特訓と調査 2
早いもので、初投稿から1ヶ月ちょっと経ちました。
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東京都港区白金台某所・久世家
7月7日 月曜日 午後6時33分
久世家へ帰宅した沙希は、宛がわれている2階の部屋で、紫苑が帰ってくるのを待っていた。
警視庁からの帰り、白金台の駅に着くと紫苑は、『寄る所があるから、先に帰ってくれ』と言って、家とは逆の方へ歩いて行ってしまった。幸い、駅からの道は、さほど入り組んではいないため、沙希は一人でも帰り道に不安は無く、すんなり帰ってこられた。
沙希は帰宅してからも、自分に課せられた特訓を続けていた。紫苑からは、『帰ったら止めても良い』と言われていないし、勝手に止めてしまって良いものか、判断出来なかったからである。
帰宅してすぐ部屋へ籠ってしまった沙希だが、本来、リビングにいるセリーヌや、お手伝いの康子対して、真っ先に挨拶をしなければいけない立場である事は、沙希もよく解っていた。
ただ、今の疲れている顔や、集中している時の険しい表情を見せて、余計な心配をかける事になるのは避けたかったため、あえてリビングに顔を出すことをせず、直接部屋に入ったのである。
今日ここまでの特訓の成果はというと、朝、ここを出た時と比べれば、少しは2つ発動させたライトの魔法を維持出来るようになっている。でも、時間にすれば平均5分程度で、ライトの効果時間の30分には遠く及ばない。
それどころか、集中していないとすぐ暴走してしまうため、普段通りに会話したり、行動したりする事もままならない状態だ。
(疲れたなぁ……。でも、早く維持出来るようにならないと……。さっきみたいに、話もまともに聴けないし、明日から期末考査もあるんだよね。大丈夫かな……)
そんなことを思う沙希の心境は、すでに不安と焦りで目一杯の状態であった。
沙希の帰宅から遅れる事20分、紫苑が帰って来た。紫苑は、リビングに顔を出すと、
「ただいま。あれ? 沙希は?」
キッチンで、夕飯の用意をしているセリーヌと康子にそう尋ねると、手を止めたセリーヌが、
「沙希ちゃん? さっき帰ってきて、すぐ部屋に行ったみたいだけど、そのまま出て来てないわね」
少し心配そうに、天井を見上げながら答えた。紫苑は、冷蔵庫を開けてごそごそ漁り、スポーツドリンクのペットボトルを2本持つと、
「わかった。鞄を置きに行きながら、様子を見て来る。康子さん、すぐ夕飯になる?」
「はい。すぐにご用意できますよ」
尋ねた康子から、即答で返事をもらった紫苑は、先に自室へ向かい鞄を置くと、沙希の部屋の前まで来た。
(まさか、気絶してたりしないよな……)
そう思いながらドアを、〈コン、コン〉とノックをすると、
「沙希いるか?」
と声を掛けた。程なく、
「いるよ。どうぞ」
という声と共に、中からドアが開かれ、沙希が顔を出した。紫苑は、沙希の様子を見ると、ほっとした表情をしながら、部屋に入った。
「今日、暑かったよな。もうすぐ夕飯だし、一息入れようぜ」
紫苑は、ベッドの縁に座って怠そうな感じの沙希に、ペットボトルを渡しながらそう言うと、床に胡坐をかいて座った。沙希は、それを受け取ると、
「ありがとう、そういえば喉がカラカラだよ。一息入れるって、休憩しても良いの?」
蓋を開けながら、そう確認をすると、一気に3分の1ほど飲み干した。
「ああ、根を詰め過ぎても良くねえし、もうすぐ夕飯になるからな。食い終わったら、今度は地下訓練場で特訓するから、それまでは休憩してて良いぞ」
真剣な顔でそう言って、スポーツドリンクを一口飲む。それを聴いた沙希は、
「えっ、でも、明日から期末考査だよ? 試験勉強しないとだよね?」
慌てた様子でそう言うと、紫苑は少し難しい顔をしながら、
「特訓があるから、試験勉強してる暇ないと思うぞ。諦めな」
そう宣言すると、
「……あ、諦める……。ダメ、ダメ、ダメ。そんなの無理だよ。私、勉強しないとホントに成績下がっちゃうよ」
沙希は勢いよく立ち上がると、その場で、駄々をこねるようにぴょんぴょんと軽く飛び跳ねながら、そう言う。
それを見ながら紫苑は、
「でもなぁ、特訓の後に、勉強する時間あるかなぁ……」
近くにある置時計を見ながら、そう呟く紫苑に、沙希は紫苑の前で正座をすると、
「少しでも良いから、勉強する時間を下さい。お願いします、お願いします、お願いします……」
何度も頭を下げながら、針が飛んだレコードのように『お願いします』を繰り返し始めた。
紫苑は、沙希の姿に少し考え込むと、
「はぁ……。わかった。じゃあ、試験の間だけ、家に帰ってからの特訓は、2時間で終わりにする。今日は、8時から始めるから10時までな」
溜息混じりにそう言う。それを聴いた沙希は、ピタッと動きが止まると、少し頭を上げ、ウルウルさせた目で紫苑を見上げながら、
「ホント?」
と、恐る恐る尋ねる。紫苑は頷きながら、
「ああ、そのかわり、集中して特訓するんだぞ」
沙希に念を押すと、うんうんと何度か頷きながら、
「わかった。あと、もう一つお願いがあるんだけど……。ちょっとで良いから、勉強教えてください」
沙希は、戸惑いながら、もう一度頭を下げる。紫苑は、
「ちょっとだけな」
沙希の頭に、ポンっと軽く手を置きながらそう答えた。沙希は、そのまま頭を上げると、少し赤くなりながら、
「うん。ありがと」
と、恥ずかしそうに小さく呟いた。
久世家・地下訓練場
7月7日 月曜日 午後8時
夕飯を終えた沙希と紫苑は、地下の訓練場へ来ていた。
訓練場は、20畳程の広さのコンクリートで出来た殺風景な部屋で、蛍光灯の電気以外は何もない。そこは、まるでテナントビルの空きオフィスのようだ。
軽く伸びをした紫苑は、食事をして少し元気になった様子の沙希に、
「じゃあ、とりあえず、今日の成果を見せてもらうとするか。沙希、目の前に空き缶があると想像しながら発動させてみてくれ」
その指示を聞くと、沙希は軽く頷き、集中し始める。すると、何の前触れも無く明るい光が2つ、沙希から30cmほど離れた目の高さに浮かび上がる。とりあえずそれらは、どこかへ飛んで行ってしまうことも、消滅してしまうこともなさそうな気配だ。
紫苑は、その状態を確認すると、
「そのまま歩いてみてくれ」
そう、追加で指示を出した。沙希はその声に反応し、ゆっくりと歩き始める。光は、一定の距離を保ったまま、沙希と共に移動していった。3mほど沙希が離れると紫苑は、
「沙希、こっちを向いて、俺に何か話をしてくれ」
と、さらに指示を出す。沙希は、その場でゆっくり振り返ると、
「紫苑、学校はもう慣れた?」
ゆっくりだが、はっきりとした声で紫苑に話しかける。紫苑は、光の様子を確認しながら、
「ああ、だいぶ慣れたよ。沙希も、啓太も、真樹も、みんな良くしてくれるからな」
そう返事を返すと、紫苑から見て右側の光が、少し揺れ動き始めた。
(うん、かなり良いペースで、維持出来るようになってるな。まだ、維持する事に意識が集中してるけど、初日からここまで出来てればまあまあだよな)
若干の揺らぎが出たが、それでも維持し続ける光を確認すると、
「よし、とりあえずわかった。ライトは解除していいから、一回戻って来てくれ」
「わかった」
沙希はそれを聴くと、魔法を解除し紫苑の所へ戻って来た。少し、疲れた様子の沙希を見ながら、
「沙希、1つ提案があるんだけど、聴いてくれるか?」
紫苑は、そう尋ねると、沙希は真剣な顔をしながら頷いた。それを確認した紫苑は、
「俺が見た感じだと、魔法を2つ維持させるのに、かなりの集中力を使ってる印象だった。って事は、1つ維持するのに、それなりの集中力を使ってるって事だと思う。
それなら、1つ維持するのに、集中も意識もしない癖をつけられれば、2つに増えても、3つに増えても、同じように維持出来るんじゃないかと思うんだ」
そう説明すると沙希は頷いて、
「うん。1つの時でも、維持しよう、維持しようって、魔法に意識が集中しちゃってると思う」
紫苑の言葉に納得した返事をする。続けて紫苑は、
「今日から3日間、期末考査の勉強時間も確保しつつ、それを特訓にも有意義に使わせてもらおうと思うんだ。とりあえず、まずは基本中の基本に戻って、1つの魔法で発動と維持が、自然に出来るように3日間で特訓しよう。まるで、呼吸するみたいに出来るようになれば、次の段階はずっと簡単に出来るようになるはずだから。どうだ? 勉強しながらだから、ちょっと大変かもしれないけど……。もちろん、俺も協力する」
小さく笑みを浮かべながらそう提案すると、沙希は少し考えてから、
「うん、やってみる。勉強と特訓の一石二鳥を目指すんだよね。紫苑が協力してくれるなら出来る気がする」
にこやかにほほ笑みながら、沙希は答えると、小さくガッツポーズをしてみせた。
「じゃあ、予定通り10時に部屋に行くから、その間に風呂入って試験勉強の準備しておいてくれ」
紫苑は沙希にそう促すと、沙希はわだかまっていた悩みが晴れたかのように明るい表情になると、少し慌てながら、
「わかった。先に上がって用意するね」
そう言いながら、階段を駆け上がって行った。
そんな沙希の後姿を見ながら、紫苑は少し含み笑いをすると、訓練場の電気を消して、1階に続く階段を上がり始めた。
今回と次回は、特訓の様子を中心にしていきます。
特訓・調査・試験と沙希の状況はフィーバー状態です。
それぞれの結果はどうなるのか……。
次回は、月曜日に更新予定です。




