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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第四巻・反乱VR
92/100

19 苦難は再来するのである

  

  

 部屋に一歩踏み入れて悶絶した。


「遅かったじゃない」とグレーのレディーススーツを着た操り人形が振り返り、

「やはり帰ってきましたわね」

 部屋の中央に置かれたコタツから上半身を捻って見上げるキヨ子どののコロコロしたマナコが、我々を見据えておった。


「何でキヨ子が僕の部屋にいるんだよー」

 大いに不満をぶつけるアキラに、

「アキラさんのことです。どうせ行くところもなく、満腹になれば眠くなって帰ってくると思っていました」

「ほとんど動物扱いやな」

「我輩たちは未だに空腹であるぞ」

「バケツプリンをいただいていたではありませんか。私なら二杯はいけましたのに」

「ムリムリ無理」

「キヨ子さんならいけるわよ」

 口を挟んだNAOMIさんへ物申す。

「なぜに我々の行動を知っておるのか? 通信機は……あぅ」

 それを言ってはマズイ。


 キヨ子どのは動揺する我輩を鼻で笑い、

「あなたたちは一つ誤算をしています。この辺りのタクシーはお客さんを下ろすと、ほとんどが桜園田駅に戻って来るのです。しかもあのタクシーはビーコンを追って動こうとした私たちの前で、扉を開けて客待ちに入ったのです。すぐに察しましたわ。逃げたことを」


「だとよ。ギア……」

「知らんがな……」


「ふぁ、僕には関係ない話だから寝かせてもらうよ」

 アキラは、こちらの悶着などあっちゃの空である。そそくさと自分のベッドへ潜り込もうとするので、

「おい。アキラ。ちゃんとパジャマに着替えて寝るべきだ」

 咎める我輩へ言い返す。

「めんどくさいよー。このまま寝たら、起きる時も楽だもん」

「だらしないにもほどがあるな」

 床の上に脱ぎ捨てられていたパジャマを渡そうと屈む我輩の肩越しから、キヨ子どのが甲高い声で命じた。


「アキラさんを寝かせてはなりません」


「何でやの?」

 ギアとそろって我輩も首を捻った。


「夢を見てごらんなさい。それがすべて現実となって現れるのですよ」

「あ。ホンマやな」

 言うとおりである。

 背筋が寒くなった。マンガを見ただけで、進撃のキヨ子なのだ。


「そ、そうか。ならアキラは睡眠できないではないか」

「この世界は偽の世界。睡眠を取る必要は無いのです。眠く感じるのはそうなるように脳へ刺激が送られてくるからです」

「なら、我輩たちの空腹感も偽物なのか?」

「実世界の生理的要求がそのままこちらの世界でも反映されるのが普通のシミュレーターですが、ここはハーレムクラスオブジェクト。そちらの刺激は遮断されているはず」


「なら、危険を感じても安心だな?」

 キヨ子どのは我輩の目をじっと見て首を横に振った。

「ハーレムクラスオブジェクトは現実をシミュレートするものです。怪我をすれば痛みも再現され、死ねば死にます」

「こ……怖いこと言わんといてえな」

「大袈裟でも何でもありません。アキラさん以外はラブマシンの意のままなのです」

 とキヨ子は決然と言い切り、

「あたしはなんともないけどね」

 NAOMIさんは呑気なもんだ。


 予測はしていたが、そうはっきりとその道の専門家から言い切られたら震え上がるのである。

「つまりリョウコくんが我々の命を預かっておると……」

 量子物理学博士級の頭脳をした6才児が静かにうなずき、コタツの中に両手を入れた。


「こわ~」

 誰もが無口に転じた部屋の中が、急に広く感じた。



「クララはどうしたのです?」

 キヨ子どのが怖い顔をして訊く。

「知らんで。アニメの勉強するためにDVDでも買いに行ったんちゃいまっか」

「へんな知識がつかないかしら」とNAMOIさん。

「おそらく心配ないでしょう。あの人はアニメを地で行く人生を送っていますから、本屋さんのアニメなどイソップ童話にもなりませんわ」

 うーむ。否定できないのだ。


「それより。どうしてクララどのをこの世界に連れて来たのであるか?」

「協力してもらうためです」

「協力?」

「あの人はアキラさんと同じ才能を持つ人物。常に頭の中が透き通っているのです。それをうまく利用するつもりです」

 何を企むのか分からぬが……。


「透き通った頭でっか? ダイレクトにアホやとゆうたらしまいやのに、上手いこと言いまんな。キヨ子はん」


 と、その時。

 おびただしい光のパーティクルが大きく弾けて、辺りが一変した。


「な、なんや!」

 ギアが慌てるのも無理はない。アキラの部屋が宇宙船の司令デッキに切り替わったのだ。舞台なら暗転とでも言うのだろうが、もっと早く、瞬間に切り替わった。



「ワタシを呼んだか?」

 慌ててオロオロしていたら、いきなり背後で妖艶たる声がした。


「「「クララ!」」」


「今さら名前を確認し合う必要は無いが。知らない人のために自己紹介しておこう。ワタシは暗黒軍団キャザーンのクイーン。クララ・グランバードである。地球ではKTNプロダクションの社長をやっておる」

「いや。分かってまんがな」

「それよりクララどの……ここはどこである?」


「クララさんだぁー」

 飛びつくアキラを足払いして胸を張る。

「何を愚かな。ここはキャザーンの戦艦、NANAの司令デッキだ」


「さっそく具現化したわよ」

 と瞳をキラキラさせるNAOMIさん。棒付きの手が楽しげに躍って説明する。

「あの本屋さんでアニメを見ているうち、キヨ子さんの思惑通りにキャザーンを思い出したんだわ」

 こうなることを想定していたと?

 いったい何を協力させる気なのだ?


 色とりどりのインジケータが並んだコンソールパネル。地球人には思いもつかない表示装置やら、通信設備。はたまた武器管制の意味不明なデザインパネルがずらり。あきらかにここはキャザーンの戦艦、NANAの中であった。


「ちゅうことは。舞台が桜園田町から大宇宙に切り替わったんでっか?」

「たぶんな。スケールがいきなり数千倍になったのだ。もうタコヤキもキツネうどんも出てこんぞ」


「あちゃー。明日の焼肉がおジャンやがな」

 野球帽を外して、天辺ハゲタカのオツムをガシガシしていたギアが、何かに気付いた。

「ハーレムクラスオブジェクトは、どこまで再現されるんや?」

「いくらなんでも宇宙は無理だ。不可能だろ?」


 しかしキヨ子は頭を振る。

「観測者が思考した途端、性質が変わるのです」

「そうよ。量子論てそう言うモノなの」

 ほんとかどうか知らないが、NAOMIさんも肯定的である。


 懐疑的に見る我輩をキヨ子どのは片眉を吊り上げて言う。

「デバッグするためツールを挿しこんだ途端、ツールが影響してバグが消えるようなもんです。よくある現象です」

 無い無い。知らな――い。


 どちらにしても、キャザーンの登場でやっと版権がこちら側に移ったのだ。ここからは安心して読むがいいぞ、青年。



 司令デッキの真ん中で、立派に盛り上がった胸を抱えるようにして腕を組んだクララが、タンタンっ、と両足で床を突き、目前に広がる大宇宙を凝視した。

「話はだいたい理解できた。ようするに我々の敵はハーレムクラスオブジェクトだと言うことだ」

 半身を捻じって我々と対面するクララ。それへと我輩が異を唱える。

「間違ってはいないが、他に方法が……」

「そうです。初めて全員の意見が一致したのです」

 キヨ子がいきなり割り込んだ。

 豊乳のクララに対抗して、キヨ子は洗濯板の胸を張る。

「ここはクイーンの腕の見せどころなのです」


「わーお。キヨ子どの。クララを挑発するのではない」

「せや。この人は厨二病とちゃいまっせ。ホンマもんや。ホンマもんの暗黒軍団の頭領、クララ・グランバードでっせ」


「うむ。いかにも」

 クイーンらしく堂々とした態度のクララは、KTNプロダクションの社長のそれをはるかに超えて、尊大に構えた。

「まあキヨ子。大船に乗った気でいろ。この艦船にはNANAがいる」

 地球でこれ以上の巨大船を探すとすれば、世界最大の客船ハーモニー・オブ・ザ・シーズぐらいしかない。それほどキャザーンの戦艦は巨大なのだ。それからついでに言っておこう。NANAとはキャザーンの戦艦の名前であると共に、それ全体を牛耳る量子コンピュータの名前でもあるのだ。



「では……もう一度確認しておこう」

 クララの長い髪が翻り、キヨ子と対面する。

「何でしょうか?」

「今日言っていた報酬はまことであろうな?」


「やっぱり報酬を要求するのか、クララどの」

「当たり前だ。我々はキャザーンだ。無報酬では1ミリたりとも動かん」


「せやせや。こっちかて命かけてまんねん。報酬は頂きまっせ」

「オマエ……キャザーンの側につく気だな」

「へぇへ。長いもんには巻かれろや」

 面従腹背のくせして……。


「ほんでキヨ子はん報酬ってなんでっか?」

 長いモノではなく、報酬になびいたな。


「回転寿司で娘子軍全員にご馳走することです。それに関しては承知しています。成功すれば実行します」

「バケツサイズのプリンは嫌やデ」

「私はいっこうに構いませんが……まぁ、それは成功してからと言うことで」

 もはやアキラは蚊帳の外。というより話の流れについて行けずポカン顔。でも視線の先だけはクララのおっぱいとタイトミニの太腿辺りを行ったり来たり。


「よし。契約成立だ」

 クララはポンと手を打ち、報酬に目がくらんだギアはさっそくキャザーンのクルー面をする。

「女王陛下はん。敵の居場所は知ってまんのか?」


「我々はキャザーンである。見ろ!」


 ぶんっと振られた腕が真っ直ぐに伸び、釣られてアキラの視線もクララの胸から引き剥がされる。

 差し示された巨大ビューワーの中央に、真っ白なジェットを大きくたなびかせた彗星がひとつ。

「あれは流れ星だぞ?」


「偽装化されてるわ」とNAOMIさん。

「彗星ではないのか?」


「どこを見ておる。その横だ」とクララ。

「なーんも見えまへんで」

「我輩もである」

「僕も見えない」

「確かに………」

 キヨ子どのも、子供に似合わぬ細い目をした。


「人間の目には映らぬようだな」


「あんたには見えるの?」

 操り人形のNAOMIさんがクララに首をかしげる。


「舐めてもらっては困るな。私もデュノビラ人なのだ。地球人の視力で言えば、両目共に52.5はある」


 デュノビラ人はサブプライム星系の種族で、容姿はヒューマノイド型。女性はとても妖艶で美しいが、カマキリによく似た生態なのだ。つまりオスを食うと言う。特徴は目の色が七色に変わり、適齢期までに何度か角膜を脱皮させるのである。詳しくは第二巻を探してくれ。


 にしても――。

「視力52.5って……。そうなったら小数点以下は必要無いだろ」

「どんな目ぇしてまんねん」


 キヨ子は驚きもしないで尋ねる。

「それで? その目で何が見えるのです?」


「彗星の向かう先に空間の歪みが見える」

「ほんとうに見えてるみたいね」とはNAOMIさん。

 ピョコピョコとビューワーへ駆け寄り、

「ほらこの辺よ。不可視に見せる怪しげなフィールドが張り巡らされてるわよ」

 棒付きの人形の手でペタペタと触った。


「見えるか? ギア?」

「なーんも見えへん」


「まあいいわ。あたしが暴いてあげる」

 操作コンソールによじ登り、奇抜なデザインのパネルを操作する姿。超リアルなSF映画と人形劇の融合である。何ともアンバランスなのだが。


「あーっ!」

 何も無かった空間に散りばめられた星々の姿がゆらりと揺れると、濃い緑色の巨大戦艦が現れた。


「偽装フィールドを解くアルゴリズムをNANAさんと一緒にコーディングしたのよ」

 おーい。んなわけがあるかーい。ここはシミュレートされた世界だ。完璧にリョウコくんに遊ばれておるのだ。


「いいですか。関東電力」

「くどいが、我輩はゴアであるぞ」


「ハーレムクラスオブジェクトにはいくつかのライフサイクルがあり、プロセスの切り替えやプロセス間通信時に各種のメソッドが呼ばれるのです。また割り込みハンドラに制御が移る時など必ずスタックへデータが積まれます。特にこちらの思考をスキャンする直前に起きる『onScan』メソッドはリソースの消費が大幅に増大するため、私たちも感知しやすいのです」


「おい、ゴア。キヨ子はんは何が言いたいんや?」

「難しすぎて、我輩もさっぱり解らない」


 そこへ突然と相手の宇宙船から連絡が、

 起動音と共にビューワーが光り、一人の少女の姿でいっぱいになった。


 少女はいわゆる異星人。SFアート的な紋様の衣服を纏ってはいるが、見た目は地球人だ。ただし胸を大きくはだけ、そこだけ強調するようなモノを着衣しておった。


「わあ――っ! おっぱいすっごい」

「ほんまやー。おっぱいがでっかい宇宙人の登場や」

 見る場所がちが――う!


「敵の姿が現れたのだ! オマエら驚く部分が人間離れしとるぞ」


「ねえねえ。あの子ダレ? 可愛いじゃない」

 と言って手を振るアキラ。

「ねーキミー。名前は何て言うの?」

 出会って3秒でナンパである。そのバイタリティの数パーセントでいいから勉強に使えないかな。


 ここで規定ページを消化した。

 アキラの行く末を心配しつつ、一旦終わるぞ。

  

  

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