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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第四巻・反乱VR
85/100

12 新たな世界の誕生

  

  

「ギア。ここならどうだ?」

「……まあええか」


 あーだこーだあって。やっと落ち着けたのは神急ソバ。ご存じ、注文から調理完了までを敏速にこなす事をモットーにした立ち食いソバ屋さんである。

 渋々ではあるが、なぜギアが承諾したのか、それは値段が超リーズナブルだからだ。


「おばちゃん。掛けソバ4つおくれ。ワテらハラペコや。大至急やデ」

「あいよー。言われなくたってウチは早いよ」

 とはカウンターの中のおばちゃん。真っ白な三角巾と割烹着姿。大きく腕を伸ばして、

「食券買ったら、そこから大声で叫びや。ほんならもっと早く出したる」

 さすが関西のおばちゃんは気さくなのだ。


 ギアは言われたとおり、掛けソバと書かれた券売機のボタンへ手を触れ、

「さすが神急ソバや、一杯、120円やがな」

 この時、不審に思わなかったのは、ここがシミュレートされた世界だということ、そしてアイスコーヒーも破格値であったこと。

 しかしこの後、ハーレムクラスオブジェクトの怖さを思い知らされるのである。


 オバちゃんに言われたとおり、ギアは掛けソバの食券を4枚買い、

「ほな。掛けソバ4つなー!」と大声で知らせる。

「はい、お待ちぃぃ!」

 食券を持って、テーブルに着くなり我々の前にそれが並んだ。


「早っ! 注文と同時や。さすが大阪の……え? 何やねんコレ!」


 目の前に並んだのは、ぶっちんプリンが4つ。

「なんでや? プリンなんか頼んでないで」

「はぁ? 何ゆうてんの。掛けソバ4つやろ?」と怪訝な顔のおばちゃん。


「せやで。掛けソバや。でもこれプリンや」

 掛けソバにおまけが付くのかな?

 我輩も首をかしげたが、キヨ子どのはそれを見てニコニコ。この子のプリン好きは、みんなが承知なので、NAOMIさんは別に問題無しの顔。と言うよりじっとしていたら操り人形なので、表情は分からない。目と首が動くだけである。



 おばちゃんは言う。

「プリンて何やの? 外国の食べモン?」

 プリンを知らない人がいるだろうか?


 おばちゃんは手を伸ばすとプリンを持って、

「開けてほしいんか?」

「アホな。ちゃうがな。ワテらは掛けソバやがな」


 おばちゃんは、手に持ったぶっちんプリンを片方の指で強く示した。

「これが、掛けソバや。プリンとか言うもんとちゃうデ」

 そう言い切ると、そのまま奥の厨房へ入って行った。


 テーブルのプリンと厨房を交互に見つめる我輩とギア。

 キヨ子どのはすでにニコニコ顔でプリンにスプーンを入れていた。


「食べないのなら、私がいただきますよ」

「え? いや。た、食べまんがな。せっかく銭出して()うたもんや」

 我輩も釣られてスプーンでちゅるりん。


 ヒューマノイド型に変身して初めて食べた麺類がプリンだったという意外な結果に釈然とせず、我輩はギアに疑問をぶつける。

「これはどういうことだ?」

「分からん。ワテの知ってるソバちゅうのはこんなもんとちゃうで」


「我輩も食べたことは無いが、テレビやネットの画像でソバは見ておるし、アキラもしょっちゅう食べておるが、これはプリンと言われるものだ」

「プリンよ」

 と棒付きの手が我輩の前に突き出された。NAOMIさんの手である。


「どうして、あのおばちゃんはそう言い切ったのだろう」

「あれを見なさい」

 棒が付いた手がグイッと券売機を指し、

「あっ!」

 掛けソバと書かれた食券のサンプルの写真がぶっちんプリンになっていた。


「何だ? ギア。よく見なかったのか?」

「アホ! 掛けソバっちゅうたら、掛けソバや。この店でプリンと同等の物やと思うかいな」


 チャリリィーン。

 対価が払われたところを見ると、リョウコくんは喜んでくれたようだが、意味不明なのは我輩たちだ。


 ひとまず首を傾げながら店を出ることに。

 神急ソバの掛けそばは出てくる時間も早いが食べ終わる時間も早い。

 だってプリンだものな。


 ポケットの中を覗くと新たに240円が追加されていた。ソバを注文したのにプリンが出てきて慌てふためく我輩らに支払われた金額がたったの240円というのは、いまいち納得しがたいのだが、一銭にもならないよりかはマシだ。


「やはりブリコのぶっちんプリンは美味しいですわ」

 物を食べる口が無いNAOMIさんに代わって2個のプリンをいただいたキヨ子どのも満足したようで機嫌がよかった。でもギアは不服感を前面に出して口を三角にする。


「どうりで安いと思ったデ。ホンマに気ぃぬけたワ」

「こっちはぜんぜん腹が膨らまないぞ」

 とつぶやく我輩に、

「ならあそこのカレー屋さんに入ってみようよ」

 とNAOMIさん。あんたはどっちにしても食べられないのであろう?


 意外にもNAOMIさんはこう言いった。

「それがさ。キヨ子さんが食べるとその満足感があたしにも伝わるみたいなの。たぶんキヨ子さんとファイルの共有をしてんだと思うわ」

 パソコンかっ!


 とまあ、未だに満腹にならない我輩たちは、腹にさえ入れば何でもよくなってきて、

「ひとまず、カレーでええわ。あの香りの食べもんも悪うないで」

「そうだな。タコヤキのソースも良いが、芳しい香辛料もいいよな」


 外からガラス越しに見える店内は明るい雰囲気のカウンターだけの設えだが、漂う香りは期待を大いに膨らませてくれるのである。


 店内に入って。

「カレーしか無いんや……」ぽつりとギア。

「ま、カレー屋さんだからそれでいいんだろ」とは我輩。

「せやな。文句はないで」

 そしてキヨ子もよっこらせと、カウンターに沿って並らぶ少々高めの椅子によじ登った。


「あー。いい香りねー、キヨ子さん」

「やはりカレーは香辛料が命です」

 と言うより、なぜにNAOMIさんはカウンターの内側に入るのだ?


「NAOMIはん。カウンターの中に回り込んだら、まるっきり人形劇になりまっせ」

 立ち上がって中を覗けば、誰かがしゃがんで操るのが見えるかのような、みごとな人形振りであった。


「よく解んないのよ。舞台らしきものがあると身体が自然と後ろに回るの」

 何だか気の毒な話である。犬型ロボットのほうがまだマシなのだ。


「いらっしゃいましー」

 カウンターの中にウエイトレスが立ち、同じ立ち位置にいるNAOMIさんを不審に思うでもなく、冷水の入ったコップとおしぼりを4つ並べると、

「何されますか?」

「カレーと言ってもいろいろな種類があるのだな」

 シーフード、ビーフ、ポーク、野菜。


「ほな、ワテはビーフカレーや」

「なら、我輩はポークにしてみよう」

「私はカレーを」


「「はぁ?」」


「あたしもカレーにするわ」とNAOMIさん。でも、

「あ。この口では食べられないわね」

 と言い直すと、ウエイトレスに棒付きの手を左右に振った。


「あたしはダイエット中だからよすわ」

 ダイエットって……人形がか?


「承知しました。カレー3つですねー」


「おいおい。間違ってはいないが……」

「ポークとかビーフのカテゴライズはどないなってまんねん」

 深い疑問を残してオーダーは通り、待つこと少時。またもや我輩たちは大口を開けて固まったのである。




「お待たせしました。カレー3つです」

 と並べられた皿には黄色い物体が。

「ねえーちゃん。ワテが頼んだんはビーフカレーでっせ?」

「ウエイトレスさん。我輩はポークであるが……」


 おねえさんは、怪訝な表情で首を捻り、

「あの。ご注文のとおりビーフにポークだと思いますが」


 我々の様子を横目で見ながら、キヨ子どのはせっせとスプーンを口へと。

「いらないのなら、私がいただきましようか?」

 カウンターテーブルに並べられた物体はカレーではなく、ぶっちんプリンが3つ。


「これはいったいどういうわけだ? またもやプリンだぞ」

 何を頼んでもプリンが出てくるなんて、何だか様子がおかしいのだ。シミュレーターにバグがあるのかもしれない。


「ハーレムクラスオブジェクトにバグはありませんわ」

 頬張っていたプリンを飲み下して、当然のように答えるキヨ子どの。


「あ――っ! そうか。キヨ子はんが原因なんや!」

 いきなりそう叫んだギアの言いたいことが、我輩にも伝わった。


「そうか。この子はプリンが大好物であったな!」

「せや。ハーレムクラスオブジェクトや! この子が新たな世界を構築したんやデ!」

 謎が解けたのである。注文する物すべてがプリンに変わる現象。おそらく何か食べたいと思ったキヨ子の頭に浮かんだのが、このプリンなのだ。


「あっちゃちゃちゃー。エライことになってもうたデ」


 立ち上がったギアは、世の中の不幸をすべて自分が背負い込んだみたいに顔をしかめて、

「この子や! この子がプリンを食べたいって念じた瞬間、世界中の食べ物がプリン一色に書き換えられたんや」

 ギアは自分で結論を出しておきながら、

「そんなアホなことあるかいな」

 一旦否定するが、すぐに某球団の帽子を取ると、天辺ハゲの頭をガシガシと掻き毟った。


「センタッキーフライドチキンも食べたかったのに。北京ダックや満漢全席も食べてないデ!」

「我輩もまだラーメンすら口にしていない。タコヤキ一個だぞ」


 みるみる後悔の念に押しつぶされそうになる。

「ギア! オマエがケチケチしてるから、親子丼もキツネうどんも食べてないぞ」

 食い物の恨みは怖いとはよく言ったよな。マジでそう思う。


「そんなん知らんやろ。世界中の料理がプリンに変わるなんて事が予測できまっかいなっ!、ブラックホールの中に手を突っ込んで奥歯ガタガタ言わすより難しいど」

 取り乱したギアは何を言っているのか理解できないようだ。ヒューマノイド型に変身出来て、食べるという行為がどんな事か解かりかけたところで、取り上げられたのである。


「ひぃぃぃぃ。我輩の夢が……」

「ちょっとぉ、足をバタバタさせないでよ。こっちから白衣の中が見えてるわよ」


「何で我輩だけ下半身丸出しなのだー!」


「ちょ、ちょー。待ちぃや。まだ望みはあるデ」

 ギアが、関係無いところに八つ当たる我輩の動きを止めた。

「頼みの綱が一人おるやろ。元の世界に戻してくれる救世主が」

「アキラか!」

 そう。もう一人、外の人間がいる。世界を新たに構築できる能力を持った青年が。


「やったデ。フランス料理に中華料理、イタリアンにロシア料理も復活できるがな」

「まだ何も念じていないことを祈るのみだ」


「たぶん大丈夫や。あいつのことやから、ここが特殊な世界とは思ってない。せやから見てみい。プリン以外はそのままや」

「だといいのだが……」

 一抹の不安は残るが、ギアの言うことも一理ある。人形劇の人形を女性と認め、外食産業がすべてプリンに統一された以外は何も変化が無い。


「あいつは宇宙一能天気なボン(ぼっちゃん)や。なーんも考えてない証拠やって」

 能天気なギアを越えたお気楽青年だということは、我輩も重々承知しておる。

「よかった。世界はアキラの手によって救われるのだ」

 やっと肩の力が抜けたのである。我輩の下半身に対する窮地をも救ってくれるやもしれん。


「何をブツクタ言ってるのですか? それより食べないのなら貰いますよ」

 まだやるとも言っていないのに、キヨ子どのは我輩のプリンへ自分のスプーンを突っ込んでおった。


 そして確信する。

「これで、この二人は外から来たキヨ子どのとNAOMIさんだと証明されたな」


 ギアもうなずき、

「NAOMIさんは美人になりたかったんやけど、どこかまだ自分がガイノイドやっちゅう意識が操り人形に変身させたんや。代わりに世間からはちゃんと女性として認められとる」

 我輩も同意見で。

「そしてキヨ子はプリンが食べたかった……」

「そういうこっちゃ」


 超絶なるスーパーコンピューターのリソースを無駄に使っておるな。

  

  

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