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魔術師と法術師  作者: 柏木 冬霧
第1章 出会い
18/90

月ヶ瀬家の夜(後編)

二日ぶりの更新になりました。

連休中、暑さバテで身動き出来ませんでした(T_T)


 東京都調布市某所・月ヶ瀬家

 7月1日 午後9時20分


 リビングの空気が和やかな雰囲気になったところで、耕一は改めて紫苑のコインに目を向けた。

 耕一は製作者メーカーとしてのさがなのか、コインの表・裏ばかりでなく、縁の部分まで丁寧に観察すると、固唾を呑んで見守る家族全員に、コインが見えるように持つと、説明を始めた。


「まず、右側の赤い部分。これはルビーだ。そして、左側の青い部分はサファイアで出来ている。周りの縁の部分は少しわかりにくいがエメラルドだ。太陽と月の紋章、裏の魔法文字、どれを見ても素晴らしい出来栄えだ」


 少し興奮気味の耕一に、家族が驚くなか耕一は紫苑の方を見ると、


「紫苑くん、もしかしてこのコインは、4年前に無くなった、元世界本部所属の製作者メーカーで、全能の技能士オールマイティーマイスター、シモーヌ・デュマの作品じゃないか?」

「ええ、そうです。よくご存知ですね」


 紫苑が相槌を打つと、耕一は満足そうに頷き、


「もう一度、このコインにお目にかかれる日が来るとは、思いもしなかった」


 感慨深げに、もう一度ゆっくりとコインを見つめた。


「前にも、見たことがあるんですか?」


 紫苑がそう尋ねると、耕一は懐かしそうに遠い目をすると、


「ああ、5年ほど前にね。恐らく君の手に渡る前、このコインが完成した直後だったんじゃないかな」


 そう答えると、紫苑にコインを返しながら話を続ける。


「今から10年前、子育てに追われる百合子にわがままを言って、5年間だけシモーヌ先生に弟子入りしてね。先生は、すでに70歳を過ぎていたが、突然押しかけた俺を、快く弟子にしてくれた。まあ、指導は厳しかったが……。5年前、忘れもしない12月17日、百合子との約束が間近に迫ったあの日、俺はシモーヌ工房で製作した最後のリングを持って、先生の製作室を訪ねたんだ」


 全員が聴き入る中、耕一はコーヒーを飲むと喉を潤した。そして一呼吸すると、


「シンプルなデザインで、強力な魔力に耐えられる、頑丈なリングを造るように言われてね。その当時の、俺の技術を全てつぎぎ込んだ傑作を持って、確認してもらいに行ったんだ。部屋に入ると、いつもはのんびり構えている先生が、やけに疲れた表情なのに気が付いた。その頃の先生は、体調が思わしくなくてね、新しい魔導具を、一人で製作する事がほとんど無かった。不思議に思った俺が、何があったのか尋ねると、


『何があったって? オリジナルの、ステータスコインを仕上げていたのよ。3ヶ月、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ時間を掛けて、ついさっき、完成した所』


 そう言って見せてくれたのが、このコインだったんだよ。まだ、裏面の魔法文字は刻まれて無かったけど、先生が、魔力で特別な錬成と合成を行い、技術の推を結集して創られた作品だとわかった俺は、自然と身体が震えて声も出なかった。先生は、


『知り合いが、男の子を連れて訪ねて来てね。その子のオリジナルコインを創ってくれる、腕の良い製作者メーカーを紹介して欲しいって頼まれたの。私も体の調子がが良くないし、貴方を紹介しようと思った。でもね、その子に触れた瞬間《ビリビリッ》って全身に電気が走ったの。とんでもない魔力を秘めているのを感じた。 “この仕事は人に譲れない!” そう思ったわ。気が付いたら、私に創らせて欲しいってお願いしてた。その子はすぐにOKしてくれて、素材も紋章も創り方まで全て任せてくれたの。大変だったけど、やりがいのある仕事だった。そのコインは、まぎれも無く、私の製作者メーカー人生、最後の作品で最高傑作よ』


 疲れから顔色は悪かったけど、創り手として満足したような声だった。興味が湧いたよ……。先生をここまで動かし、これほどの作品を創らせたその子にね。でも、俺がそれを知る事は出来なかった。その後すぐ、頼まれたリングを渡すと、出国の手続きやら帰国の準備で忙しく、うやむやになったまま帰国してしまったからね。そうか、あの時、先生が言ってた男の子は、紫苑くん、君だったんだね」


 紫苑を見ながらほほ笑む耕一を、驚きの表情で見つめた紫苑は、自分の鞄から小さい巾着袋を取り出すと、中身を耕一に手渡しながら、


「じゃあ、もしかして、このリングを創ったのは、耕一さんですか?」


 そう、耕一に尋ねると、受け取ったリングを見つめながら、


「ああ、これはあの時、先生に渡した物だ。どうして君がこれを?」

「コインを受け取りに行った時、コインと一緒にシモーヌさんから渡された物です。


『簡単には壊れないように創ってある、もし壊れたら私の弟子が日本にいるから、直してもらいなさい』


 と言ってました。魔法補助具として使っていたんですが、前回の任務で亀裂が入って、上手く魔力が流れなくなってしまって…… 丁度、日本支部に、所属の製作者メーカーを問い合わせようと思ってたんです。耕一さん、修理ってお願い出来ますか」


 耕一はそれを聴くと、難しい顔になり首を横に振ると、


「すまないが、このリングは修理出来ない。いや、直らない訳じゃないんだ、俺が直したく無いんだよ。なあ、紫苑くん、こんなお願いをするのは失礼だと分かっているんだが、これを引き取らせて貰えないだろうか? 俺が、先生の所で創った作品は、何も残ってなくてね……。思い出になる物を、残しておけば良かったと思ってたんだ。この魔導具は型も古いし、代わりに、今、俺が創れる一番良い物を、無償で創らせてもらう。どうかな?」


 紫苑は少し考えると、納得した表情になり、


「分かりました。耕一さんの提案に乗ります。ただ、一つだけお願いがありまして……」


 そう言うと、紫苑は耕一に近づき何やら耳打ちをすると、


「俺は構わないが…… でも、本当に良いのかい?」

「ええ、お願いします。もちろん、俺が頼んだ分は、きちんとお支払いします」


 2人はお互いに頷き合いながら、笑顔になった。


 会話が途切れた所を見計らって、いつの間にかキッチンに行っていた百合子が、人数分のグラスを持って現れた。


「コーヒーばかりじゃ飽きると思って、アイスティーにしましたよ。それにしても、久しぶりに、あなたの昔話を聴いたわ。不思議な縁よね……。紫苑くんが、あなたの創った道具を使ってたなんて」


 百合子は、グラスを配りながら、耕一の方を見ると、


「全くだ。正直、今でも信じられないくらいだよ。ところで紫苑くん、次の任務は何時いつなんだい? 勢いで無茶な提案をしてしまったが、道具が無いと不便だろう?」


 耕一は、百合子に相槌を打ちながら、紫苑に尋ねると、


「次は、沙希さんの初任務のパートナーです。神田支所が人員不足で、手の空いている俺がサポートする事になりまして。送って来たついでに、そのことを報告するつもりだったんです。色々あって、今になってしまいましたが……」


 紫苑は、苦笑しながら沙希の方を見ると、彼女は笑って頷いた。耕一は、壁に掛けられたカレンダーを見ながら、


「じゃあ、急いで創らないとダメだな。紫苑くん、すまないが3日、時間を貰えるかな? 土曜日の午前中には、渡せるように間に合わせるから」


 そう確認すると、紫苑は同じようにカレンダーを見ながら、


「はい、大丈夫です。任務開始は、日曜日からにしようと思ってましたから。良いよな?」


 耕一に承諾しながら、沙希に話を振ると、


「うん。私は、いつからでも良いよ」


 アイスティーを飲みながら、沙希が2人に答えると、耕一は席を立ち、サイドボードの方へ行くと、


「じゃあ、出来上がったら、連絡するから連絡先を交換しようか」


 そう言いながらスマホを持って来ると、紫苑と連絡先の交換をした。ついでとばかりに、百合子と瞬も、紫苑と連絡先を交換したのは言うまでもない。


 打ち合わせも一段落ひとだんらくし、しばし、たわいもない会話をしていた所で、ふと、紫苑が壁掛けの時計を見ると、時刻はすでに10時半を少し過ぎた所だった。

 紫苑は、少し慌て気味にアイスティーを飲み干すと、


「あっ、もうこんな時間なんですね。そろそろ帰ります。長居してしまって、すみません」


 と、席を立った。


「いや、こちらこそ引き留めてしまって悪かったね。そういえば紫苑くん、家はどこなんだい?」


 追いかけるように席を立った耕一が、そう尋ねると、


「家は、自由ヶ丘なんです」


 リビングにいた全員で玄関に向かいながら、紫苑がそう答えると百合子が驚いた声で、


「あらやだ。ここからだと、電車で1時間くらいかかるじゃない。いくらなんでも、一人じゃ危険よ。あなた、車で送ってあげたら?」


 そう、耕一に相談すると、


「うん。紫苑くん、送って行くよ。このまま帰したら、俺たちも心配だしね」


 シューズボックスの上に置いてあった車のキーに耕一が手を伸ばすと、靴を履き終えた紫苑が振り返りながら、


「いえ、ご心配には及びません。この時間は人通りも少ないし、家までなら “魔法” で帰れますから」


 そう耕一に断ると、玄関を開け外に出て行く。つられて、耕一たちも、家の前の通りまで見送りに出た。


「遅くまで、ごちそうさまでした。月ヶ瀬さんまた明日、学校で」


 紫苑は、改めて耕一たちに礼を言うと沙希に向かって、軽く手を挙げた。沙希は少し不安そうにしながら、


「うん。送ってくれてありがとね。本当に、一人で大丈夫?」


 歩き出そうとする紫苑に、そう声を掛けると、


「ああ、心配ならそこで見てると良いよ」


 沙希に答えながら、紫苑は、街灯の少ない住宅街の道を歩き始める。月ヶ瀬家の一同が見守る中、5メートルくらい進んだ紫苑が、一瞬で姿を消した。


「さすがは、上位部門のSランクだな。瞬間移動テレポートとは、恐れ入った……」


 耕一は目を細めながら、軽くほほ笑むと家族に家に入るよう促す。


 紫苑の消えた道を見つめながら、


(紫苑は、やっぱりすごい魔術師ウィザードなんだ……。私なんかとパートナーで、釣り合いが取れるのかなぁ……)


 漠然とした不安を心に秘めながら、沙希は家に入って行った。



これで、1章は終わりになります。

次回から、2章に入りますが、少し更新が遅れるかもしれません。

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