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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第2章 任務開始
19/90

闇の中

遅い時間の更新になりました。

今回は、話の内容に、残酷な描写が含まれております。

苦手な方は閲覧を控えて下さい。

 東京都某所

 7月2日 午前1時35分


 〈パァッ、パァ~ン……〉


 どこか遠くで、クラクションが響いている。その音は、徐々に風に流され小さくなり、辺りは静寂に支配されていく。


「う、う~ん」


 6畳ほどの部屋の中、その静寂を破り、小さなうめき声をあげた一人の少女が目を覚ますと、ゆっくりと上半身を起こした。小学校4・5年生くらいだろうか。頭にもやがかかったようにぼーっとしており、開いた眼は虚ろで、まだ意識がはっきりしていない様子だ。

 少女は、靄を振り払うかのように頭を左右に何回か振ると、


「うっ……」


 苦しげな声を出し、額に手を当てた。まるで長時間、眠っていた時と同じような気怠けだるさと、鈍い頭の痛みに顔を歪ませる。痛みによって覚醒した意識の中、


(……ここ、どこだろう……。私、どうしちゃったんだっけ? )


 少女は、自分の置かれている状況を確認するため、記憶を辿り始めた。


 夕方、帰宅が母親と約束した時間ギリギリになってしまい、友達の家から走って帰っていた。近道をしようと、普段はあまり使わない細い路地に入り、家の近くの大通りに出る少し手前で黒い何かに勢いよくぶつかった。あまりの衝撃に気を失ったのか、そこからの記憶はぷっつりと途切れてしまっている。


(誰かにぶつかって、気絶しちゃったみたい……。ぶつかった人が、助けてくれたのかな? )


 そう思いつつ暗い室内を見渡すと、少女は部屋の様子に違和感を感じた。

 さほど広くない部屋には、出入口のドアと明り取りの小さな小窓があるだけで、生活感を感じ無い。そこは、物置部屋と言うのがぴったりな感じであり、自分が寝かされていた場所も板張りの床の上で、お世辞にも手厚く保護された感じではなかった。

 ここに至って、少女は初めて恐怖を感じた。今の自分は、まるで刑事ドラマで誘拐された子供と、そっくりな状況である事に気が付いたのだ。

 少女は、慌てて自分の状態を確認する。手足は縛られていないし、口も塞がれていない。服も着ているし、靴も履いている。立ち上がって体を動かしてみるが、痛むところも無かった。


(逃げよう! )


 そう結論付けるのに、時間は掛からなかった。一刻の猶予も無い。いつ、誰がやって来るとも限らない。そんな空気を肌で感じながら改めて室内を確認する。

 小窓は、自分の身長ではジャンプしても届かないし、開くのかもわからない。出口は必然的に、目の前のドアしかなかった。

 少女はドアに近づくと、


(お願い。開いて! )


 祈るような思いで、音を立てないようにゆっくりとドアノブを捻った。


 〈カチャッ〉


 小さな金属音と共に抵抗感が無くなり、音も無く外側に向けてドアは開いた。

 呆気なく開いたドアに拍子抜けしながらも、少女は辺りをうかがうべく、頭だけをドアから出して左右を確認した。特に、誰かいる様子はない。忍び足で部屋の外へ出ると、そこは屋根が近く建物の2階だという事がわかった。一般的にはギャラリーと呼ばれるこの通路は、少女の通う体育館と同じ作りになっている。

 少女は、恐る恐る手摺てすりから下を覗き込むと、一階には、規則正しく並べられた長椅子と、火のついた燭台が見えただけで、人のいる気配は無い。


(ここ、教会なんだ。でも、家の近所に教会なんか無かったはず……)


 少し不安になると、まずは右手の方向へ進んだ。それほど歩かないうちに、壁へと突き当たった。どうやら、反対側からしか1階に降りられないようだ。

 少女は、反対側の通路を目指して歩き始めた。はやる気持ちから、足早になるのを抑えるように、ゆっくりと歩を進めて行く。


 教会の正面まで来ると、外の光に照らされたステンドグラスが綺麗に輝いていた。少女は、一瞬それに目を奪われかけたが、ゆっくり観賞する余裕も無く、歩みを止める事はなかった。

 部屋を出てから7・8分くらいたっただろうか。延々と続いているかのように錯覚させる、仄暗ほのぐらいギャラリーが終わり、階下へ真っ直ぐ伸びる階段が現れた。階段は、手摺が無く両側が壁になっており、一階の様子を見る事は出来ない。少女は、下の様子を窺いつつ壁伝いに階段を降り始めた。


 〈ギィッ、ギィッ……〉


 一段下りるごとに階段は、きしんだ音を立てた。その音にびくびくしながら、そろりそろりと少女は下りて行く。15段ほど下りると、何事も無く一階に辿り着いた。少女は壁の縁に手を掛け、そうっと右側の明るい方を覗く。

 そこは、先ほど2階から見た礼拝堂だった。

 ロウソクの炎に照らされた礼拝堂は明るく、温かみのある幻想的な雰囲気をかもし出しており、恐怖にさいなまれていた少女の心を少し軽くした。続けて左側に顔を向けると、教会によくある木製の大きな両開きドアが、4メートルくらい先に見える。


(あそこから外に出られる)


 過去2回ほど結婚式に参列した経験から少女はそう考えると、もう一度、礼拝堂の方を注意深く観察する。キリスト像のある祭壇からドアまでの距離は直線で、約15メートルくらいだが、物音は無く、人影も見えない。


(行こう、今しか無い)


 なけなしの勇気を振り絞り、早足で歩き始めると、ドア目掛けて進んで行く。広い礼拝堂とはいえ、動くモノが確認出来ないほど暗くないし、祭壇から見ても少女の姿は丸見えだろう。


(早く外に出なきゃ……)


 両開きドアの前に立つと、一度後ろを振り返った。階段から覗いた時と変わらず、しんとした空間に人の姿は見当たらない。ドアに向き直り、ほっと溜息を付いた少女は、金色に光る押棒を握りしめると、ドアを押し開くべく力を籠めようとした。


 その瞬間とき


「あら、目が覚めたのね」

「ひっ」


 真後ろから声を掛けられた少女は、短い悲鳴を上げながら、ゆっくりと振り返る。

 そこには、黒い修道服に身を包んだ若いシスターがほほ笑んでいた。

 その笑顔は優しげな印象で、ベールを被らず長く黒い髪を後ろに流している。首から下げたロザリオが、女性らしいふくよかな胸の前で光っていた。


(綺麗な女性ひとだな……)


 少女がシスターに見惚みとれていると、膝に手を当てて前屈みになったシスターは、自らの目線を少女の目線に合わせると、


「どこか、痛いところは無い? せっかく連れて来てあげたのに、黙って出て行っちゃうのは失礼じゃないかな? 」


 穏やかな声でそう問い掛けた。少女はその言葉に、


「ごめんなさい。誰もいないと思ったから……」


 俯きながらそう答えると、助けてくれた優しいシスターに対する申し訳なさと、恐怖から解放された安堵感から、ポロリと涙をこぼした。


「泣かなくて良いのよ。怒ってる訳じゃないから。さあ、せっかく教会に来たのだから、神様にお祈りをしてらっしゃい。その後、連れってってあげるから。」


 袖口で涙を拭い、軽く背中を押しながらシスターがそう促すと、


「はいっ」


 シスターに返事をしながら、少し赤くなった目で笑顔を浮かべると、少女は祭壇に向かって歩き始めた。

 祭壇の前に辿り着くと少女は、両手を胸の前で組み、軽く頭を下げ、目を閉じると、


(助けてくれてありがとうございました。あと、優しいシスターに会わせてくれて、ありがとうございました)


 そう祈りをささげると、組んだ手を解きながら下ろし、キリスト像を見上げた。


 次の瞬間、


 〈ドンッ〉


 という押されたような衝撃が、後ろから少女の胸の辺りを襲った。少しった感じになった少女は、びっくりして振り向いた。

 シスターは、先ほどと変わらない笑みを浮かべながら、5メートルほど離れた所で自分を指差しながら立っている。

 不思議に思いながらも、少女は自分を待っているシスターの元へ歩き始める。2歩、足を進めると、少女は自分の体に違和感を感じた。


(……息苦しい、体が重い……)


 少女は立ち止まると、自分の胸を見た。青いワンピースの真ん中よりやや左側、ちょうど心臓のある辺りにビー玉くらいの大きさで丸く、穴が開いているのが見える。


「あれっ? 」


 そう呟きながら、穴を凝視していると、青いワンピースが穴の周りから徐々に赤く染まっていく。同時に、襲ってきた焼けるような痛みに、左手を胸に当て服を握りしめる。


(……なんで? 痛いよぉ……苦しいよぉ……)


 少女は涙を流し、たたら踏みながら1メートルほど進むと、


 〈ごほ、ごほ、ごほっ〉


 右手で口をふさぎ、何かにむせたかの様に咳き込みながら、膝を折って座り込む。ぬるっとした感触がした右手を口から外し、てのひらを見つめると、少女は大きく目を見開いた。そこは血で真っ赤に染まっていたのだ。そして気がつけば、胸を抑えている左手は、右手より広範囲にわたって血がべっとりと付いており、肘からはポタポタとしずくになって落ちていく。着ている青いワンピースも、大量の出血で半分くらいが赤くなっていた。


(……たくさん血が出てるよぉ……どうして? )


 息苦しさから大きく息を吸うと、ひゅーっと喉が鳴り、気管に空気が送られると激しくむせた。少女はたまらず床に右手を付き、前のめりになると、


 〈ごっほ、ごっほ、ごっほ、がはっ……〉


 再び咳き込み、最後は大量の血液を口から吐き出すと、そのまま床に倒れこんだ。

 その姿を見ながら、シスターが少女の近くへ寄っていく。


(……痛いよぉ……手が冷たいよぉ……足が動かないよぉ……)


 シスターの気配を感じた少女は、力を振り絞り頭を上げると、


「助けて……。痛いよ……。」


 大粒の涙を流しながら目一杯、右手をシスターへ伸ばし、修道服の裾を握りしめる。


「大丈夫よ。もうすぐ何も感じなくなるわ。だって、あなたは死ぬんだから。」


 そう言ったシスターの声に、少女は、


「……いや・だ……。……しに・た・くない……」


 精一杯の声で答え、シスターを見上げると虚ろになった瞳は、絶望の色に染まった。裾を握っていた右腕は、すでに力なく床へ落ちている。


「余計な拾い物だったけど、少しはあの方も喜んでくれたでしょう」


 シスターはそう言うと、その場から離れて行った。


 ほどなく、少女の瞳から少しずつ光が失われ始めた。

 少女の視界は、闇が這い寄るように暗くなっていくと、やがて完全に闇の中に閉ざされた。


 〝 少女が最後に見たもの 〟


 それは、嬉しそうに口元を歪め、満面の笑みを浮かべたシスターの冷たい顔だった。


2章のスタートになります。

引き続きよろしくお願いします。

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