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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第四巻・反乱VR
76/100

 3 これがうわさのオッパイ型コンピューターである

  

  

「博士は留守のようだな?」

「今日は何曜日や?」

「え? 木曜日の午前3時半だが?」


「オーケー。博士は宗右衛門町にある花園へ行っとるワ」

「またか……」

「しかも昨日の水曜日は、お気に入りのアケミちゃんの出勤日や。たぶん今日は昼近くまで帰って()うへんデ」


「よく博士の行動を知っとるな」

「ワテの師匠やからな」

「その師匠の留守をいいことにマシンをオモチャにするのか……」


「アホォ。ちょっとメンテナンスしたろかちゅうだけや。だいたいこのラブマシンシステムはとんでもない化けモンなんやで。知っとるか?」

「知らん」

「あんな。このラブマシンと比べたら、日本が誇るスーパーコンピューター『(けい)』がファミコンクラスになるちゅうぐらいのモノや」

「そんなにすごいのか。じゃあ、『京』でスーパーマリ男をやるよりもすごいことを我々はやろうとしてるんだな」

「せやデ」


 ふとした疑問が浮かんだ。

「なぁ、この場合どっちがすごいんだろ? 京をオモチャにするほうがすごくね?」


「知るか、ぼけっ!」




 それにしても――。

 改めてじっくりと部屋の中央を見据えて嘆息した。

 この形はいつ見ても煽情的である。直径1メートル弱、高さはアキラの腰ほどの物体。


「エエ形やな」

 おいおい。

「飛びついて揉み倒したい気分やで……」


 ギアがそう漏らすのもよく解る。

「この何とも言えぬ丸々と豊かに盛り上がった形、究極の柔らかさ。色艶の良さ。確かにたまらんな」

 スーパーコンピューターを目の当たりにして、それを描写したとは程遠い語彙が並んでしまうのだが、これはこれで正しい。見れば解かる。これがラブマシンシステムの筐体なのである。


「やっぱり博士は天才や。相当な数をこなさな、ここまで理想的なおっぱいは作れんで」

「なんでもいいけど。目の前にあるのは量子コンピューターであるよな? 『京』よりすごいんだよな?」


「せやで。このギャップがたまらんやろ?」

「ああ。感銘したぞ。このまま朝まで見続けていてもいいな」

「アホ。本来の目的を忘れんなや。今夜はおっぱい鑑賞会とちゃうデ。でもまぁ、もうちょっと眺めるのはええけどな」



 で、十数分が過ぎた頃。

「さて、じゅうぶん堪能したことだし、帰って寝るか」

「ホナ、帰ろか。てくてくてく、と……んなアホな!」


「だいぶ板についてきたな、オマエのボケ突っ込み」


「アホか! おっぱいを見にきたんとちゃうやろ。VRやVR。ばぁちゃるりありてぃや!」

「ひらがなだと安っぽいな」


「平仮名でも漢字でもええけど、もちっと近くに寄れよ」

「婆茶瑠理蟻艇な」

 などとバカなことをいつまでも言っている場合ではない。



 ギアはラブマシンのインターフェースポッドから内部に入り込むと、しばらくゴソゴソと。

「ん?」

 低い音がして部屋の照明が点き、おっぱい、いやラブマシンがさらに艶めかしくピンク色に厚みが増し……って、こんなところにこだわるかな? 普通、起動したのならランプの一つでも灯ればいいのに、おっぱいをさらに活き活きさせるとは……。


「すごいな。博士」

 変態的スケベと天才の紙一重の人が考える事は理解不能である。



 怪しげな装置から部屋全体に広がる強い電磁波が放たれた。それが肌で感じるのだ……どうであるか、これこそ我輩が電磁生命体である証だ。電磁波を肌で感じるのであるぞ。そう、ヒューマノイドが空気の流れを風と呼ぶのと同じなのだ。我輩はこれを『電磁風』とでも表現しようかな。


 ふはははは。知能の高いところを見せつけてしまったな。すまんな。青年。


「おい、アホ。なにニヤニヤしとんや。早よこっち来んかい」

「こら。アホの一言で片づけるな。我輩にはゴアと言う名が……うぉ。何だこりゃ?」

 部屋全体が見渡せるようになり我輩は息を飲んだのである。


 息はしてないがな……って、この(くだり)はもう飽きたな。

 いいか、ここではっきりさせておこう。

 我輩は電磁生命体である。息もしていないし、心臓だって無い。でも『郷に入れば郷に従え』という言葉があるだろ。それに従っておるだけだ。


 ――んなことより、これは何だ?


 そうそう。故事ことわざ辞典の話ではない。

「いつの間に模様替えをしたのだ?」

 この部屋には怖いマシンがあると言うキヨ子どの言いつけを守り、最近は近づきもしなかったのだが。


「これは何である? まるでどこかの田舎にある秘宝館みたな展示物だが……?」

「せやがな。キヨ子はんは全部取っ払って捨ててしまいたいところらしいけどな。NAOMIはんがさせへんねん」


「珍しく対立してるんだな……って。そうか、なるほどな」

 金属製の棚やデスクに並んだ物体は女性用のアクセサリだ。壁にはいろいろな衣装に、長さ、スタイルの異なるウィッグが吊られ、それはまるでヘンタイ北野博士の変装趣味のアイテムかと思いきや、次の光景を見て考えを改めた。


「このテーブルに載せられた物は……」

 言葉が出ないが、出さないわけにはいかない。博士はヘンタイだと言われるが、自らを慰み者にはしない。それよりも最悪なのである。


「女性の裸体ではないか!」

 そう。丸裸にされた女性の……皮。まるで猟奇的な光景だった。

 しかしそうではないことは瞭然である。艶々とした肌。活き活きと質感はまるで生体その物だが、本物ではない。


「アンドロイドのスキンちゅうねん。どや。ごっついエエ出来やろ。マジで本物との区別がつかんデ」とギアは補足し、

「うおぉぉ」

 我輩は思わず唸った。

 別のデスクには明らかに女体を模写したであろう、柔らかな曲線を帯びた材質不明のフレームで造られたボディが組みあがっていた。


 先ほどのスキンを装着されたボディを想像して、素晴らしき出来栄えに正気を抜き取られてしまったのだが、そこへとギアが小声で告げた。

「どうも北野博士はNAOMIはんをもとの女体に戻す気みたいやで」

「それはすごい。ではここに並ぶ女性のパーツはNAOMIさんに使われる予定の物か?」


 NAOMIさんが女性型から犬型に強いられたのは、世界の北野博士がダッチワイフを作ったと噂されるのを懸念したアキラのご両親の猛反対が原因なのだ。


「アキラの父上が首を縦に振るかな?」

「さぁな。先に作って、既成事実を拵えるっちゅう算段やろ。せやけどこれ見てみい、このフレームの綺麗な曲線。ごっついダイナマイトボディや。だてにクララの風呂を覗いてないな。隅々まで観察してこの形に決定したらしいデ。ほんであのスキン見てみい、肌艶(はだつや)なんかまるで本物や。吸い付くみたいな質感。水も弾いて転がる活きのある滑らかさ」


「まさかこれも風呂場をのぞいて研究した成果なのか?」

「はいな。どや(どうだ)? ワテが博士を天才と呼ぶ由縁が分かったやろ。チラッと見ただけで、完璧な女体を作り上げる能力の持ち主なんや」


「直感像記憶能力者であるな。普通は目で見たものを写真のように精密に描く人のことだが、北野博士はそれを立体に作り上げ、さらには質感や色合いまで完璧な物を拵えることができるのだ。すごい。感服したぞ」

 ギアからそう説明されて我輩はもう一度息を飲んだ。素晴らしい。地球人を舐めておったな。もう博士を神様と呼んでもいい。


 そんな神的な物体が並ぶ中に、少しおかしな物が。

「で? 何なんだ、こっちの猫だか犬だかよく解らない物体は?」


「ああ。それは今のNAOMIさんのボディを作る時にできた失敗作や」

「おいおい。犬でも猫でもない。シールガンマ星の軟体動物みたいだが……。デッサン無茶苦茶だな」


「そいうことや。天才とはそんなもんや。女体は完ぺきに作り上げることができるけど、その他になると、キヨコの絵日記に出てくるミケみたいなもんしか作られへんねん」

「でもNAOMIさんはちゃんとしたロボット犬になっているぞ」


「大きい声では言えんけどな……」

「ふんふん」


「小さい声では聞こえない」

「おい! オマエと漫才する気は無いぞ」


「NAOMIさんは一時流行った、某メーカー製のロボット犬のコピーや」

「そ、それでは著作権の侵害になるではないか」

「趣味で作ったら、同じになった、ということで収まってるらしいで」

「NAOMIさんは趣味なのか……」


 恐るべし北野源次郎物理学博士。女体と量子物理学のみでここまでのし上がったのである。



 話が飛んでしまって、すまないな、青年。

  

    

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