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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
8/100

 6 ガイノイドになりそこねたワンちゃんなのである

  

  

 次の日。ママさんは幾分青ざめてはいるが、キヨ子の手を引いてお隣へと向かい。我輩もキヨ子の胸ポケットの中で揺すられていた。もちろんスマホの中でな。


 北野家では一人の青年が迎えてくれた。

「それじゃあアキラくん、お願いね。キヨ子、お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くのよ」

「だいじょうぶですよオバサン。今日はパソコンにものすごく詳しい友達も来てくれますので安心してください」


 丁寧にお辞儀をして帰るママさんにキヨ子は手を振ったあと、額でそろえた前髪を青年に傾けた。

「ねぇ。キョウコおねえちゃんもくるの?」

「うん来るよ。よかったね……あっ、ごめん電話だ」

 アキラと呼ばれた青年はポケットから携帯を取り出して、表示された文字に不審げな視線を注ぎ、そしてつぶやく。

「あれ? 恭子ちゃん?」

 なるほど、この青年は提督の家の子でアキラという名前なのか。どうりでちょくちょく見る顔だと思った。それで水ロケット打ち上げの時にも一緒にいたのだな。


「もしもし?」

 青年は二つ折りの携帯をぱっかりと開くと――スマホではないのだな――耳に当て遠くを見るように顔を上げた。


 誰からであろうか?

 地球防衛軍の上層部からの命令でも届いたのかもしれない。


「えぇぇ。来れないの? うん……うん。そう……じゃ仕方ないね」

 宙に向けていた視線を今度は地面に落とし、何度もうなずかせていたが、その表情がみるみる暗く悄然としてきた。


「はぅぅぅ……」

 気の毒になるほど肩を落とした青年は、静かに携帯を畳んでポケットに仕舞い込んだ。


「恭子ちゃん、歯が痛くて今日は来れないんだって……」

 ドングリのような目でアキラを見据えるキヨ子に伝えるものの、やはりひどく悲しそうだった。


 6歳児はきょとんとして見上げ、

「おイシャさんいくの?」

 尋ねるキヨ子に、気落ちしたアキラは静かにうなずいた。


 上官がご病気であるのか? それは気の毒に。


 キヨ子はおかっぱ頭をフルフルと振った。

「いたいの? ねぇ、ムシバいたい?」

 心底嫌そうな顔をした。


 なんと、人間は歯に虫を飼うのか……それが暴れて痛みを発するのであるのか。

 ふむ。地球人は消化器官にも時々菌を補充するし。歯にまでも寄生虫を育てるとは……。進化しているのか原始のままなのか、よく分からん種族だな。


「マイボちゃ~ん」

 青年の手から離れたキヨ子は半開きの門から上半身を入れて、庭の奥へと手を振っていた。

「ねえ。あそぼぉ~」


 むむむ?

 手を振るキヨ子の前に、奇妙な雰囲気を全身から放出させたイヌが門をくぐってやって来た。

 と同時にキヨ子が豹変する。サラサラヘアーが風も無いのに舞い上がり、目尻の端がギンと吊り上がった。


「ふんっ! あの低能な乳女(ちちおんな)が虫歯とはいい気味ですわね。どうせ何か拾い食いでもしたんでしょ」

「ちょ、ちょっと。恭子ちゃんのことそんなふうに言わないでよ」


「人よりほんの少しバストが出っ張るからと言ってエラそうにして、藤本乳子(ふじもとちちこ)が!」

「藤本恭子ちゃんだよ」

「ふんっ! 乳本デカ子め」

 それは人の名前であるか?

 それよりどうしたのだ、キヨ子。このあいだと同じ現象であるぞ。



 目元をキリリと吊り上げ、キヨ子は尖らせた朱唇から毒を吐く。

「あんなバストだけが突出した雌牛にどうしてそんなに固執するのです」

 牛を連れて行くつもりだったのか?

 向かう先は電気店だぞ。それとも飼っておるのか?


「い、いや。そんな体型のことは関係ないじゃん。ただ虫歯が痛そうだから……」

 6歳児はたじろぐ青年に不満を露にするとキッと睨み返し、

「ふんっ。私たちの逢引(あいびき)の邪魔をしようとするからです」

「逢引って……キヨ子ん()のパソコンを買いに行くだけじゃないか」


「パソコンなら私が最高能力のものを(こしら)えてさし上げます。わざわざヨドノバシまで買いに行く必要はございませんでしょ」


 誰なんだ、キミは?

 キヨ子ではない。まるで大学の女史(じょし)ではないか。


 さらに驚愕する事態に我輩の体電圧(たいでんあつ)が数ボルト昇圧した。

「ねぇ。あたしも連れてってよ。キヨ子さんを無敵にしてあげるからさぁ」


 ……んげげっ!

 なんということだ。イヌが口を利いたぞ。


 我輩は戦慄に打ち震え、息を詰めた――呼気はしていないがな。


 そんな些細なことはどうでもいい。我輩はこれまで散歩中のイヌを何匹も見てきたが、人語を話す種類は皆無であったぞ。しかもアキラは平然としているし。


「別にバトルしにヨドノバシへ行くんじゃないんだよ。ねぇマイボ、インターフェースを止めてよ」

 イヌに向かって手を合わせるアキラ。するとキヨ子が瞬時に元に戻った。


「グ~ルグルのお、す、し~。おすしのぐ~るグル。キヨコね、プリンたべるの~」


 プリンは寿司ではないし……。

 それよりこの子の変化はやはり……いま青年がインターフェースを止めろと叫んだが、まさかこのあいだ言っていたスピリチュアルインターフェースか?


 このイヌとどういう関係が?

 見た感じはビーグルと呼ばれる種類であるが、何だか妙な感じだ。金属っぽい毛並み……。いや金属だ。


「なんだこのイヌ。金属の体をしておるぞ」


 そうかロボット犬か……。この宇宙ではそう珍しいものでは無いが、いやそれにしては出来が良いぞ。動きも滑らかのひと言だ。高性能なキネマティクスコントローラーでないと、こうはいかぬな。


 すぐにスマホからネットで調べたが、現在の地球ではこれほどまでに完璧な状態で人間と受け答えのできる音声認識技術と運動能力備え、かつあの小さなボディは例が無い。


「ほら、アキラさんこれでいい? インターフェース止めたよ」

 これだ。人間と対等にコミュニケーションを取っておるではないか。

 本当にロボット犬なのか? リモコン操作をして家の中から誰かが語っているのであろう?


「ああぁ、そうか……なーんだ。びっくりさせるなよ、地球人」

 聡明な我輩はすぐに察した。

 このロボットぽい物体は新型のドアフォンであるな。遠隔操作で動き回り来客と会話ができる。つまり動くインターフォンだ。


「ははは。面白い商品が作られたものだな」

 驚きと感心の気持ちで我輩は犬型インターフォンを注視した。もちろんキヨ子の胸ポケットに転がるスマホの中からな。


 ちょっと待てよ。スピリチュアルインターフェースとの関係はどうなる?

 インターフォンとは無関係だろ?

 なんだか、またよく解らなくなってきたぞ。


 戸惑う我輩の前で犬型インターフォンが青年に尋ねる。

「でもさ。幼児のキヨ子ちゃんとお出かけして、アキラさんはお店の人にパソコンの説明ができるの?」

 青年は悲しげに頭を振る。

「できないよ。でもマイボが一緒に来ても店は大騒ぎになるだろうし……どうしたらいいのさ」


 なんだか頭の弱そうな青年であるな。それよりインターフォンに向かって懇願するような目をするのではない。キミは地球防衛軍に入隊するのであろう?


「しょうがない。もう一度インターフェース起動してよ。それでキヨ子に決めてもらおう」

 おおぉ。決定的瞬間を見れるぞ!


「もう。アキラさんも高校2年生なのよ。自分で判断するようにしなきゃだめよ。源ちゃんがっかりするわよ」

「今回は特別さ。恭子ちゃんが来ないとなると、僕はパソコンにチンプンカンプンなんだ」

 北野源次郎博士を源ちゃんと呼ぶ、家の中からインターフォンに向かって語るこの女性は誰であろうか。アキラのお母さん? いや妙に若々しいので、お姉さんであろうかな。


 そんなこんなで思案する我輩の真ん前、犬型の遠隔操作インターフォンが尻尾をくるんと震わせた。と同時にキヨ子の瞳が妖しく光り、小さな体を青年にすり寄せた。

「――安心なさい。私はあなたの妻なのです。北野家を背負う覚悟はできおります。とにかくここは私に任せるのです」


「うぉぉぉ、すごいぞ、その尊大な口調と態度、まるでどこかの国の女王様ではないか!」

 というより、まさかあの尻尾がインターフェースポッドだと言いたいのか?


 何がどうなっておるのだ?


 観察するほどに、このイヌ、ただのインターフォンとは違う気がしてきた。

 だんだん自信がなくなりつつあるが、逆に好奇心がムクムクと顔を出してくるのは我輩の悪い習性であるからして。



「じゃぁどうすんのさ。お前を連れて電車やお店に入れないだろ? でも連れて行かないとキヨ子は小一に戻っちゃうし……」

 うむ。やはりそのイヌがスピリチュアルインターフェースとなってキヨ子の脳をコントロールしておるようだ。


 しかしその子の知的な目の輝きはどうだ、小学一年生には見えぬぞ。

 はたして、スピリチュアルインターフェースを介してロボット犬がコントロールするだけでこうはいくだろうか?


 たとえばこのイヌが高性能のコンピューター仕様だとしてもしょせん地球製のマシンだ。幼女の言語中枢を根底から覆すことなどできっこない。いったいこれにはどんなカラクリがあるというのだ。


 なに? 我輩を甘く見てもらってはいかんぞ、青年。他の生命体より賢いのだ。なにしろこう見えて電磁生命体である。通常よりはるかに長生きしておるのだ。


 誰だ。長生きすれば知恵ぐらい勝手につくと言ったのは――まあそのとおりだからなにも言わぬがな。




「なら答えは明白。このままみんなで行くしか方法はございません」

「そうよ。源ちゃんが拵えた128Qビットの量子コンピューター内蔵のあたしが、キヨ子さんの思考を全世界の物理学者が使うネットワークと繋いでるのよ。なんなら『京』と同じスペックのスーパーコンピューターだって買えるわ」

「そんな予算ないよ」


 マジっすか!

 我輩の好奇心は最高潮に膨れ上がり、その推測が正しければむしろ恐怖に転じる可能性もある。


 今このイヌは、自分を128Qビットの量子コンピューターだと、多少説明ぽくもあったが、しっかりと宣言したぞ。128量子ビット……。宇宙でもかなり進んだ科学技術である。

 もしかすると北野博士はとんでもない科学者なのかもしれぬ。子供たちと水遊びをして楽しんでいるのは仮の姿。実際は物恐ろしいほどの能力を隠し持った博士なのかもしれない。



 この推測はある意味間違いではなかった。後で知ることになるのだが、確かに物恐ろしいジイさんであった。


 それよりキヨ子とマイボの関係は誰も知らないのか?

 ここ数日ネット上を彷徨ったが、音声認識がやっとの科学技術しか持たぬ地球だというのは理解した。量子コンピューターにいたっては初期理論の量子ビットの領域に手が届くかどうかの状態である。それなのにここではそれが犬型ロボットとして実現しているだと……?


 う、ウソだ。


 スピリチュアルインターフェースで物理界の学者たちが使用するコンピューターと直結武装された小学生がここに存在しておるのだぞ。それを両親でさえも気付いておらぬとは、おそるべしアホウだ。


 そう思うだけで我輩は狭い携帯電話の中で狼狽し、それは異常な電磁波となって辺りへ散っていった。


「ちょっと……」

 マイボが耳をパタパタした。

「どうしたのです? NAOMIさん」


 ナオミさん?

 マイボと言うのではないのか?


「スペアナに何か反応したわ」

「スペアナって?」と尋ねるアキラへ、

「スペクトルアナライザーです」

 平然と答えるのは、ちっちゃな手でアキラの袖にしがみつく小学一年生。


 地球では小学生のうちからそんな機器を使って勉強をするのだろうか?

 などという疑問は、

「それって何さ? 聞いたこと無いよ」

 知らなくて当然のように、首をかしげるアキラによって愚問と化した。


「信号を周波数別に分解して分析観測する装置のことです」

 こともなげに答える6歳児のほうが、どうかしているのだ。


「位置は特定できないんだけど。可視光以下の周波数で自然界には存在しないスペクトル密度の電磁波がこの辺りにひろがったのよー」


「なぬっ!」

 心臓が止まりそうだった。それは我輩のことを指しておるからだ。さっき興奮して漏らした電磁波をキャッチされたのだ。まさかこのイヌっこにはそんな分析能力まで備わっておるのか?


 このイヌ。底知れぬ恐ろしさを持っておる。

 とにかくここは気配を消さなければ……。


 急いで深呼吸をして意識を落ち着かせる。



「あぁぁ。消えちゃった」

「完全に?」とキヨ子。

「うん。確かに強い電磁波を測定していたのよ」

「NAOMIさんが言うからには間違いありませんわね。新たな産業スパイが何かを仕掛けたのかもしれません」


 キヨ子は怖い目をしてアキラを見遣る。

「ちょっと電柱に登って様子を見て来なさい」


「えぇぇぇ。高いところは怖いよぉ」


「心配ないわ、キヨ子さん。この周辺に異物は発見できない。昨日とまったく同じよ」

「そうですか。それなら今の現象はおそらく大気帯電によるものか、静電気のイタズラでしょう」

 って、キヨ子も小学生なのだ。そんな答えは期待してないぞ。


 もしかして我輩はとんでもない連中の中に飛び込んでしまったのではなかろうか。ああ、またしても我輩の好奇心が災いして……。地球にさえ近づかなければ今頃カリンちゃんとワインの一杯でも……。


「あっ、また電磁波めっけー」


 うぁあおぅ! 桑原桑原。


 何で我輩が地球製の呪文を唱えなければいけないのか、とも言ってられないので、ひとまず息を潜めることにする。

 先に言うが、肺は無いぞー。


 恐怖と驚愕のオンパレードで我輩の喉はカラカラだった。これは異常事態だ。国際救助隊出動要請だ。えらいこっちゃなのだ。


「はぁ~あ。恭子ちゃん来ないのか……」

 アキラは諦め切れないらしく、いつまでもグジュグジュ言い。

「NAOMIさんをリュックに入れなさい。そうすれば誰にも迷惑が掛かりません」

「うん……」

 青年は6歳児に命じられているし……。


「さ。アキラさん。母上のパソコンを購入しにヨドノバシカメラへ行きますわよ」


 ひとまず電磁波のスキャンからは逃れたようだ。

 どちらにしても今後は注意が必要である。帰宅するまでこのスマホから出られないのだ。自ら牢獄に飛び込んだみたいで後悔しそうだな。

 とか考えながら、我輩はキヨ子の胸ポケットで揺れる携帯の中からそっと顔を出して外の様子をうかがった。


 青年はサイバー犬をリュックサックに詰め込み、それを肩に掛けると、しぶしぶキヨ子の手を取った。


「うふふふ。初めて夫婦水入らずでお出かけですね」

「その言葉……なんだか不気味なんだよなー」

「あたしも起動した状態で電車乗るのは初めてよ」

 背負ったリュックの口から上半身を出したサイバー犬は、前肢でアキラの肩に掴まり声を弾ませていた。


「マイボ。駅に着いたら絶対に動いたらダメだよ」

「問題無いでしょ。どこから見ても玩具(おもちゃ)の犬ですわ。玩具を鉄道に乗せてはいけないという規則はありませんから」

 しかしアキラは、肩にのしかかる金属製のイヌへ不服そうに顔をしかめる。

「喋るからまずいんじゃないか」

 でもマイボは無視をかまし、妙に色っぽい声を吐いた。


「ぁはぁん。初電車よ~。人工知能冥利に尽きるわ~」

 マジでこの音声合成処理にはそそられるのである。


「ちょっとぉ。くつろがないでよー」

 アキラは肩を揺すり、おぶさってくるイヌの顎に不満をぶつけた。


「あぁぁん。だって興奮するじゃん」


「マイボが興奮するんじゃないよ。町の人に見られたら恥ずいだろ」

 と言って視線を伏せ気味に歩くアキラ。


 なぜだ?

 超絶な進化を遂げたロボットがこの地域では恥ずかしいのか。不思議な町であるな。

 ちなみになぜ恥ずいのか、これもすべて源次郎博士の行動によるものなのだが、キヨ子の胸で揺られている我輩にはまだ知る由も無いのである。


 そんなことよりも、キヨ子の洗濯板みたいな胸はなんとかならんのか。ごつごつと固い揺れが不愉快であるぞ。

  

  

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