来てくれたの? ありがとう。こっちは、なに?」


 小さいケーキ箱を指差しながら、興味津々の顔で紫苑に尋ねる。紫苑は、小さくほほ笑みながら、


扇屋おうぎやって和洋菓子店の、プリンだ。ここのプリンは、絶品なんだぜ。昼間、だいぶ頑張ってたみたいだったから、帰りに買って来たんだ。まあ、その、ご褒美ってやつだな」


 少し照れた様子の紫苑が、そう言いながら箱から出したプリンと、スプーンを手渡す。横には〈おおぎやのぷりん〉とポップな字体のラベルが貼られていた。


 沙希は、嬉しそうにそれを受け取ると、


「えっ、プリン大好き! 紫苑、ありがとね。少し、勉強して疲れたら食べよう」


 にこにこしながら、見える位置にプリンを置くと、教科書とノートを広げ勉強の準備を整えた。

 それを見ていた紫苑は、


「沙希、勉強を始める前に、特訓の話をしておくな。まずは、ライト(灯り)の魔法を1つ発動させて、そのまま維持させてくれ。出来たら、そのまま勉強を始めて良いぞ。効果時間が切れたら、また発動・維持を繰り返す。重要なのは、その時、必要以上に意識しない事と、少しずつ集中しない様にして行く事」

「うん、わかった。でも、うまく出来るかな?」


 説明に理解をしながらも、少し不安を口にする沙希に、


「最初のうちは、うまく行かないかもしれないけど、すぐ慣れるはずだ。俺が、後ろで見てて注意してやるから、心配するな。あと、試験範囲で解んない所があったら、声かけろよ」

「うん。よろしくお願いします」


 紫苑はそう言うと、沙希の左後ろ側に椅子を持って来て座り、自分の教科書を読み始めた。

 沙希は、魔法を1つ発動させると、それを維持したまま試験勉強を始めた。〈カリカリ〉と沙希がノートに文字を書く音だけが静かな室内に響く中、始めてから5分ほど経った頃、不意に紫苑が、


「沙希、勉強に集中。意識が、魔法に向いてるぞ」


 教科書から目を上げずに、そう呟いた。沙希は、その声に反応し、ふぅっと息を吐くと肩の力を抜き、勉強の続きを始めた。

 さらに、5分ほどすると、今度は明るかった部屋が突然暗くなった。沙希の維持していた魔法が、消えたからである。それに、焦ることなく沙希は、新たな魔法を発動させ、勉強を続けた。


 消えては発動を繰り返す事2・3回、勉強を始めてから40分ほどが経過した頃、沙希が、


「紫苑、ここの問題教えてくれる?」


 振り返らずに、紫苑に声を掛けた。その声に紫苑は立ち上がり、魔法に変化が無い事を確認しながら、沙希の横へ移動すると、手元の教科書を見始めた。


「え~っと、2次関数のグラフ問題だな。これは、この軸の方程式と、頂点の座標の公式に当てはめると簡単にとけるはずだ。計算ミスさえしなければ、大丈夫のはずだから、ゆっくり解いてみな」

「この公式だね。う~んと……。aが3、bが6だから……」


 紫苑が教科書の公式を指し示すと、沙希はそれを見ながら、ノートに計算式を書き始める。紫苑はその様子を見ると、再び椅子に戻り、教科書を読み始めた。

 程なく、


「出来たぁ~。授業の進みが早くて、ちょっと苦手だったんだけど、これなら大丈夫みたい」


 沙希は、満足そうな表情を浮かべると、バンザイをしながら上半身を伸ばした。紫苑は、そんな沙希の姿を見ると、


(魔法を忘れるくらい、他の事に集中すればって思ってたけど、効果があったみたいだな)


 そう思いながら、20分ほど前から沙希の頭上に浮かんでいる、ライト(灯り)の魔法を見つめた。そんな、紫苑の思いなど露知らず、


「キリが良い所だし、ご褒美プリン食べようかな」


 プリンの上蓋うわぶたをペリッと剥がすと、一口スプーンですくい口へ運んだ。


「んん~、美味しい! まろやかで、口説くない甘さ。ちゃんと、卵の風味も残ってて、カラメルのほろ苦さと合わさって絶妙なバランス! いつも食べてるコンビニのプリンは、なんなんだろうって感じ。紫苑、ありがと。これすっごく美味しいよ!」


 沙希は、目をキラキラさせながらそう言うと、残りのプリンを大事そうに食べ進める。紫苑は、含み笑いをしながら、


「気に入って貰えたなら、良かったよ。食べられるなら、俺の分も食って良いぞ」


 箱からもう一つプリンを出しながら、紫苑がそう言うと、


「ホントに?! 貰っちゃっていいの? やった~」


 沙希は、嬉しそうにプリンを受け取ると、はっと何かを思い出した様子で、それを見つめながら、


「でも、この時間に2個も食べちゃったら、太っちゃうかなぁ……。あっ、紫苑、まさか私を太らせようとしてるんじゃないよね?」


 そう問い掛けると、紫苑は、


「くくくくくっ。俺が、そんなこと考えるわけねぇだろ。でも、《沙希太らせ計画》か……。今度、特訓と称して、やってみるのも面白いかもな」


 笑いながら、沙希にとって恐ろしげな事を、楽しそうに呟くと、


「もう、絶対に止めてよね。これでも、ちょっと気にしてるんだから!」


 沙希はそう言いながら、軽く紫苑を睨むと、お得意の『ハムちゃん顏』をしてみせた。

 笑い終わった紫苑は、それを見るとほほ笑みながら、


「冗談だよ。まあ、プリン1個くらいなら、そんなに太る事ないだろ。さあ、早く食って、早く勉強を終わらせろよ。今日は、ほとんど特訓しながら動いてたから、疲れてるだろ。早く寝ないと、明日起きられなくなるぞ」


 そう急かすように言うと、沙希は2個目のプリンに手を付けながら、


「わかってるよ。もう、紫苑が意地悪な事、言うからでしょ。でも、ホントに早く寝ないと、起きられなくなりそう……」


 そう言いつつも、ゆっくりと味わいながら、プリンを食べている今の沙希には、全くと言っていいほど説得力が無かった。

 程なく、食べ終えた沙希は、勉強の続きを始めようとして、ふっとある事に気が付いた。ライト(灯り)の魔法の効果時間が切れそうなのだ。


(あれ? この魔法いつ発動させたやつだっけ?)


 不思議そうな顔をした沙希に紫苑が、


「2次関数の問題を教えてくれって言った、ちょっと前に発動させて維持してたやつだよ。少しは、コツを掴んだか?」


 笑みを浮かべながら、沙希が考えていた答えを教える。それを聴いた沙希は、


「全然、気にしてなかった……。いつもみたいに、勉強して、一息付く時にプリンがあるのを思い出して、嬉しくなって。コツを掴んだかどうか解んないけど、こんなに意識してなくても維持出来るんだね」


 徐々光が弱くなっていく、ライト(灯り)の魔法を見つめながら、沙希は、まだ半信半疑のようだ。


「とりあえず、後は、繰り返し、繰り返し、何度も体と感覚に刷り込ませて行くしかないからな。1回出来たからって、気を抜くなよ。さあ、ぼけっとしてないで、特訓も勉強も続けてくれ」


 紫苑が発破をかけると、沙希は頷きながら、新しい魔法を発動させ、勉強の続きを始めるのだった。



 7月8日 火曜日 午前0時38分


 休憩が終わった沙希は、その後1時間半ほど勉強を続け、おおよその試験対策を済ませた。特訓の方は、一筋縄ではいかず、2回ほど紫苑の指摘を受け、4回発動させるに留まった。

 最後、紫苑は、


「初日から完璧に出来るわけねぇし、後2日でクリア出来れば良いんだから問題ないな。明日も頑張ってくれよ」


 と言いながらトレイを持って行こうとするので、沙希は、


「うん、明日も頑張るよ。トレイは私が、片付けるからそのままにしておいて。特訓もだけど、勉強も教えてもらっちゃって、遅くまで付き合ってくれて、ありがとね」


 ほほ笑みながら、そう言うと紫苑を部屋の入口まで見送る。


「じゃ、片付け頼むな。おやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 廊下に出ると振り向いて、そう言った紫苑に、沙希は軽く手を振りながら返事を返した。紫苑は、そのまま自室へ戻って行ったようだった。


 紫苑を見送ると、沙希は勉強机の上を片付け、明日の用意を済ませると、トレイを持って階下に向かって行った。階段をなかばほどまで下りて行くと、リビングの電気がまだ点いており、誰か起きているようだった。

 沙希は、リビングのドアを開けて、静かに中に入って行くと、ソファーで紅茶を飲みながら読書をしているセリーヌがいた。部屋には、セリーヌを除いてキッチンの方にも人影は無く、どうやら1人で起きているようだ。

 沙希は、読書に集中して自分に気が付いていないセリーヌに、


「セリーヌさん、まだ起きてたんですか?」


 そう声を掛けると、ちょっと驚いたセリーヌが、


「沙希ちゃん、試験勉強終わったのね。私は、賢斗がまだ帰って来てないから、待ってるのよ。あっ、洗い物は、キッチンに置いといてくれれば良いからね。紫苑は?」


 本にしおりを挟みながら、沙希に尋ねる。トレイをキッチンのカウンターに置いた沙希は、


「紫苑は、部屋に戻りましたよ。たぶん、寝たんじゃないですかね」


 そう答えると、セリーヌは立ち上がってキッチンの方へやって来ると、トレイの上を見ながら、


「あら、扇屋のプリンじゃない。夕方、紫苑が買ってきたやつね。美味しかったでしょ?」


 そう聞きながら、ほほ笑みを浮かべる。沙希は、


「はい。すっごく美味しかったです。今まで食べた中で、一番でした」


 嬉しそうな表情をしながらそう答えると、 


「これね。まだ、ここに賢斗の両親、紫苑のおじいちゃん、おばあちゃんが住んでいる頃、遊びに来るといっつも食べさせてもらってたのよ。紫苑の大好物でね。紫苑、1個じゃ足りなそうな顔してたでしょ?」


 セリーヌは、懐かしそうな顔をしながら沙希に尋ねる。それを聴いた沙希が、


「えっ、紫苑の大好物なんですか? 自分の分も食べていいって、私にくれたので、紫苑は食べてないんですけど……」


 そう説明すると、セリーヌはびっくりした顔をして、


「うそ! 紫苑が扇屋のプリンを誰かにあげるなんて、信じられない。いつも、人数分買って来ると1人でいっぺんに3個食べちゃうから、余分に買ってくるようにしてるのに……」


 不思議そうに呟くと、プリンの空き容器と沙希を交互に見て納得したのか、


「そうね。紫苑は、沙希ちゃんに少し負い目があるのかもしれないわね。もともと、紫苑は優しい子だから、特訓とかで厳しくしたり、辛く当たったりするの苦手なのよね。でも、甘やかしてたら、特訓にならないでしょ? だから、冷たい言い方したり、機嫌の悪そうな態度をとったりしてるはずだけど、どうだった?」


 そう沙希に説明しながら尋ねると、


「そんなに、冷たいとかは感じないけど、学校とかで、機嫌が悪そうな感じの時はありましたね」


 少し思い出しながら、沙希はそう答えた。セリーヌは頷くと、


「紫苑なりに気を遣ったのね。あの子は、見た目で人に距離を置かれる事が多くて、友達が少ないみたいだから……。任務のパートナーとしても、クラスメートとしても、沙希ちゃんに冷たい人間だって、誤解されたくないのね」


 それを聴くと沙希は、首を横に振りながら、


「そんな。お願いしたのは私だし、そんなことで紫苑の事、誤解したり、嫌いになったりしないですよ」


 そう、真剣な顔をして答えた。セリーヌは嬉しそうに笑顔を見せると、


「ありがとう。そう言ってくれると、安心だわ。さあ、今日は、色々あって疲れたでしょ? もう遅いから早く寝なさい」


 軽く沙希をハグすると、早く休むように勧める。沙希は、セリーヌのぬくもりに、ほっとした表情になると、


「はい。セリーヌさん、おやすみなさい」


 セリーヌから離れ返事をすると、2階の部屋へ向かっていく。セリーヌは、


「おやすみなさい。沙希ちゃん」


 そう声を掛けながら、


(紫苑は、人の事になると敏感なのに、自分の事になると鈍いのかしらね。沙希ちゃんは、どっちも鈍いみたいだけど……。まだ、2人とも気が付いてないみたいだけど、段々、お互いが、お互いにとって大切な存在になりつつあるのかもしれないわね)


 そんな事を考えながら少しほほ笑むと、沙希の後姿を暖かい眼差しで見つめる。


 程なく、リビングから沙希の姿が見えなくなると、セリーヌはソファーに座り、中断していた読書を再開するのであった。


2回に渡り、沙希の特訓の様子をお届けいたしました。

次回は、調査を中心にお話を進めていきます。

更新は、水曜日の予定です。11日~17日までは、帰省のため

更新をお休みする予定です。可能であれば、更新いたします。

よろしくお願い致します。

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