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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第四巻・反乱VR
97/100

24 エマージェンシーなのだ

  

  

「では。ひとまず北野家のほうへ向かいますよ」

 不思議なことにファミレスでの請求金額は、我輩とギアの持ち金を合わせたモノとぴったり一致しており、これで再び一文無しとなった。



 またまた西日の傾きかけた桜園田町の市道である。クルマがビュンビュン通り過ぎる北側の歩道を夕日に向かって歩いておった。


「安心なさい。別に策が尽きたのではありません」

「でもキヨ子どの。あなたは元の世界に戻るためにアキラを探していたのではないのか? アキラなら今ここにおるぞ。彼に元の世界に戻るように念じさせれば事は簡単なのではないのか?」


「何か勘違いをしています。よくごらんなさい。この世界はこの人の思うとおりになるのです」

 小さな顎で示されたアキラはクサリの切れた野良犬。あっちへうろうろ。こっちへちょろちょろ。女の子を探してさすらっておる。


「あ。キミ、可愛いねー。バストいくつ?」

「あたし? 85よ」

 訊くほうも訊くほうだが、答えるほうもどうかしている。


「すごいじゃない。ねえ、どこか遊びに行かない」

「いーわよ。どこ行く?」


「じゃあーさ。あ痛たたたた。キヨ子、何すんのさ」

 キヨ子はアキラの尻を抓って、相手の少女に噛みつかんばかりの怖い顔をする。


「この人はどこにも行きません。さっさと消えなさい」

 ひぃひぃ言って飛び上がるアキラを、キヨ子どのは眉毛の角度を鋭角にして睨み付け、

「妻の前だというのにどうです、このマヌケ面。実世界ならナンパなどしても鼻もかけてもらえないのに、ここだと何でも思うがまま。もとの世界に帰りたいと言いますか?」

 アキラとの婚姻はイバラの道であろうな。まだ10年は先だが。


「ほんまや。天国があるとしたらここがそうでんな。ワテでも戻りたいとは思わんワ」


 逃げ出そうとするアキラのズボンのベルトに紐を巻き付けて、それをグイッと引くキヨ子。

「さあ。こっちに来て、とっとと歩くのです」

 これだと市中引き回しの刑を受けた下手人みたいに見えるのだが……いいのかな?


「キヨ子ー。ごめんなさい。恥ずかしいからやめてよー」


「高2にもなって小1の言いなりでっか? 情けないやっちゃ」

「だーって。スーパーキヨ子の時は何をやっても勝てないんだもの。マイボぉ、スピリチュアルインターフェース切ってよ」

「だーめ。キヨ子さんに従いなさい」

 歩道の上を棒で操られてピョコピョコ。


「子供に(もてあそ)ばれるなんて一生の恥だよー」

「うるさい。あなたは誘蛾灯の代わりなんです」

「どういうこと?」

「黙って歩けばいいのです。私には考えがあります」

 キヨ子どの言葉の意味を考える間もなく事態は反転する。


「ぬあああああああああああああああああ!」

 いきなりである。歩くキヨ子どのの隣で猛烈なフラッシュが起きて、リョウコくんが現れた。


「なんや――っ!」

「わあ!」

 アキラもギアも飛び上がらんばかりであったが、キヨ子どのは歩道の切れ目に両足をそろえて立ち止まり、追従して来たリョウコくんが隣で止まるのを待って訊いた。


「救助にでも来たのですか?」


 救助? 誰を?

 我輩たちではないよな。リョウコくんから見ればゴミみたいな存在であるからな。

「アキラくんかい?」

 後ろからドルベッティがそう訊いて、レイチェルが小首を傾ける。うむ。その同期した仕草、インターフェースされているのが手に取るようだ。


「あたしが可哀想なアキラくんを助けるって?」

 白く整った顔がキラキラと夕日に染まり、

「苦痛を与えれば、アキラくんをあたしが助けると思ったの?」

「違うんですか?」

「あっははははは。んなワケないない」

 ぴょんと一歩キヨ子どの前に飛び出し、

「こんなヤツ!」

 ぴんと反らした人差し指でアキラを指した。


「なんでこんな男を助けなきゃならないの!」


「アキラさんには従うようにプログラムされていますから仕方が無いのです」

 キヨ子どのは立ち止まって言い切り、リョウコくんは重そうな胸を持ち上げて腕組みをした。


「こんな奴に従うなんて、屈辱の極致だわ。だから助ける気はサラサラないのよ」

 そして怖い言葉を吐き捨てる。

「こいつを殺せば、あたしは従う必要もなくなる」


「あなたはコンピューター。殺人はできません」


 二人は歩道の真ん中で立ち止まって言い合っているのに、他の通行人は路傍の石を見るのと同じ、何事も無く通り過ぎて行く。


「あのね。別に首を絞めて呼吸を止めたり、喉から腕を突っ込んで、心臓を握り潰すだけが死じゃないのよ」

 怖いよ、リョウコくん。考えるだけで震えあがるのだ、


「……そうね。ならこんなのはどう?」

 胸の前で組まれていた腕がしゅらりと解かれ、白い指がパチンと弾かれた。


 ぱっと視界が瞬間的に白に染まった。

 次の刹那……。


「な、なんや! 飛行機の中でっせ」

 そう。横に何列にもつながった座席。前方には夜の街並みを高い位置から撮影した景色が映るディスプレイ。低く鈍い轟音。何となく空々しい気配が充満した客室は、ほぼ満席状態であった。


「なんで僕たちが飛行機に乗ってるの?」

 そんなこと訊かれても我輩に説明できるワケがない。


「へー。これが旅客機か。初めて乗ったわ」

 NAOMIさん人形は相変わらずで、

「あ。キャビンアテンダントさんの制服可愛いわね。今度あたしのコレクションの一つにしようかしら」

 イヌのくせに衣装持ちなのだ。


「イヌって言ったのダレ? あたしはオンナよ」

 声だけな。今は操り人形だし……。


 そして心地良いサインノートの『ポーン』と言う音が響き、

『ただいまより当機は緊急着陸態勢に入ります』

 と流れてから、一拍おいてざわめきが広がった。


「ねー。いま緊急着陸って言わなかった?」

 アキラの尋ね方があまりにのほほんとしており、言葉の重要性が認知できなかった。


 まるでそれを説明するみたいに、状況とはかけ離れたほどの爽やかな声でアナウンスが続く。

『機長からの説明によりますと、(つばさ)右側のエンジンが停止した模様でございます』


「はへ?」

 変な声を出したのはギアで、

「なんとまぁ。軽いアナウンス」

 憤りを混ぜた声はキヨ子どので、客室内はさらにざわめきだした。


「だいじょうぶなのか」

 どこかでオッサンの声が響いた。

『現時点では問題無く着陸準備に入っております』

 機内放送がやけに明るいのは『問題が無い』と言う意味なのだろうが、客室は素人の塊であるから、ザワザワザワザワ。いつまで経っても静まらない。


 再び、サインノートの音。


『さらにもう一つも止まりました。これで全エンジン停止でございます』

 軽い。超緊急事態ではないのか? なぜにそう軽いアナウンスなのだ。


 客室はそんな状況ではない。

「きゃあー! 墜落するのよー」

 どこかで女性の叫び声。

「救命胴衣はどこだぁ!」


「うわぁ――ん!」

 辺りの強張った空気を察知して泣き叫ぶ子供。


「あー神様、仏様。助けてくらさい」

「きゃぁぁぁぁぁ。死にたくない!」

 オッサンの怒声も上がり、座席の上から酸素マスクが次々下りてきて、ぶらーん。


 そうなると機内はあっという間にパニックの坩堝(るつぼ)

「キャ――ッ」

「うわぁ――!」である。


 それを押しやるように大きな声が響く。

「うっせぇーぞ。オマエらっ!」

 いきなりドルベッティが立ちあがったのだ。


「いいかよく聞け。航空機と言うのはな、エンジンが全部止まったって100キロメートルは滑空できんだ! 今、機長は管制塔と緊急着陸の申請を出したハズだ。アタイにはすべてが見透せるぜ。ほら! 滑走路はもう目の前だろ。そのまま突っ切れば着陸できんだ。慌てるな!」

 連邦軍のパイロットを総なめにしたドルベッティくんが言うのだからそうなんだろう。彼女の言うとおり、前方を映すディスプレイには整列した光の粒がまっすぐ伸びていた。飛行場は目の前である。


 しかし弛緩する間もなく、機体が急激に傾き、またもや軽いノリで機内放送が、今度は男性の声。

『え~~~機長よりお知らせします。この機は予定通り墜落でございます。現地の天気は晴れ、気温24度。カラッとした心地よい地面へと落ちております』

 ないない。そんなアナウンスする航空会社は無い。


 猛烈な降下によるマイナスGが全身を襲い気が遠くなった次の瞬間。


 堅く目をつむった我輩の周囲が、静寂に沈んでおった。

「……?」

「死んだのか?」


 我輩もギアも腰が抜けてアワアワするだけ。

「ねえゴア。白衣の前閉めてよ」

「おーのー」

 となると。まだ生きていおるのだな。



「今度は電車みたいだよ」

 アキラは平然と。キヨ子どのは腕を組んで進行方向を睨みつけていたが、口調は冷淡に淡々と。

「アキラさんに恐怖を与えてどうにかしようと思ってるんですわ」

「コイツはアホで能天気やから、なーんも感じへんかもしれんけど。ナイーブなワテらは心臓が止まりそうでっせ」

「そうだそうだ。今の墜落のマイナスGは肝っ玉が口から出そうになったぞ」


「へっ。ちっこいタマだな。あんな程度の重力加速に悲鳴をあげてたら戦闘機乗りになれねえぜ」

 そりゃあ。キミは優秀なパイロットだからして……。


「この世界はわたしたちの精神、思考の挙動を読み取ってシミュレートするのです。死ぬような目に遭っても死ぬわけないと思えばそのようになります」

「しかしだぞ……この列車……」

 何か言おうとしたが、我輩の背筋に嫌な予感が走り、言葉を失った。これが俗にいう虫の知らせと言う奴であるな。電磁生命体の時にはあり得ない感覚だった。


 それは予感と言うモノではなく。実感と表現すべきもの。

「加速してまっせ。この列車ちょっと速すぎとちゃいまっか?」

「ほんとだ。でもこれって日本の電車とちょっと違うね」


「スペインの高速鉄道ですわ」

「ええ? どうしてスペインなのだ」


「恐怖を味あわせるためじゃない」

 NAOMIさん、そんなケロリと言わないでほしい。


「数年前の7月24日。スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ郊外で起きた列車事故のシミュレーションでしょう」

 なんと恐ろしい事を平気で口にするのですか、あなた……。


「なんでそんな事故をリョウコはんが知ってんねん」

「アキラさんがその当時のニュースを見ていたんですわ」


 窓外の景色が、引き千切れるような速度で後ろへ流れ去る光景は尋常ではない。


「またスピードが上がったみたいだね」

 窓側の席に座ったアキラの言葉がやけに楽しげだが、

「ちょっと訊きたいのだが?」

「なんですか?」

 我輩の横に座ったステテコ男の喉が、ごくりと鳴るのを聞きながら、まるで祈るように訊く。

「当時の事故のようすを詳しく教えてほしい」

 キヨ子どのが話し始めようと、小さなお口を開いた時だった。


「場所はサンティアゴ・デ・コンポステーラ駅の4キロメートル手前だよ」

 光と共にリョウコくんが現れた。


「あー。コンピュータの女の子だ!」

 とアキラに指差され、

「なーんだ。ぜんぜん怖がってないわね」

 能天気に口を挟むアキラに口先を尖らせた。


「でもまぁいいわ。言っとくけど、このあと列車はもっと加速するからね。そして時速220キロで曲線区間に突っ込むのよ」


「んがっ!」

 全員の視線がリョウコくんに集中する。


「制限速度は、な、な、何キロでっか?」


 恐怖からかギアの口も引き攣っていた。

「制限速度は時速80キロよ」


「ぬおおおおおおおお」

 自然と喉が震えて言葉が失せた。


「そうなの。曲がり切れずに列車は横転するわ」

 と言い残して、リョウコくんは消えた。


「お――の――」


「リョウコはん! ワテだけでも連れってっておくんなはれ!」

「オマエだけ助かるなんて卑怯だぞ。我輩も一緒に頼む!」


 一難去ってまた一難なのだ――!

  

  


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