月ヶ瀬家の夜(中編)
本日2回目です。
一昨日更新できなかった分を挽回できてうれしいです。
東京都調布市某所・月ヶ瀬家
7月1日 午後8時50分
月ヶ瀬家の家族が、リビングに揃ったところで、百合子がふと気が付いて立ち上がると、
「久世くん、コーヒーのお替り持って来るわね」
紫苑のカップを下げながら、キッチンへ向かうと、しばらくパタパタと動いていた百合子が、皿とフォークを持ってリビングに戻って来ると、
「沙希、ケーキの箱、持って来て」
「うん、わかった」
沙希にそう頼むと、紫苑の前に、新しく淹れたコーヒーを置いた。
ケーキの箱を手に、沙希がリビングに戻って来ると、箱を受け取った百合子は、テーブルの真ん中にそれを置くと、
「久世くん。子供たちが、先に戴いてしまってごめんなさい。どれが良いかしら?」
百合子は謝りながら、紫苑にそう尋ねた。紫苑が箱を覗くと、まだ買って来たケーキの種類はすべて残っており、沙希の皿には苺のタルトが、瞬の皿にはシュークリームが乗っていた。
少し悩んだ後、
「では、レアチーズを戴いても、よろしいですか?」
紫苑がそう答えると、
「レアチーズね。はい、どうぞ。折角だから、あなたも戴いたら?」
ケーキを取り分け、フォークと共にケーキの乗った皿を紫苑に手渡しながら、耕一に尋ねると、
「そうだな。久世くん、遠慮なく戴くよ。俺は、そのチョコのやつを貰おうかな」
耕一が、生チョコケーキを指差すと、百合子は、紫苑の時と同じように取り分け、耕一の前に皿を置き、フォークを手渡した。自分以外の全員にケーキが行き渡ったのを確認した百合子は、
「じゃあ、私も遠慮なく。どれも美味しそうね」
そう言いながら、目移りした様子の百合子は、結局、苺のタルトを手にすると、自分の皿に乗せた。
各自がケーキを食べ始めると、コーヒーを一口飲んだ耕一が、
「ところで、久世くんは協会のメンバーなんだよね。じゃあ、久世くんの家族も、協会の関係者なのかい?」
紫苑の両親について尋ねると、紫苑は、手にしていたフォークを皿に置くと、
「はい。父は魔術師、母は元、治癒師です。自分も父と同じ魔術師です。兄弟は、一人っ子なのでいません」
「そう、私も元は、沙希と同じ、法術師、主人は、現役の製作者なのよ」
紫苑の答えに、百合子はそう話すと、紫苑は頷きながら、
「はい。帰り道で、沙希さんから伺いました」
と、先ほど沙希に聴いた事を話した。
その話を聴いていた瞬は、紫苑の方を見ると興奮したように、
「久世さん、コイン持ってるよね? ちょっとだけ、見せてくれない?」
紫苑にそう頼むと、
「瞬!、失礼ですよ。久世くん、ごめんなさい。瞬は、家に尋ねてくる協会の人のコインを見るのが好きで……」
百合子が、瞬を嗜めながら紫苑に詫びると、紫苑は胸ポケットからコインを取り出し、
「別に構いませんよ。減る物でもないですし」
そう言いながら、瞬にコインを手渡した。それを見た瞬は、
「うわっ、なんだこれ! 今まで見たコインと全然違う! 超かっこいい!」
感嘆の声を上げる瞬に、耕一と百合子は、同時に瞬の方を見ると、
「瞬。父さん達にも見せてくれ。久世くん、良いかな?」
「ええ、どうぞ」
紫苑に確認をする耕一に、紫苑が軽く了承すると、耕一は、瞬からコインを受け取り、百合子にも見えるように、右の手のひらに乗せた。コインを見た耕一と百合子は、大きく目を見開くと、緊張した声で百合子が、
「久世くん、いえ、久世さん。あなたはもしかして……」
続ける言葉に迷う百合子に、紫苑は苦笑いしながら、
「隠すつもりはなかったんです。なんだか、言いそびれてしまって」
申し訳なさそうに言いながら、座った状態で姿勢を正すと、
「お伝えするのが遅くなり、申し訳ありません。自分は、世界本部所属、フリーライセンス持ち、執行者、Sランク、永久の魔術師、久世紫苑と申します」
紫苑が、自らの口頭申告すると、同じく姿勢を正した耕一と百合子は、
「日本支部所属、製作者、Aランク、金属技術士、月ヶ瀬耕一です」
「元日本支部所属、守護者、Bランク、法術師、月ヶ瀬百合子です」
それぞれの、口頭申告をすると、頭を下げた。それを見た瞬は、
「えっ、どういう事?」
ケーキを食べる手が自然に止まり、耕一と百合子の方を凝視する。事情を知っている沙希は、2個目の生チョコケーキに手を出して食べ始めようとしていた。
頭を上げた、耕一と百合子は、自分たちをまじまじと見る瞬に向かって、
「久世さんは、協会のメンバーでは、今のお父さんより上の立場の人なのよ」
そう説明する百合子に、瞬が、
「マジで!!」
今度は紫苑を見つめると、耕一が、
「本当だ。久世さんは、父さんよりずっと偉いの立場の人なんだ。久世さん、知らなかったとはいえ、大変失礼いたしました。先に、確認すべきでした。申し訳ありません」
もう一度頭を下げながら、紫苑に謝ると、それを見た紫苑は、
「お二人とも止めて下さい。俺は、所属とか、立場とかで余所余所しくされるのは好きじゃないんです。お願いですから、今までと同じように、いや、もっと砕けた感じの話し方にして下さい。全然、気にしませんから」
慌てて耕一を宥めると、困ったように沙希の方を見る。ケーキに夢中になっていた沙希は、紫苑の視線に気が付くと、
「久世くんが良いって言ってるんだから、2人ともそうしてあげて。今日も、初めて会う人に挨拶するたび、『堅苦しいのは好きじゃない』とか『名前で呼んで欲しい』って言ってたよ」
紫苑の言葉に、やや困惑気味の2人は沙希の後押しを受けると、耕一は、
「久世くん、本当に良いのかい? その方が、俺も百合子も親しみやすくてありがたいが……」
恐る恐るといった感じで、紫苑に確認すると。
「本当に、気を遣わないで下さい。呼ぶ時も、苗字じゃなくて名前の方が嬉しいです。その方が、俺も気を遣わなくて楽ですし……」
ほほ笑みながらそう答えた紫苑に、耕一と百合子は、和んだ表情になると、
「そうか、じゃあここからは、気を遣わないでいこう。君の事は、沙希の友達として考えるよ。紫苑くん、君も俺に気を遣わないで、耕一って名前で呼んでくれよ?」
「ええ、私もそうさせてもらうわ。紫苑くん、私の事は百合子って呼んでね」
2人はにこやかに笑みを浮かべると、紫苑にそれぞれの呼び方を教える。
「はい。耕一さんと百合子さんですね。わかりました。あっ、君の事は、瞬って呼び捨てにするけど良いよな?」
紫苑は、耕一と百合子に呼び方の確認をすると、ポカンとしている瞬にそう言った。
我に返った瞬は、
「も、もちろんだよ。じゃ、じゃあ、俺も紫苑くんって呼んでで良い?」
そう言った瞬に紫苑は、大きく頷く。
その光景をじっと見ていた沙希は、自分の家族と、紫苑との間の垣根が一つ取り払われた事を嬉しく思うのであった。
沙希のお家編が長くなってしまいました・・・。