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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第四巻・反乱VR
96/100

23 ファミレスにて量子力学のお勉強

  

  

「これはどういうワケだ! 我々は宇宙に飛び出したのではないのか?」

 慌てた。我輩は大いに混乱したのである。


「察知されたんです」

 悔しげに唇を噛むキヨ子どの。その横では能天気なアキラが、

「僕はねえ。チキンステーキにんにく醤油味とゴハン大盛りにする」

「ワタシはジオリチウムで……あ。できれば濃縮タイプでお願いします」

 おーい。レイチェルくん。擬人化したのなら食べ物も人間食にしろよ。何なんだジオリチウムの濃縮タイプーって?」


「反物質と物質との反応を抑制する物だよ。良質なほど反応炉の効率が上がるんだ」とはドルベッティの説明で、

「お客様……ジオリチウムはドリンクバーとなっております」

 あるんか――い。


「この人は誰なの?」

「シャトルのレイチェルじゃねえか。さっき説明しただろ? アキラ」

 呆れたふうに接するのはドルベッティ。まあ誰だってそうなるわな。


「レイチェルちゃんかー。可愛いなー。キミ、バストいくつ? 学校どこ? 何年生?」

 シャトルだと言っておろうが。


「しやけどシャトルにしとくのはもったいない美人やな」

「アタイも自慢だぜ」

「ドルベッティちゃんもかっこいいよ。バストいくつ?」

「オマエはそれをコンニチハの代わりの言葉だと思っておるのか?」



 とかワイワイやってると、NAOMIさんがピョンと立ちあがった。いや。正確には操り棒で突き出された、かな?

「ねえ。あそこのテーブルに若い男の子が集まってるわ。ちょっと行ってくるね」

 そそくさと操り人形のくせに逆ナンしに行っちゃうし、キヨ子は憤りを露にし、

「なんですか! この体たらくは! ダラけるのもたいがいになさい!」

 キヨ子が怒りだすのも無理は無い。SFスペースバトルが始まるかと思いきや、いきなりのファミレス展開である。


「ちょっとは察しなさい。ここは本物のファミレスではありません。これが量子軍のやり方なのです。冷静になるのです」


 とは言ってもファミレスはけっこうな賑わいで、窓の外は青空。そして美味しそうな香りが漂えば。我輩であってしても腹の虫が鳴くと言うモノで。

「うぉほーい。来た来たハンバ――――――――――グ。アンドシュリンプやー。ハンバーグがジューシーでジュウジュウゆうて。エビフライもカリカリやー。タルタルソースが堪らん、美味そうやデー」


「おお、我輩の頼んだチキン竜田のとろみソースがグジュグジュいって食欲をそそるのであーる」


「待ちなさい! 待つのです!」

「キヨ子どの。とにかく落ち着こうではないか。我輩たちは朝からろくなものを食っておらんのだ。ここに来て初めてのまともな食事である。しかも電磁生命体として生まれて初めてのチキン竜田だぞ」


「私にはお子様メーニューを見せてください」


 おっと、ここはコケる場面だ。コケておこう。

 どてっ。




「ワタシのジオリチウムの濃縮エネルギーも美味しそうよ」


「なるほど。それはよさげですね」

「しかしなんだな。ストーリーは支離滅裂だけど……カラッと揚がったチキンがとても美味そうだ」

 こうなってしまっては、人間どうでもよくなるのだ。特命ミッションなんてどこ吹く風。我輩はチキン竜田の肉塊にフォークを突き刺した。


「ハンバ――――グ。うま――――い」

「いちいち、何度も声を延ばして言うな、ギア。これも版権問題に発展するかも知れぬぞ」


 キヨ子どのは、お子様ランチに付いてきたプリンを最後に頬張りながら、定番の日の丸の旗を摘まんで、それへと睨みを利かすという複雑な仕草で、

「なぜに国旗?」とつぶやいていたが、宇宙人が答えるべき案件ではないので我輩は言葉を慎み、代わりにようやく満腹感を得られて、ぽっこり出張った腹を摩りつつ尋ねた。

「それはそうと、これからどうするのだ? 宇宙かと思えばまた桜園田町であるぞ」

 普通の幼児なら大切にする国旗をぽいと放り捨て、きよ子どのは語る。

「確かに相手は量子論をベースにした次々世代コンピューターですから、これは難しい問題です」


「次々世代? 次の次と言うことであるか?」


「そうです。次世代コンピューターとして量子コンピュータが登場しますが、これはまだ特定の計算だけを専門とする道具的な使い方しかできない量子アニーリング方式です。汎用的な本当の意味での量子ゲート方式はまだ完成はしていませんが……」


「それがあのマシン……か?」


「そうです。北野博士がその道の第一人者で、かつ実用化させました。それがラブマシンです……が! 『が』です」

 どういう理由があるのか解らないが、キヨ子どのは接続助詞の『が』を強調し、

「驚異の超スーパーコンピューターを女体シミュレーションにしか使わない、世界一煩悩にまみれた『バカ』なのです」


 ぬおぉぉ。世界で最初に次々代コンピュータを開発した博士をたったの二文字で片付けてしまったぞ。



「どころでキヨ子どの。我輩にも解るように量子のことを教えてくれぬか」

「そうだな。量子軍を相手にするんだから、敵を知っておく必要があるよな」

「アカンアカン。ドルベッティはんも、ゴアもやめといたほうがええ。意味不明の話になるんがオチや」


「そうです。量子論は意味不明なところから始まるのです」

「しーらんで。ワテとアキラはレイチェルちゃんの相手してまっからな。そんな話が好きな人は聴いとったらエエねん。苦手な人はワテらの会話だけを拾ってや」


 こちらのテーブルでは量子論が展開されているのに、NAOMIさんは男の子たちと意気投合したみたいで、話に夢中で戻ってくる気配は無い。


「そもそも量子とは何なんだ?」

「その話をする前に我々の周りを見て頂きましょう」

 と言って、キヨ子は水の入った自分のコップを持ち上げた。

「水は知ってますね?」

「知らない奴はいないぜ」

 ドルベッティは半笑いで答え、キヨ子は真剣な面立ちで問う。


「波はいかがです?」


「バカにすんなよ。水を揺すると起きる現象だ」

 ドルベッティは、綺麗な指先でキヨ子の持ったコップをちょんちょんとつつき、キヨ子も満足げにうなずく。


「そう。水は物質。波は現象。つまり水が起こす状態の一つです。では電子は?」


「原子を周回してる粒だろ?」


「そうです。ですがこれは粒子でありながら波の状態の性質も持ったモノなのです」

「なるほど。物質なのに波でもあるわけか」

「そうです。これが量子の本当の姿です。粒子としての性質と波の性質が重なり合った状態、確立波と言います。光もその一つですね」

 6才児とは思えない説得力のあるお言葉である。




「オマはん見てたら萌えまんな」

「うん。萌え萌え」

「燃焼現象ですか? 消火のお手伝いもできますよ」

「ちゃうがな。レイチェルはんは可愛い、ちゅうてまんねん。スタイル抜群やし。ボインやし、きゅっとくびれとるし。言うとこ無いがな。うひゃひゃひゃ」


「うん。シャトルの運転手さんとは思えないよ」

「運転するのはドルのほうよ」

「どういう意味? 二人で一人ってこと?」

「そう。ドルが飛行イメージを思い浮かべたら、そのとおりにワタシが飛ぶの」


「レイチェルちゃんが飛行機なの?」

 少女は銀色のロングヘアーをフサフサと揺すった。


「ちょっと違うかな。ワタシはドルとシャトルの仲立ちになるのよ」

「連絡係をしてるってこと?」

「オマはんが言うと、神経インタフェースがクラス委員になってまうな」

 アキラの言葉は幼稚なのだ。



 で、こちらはというと。

「摩訶不思議だと言ったのは。この確立波の状態である量子を人間が観測した途端、波の挙動から粒子として振る舞うのです」

「観測したら?」

「そう。観測せずに結果だけを見ると、波として振る舞うのですが、観測した途端、粒子に変化します」

「不思議なんだなー、量子って」




「レイチェルちゃんを観測した結果なんだけど、上から88、60、86じゃない?」

「さすがヘンタイ博士の孫でんな。ワテの見積もりとおなじぐらいや」

「すごいわね、アキラくん。ぴったりだわ。このボディサイズはドルから派生されたのよ」

「だと思った。お風呂に入るみんなを観察して僕も研究してるから」

 自慢できる話ではない。

「ほんまかいな。観測日はぜひワテも誘ってくれへんかな」




「観測すると量子の挙動が変わる? それはなぜだ?」

「世間一般ではまだよく解らない、となっています」


「しかしなんや、そそられまんなー。お湯を浴びた裸体。水滴を弾く肌。照明に輝くボディ。ああ。観測したいでんなー」



「見られると性質が変化する現象には、もう一つとんでもなく面白ことが起きます」

「ほう。それはどのような?」


「見られるって言えば。昨日ジイちゃんが言ってたよ。クララさんは見られても平気なんだって」

「ジイさんも研究熱心やな。最も危険な分野に首突っ込んでまんがな。ほんで……。観測結果はどないなったん?」

「すごかったって」

「マジでっか! ほ、ほ、ほ、ほんで、どないすごいねん。なーアキラー?」

 バカか、こいつは……。

「わかんない。自分で観察して来いってさ」

「さすが物理学博士や。学問は自らの手で切り拓け、ちゅう教えでんな」



「まず、一つの量子を準備し、それを二つにしてペアを作ります」

「どうやってそんなことができるのだ?」

「方法はいろいろあります。でも問題にするのはそこではないのです」


「せやせや。問題はそれやない。どうやってドルベッティはんとレイチェルはんがシャトルを操縦するか、でんがな」

「ワタシたちは一つになるの」

「ウソ!」

 スケベそうに光らせた目を丸めてアキラは訊く。

「合体? 女の子どうしで抱き合うの?」

「ほんまスケベやなアキラは。なんでそっちに行くねん。ちゃうがな。二人ペアで操縦するちゅうことやろ? そうやな?」



「スケベのペアを、あ、いえ。量子のペアをつくったら、二つを違う場所に移動させ、片方を観察すると性質が粒子に変化するのですが、離した相手方も同じ性質に変化します。そっちは観測していないのにもかかわらずです」

「伝搬するのか?」

「伝搬と言う言葉が適切かどうかは定かではありませんが。そんな感じです」



「じゃあ。どうやって操縦するの?」

「ドルの描く飛行イメージが伝搬するの。どんなむちゃな操縦をイメージしても伝わるわ。で、ワタシはそれを瞬間に実現させるの」



「すごいのは片方の状態が相手に伝わるのに経過時間がゼロ。まったくの瞬間です」

「どんなに離れていても?」


「どんな体位でも?」

「おまはん高校生のレベルを超えた質問になってまっせ」


「そう。何万光年離れていようとも瞬間に伝わります。これを『量子テレポーテーション』と言う、特殊相対性理論を越えるあり得ない現象なのです」

「そう。詳細な部分まで確実に伝わるのよ。これが『神経インタフェース』と言う特殊航空理論を実現するモノなのよ」


「ちょーっと。あなたたち! もう少し静かに喋りなさい。こっちの話と融合してますます意味不明になってます!」


 我輩は立ちあがって憤然とするキヨ子どのをなだめ(すか)すようにして訊く。

「あの申し訳ないが、観測したら……と言うあたりが、どうも胡散臭いんだが」

「それは否定できません。私も観測のために光や電子などのフィールドを浴びるからだと思っていたのですが、量子は観測機が働いても波のままで、不思議なことに観測するのが人間である時だけに変化するのです。つまりこうなっては見る側の意識が影響するとしか思えません。乱暴な言い方をすると『こころ』かもしれません」


「なんだか宗教ぽい話になっておらぬか?」

「そうですね。互いに意味不明なところが同じですが、違うとしたら、こっちは量子力学と呼ばれるれっきとした学問なのです」


「頭から煙が出そうだ」

「我輩もなのだ……」

 アキラと共に肩を落とした。


「それで……どうします?」

 銀髪の頭を捻ったのはレイチェルくん。


「だよな。いざ出陣となった途端、ファミレスであるから」

「ほんまや。出鼻をくじかれたで。このまま何もせんかったら、金槌(かなづち)の川流れや」

「なんだ?」

「一生浮かばられへん」


「とにかくここを出ましょう」

 と言って立ちあがるキヨ子に全員が従った。いや従う以外に(すべ)が無いというのが正しい。


「あ。待って、あたしも行くわ。じゃあね、男子諸君。またお話ししましょうね」

 男の子のテーブルにいたNAOMIさんがピョンピョンと走ってきて合流。

「やっぱ若さはパワーよね」

 解ったような口を利きつつ、手を出した。

「ここの払いはあなたたちよ」


「えー。我輩たちが払うのか?」

「せや。そんなん殺生や。せめて割り勘にしようや」

 ここはシミュレーテッドリアリティだったことを忘れていた。宇宙空間がいきなり桜園田町に切り替わったって、現実の世界と何ら変わらない。

 当然ファミレスの支払いをしなくてはいけない。


「アタイは緊急発進時は金銭を持たない主義なんだ」

 そりゃそうかもしれない。戦闘機に乗り込むのに財布を忘れたって言って騒ぐパイロットもおるまい。


「ワタシにはお金の概念は無いもの」

 そりゃ戦闘機の操縦インターフェースに割り勘を求めるのは無茶な話ではあるが、そのインターフェースがファミレスでパワーを補充するんなら割り勘にすべきだ、とも訴えられないのだ。


 そしてキヨ子どのは口を突っ張らせる。

「私もNAOMIさんもオケラなのはご存じでしょ?」

「僕もプリンのタコヤキ買ったので一銭も無しだよ」

「素晴らしいではありませんか。支払いの行方を求めるアルゴリズムは綺麗な解を導いています。あなた方二人だと」


 ここで無銭飲食をすれば、駅前交番のあの警官がすっ飛んでくるのは目に見えている。そしてムショ暮らしである。

 仕方が無いので、我輩とギアは投げ無しの全財産を会計レジのお姉さんの前で吐き出した。


 ジャラジャラジャラ……。

  

  

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