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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第三巻・ワンダーランド オオサカ
56/100

 6 ペットを飼いたい

  

  

 せっかく出動したカワイコちゃん捜索隊が、成果無く帰宅したところから再開する。



「はい、キヨ子先生。ミルクです」

 北野家の食堂では、子供用の脚の長い椅子にふんぞり返ったキヨ子どのが恭子ちゃんからグラスに入ったミルクを受け取るところであった。

「また子ども扱いして……たまには渋茶でも出したらどうなのです」

 きみはいま小学一年生の基礎体力を作る大事な時期なので、婆さんみたいなことを言うのは、それこそ半世紀以上早いのである。


 キヨ子どのは口を平たくしてグラスの中の白い液体を忌々しげに睨みつけてから、恭子ちゃんに向き直る。

「胸ばかりが大きくなったのはミルク好きだからですか? なら飲みますけど……」

 恭子ちゃんは持っていたトレーで上半身を隠しつつ頭を振り、入り口で突っ立っていた我輩たちに気付いて微笑んでくれた。


「あ、ギアさんにゴアさん。お帰りなさい」


 アキラも一緒におるのに『ア』の字も入っていないのだ。

 だけどそんなことにめげる青年ではない。


「恭子ちゃん来ていたのかー」

「キヨコちゃんのお勉強を見る日だったのでね。済んでから研究のお手伝いをしてたの」

「ふん。結局は私が反対に勉強を教える羽目になったのです……ったく、母上が知ったら嘆きますよ。娘の家庭教師にと雇った女に、わが娘が家庭教師をしているんですからね」

「でも。最初からキヨ子先生がご登場だとは思わなかったものですし。それとちょうど情報Cの先生が答えられなかった質問があったので」


 恭子ちゃんは『キヨコ』(ノーマルキヨ子)と『キヨ子どの』(スーパーキヨ子)を別人として扱っておるからこういう表現になるのだ。


「ふん。あんな簡単な質問を答えられない教師がいること自体、程度の低い高校だと自ら曝け出しています。しかしあなたもあなたでしょ。教科書以外の難問を突きつけるのは酷と言うものです」


「情報処理の先生なので何でも知ってるかと思って……」

「あの問題は再帰処理を通せば簡単に導くことができるのです」

「はい。教えてもらって納得できました。さすがキヨ子先生ですね」


「なんや入りずらい会話してまんな」

「ほんとだ。耳を塞いでいたら高校生のお姉さんと妹が向き合ってミルクを飲む穏やかな絵なのに、目をつむるとまるで技術系のフォーラムに参加しておるようだ」


 アキラはテーブルに着くと無念さを露わにした。

「恭子ちゃんが来ると分かっていたら、今日は出掛けなかったのにな」

「あら。北野くんどこかへ行ってたの?」

「あぅぅ……」

 尖った口先を突き出し、バカは墓穴を掘っていた。


「……ちょっと。と、図書館にね」

 目が泳いでおるし。バレバレだ。


「何が図書館ですか。どうせ塚本氏と町をうろついて無駄に時間を費やしていただけでしょ」

 ほぼ。図星である。


 そこへワゴンを前脚で押し押し、直立姿勢で入って来たNAOMIさん。

「あら。アキラさんお帰り。ちょうどいいわ。お茶でも飲む? さっきラブジェットシステムの作業が終わってさ。女子会をやってたとこなのよ」


「それで……電磁フィールドの放出は成功したのであるか?」

「だいぶ進歩したわよ。人の身体の縁に沿って放出できるようになったの」

「実際は球状を目指したつもりなのですが、生体の静電誘導によって歪んでしまうのです」


「難しそうな実験してまんねんな」

「あなたたちが逃げるから、どうしても進捗(しんちょく)が遅れるのです」

「ワテかって電磁フィールドを維持するのは困難でっせ。せやのに無理難題言うからしんどなるんや」


「ふ~」

 キヨ子どのは鼻から激しく息を吐き出し、

「その話は又にしましよう。お茶がまずくなります」

 お茶ではなくミルクだぞ。


 ずずずず、と白い液体を吸い上げ、コンっとグラスをテーブルに置いた。

 まるで疲れたサラリーマンが苦悩に耐え切れず、苦いビールを啜いながら溜め息を吐いたようだった。


「はい。アキラさんお茶」

 こちらはNAOMIさん。まるでアキラの優しいお姉さんのような振る舞いである。


《ロボットのイヌやけどな》

 まだブルートゥーストランシーバが繋がったままだったのだが、

「ちょっとぉ。部屋の中でワイヤレスデータ通信はやめてちょうだい。それからね。あたしはオンナなのよ。今度イヌって言ったら家賃値上げするからね!」

「わぉ。す、すんまへん。以後気をつけます……おお怖ワ」

 瞬時に暗号化データを解析されていたのである。マジ恐ろしや量子システム。


 キヨ子どのと違い、この人(NAOMIさんはもう人と言っておこう)は温厚な性格をしておるからして、機嫌を損なうことは無い。

「今日さ。源ちゃんがステーキ食べたいって言うからさ……」

 と明るく切り出したNAOMIさんに、キヨ子はまたも鼻息を荒くして、

「またですか……。まったく年甲斐もなく北野博士は肉食系ですからね。恥ずかしいことです」


「キヨ子はんが、とやかく言うことでもないやろ?」

 キヨ子どのはギアの話しなど聞く耳は持たない。

「だいたい最近の霜降りステーキは何です」

「文句の多い小一やで。子供はハンバーグでも食うとったらええねん」


「バカおっしゃい。健全な脳を拵えるには上質なタンパク質とブドウ糖です」

「ハイハイ」


「いいですか、上質なタンパク質ですよ」

「何度も言いなはんな」


「脂肪とは一切言っておりません。それなのに何ですかアレは。あんなのは霜降りとは言いません。よろしいですか、サシというのは赤身に適度な脂が入るから柔らかく美味しいのです。あれでは脂の中に赤身がわずかに残っているに過ぎません。ああいうのは脂の塊と言うのです。それをありがたがる風潮が気に入りません」


 キヨ子どのには困ったものだ。今度はお肉屋さんに喧嘩を売り出したのである。

 全国のお肉屋さん、宇宙人の我輩が口を挟むのもなんだが、6才児のたわごとなので聞き流してください。どもすみません。ぺこり。


「キヨ子はん、年寄り臭いこと言いなはんな。若モンは脂身でもええねん。好きに食うとったらよろしおますがな。ほんである日、会社の健康診断で眼ん球おっぴろげることになりまんねん。たいがいはな」

「お前も、なんだかんだ言ってキツイことを言っておるゾ」


「でもテレビでは……」静々と参加する恭子ちゃん。

「テレビに踊らされるのではありません。だからあなた、胸ばかりに脂肪が着くのです」

 まことに気持ちのいい脂肪だよな……って。アキラ、視線がスケベっぽいぞ。


「せやけどキヨ子はん。やっぱり人気があるからテレビカメラが入るんやろ?」

 ギアの言葉にキヨ子どのは起爆。切れ長の目尻をギュンと吊り上げて捲し立てる。

「一部の世界を大々的に取り上げたからといって、それがすべてではないのです。二歩も三歩も下がって観察なさい。テレビ局もしょせん営利を追求する組織です。視聴者がよく見るものを大々的に取り上げるのです。それが鉄板ネタと呼ばれるモノ。子供や動物から始まり、ラーメン、ステーキ、お寿司などです。つまりそれを流しておけば容易(たやす)く視聴率アップが見込めます。すると数ある他店も取り上げて欲しいので、より珍しい物、手の込んだ物、量だけで勝負、と競い合うのです。視聴率が上がれば利益も増大するので、また大々的に取り上げる、の繰り返しです」


「なるほどなぁ。CM料の単価も視聴率次第やっちゅからなぁ」


「そのコマーシャルですが、番組の途中に挿入されるスポットCMだけがコマーシャルではない気がするのは私だけでしょうか。ドラマのセットに置かれた飲料水や、オシャレな家具、電化製品などメーカー名が剥き出しで、しかも正面を向いてセッティングしてあるのは不自然だと思いませんか? あきらかにスポンサーの意向を汲んだなと思える物があります。それはそれで局の心遣いかも知れませんが、そうでもなさそうな場面を見ますよ。ロケなどでは他社製品の原型すら見せないようにモザイク、あるいはボカシをかけるのに、なぜドラマの中では飲んでいる缶コーヒーのロゴがアップになったりするのです? ストーリーと関係ないのにですよ」


 まーたテレビ批判が始まった……。すみませんね、小一の女の子が浮かべた疑問ですので気にしないでくださいね。


「ねー。難しい話はやめてさー。マイボの話を聞いてあげようよ」

「あんなアキラ。難しいやなくて、危なっかしい話や」


 NAOMIさんはキョトン顔でお座りを継続中。

「いや、あたしのはたいした話じゃないからいいんだけどさ。お肉屋さんが閉まっていたので今日は秋刀魚にしたって話よ。ただし新モノよ」

「やったぁー。スダチも買ってきた?」

「アキラさん好きだものね。買ってあるわ」

 恐ろしく気の利くロボットであるな。


「それはそうとNAOMIはんが買い物に行って、町の人は驚きまへんの?」

「この町内ではもう慣れっこだよ」とアキラ。


「そういえば……」

 何かを思い出したのか、キヨ子どのと同じミルクの入ったグラスを下ろす恭子ちゃん。

「お肉屋さんが休業したのは、昨夜泥棒に入られたからだそうですよ。お母さんが言っていました」


「なるほど。さぞかし高級なお肉を狙われたのであろうな」

「ううん。赤身の安い物だけらしいけど、大量に盗まれて仕入れをやり直さなければいけないので本日は休業となったらしいです」

「へぇ~。すごいね、恭子ちゃん」

「お前は人の話を聞いておるのか? 今のどこがすごいんだ?」

「ほんまやアキラ。おまはん、そんな調子で学校の授業受けてまんのやろ。そりゃあ頭に入らへんワな」



「まったくもって、地球人は実の無い話しが好きだな」

 部屋を渡った妖艶なる声音。


「クララさん!」

「クララ!!」

 突然現れた金髪美女に全員が振り返る。


「ここは下宿の住民たちが共同で使う食堂だ。ノックは無用だろ?」

 長い髪を背中に払いながら、艶やかな朱唇を尖らせた。


「そうよ。問題無いわ。お仕事お疲れさま。お茶でも飲む?」

 優しいな、NAOMIさんは。


「いや結構。外でカミタニさんと飲んできたところだ」

 遠慮がちに手を振って、NAOMIさんの申し出に柔らかげな仕草で断るクララ。すっかり地球人が板に付いたキャザーンの女王様である。


 半袖ノースリーブの上着にタイトスカート。そのままファッション界に飛び込めそうなスタイルの良いまぶしい容姿。さぞかしカミタニさんも鼻が高いであろうな。


「オマエらが飲んでる白い物はなんだ? みるく? 何だそれは? な……なに? 動物の乳汁だと? きもい物を口に入れるんだな」

 後はそのでかい態度を何とかすればいいのだが。


 クララは眉根を寄せ、肩をすくめた後、NAOMIさんに迫った。

「それより、ちとモノを尋ねるが……」

「なにかしら?」

 黒い犬鼻を突き出し小首をかしげる姿はまさにビーグル犬。色っぽい声と口調が余計だと言うべきなのか、ボディが不釣り合いと言うべきなのか……よく解らないが、話は進むのだ。


「この下宿ではペットを飼ってはいかんのか?」

「別に禁止という規定はないけど……」


「ペットって何です? 亀ですか?」

 色濃くなった目を瞬かせるキヨ子どのに、片眉を歪めて頓狂な声を出すアキラ。

「何で亀なんだよ」

「これは否ことを。亀はおとなしく長寿な動物です」

「昔から万年ていうけどさ……」

「ほぅ。ワテらと同じや」


 電磁生命体は、亀と違うぞ。

 ま、生存年数は似たようなもんだ。


 なに?

 亀はそんなに生きられないと?

 気の毒にな……。どうでもいいけど。


「そりゃそうと、キヨ子の金魚はどうしたのさ? 最近その話をしないじゃん」

「全滅してしまいました」

「なぜに?」

「よく解らないのです。3匹いたはずなのですが、ある日、全て行方不明で……」

「ミケの仕業ではないのか?」

 得心してうなずくキヨ子。

「今度、駅前の三味線屋へ散歩に連れて行ってあげましょう」


 色々な店があるんだな、この町は……。


「せやけどペットはエエもんやで。家の中が和みまっせ」

「そうであろう? そう思ってな……」

 と目を輝かせたのはクララで、アキラも一緒になってテンションを高める。

「それなら子豚がいいよ。小学校のとき飼う話しが出たんだけど中止になったんだ」

「ポークな。あれもエエよな」

「ポークと言うな。子豚を飼うという話だぞ」


「そうだよ、大きくなったあと、誰が、どうやって、って話になったんだよ」

「小学生がそんな現実的な話をするのか?」


 キヨ子が腕を振ってポンと椅子から飛び降りた。

「ではヒヨコはどうです?」

「ええな。大きなったらチキンや。便利やで。タマゴも生むしな」

「こ、こら、ギア。お前さっきからわざと道を逸らしてるだろ」


「そんなことおまっかいな。せや。いっそのことビーフを飼いなはれ。スキヤキ食べ放題やで」

「一匹丸ごと一度に無理でしょ」とはキヨ子どの。

「分割食いしたらええねん」

「分割?」

「せや。オイドの部分を鋭利な刃物でスパッと切り落としまんねん」

「おいおい」

 お下劣な話になって来たぞ。


「ほんで、味噌でも塗っといたら傷が治りまっしゃろ。ほんなら、またスパッと」

「まさか。それでずっと食べ続けられると?」

「せや、いつまで経っても食べられまっせ。知らんけどな」


「みんな、本気で聞くのではない。こいつは口から出まかせを言っておる。最後に言い訳をかましたぞ」


「言われなくても、でたらめだと分かります。何が分割ですか」

「あーでもさ。最近スキヤキ食べてないなー。お腹すいてきちゃった。今晩のゴハンなんだろ?」

「さっきサンマやゆうとったやろ。意識散漫な子ぉやで」


「ちょ、ちょっとみなさん。ペットの話しが変な方向へ逸れてますよ」

 手を広げて支離滅裂になった会話を止める恭子ちゃん。この家では誰かが進行方向を(ただ)さないと、とんでもない方向へ行ってしまうのだ。


「そうだぞ。ペットを飼うのはキャロたちだ。オマエらではない」


「それでペットはなんなの? 凶暴なものだとさすがに禁止よ」

 この中でもっともペットに近いNAOMIさんの質問である。


 て、いうか。ロボットのイヌに賃貸物件の管理を任せて、北野家の面々はいったい何をしとるのだ?

 放任主義にもほどがあるだろ。


「ペットにしたいのはこの子だ」

 クララはこちらの会話など気にも留めず、胸ポケットから1枚の写真を取り出した。


「あら。可愛いネコちゃんだ」とイヌが(のたま)う。

 アメリカンショートヘアーによく似たネコであった。

 そう言えば、我輩は猫族と一度も上手くコミュニケートできていない。キヨコんちのミケで懲りておるのだ。


「なんやネコでっか。おもろないな」

 ペットに笑いを求めるのではない、関西人。


「あ、この子、可愛い。ほら銀のマフラーを巻いてるみたいよ」

 と指差す恭子ちゃんの言うとおり、首の周りにふさふさした毛が巻きつき、上等なマフラーのようだ。


「ほんとだ。眼が真ん丸で片方が深い青、もう一つが濃い栗色だ」

「ご多分に洩れず、虹彩異色症ですか。ありきたりの設定ですね」


 まーた誰かに喧嘩を吹っ掛けておるぞ。


「この種はこういうもんで、みな目の色が異なるのが特徴だ」

 と説明し、写真を元のポケットに差し込もうとするが、大きく出っ張った胸が邪魔で四苦八苦するクララへ、

「なんていう種類なの?」

 首をのばしてイヌ面を傾けるNAOMIさん。

「うむ。ジュノン・アカディアンだ。部下の一人が可愛がっておったのだが、大家に見つかってな。飼うなら出て行けと言われたのだが、まだギャラが安定しないこの身だ。引っ越しなどできないので、泣く泣くペットが飼える場所を探しておる」


 聞いたことの無い種類だが……話題は別のところへ。


「あれだけテレビに出まくってギャラが少ないんでっか? 誰かが抜いてまへんか? カミタニプロデューサーはどうでんねん?」


「娘子軍を売り込むには莫大な金が掛かるのだ。ワタシもその辺りは重々承知しておる。エステにメイク、衣装代もバカにならんし、CDのポスターにPVの撮影だろ。あと、マネージャーの給料も大きな足かせになっておる。何しろ総勢160名もいるんだ」


「それでクララさんがマネージャーもやってるのかぁ」

「暗黒軍団と呼ばれていた我がキャザーンが、だんだん俗世間化していくのは嘆かわしいのか……あるいは喜ぶべきなのか……」

 クララは先細りの声で溜め息を吐くが、ややもすると明るい気配に包まれた。

「だが、リリーはいいマネージャーに育っておる」


「キャザーンでは保安主任やった、あの鬼のリリー・ベルナードでっせ。ほぇえ。変われば変わるもんでんな」


 海岸のPV撮影を仕切っていたあの美人さんである。


「でな。この下宿がペットを許可してくれるのなら、イレッサが世話をすることになっておる。元の飼い主も頻繁に来ることになって賑やかになるかもしれぬが。なに、迷惑はかけぬ。キャザーンの頭領からの頼みだ。これこの通りだ……」


「頭なんか下げなくていいわよ。たかがネコぐらい。いいわ。許可します」

 ここはイヌの大家さんなのだ。


「ねね、クララさん。本当の飼い主は誰なの? 可愛い子?」

「アキラ……。キャザーンには可愛い子しかいてまへんで」


「ペットの筆頭責任者はアヴィリル・ドルベッティだ」


 ギアは声とテンションを跳ねあげた。

「ああ。知っとるで! 宇宙船のパイロットやったドルベッティちゃんやろ。ショートヘアでボーイッシュ、小柄な子ぉやのに、ムチムチでボイ~ンとして、きゅきゅっとなったかと思うと、ドドーンちゅうボディの子や」

 う~む。なぜかそれだけの説明で正しい容姿が目に浮かぶのは、我輩とアキラだけだろうな。


「むふふふふ」

 あ……アキラ。目の焦点がぶっ飛んでおるぞ。


「何をほくそ笑んでいるのです?」

 キヨ子どの。そう言ってやるな。今、我輩たちの感性は異種生物間という壁を乗り越えたところだ。


「くだらない」

 キヨ子は大きく鼻から息を吐き、

「あなたの仕事はまだ終わっていません。数学の宿題があるでしょ」


「な……っ」


 アキラは瞬時に変な笑みを消し去り、背筋を伸ばして溜め息を落とす。

「よく知ってるな……」


「アキラさんが高校で何を習い、何をしているか、どこを通って帰って来るかまで委細承知しております」

 6才児を前にして戦慄すら感じるぞ。アキラ、身体に何か埋め込まれておらぬか?


「さあ。夕食まで宿題をしなさい。私が見てあげます」

「いいよー。小学一年生に勉強を見てもらう高校生っていないって……。マイボ。キヨ子を止めてよー」


「私は機械仕掛けのオートマタなどではありません。生身の人間なんです。『止める』などと言うセリフは不適切ですよ」

「オートマタってなんだよー。意味解んない」

「高校生にもなって、情けない。早くいらっしゃい!」

 キヨ子に連れ去られるアキラの背からは哀愁すら滲み出ていた。


 しばらく見つめていたギアが吐息混じりにバギーをバックさせてつぶやく。

「なんや気の毒な人生やな、アキラって……」

 そうして充電器のある研究準備室へとタイヤを転がして出て行った。



「勉強しないからしょうがないのよ。自業自得ね」

 アキラに投げ掛けたNAOMIさんの言葉のとおり、スピリチュアルインターフェースを停止させる気は無いようで、NAOMIさんはテーブルの上に乱雑に置かれた我輩の入るスマホを器用に前脚で端へ片付け、台布巾でワイパー動作を繰り返した後、とんと床に下りた。


「どっちにしても、おとなしそうなネコちゃんだし、早く会いたいわ」

 柔和に微笑んだNAOMIさんに、クララは頭を下げた。

「今回はほんとうに感謝する。これでワタシの肩の荷も下りた。じゃあ、ネコは明日連れてくるからな」


 長い金髪を波打たせて部屋を出ようとする後ろ姿に、我輩は思考の隅に消えずにある小さなわだかまりを提起してみた。

「クララどの?」

「なんだ、ゴア?」

「ちょっとモノを尋ねるが……。娘子軍の中に獣人の少女はおらぬか?」

 まだ昨夜のケモミミが脳裏を巡るのだ。


「ディスベル星系のドルル三号星だったかな。進化した獣人がおったな。だが我々の中には獣系はおらん。連中はおとなしいから、娘子軍にはむいておらんのだ」

 娘子軍が可愛いのは顔だけなのはよく知っておる。よい子のみんな。注意するようにな。綺麗な花には必ず(とげ)が存在するぞ。


「それがどうしたのだ?」

「いや。気にしないでほしい。ちょっと訊いてみただけである」

「そうか。ならワタシはひと風呂浴びて来るか……覗くなよ」

 今の言葉は我輩に語られたのか、あるいは横でお座りを続けているNAOMIさんに向けられた――んなワケは無いな。


 あぁ。我輩にもっと自由な移動手段があれば……。

「覗きにでも行く気なの?」

 意外と低音の威嚇にも似た声に、

「滅相もありません、NAOMIさん。ブルブルブル」

 急いでバイブを使って応えた。


「それじゃあ、わたしも帰ります」

 恭子ちゃんは淡白なのだ。何かひとこと言ってくれないと我輩の身の置き場がないのだ。

 あ……。

 ひと言も無く恭子ちゃんは、制服の短いスカートを翻したのであった。

  

  

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