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販売機

作者: 叶 こうえ

過去作。

多少読みやすいように修正をしました。

火が点いているのは、珠子の手元にあるキャンドルだけだった。他の二本はすでに吹き消されている。

「思いっきり怖いやつを頼むね。『取り』なんだし」

 正面に座っている真一が、軽くプレッシャーをかけてくる。反応に困った珠子は、曖昧に笑うことしか出来なかった。

「真一の分まで頑張って、珠子」

 真一の隣に座れてご満悦な様子の琴美が、珠子に話を促してくる。

「真一の話、どこかで聞いたことがあるやつだったし」

「悪かったな。琴美の話だって怖くなかったぞ」

 真一が琴美に言い返すが、その声には甘さが混じっていた。馴れ馴れしく琴美の指が真一の日焼けした腕に触れている。暗いから見えないとでも思っているのか、それとも見せ付けようとしているのか……。珠子はいちゃつく二人から目を逸らし、手持ち無沙汰な両手を椅子と尻の間に差し込んだ。

 女二人男一人となれば、女一人があぶれるのは当たり前のこと。ただ、部屋を提供した自分が邪魔者扱いされるとは思いもしなかった。琴美が真一のことを好きなのは知っていたが、もう少し気を使ってくれると思っていた。いや、自分の家で仕切れない自分に非があるのかもしれないが。三人の通う大学から一番近く、親が共働きで帰りが遅いことから、珠子の部屋で百物語をすることになったのだ。真一と琴美が珠子の家に遊びに来たのは、今日が初めてだった。

 怖い話大会をしようと言い出したのは琴美だった。本格的にやろうということで、部屋の明かりはもちろん、コンセントを引っこ抜き、テレビ、ビデオ、電話の主電源までも消した。吐き出し窓は雨戸を閉め、小窓のカーテンは隙間なく閉められている。光の源は、テーブルに置かれた珠子の分のキャンドルだけだ。淡いオレンジ色が、三人の上半身を映し出していた。

「それほど怖くないと思うけど。一応ネタはあるんだ」

 ――さっさとお開きにして、早く二人を帰らせよう。

 珠子は咳払いをしたあと、キャンドルの火に視線を固定し、話し始めた。


 ――私が小学校六年生の時、都市伝説みたいなものがいくつかあって、学校内でよく話題になってたんだ。その中の一つがすごく怖かったのを覚えてる。

 この町に来て分かったと思うけど、ここってちょっとへんぴな場所でしょ? スーパーもコンビニも駅の近辺にしかない。家の近くに規模の小さい商店街はあるんだけど、夜の七時で閉まっちゃう。だから、遅い時間に買い物ができなくて不自由な思いをしてたんだ。特に夏は夜でも喉が渇くじゃない? 冷蔵庫に飲み物のストックがない時なんて最悪だった。へんぴな場所の割りに、水道水はまずかったしね。そういうわけで、夜にどうしても飲み物が欲しくなったら、近くの販売機へ缶ジュースを買いに行くしかない。

私が小学生のときに、あの都市伝説が噂されるようになったんだ。

 内容はね、日中は稼動していないはずなのに、夜になると電気が点いてジュースが買えるようになる販売機があるっていう話で。その販売機で買ってしまった人が、突然違う人格になってしまうんだって。なんでも、ジュースの受け取り口に手を突っ込んだ途端、何かに体を乗っ取られるっていう。

 そんな噂、くだらないって笑い飛ばすのが普通なんだろうけど、私には出来なかった。思い当たる事があったんだ。

 その噂が流れる一ヶ月前の土曜日に、友達の佑子ちゃんが私の部屋に泊まりに来たんだけど、夜遅くまで話し込んじゃって、やっぱり喉が渇いちゃったのね。夜の十時をまわっていたと思う。佑子ちゃんと二人だったからか、気が大きくなってたみたい。親の目を盗んで、二人でジュースを買いに外に出たんだ。

 外は、この部屋みたいに暗かったな。街灯はあったけど、このキャンドルみたいに弱弱しくて心許なかった。近くは見えたけど、十メートル先は真っ暗だった。それでも佑子ちゃんと手をつないで、販売機のある場所までまっすぐ歩いてた。車一台通るのが精一杯なほどの細い道だった。静かだったな。鈴虫の鳴き声が微かに聞こえてきたぐらい。あとは私たちの話し声だけが響いてた。佑子ちゃんは学校ではおとなしくて目立たない子だったんだけど、私と二人でいる時は、何でもしゃべってくれた。結構しっかりした所もあって、あの時も私の手をしっかりとにぎってくれていた。だから心強かったな。

 数分歩いた時、急に佑子ちゃんが立ち止まって、後ろを振り返ったの。「あそこにあるじゃん!」って言って、今来た道を引き返した。佑子ちゃんの言うとおり、少し戻ったところに販売機が立ってた。電気もついてて、私はちょっと変だなって思ったんだ。私はその販売機があるのは知ってたけど、いつも稼動してなかったから。ツタが絡まっていて、販売機自体も泥で汚れてた。佑子ちゃんは気にせずに百円玉を入れて炭酸系のジュースのボタンを押してた。缶の落ちる音がして、佑子ちゃんが受け取り口に手を入れたとき悲鳴をあげたの。「わあっ!」って。こっちもびっくりして、佑子ちゃんに「どうしたの?」って聞いたんだけど、突然黙っちゃって。佑子ちゃんは口を閉じたまま、受け取り口から手を出して、そのまま放心したみたいに突っ立ってる。私は意味が分からなくて、受け取り口の中に目を凝らしたら……見えたんだ。猫の死骸が。真っ白な猫で、頭の部分が赤く染まっていた。身動きはしてなかった。触るのが怖くて、脈は計らなかったけど、死んでいたと思う。

 喉の渇きなんかすっかり忘れて、呆然としている佑子ちゃんの手を引っ張って家に帰った。もちろん親にその事は言わなかったよ。言ったら外に出たことがばれるし、怒られるだろうから。

 佑子ちゃん、ショックが大きかったみたいで、なかなか正気に戻ってくれなかった。猫の死体を触って相当怖かったのかなって思った。一晩眠れば立ち直ってくれると思って、手を洗わせて、さっさと寝かせたの。私は興奮しててなかなか眠れなかったんだけどね

 でも、次の日の朝も佑子ちゃんは口を聞いてくれなかった。もうお手上げで、家まで送ってあげることしかできなかった。佑子ちゃんのおばさんに猫のことは話さなかった。

 月曜日になれば、普通に戻るだろうって思ったんだけど、佑子ちゃんは学校に来てなかった。気になって学校帰りに佑子ちゃんの家に寄ったんだけど、おばさんは会わせてくれなかった。休んだ理由も教えてくれなくて。結局、佑子ちゃんが学校にやって来たのはそれから二週間が経った頃だっんだ。

 佑子ちゃんの性格は著しく変わっていた。以前にも増して口数が減ってしまった。学校内では前からおとなしかったし、あまり自分から話してくれなかったけど、二人っきりで下校する時も全然話をしてくれなくなった。相槌をしてくれれば良い方。無視される事も多かった。変わったのはそれだけじゃない。成績も悪くなっちゃったし、授業中も居眠りばかりする。何より私がびっくりしたのは、佑子ちゃんの食事の仕方だった。ぴちゃぴちゃと音を立てて、瓶の中の牛乳を舐める。量が減ってくると、空いた食器の中に入れて、また舐めた。それを見てなぜか私はゾッとした。お行儀が悪い……そんな言葉じゃ済まない何かが、佑子ちゃんには起こっている。

 佑子ちゃんのことが怖くなった。私の方からも話しかけなくなって、朝、顔を合わせることがないように、家を出る時間も変えたほど。

 だから、その後に流れた販売機の噂を聞いて、背筋がひやっとした。佑子ちゃんの時と似通った部分があったから。

 猫の死体があった販売機には、日中でも近寄らないようにしていた。夜遅く、外に出ることもしなかった。そうして何年も経って、高校に入った頃には、佑子ちゃんの事も、都市伝説の事も記憶から薄れていった。そんな時に、あれは起ったんだ。

 今の私には分かってる事なんだけどね。あの販売機には、本当に、買った人の体を乗っ取る何かがいるんだよ。そいつがちゃんと選んでるの。夜、乗っ取りたい体を見かけたら、自ら発光して、その人を引き寄せる。夏の方が成功率は高いよね。喉が渇くし。

 高校三年の時だったな。学園祭の用意で帰りが九時を過ぎちゃった時があって。その時、ついつい、あの販売機でジュースを買っちゃったの。この頃の私は、都市伝説とか、佑子ちゃんが猫みたいになった事とか、もう怖くはなかったんだよね。そういう非科学的なことは信じなくなってたんだ。――でも、あったんだよ。非科学的なことって。

 お金を投入して、飲み物を選んで、缶が落ちてくるのを待ってた。疲れてたんだろうね。缶が落ちてから少し間があいた。ぼうっとしてたの。受け取り口に手を伸ばそうとしたとき、何かが見えた。暗がりなのに、見えたんだ。多分真っ白だったからだと思う。細い指だった。爪までは見えなかったけど、五本の細くて長い指が、缶に纏わり付いていた。

 膝ががくがく震えて、すぐには逃げ出せなかった。指が受け取り口のカバーをつつき始めるのが見えて、やっと私の足が動き出した。無我夢中で逃げているうちに、自分の家が見えて、涙が出るほどホっとしたのを覚えてる。

 家に辿り着いて、冷蔵庫に入っていた麦茶を一気飲みすると、頭の中が冷静になってきた。なんで今頃? って思ったの。私は高校生になってから、帰りが遅くなる事が多かったし、販売機が怖いなんて思う事もなくなっていたのに。なんで三年生の今頃に、こんな事が?

 考えついた理由は一つだけだった。販売機が人を選んでいるのかもって。私は高校入学時、もの凄く太ってたのね。受験勉強のストレスで、中学三年の頃から太りだしちゃって。今より二十キロはあったと思う。体重計に乗るのも嫌で、細かい数字は分からないけど。高校三年になってから、やっと元の体重に戻せたんだよ。……だから、突拍子のない推理だけど。もしかしたら、デブだった私は、販売機に狙われなくて済んでいたのかも……なんてね――


「へえ~まあまあ面白かったよ」

 話を終えた珠子に、真一が軽い拍手を送ってくる。

「実話じゃないよね?」

 琴美は、確信めいた声で言う。顔は少し強張っているが。

「半々ってところかな」

 珠子が、威力の無くなったキャンドルの火を吹き消した。

 突然、暗闇が訪れる。

「わ、急に消すなよ」

「早く電気つけてよ~」

 騒ぎ立てる二人を笑いながら、珠子は素早く、天上の電球から伸びた紐を引っ張った。

 一気に光が戻ってくる。

 眩しさに目を細めながらも、しっかり見てしまった。

 珠子は向かい側の二人を見て、呆れたように言った。

「すぐ点くっていうのに……」

 真一と琴美はキスをしていた。


 珠子と琴美が外へ出ると、生暖かい風が体に向かって吹いてきた。

「うわ、暗いね」

「何もないから」

 ドアを閉めながら、珠子が肩をすくめて見せた。琴美は都心の、コンビニまで歩いて数十秒の立地条件に住んでいる。珠子の家に泊まるのは今日限りだろうと密かに思った。

「珠子の話を聞いてすぐに販売機ってのは、ちょっと怖いけどね」

 ちっとも怖くなかったが、琴美はそう言って珠子の前を歩き出した。

「ね、真一も泊めてあげればよかったのに」

 琴美は、後にいる珠子を振り返りながら話し続ける。

「珠子と私って男の好みが違うからいいよね。被ったらいろいろ大変だし」

 珠子とは高校三年間、同じクラスだった。グループが違ったので、あまり話したことがないのだが、珠子の付き合っていた男は、琴美の好みとは全く違っていた。琴美は、真一のようなスポーツマンタイプばかりを好きになったし、珠子は色白で細い、秀才タイプを好んでいたようだ。

「あ、あったあった!」

 数メートル先に、小汚い販売機が見え、琴美は小走りになった。

「なんで実話じゃないって思ったの?」

 後から珠子に尋ねられ、琴美は「簡単だよ!」と言葉を返した。

「だって珠子、高校時代、全然太ってなかったじゃん」

 珠子は高校時代、一度も太った事がなかった。他の女子の体型が気になる年頃だったから、痩せ型の珠子が太ったりしたら、絶対に覚えているはずだ。

「ああ、なるほどね。珠子を選んで本当に良かった」

「へ?」

 珠子が珠子を? わけがわからず、琴美は眉をひそめた。

「なに、わけのわからない事を……」

 ツタに覆われた販売機に百円玉を入れた後、琴美はいくつかの購入ボタンの上に、指を置いたり離したりして、どれにしようか考えた。紅茶、コーラ、ウーロン茶……。

「珠子がここに立ったとき、凄くラッキーだって思ったの」

「え?」

 紅茶のボタンを押しながら、琴美は珠子の方を振り返った。

「痩せ体質。白い肌。同じ年。ブレザーには学生手帳が入ってた」

「は?」

 ガコン、と紅茶の缶が落ちる音がして、琴美は体を屈め、受け取り口に手を入れる。

「今度は男の好みが違うといいね」

 珠子の声が少し遠くから聞こえてくる。

 琴美がもう一度、珠子の方を振り返ると、彼女は先ほどよりも遠い場所に立ったいた。

「何言って」

 意味が分からず琴美が聞き返そうとした途端、左手に何かが触れた。琴美の首筋を冷たい汗が流れた。

 何かが、缶以外の何かが、あった。

 ――冷たくて柔らかい……何かが。 了


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