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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第四巻・反乱VR
89/100

16 めげるのだ

  

  

「ったく…………」

「あほらし…………」

 帰り道である。


 結論から先に言おう。

 アキラは図書館にいなかった。

 ついでに腹の虫がおさまらないのである。

「我輩たちをバイ菌のようにあしらいやがって、あのガードマンめ」

 ギアの格好ならつまみ出されて当然ではあるが、我輩をヘンタイ扱いしたのである。

 白衣の下に着衣の痕跡がありません、だと?

 オメエだってパンツの下には何もつけてないだろ。それならパンツ100枚ぐらい這いとけ。


 ヒューマノイド型の生命体の腹は、鳴いたり喚いたり落ち着かないのだ。


「けんもほろほろだよな」

「けんもほろろや。『ほ』が一個多い」

 と文句を垂れるが、珍しくギアも元気がない。

「……はぁしんど。アホらしゅうて、瀬戸モンの巾着(きんちゃく)やで」

「口が開かない……だな……」

 同感である。


 まあ。一つ救われたのは、ガードマンに懇願する我輩の必死さに見かねた女性職員が、館内放送でアキラを呼び出してくれたのだが、いくら待っても待ち合わせの場所には現れなかったことを補足しておく。


 何だったのだ。この無駄な時間は。


「バスで帰ろうぜ、ギア」

「ボケ! カスっ!」

 バスに乗ろうと言うだけで、そこまで咎められるのか?


「ならば。途中にあったリョウコちゃんの駄菓子屋で、もう一回休憩して行かぬか?」

「それなら……まあ、ええデ」




 それから少々もして――。

 神は我々を見離したのであろうか。駄菓子屋が消えていた。いや元々駄菓子屋は無かったのだろう。NAOMIさんから渡された無線機が位置情報を知らせるビーコンであることを伝えるために、駄菓子屋と言う形態を装ってこの場所に出現したに過ぎない。だってそこは空地だったのだ。


 仕方が無いので、幾分(いくぶん)陽の光の弱まった黄昏寸前の市道をひたすら桜園田駅に向かう。足の裏がジンジンと痺れた感じで、ひどい疲労感がさっきから襲って来る。


「ギア。いよいよその新聞紙のお世話になりそうな気配だな」

「せやろ。拾っといてよかったデ。新聞は布団代わりになるらしいからな。公園のオッチャンがゆうとった」

 公園のオッチャンと言っても、管理人ではないので理解を頼むぞ。



「駅まで戻ったら温かいうどんでも食べよう。朝からアイスコーヒーとタコヤキ一つ、プリンとラムネだけだなんて、子供のオヤツよりひどい有り様だぞ」

「さすがにワテもハラペコや」

 と漏らしてからギアは立ち止まり、

「ほんで図書館で受けた屈辱料はなんぼになったんや」と訊いてきた。


 屈辱と言うより、冷静に考えればガードマンは職務を全うしただけのことだ。ハッピとステテコ、真っ裸に白衣の二人連れである。そんな男二人がそろって公共の施設に入れるはずがない。せめて、ズボンでも穿いていたら薬局の店員さん程度にはなれたのだ。


「どこかにズボンでも落ちてないかな?」

「リョウコちゃんがそんなことはさせへん。あの子は典型的なサディズムや。ワテらをいたぶって腹を抱えて笑っとんのや。ほんで、その見返りはなんぼになったんや?」


「あ、そうか。その話をしていたのだったな」

 ポケットを探ると1280円が出てきた。


「500円の追加でっか……」

 コイツ。我輩の懐にいくらあるか把握しておるな。


 気付くとギアの手が。

「なんだ? 握手か?」

「アホか! 半分はワテの慰謝料や」

「慰謝料?」

「せやろ、あれだけの(はずかし)めを受けたんや。半分おくれや」

 まぁ、お互いにハズイ結果なのだから折半は妥当なところだろう。

 250円をその手の平に置いて、再び桜園田駅を目指した。




「しかしなんだな……」

「なんや?」


「二足歩行はあまり長距離移動には向いて無いな。こんなに疲れるとは思ってもみなかったぞ」

「そやな。馬にしろ牛にしろ。ラクダもそうや。四つ足で歩く連中のほうが優秀や」

「まぁそういう事だ。つまり四つ足は運動能力が進化し、二足動物は知能が進化したわけだな」


 ギアは立ち止まって言った。

「ジブン……たいがいアホやな」

「なにが? だってそうであろう? 猿からチンパンジー、そしてオラウータンから人類。二足歩行動物の進化の過程を見るようだぞ」


「ほな、なにかい。ニワトリは賢いっちゅうんかい。アイツも二足歩行やど。せやけどな、餌を食うても三歩で忘れて、また地面を(つつ)きよるねん」

「い……いやそれはなにか違うような気がするぞ」


「アヒルはどうすんねん。一歩進んで、ガーガー。一歩進んで、ガーガー。口と足が繋がっとんやど。どうみても賢そうには見えへん」


「あのな、ギア。世の中には例外と言うモノもあるのだ」


「その点、四足のほうがいろいろと便利ええし、美味い」

「食べる話などしてないぞ」

「腹減ってまんねん。どないしても。話はそこへ行きまっしゃろ……あーステーキ食ってみたい」

「ビーフな」


「トンカツ食いたいなー」

「ポークな」


「すっぽんってどんな味やろ? めっさ美味いっちゅう話やけど」

「亀なー」


「なんでそこだけ日本語やねん?」

「あ……いや。深い意味は無い」


「せやけど。四足のもんて美味い物が多いな。この際や。四足やったら何でも食うたるデ」

「なら。コタツでも食いに行くか?」

「コタツなー。あれは食うたらあかんよな」

「なぜだ。食いたいのだろ?」


「あーゆう。あたるモンは、食わんほうがエエ」


 チャリチャリチャリリーン。

 ギアの放った落語のオチで、少々の小銭が支払われたようだ。

 新たに我輩の右ポケットに入った600円を折半すると、再び歩き出した。





 疲れた足を引き摺って。またまた駅前広場である。


「やっぱりバスに乗ればよかったのだ。トータル2時間も歩いたぞ」

「アホか……乗り物なんかに銭使うかい」

 途中でビーサンのツルが切れ、落ちていたひもで修繕したギアの姿はとんでもなく痛ましく、かつみすぼらしかった。

「それでもぜったいに銭は使わへんのや」

 ますます守銭奴めいてきた。



 神は我々を見離さなかったのである。

 2時間の道のりを無駄に過ごして、疲労困憊の我々はぶっ倒れる寸前ではあるが、状況が急転したのだ。


 それは休むところを探して彷徨っていた時のこと。構内のベンチでは人目に付くし、キヨ子らにも見つかる可能性があるということで、ひとまずタコ公園の滑り台の中へ入って休憩しようとなり、近づいた時であった。

「アキラだ!」

「おおぉ。こんなとこにおったんかいな。よっしゃ、これでキヨ子らより一歩先へ出たデ」

 数歩進んで、ギアは呆れの声を漏らした。

「せやけどこいつ呑気に寝てケツかるな」

「ホームレス高校生を地でいけるな」


 タコの頭をかたどった滑り台の内部には、外と隔離されたちょっとした丸いスペースがあり、端っこに階段が取り付けられて滑り台へと登る仕組みで、それ以外は何も無い球形の空間なのだ。その側壁をうまく枕にして、アキラは半袖アロハと幾何学模様の半パン姿で昼寝中であった。


「こんなところで真剣に昼寝ができるとは……ある意味、この男は大物かも知れんぞ」

「まだ能力には気付いてないみたいやけど、どないする? 起こさなしゃあないよな?」

「うむ。しかし我々を見て驚かないかな? ヒューマノイドの姿でアキラの前に立ったことは無いぞ」

「とにかくや。この世界の特殊性は黙っていようデ」


 現在起きているすべての不幸をこの青年が払拭してくれるかもしれない救世主様なのだ。

「アキラ……」

「ちょい待ち」

 ギアは揺り起こそうとした我輩の手をいったん止めて、

「起こしたら、飯でもおごったろうや。ワテ、もう腹ペコで死にそうや。ゴアはどないや?」

「ああ。我輩も同じだ。しかしオマエが他人に食事をごちそうするとは、びっくりだな」


「アホか。ふつうはせえへんで。せやけどここは清水(きよみず)はんの舞台から飛び降りなあかん」

「二度目の飛び降り事件だぞ」

「ワテかっていざとなったら何べんでも飛び降りたるワイ」


 とか、ワイワイやっていたら。

「ん? どうしたのギアにゴア……」

 目を覚ましたアキラが、まぶたを擦りつつ伸びをした。


「アキラ! 我輩たちが分かるのか?」


「あ――っ! ダレ?」

 完璧に目覚めたアキラは、目を剥いてキョトン。そしてペコペコ。

「ごめんなさい。知り合いのスマホとポケラジの声にそっくりだったので……すみません。許してください」

「アホちゃうか、コイツ。ポケラジとスマホが知り合いや、ゆうとるで」

「あ……あ、あのですね。それには深いワケがあってですね……」


 我々をどこかそこらの怖いおッちゃんと勘違いしたアキラは、ひどく狼狽していた。

「すみません。ごめんなさい。このとおりです」

「落ち着け、アキラ。我々がそのスマホとポケラジだ」

 ヘコヘコ頭を下げ続けるアキラを取り押さえる。


「ほへ?」


「ホヘやないがな。ほれワテの口調、聞き覚えがあるやろ」

「どうだ、アキラ? よく見ろ」


「ゴアなの?」

「そうだ。『我輩はゴアである』のタイトルともなったゴアだ」

「パンツはどうしたの?」

「お――の――!」

 慌てて白衣の前を押さえた。


 チャリン。

 20円が支払われた。


「たった20円かよ」と文句を垂れる我輩の顔をアキラは正面から見て、

「なんで、ギアとゴアが人間の形をしてるの?」

「そ、それはでんな……」

「しくった」

 訊かれた時の対策を取っていなかった。


 とにかく誤魔化すために咄嗟のいいわけをする。

「アキラは……ゆ……夢を見ておるのだ」

「おーそうや。それやがな」

 ギアは我輩の功績を横取りして、

「これは夢の世界や。せやから今から遊ぼうデ。何でも協力したるから」


「夢? これって夢なの?」


「せや。夢やがな」

「どうりで……」

 と言って、アキラはすくっと立ち上がり、

「お昼過ぎにお腹が減ったからいつものタコヤキ屋さんへ行ったんだ。そしたら小さなプリンが8個入ってたんだよ」


 だろうな……。


「よく見たら、タコヤキの鉄板にプリンが並んでんの。面白かったよー」

 面白いんかい。おかしいとは思わんのか?


「で食べたら、眠くなってきたからここで寝てたんだ」

 食ったのかよ。寝たのかよ。


「ソースはなんやった?」

 どーでもいいだろ。


「プリンのソースだよ」

「宇宙人の我輩が言うのも何だが、それはカラメルと言うのだ」


「ほんま。ピンボケな男やで……」

 ギアは呆れ果て、我輩もこの数時間を顧みる。


 もしかしたら、キヨ子どのらとこの公園のベンチで話し合っていた時、すでに滑り台の中で寝ていたのかもしれない。

 だとしたら――。

 図書館までのあの往復2時間を返してくれ、と叫びたい心境であるな。


「それはそうと、アキラ。腹が減ってないか? どこかへ繰り出さぬか?」

「おごってくれるのならいいよ。タコヤキ買ったらお金が無くなったんだ」

「我輩たちに任せろ。日ごろアキラには世話になっておるからな。ここは大盤振る舞いをしてやるぞ」


 ギアは急激に目の光を強め、

「何が食いたい? せやアキラ。この際や、贅沢して回転寿司ってどないや」

 贅沢してそれかい。


 しかし二人の所持金を合計しても5000円に届かない。これだと回転寿司でも危なっかしいのだが。ここはほれ。アキラはこの世界の皇帝様である。アキラが願えば、回転寿司が超高級寿司割烹に変換されるかも知れない。

 上手く操縦したら……の話だがな。


 さて次の問題はあれだ。

「なんや?」

 鈍いな、オマエ。

「キヨ子らをどうする?」

 小声で尋ねた我輩に、ギアはきつい口調で答える。


「キヨ子はんらは百害あって一利なしや!」

 でかい声を出すな。


「キヨ子もいるの?」

 アキラが口を挟むのは当然で。アキラには、

「ここはオマエの夢の世界なんだ。だからNAOMIさんも存在しとるぞ」

 と説明し、ギアへは小声で囁く。

「百害って、そんな言い方は無いだろ。少なからずも、あの子たちにもお世話になっておるのだ」


「それはあっちゃの世界でや。こっちゃではあの二人は一文無しやなんや。関わり合ってみぃ。銭がかかるやろ」

 オマエはそればっかだな。


「放っておけば、飢え死にするかも知れぬぞ」

「そこまで無情なことをする気は無いがな。ワテかて鬼やない。エエ考えがあるんや」


「大丈夫か? ここは本物以上に本物の世界であるぞ」


 ギアは「わかっとる」と言い残し、アキラの肩を引く。

「ええか、アキラ。夢の中にまでもあの二人に引っ掻き回されたら、オマはんの好きなことがでけへんやろ」

「そうだね。キヨ子は口うるさいし、マイボもお節介焼きだしね」

 すべてアキラのためを思ってのことなんだがな。


「どうすんの?」

 とアキラに訊かれて、もう一段、ギアは声を潜めた。

「元の世界に戻ってくれ、って祈るんや」

「元の世界って?」


「腐った太鼓やなー」

 ドン臭いな。


「夢の外、つまり現実の世界へ戻ってくれぇーって、強く念じるんや」

 まるで悪魔祓いだな。


「ああ。なるほどね。そしたら回転寿司おごってくれんの?」

「おごったるがな。オマはんが見たこともない豪華なものを想像したらええねん。ここは夢の世界や。アキラの思うままやがな。金はワテらが払ろうたる」

 何だか、ギアが悪者の策士みたいに見えてきたぞ。


「わかったよ」

 アキラは素直に目つむり、何やらブツブツ。たぶんキヨ子の退散を願う、悪霊のお祓い的なまじないでも念じていたのであろう。


 チャリチャリチャリーン。

 と小銭の音。


 ポケットに950円も加算されたのは、恐らく願いを叶えた後の結果に、期待する金額なのであろう。

 これで二人の所持金は合わせて5700円を超えた。まだ少々足りないがやっと豪華な食事にありつけそうだ。


「よっしゃ。これでジャマモンはおらんようになったやろ。アキラ。回転寿司へ繰り出そうや」

「うん。行こう行こう」

 本当にキヨ子らがもとの世界に戻ったかどうかは定かではないが、とにかく腹が減って死にそうなのだ。そう、ここは我々にとっては夢の世界ではない、現実なのである。

  

  

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