4 カワイコちゃんを探せ
「どないや? どこかでコスプレ交流会やってないか? あれだけ完璧に自然な仕上がりができるケモミミってそうはないで。てなとこを見ると、あの子らはプロのレイヤーや。ぜったいに有名人や思うで」
「コスプレ交流会、コスフェスだな。だとしたら有名な栄コスフェスだ」
「ほんまやなー」
「送電線を使えば愛知県ぐらい数秒なんだが」
スマホの画面をスクロールさせつつ――できるんだからしょうがないだろ。我輩は電磁生命体である。指なんか使わなくても静電容量の変化など、お茶の子さいさいだ――と、せっかく息巻いて説明したのに。
「……三か月前に終わっておるな」
結果は無駄骨。力の抜けた吐息をした。
「ほーかぁ。おしかったなー」
「あとは大阪の日本橋だろうな。ここでも有名なコスフェスをやっとるらしいぞ」
と言うと、漫才の合いの手みたいな生返事を続けておったギアが、凛と振り返って言った。
「日本橋? ええか、ゴア。ニホンバシちゃうからな。大阪はニッポンバシやデ」
「宇宙人から地球の一部地域にある呼び名のレクチャーは受けたくないな」
「アホ! 大阪は世界に誇れる大都市や!」
「なぜに宇宙人たるお前がそんなに興奮するのだ。大阪に骨でも埋める気なのか?」
「ワテに骨なんか無いワ」
「念を押すな。そんなこと解かっておる」
「あんな。正しい大阪を知って損は無いやろ。……あ、ほんでから先にゆうといたるけどな、日本橋のストリートフェスタやったらとうに終わっとるデ」
「なんだ知っておるのか?」
「ああ。カミタニさんの関係でな」
「どこでも出没する人なんだな、カミタニサンは」
「せや。なんでも顔を出すからな。キャザーンからも何人か駆り出されて行っとったわ。『兄女応風呂』のメンバーの内、何人かはキャザーンの娘子軍から派遣された子やで」
「何だその『兄女応風呂』とは?」
「知らんの? 『兄女』はアニメや。アニメ好きの女子を集めて作った応援団的ユニットや」
「なるほど。『応』は応援団か……風呂?」
「あ――。今気ぃついたワ。灯台下暗しや。昨日の子らが言うとった『風呂』ってプロジェクトのことちゃうか」
「なにぃ? 『兄女応風呂』とはアニメ応援団プロジェクトの略か! なんだぁそれ? まったく略されていないぞ。風呂とプロジェクト……あ、頭痛くなってきた」
「せやけど昨日の子は『風呂が丸見え』とかゆうとったな。『プロジェクトが丸見え』ってなんや? あかん。しっくりけぇーへんな」
「こっちは今のユニット名を聞いたおかげで焦点が大きくズレたワ」
「しゃーない。地道に探すしかおまへんか……せやけど大阪も広いで。道頓堀やろ新世界やろ……御堂筋も捨てられんへんな」
「おいおい。外国人観光客を探す『Uは何しに――』ではないぞ。そんなベタな場所にプロのレイヤーが出没するわけがないだろう」
いろいろと我輩はテレビを見ておるからな。
「ほな。残りはヲタの聖地、オタロードやろな」
「いろいろあるんだな。関西は……」
「アキバみたいに元電気街やったところがアニヲタ化したんや。昔は最先端の電子部品を扱っとったパーツ屋が今や風俗の最先端、メイド喫茶やメイドリフレに置きかわっとる」
「だんだんお前が解らなくなってきたぞ」
「なにがやねん?」
「ほんとうに我輩と同じ電磁生命体なのか。ヲタの神様かと思ったぞ」
「あほー。郷に入らずんば郷に得ず、ちゅうとるやろ」
まだ言っておるのか。
「やっぱりお前は『タダ』のバカだ。それを言うのなら『郷に入れば郷に従え』と言うのだ。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』が融合しておるぞ」
「ふーん。そーでっか。せやけどタダ(無料)だけ気に入らんな」
バカ、は認めるわけだな。
「それより。メイドリフレとは何か?」
「人をバカ呼ばわりしといて、よう質問できまんな?」
「ぬはははははは」
湿気た吐息をしてギアは答える。
「メイドリフレちゅうのは、メイド服を着た女の子がマッサージする店のことや。足つぼマッサージとかを可愛い子がやってくれるんや」
「それって風俗ではないのか? あん摩マッサージって資格が必要なはずだぞ」
「アホー。でかい声出しぃな!」
疑念を込めて尋ねる我輩をギアは大声で制した。
「そういう時はほれ、夕陽でも見て通り過ぎんかい! ここは大阪やど!」
「な、なんで我輩が宇宙人から説教を受けなければならんのだ?」
「ええか、良きにつけ悪しきにつけ、大阪はすべての業種の発祥地やとゆうても過言やないねん。町民文化はここだけのものや。つまりお役人はんよりも町民、特に商人のほうがハバを利かせとんのや」
「いやしかし。そういう問題では……」
「アホか。まだわからへんのか。つまり自由な発想ができる町が大阪なんや。脳と時間はなんぼ使ってもタダや。おかげでみてみい、他には無いユニークなモンがいっぱいあるやろ。回転ずし然り、自動改札機然り、カッターナイフ、パチパチパンチもそうや。ノーパン喫茶……は……これは京都やな。ま、関西としての一括りでええんちゃうか」
「どうでもいいけど……最後の一つは何が言いたいのだ? しかもパチパチパンチに至っては、あれは大阪名物だし」
「あんな。これが大阪や。関西なんや。よー覚えときや。関西人がおらんかったら、この日本経済はとうに崩壊しとるワ」
「み……みなさん。これは宇宙人のたわ言ですので、あまり目くじらを立てないでくれ。炎上だけは御免こうむりたいのだ」
「で。どないやねん。オタロード以外にレイヤーが集まるトコはないんかい?」
「は?」
「なんや調べてへんのかいな。何してケツかんね、この時間、無駄に過ごしたんかい。おまはん時間はタダとちゃうんやで」
「さっきは無料だと言っておったではないか」
ギアはワザとらしく大きく溜め息を吐き、
「あかんなー、切り替えや。おまはんは裏と表の使い分けができひんのかい? 大阪はな、お役人の前ではペコペコ頭下げてまっけどな。裏に回ったらえげつないで」
「おーい。頼むから大阪の人を敵に回すような発言は控えてくれ」
「アホ! 切り替えができるのが大阪やっちゅうとんのや。こら、ゴア。こうやってワテが吠えとるあいだにネットで調べる時間があるやろ。こうすれば会話を止めずに別の仕事も進むんや。ええか、これがマルチプロセッシングや。マルチスレッド処理ちゅうねん」
「会話を止めたらいいだけの話だ」
「アホかぁ――。会話は潤滑油や!」
「そう言うが、大阪人の話し方は漫才みたいに聞こえるんだ」
「そらぁ、しゃぁないわ」
と言うと、ギアは意味ありげにバギーを数十センチ前進させた。
「あんな。大阪人は生まれた時に、ボケを担当するか、ツッコミをするのかが決まるねん。そりゃまぁ、成長の過程で変更する時もあるかもしれん。せやけどそれは一生もんや」
「嫌な一生だな」
「なにゆーとんねん。大阪人にとっては性別よりも重要な話なんや。近々役所に届けるようになるらしいで。戸籍にボケとツッコミの記入欄ができるんやって。知らんけどな」
「ほんとなのか、その話?」
「アホっ! せやから『知らんけどな』っちゅうとるやろ!」
「なんだそれ?」
「あんな。大阪人がオチの次に『知らんけどな』ちゅうたらな、100パーセント知らんのや! ぼけっ。大阪人は正直なんや。せやからちゃんと話しの中でフォローしとんのや」
「無責任に嘘っぱちを言うからであろう? 言い訳に過ぎん。だいたいなんにでもオチをつけるからそうなるのだ」
「あ――――――――ほ!」
えらく伸ばしやがったな。
「オチの無い話しは、話しにあらずや! そんなもんは独り言っちゅうねん。知らんけどな」
「知らないんだ」
「ちゃうワ、アホ。『知らんけどな』はオチの次に来るだいじな、座布団や。上手く使わなあかんねん」
「座布団? 枕なら噺家の使う言葉だとは知っておるが、なんだ?」
「『知らんけどな』はオチの次につける大事な飾り言葉や。オチの次に付く、『オチツク』、『落ち着く』や。落ち着くってゆうたら何や? 日本人なら座布団やろ」
「お前は宇宙人だ」
「大昔から決まっとるんや、オチの次にくる言葉は座布団ちゅうてな。知らんけどな」
「嘘っぱちなんだー」
「せやから『知らんけどな』っちゅうてるやろ。ちゃんと聞いとけよ」
「わーったよ! だったら黙っていてくれ。そのほうが仕事がやりやすいのだ」
「ウソにきまっとるやろ。座布団は亭主を尻に引く嫁さんのことを言うねん。ホンマ、どん ならんヤツやで……」
「どん……?」
「はぁ?」
派手に舌打ちをしたギアは、まだまた意味不明の言葉をほざいた。
「こんな言葉も知らんのかいな! どん ならんヤツやデ!」
う~む。褒められたとは思わんが、意味が解らん。
「ボケっ! ぽ~とすんなや! 煮ても焼いても何をしても使いもんにならん 『どうしようもない』ヤツつのことや」
「よく解からんな。なぜそれが『どんならん』になるのだ?」
ギアはびっくりしたような顔になり、
「マジでどんならんな、ジブン。あんな『どうしようとも、どうにもならない』ちゅう日本語を……」
ギアはさらに音量を1ポイント上げた。
「略して、『どん ならん』やっ!!」
「……………………」
まじで大阪はワンダーランドなのである。知らんけどな。
ひとまず――。
「浪速に御堂筋ホールとかいうのがあってコスプレの会場を提供しておるが……ここもこの連休はやっておらんな」
「ちゅうことは、昨日の子ぉらは趣味で普段からあんな恰好しとるちゅうことやろか?」
「ギア……」
「なんや?」
「実は我輩にひとつアイデアがあるんだが」
そう。デジタル情報ではない、ある特異な情報ネットワークを持っておる人物を知っておるのだ。
「NAOMIはんやろ?」
「ちがうちがう。あの人に相談してみろ。東京オリンピックが中止になるほどの騒ぎになるぞ」
「せやろな。ほんでそこにキヨ子はんが絡んでみぃ。リニアモーターカーの建設路線が西を嫌って東の北海道を目指しまっせ」
「だな……」
「やろ……」
二人して何だか言い知れぬ疲労感を抱いたのであった。
「ほんで誰でんねん? 口は堅いんでっか?」
「うむ。おそらく校内一だと思う」
「校内って。アキラの高校か?」
我輩はゆっくりとうなずき、
「アキラの級友に塚本くんという男子がおってな。学校の視聴覚委員会の委員長をしておる」
「ほんで?」
「男子限定だが、クラブ活動の部長たちを裏で牛耳っておるのだ」
「なるヘソな。高校の男子に裏から手を回して秘密裏に調べまんねんな。あいつらエネルギーを持て余しとるからやりだしたら止まらんやろ」
初めはいたく感心しておったが、
「最大の問題は直接会うわけにはいかんちゅうことや。そんなことしてみぃ。ワテらの存在がバレるからな」
「そこで――だ。アキラだけにはこのことを打ち明けて、彼が探していることにすればうまくいくだろ?」
「いいよ。やってあげる」
「「アキラ――っ!!」」
肝をつぶしたのである。
「アキラ! いつからそこにいたのだ」
「さっきからずっと。だってここ僕の部屋だし。今からその塚本と会う約束もしてんだよ」
「好都合やないかいな」
ギアは我輩に妙な目配せをしつつ、
「乗り掛かった船や。アキラはな……ほれ……あれやし。うまく……な?」
奴が言いたいことはよくわかる。アキラならいくらでもごまかせる、言い換えたら、ちょろいと踏んでおるのだ。
「そうだな。しかもこういう話には目ざといのだ」
「えーなに? 女の子の話?」
「なんとなぁ――」
「なにさ、ギア? なに驚いてるの?」
アキラはバギーに乗ったポケラジを澄んだ目で見つめ、ギアは大きく嘆息する。
「おまはん。それって一種の超能力者でんな。感心するワ」
「うっそぉ。褒めてんの。うれしいな」
褒めてなんかないぞ。
結局、昨夜起きたことは我々だけの秘密ということに納得させ。もちろんキヨ子どのやNAOMIさんに知れた後の顛末は想像がつくらしく、力強い決意と共にうなずいた。
「わかってるって」
「では見せるからな」
「うん♪」
そして息を飲むのは同じオスとして当然のことで。
「すごい……可愛いじゃん」
じゅるじゅる。
「二次元から出てきたみたいだ。信じられない」
じゅるじゅるじゅる――。
変な音と共に、今度は怒り出した。
「どうして起こしてくれなかったんだよー」
「起こしたワ! だけどお前は耳元で水爆実験が始まったって起きんだろう」
アキラは恨めしげに我輩を見つめたまま、
じゅるじゅる。ずごごごごごごごごごごご――ごっ!
カラカラン……ガリガリガリ。
「やかましいな、アキラ。何しとんや?」
「え? 氷を食べてんの」
「さよか。まだ暑いからな。しやけど……その香りはまさか……」
「そうだよ。冷やし飴だよ」
ん?
「飴を冷やして飲む……なめる? 噛むのか?」
「ゴア、知らないの?」
「知らんのかいな、おまはん。こんな有名なもんを」
そろってこっちに顔を向けなくてもいいだろ。我輩がバカみたいに映るぞ。そもそも電磁生命体が知っておるのがおかしかろう?
ギアは鼻で笑った。鼻なんか無いくせに、そんなもんで笑うな。
「やっぱり世間に出て、汗水たらして働いとるワテのほうが、『新聞』が広がるわな」
いちいち気に障る言い方をする奴だが、笑っちまうな。
「それを言うなら『見聞』が広がる、だ!」
「ふんっ!」
鼻から激しく電子を吹き出し、
「細かいやっちゃな、ほんま……」
コンマ何秒で気を取り直し、
「あのな、照明のバイトしとるとな、スタッフがよう飲んどるんや。生姜が入っとるから疲れが取れるんやと。ま、大阪名物の飲みもんらしいデ」
「お前のウンチクなどどうでもいいが、つまり飲み物か。あー。皆まで言うな。知ったところで我輩は電磁生命体だ。飲めんからな」
「せやけど。自宅で作る人は少ないって言いまっせ。若いもんでも知らん人が多いらしいしな」
「言えばマイボが作ってくれるんだ」
「ど……どこまで高性能なんや、あの犬コロ」
こともなげにそう言うと、アキラは急かすように腰を上げた。
「早い話が今見た女の子たちの出没先を塚本に訊けばいいんだろ? すぐ行こうよ」
さすがだ。この手の問題になると別人みたいに積極的に動き出す。これがアキラのいいところであり、もったいないところでもあるな。これをほんの少しでも勉強に使えたら成績アップ間違い無しなのに。
で――。
場所は変わって、我輩はいつものアキラの胸ポケット。ギアのポケラジも隣の胸ポケットである。
初めは尻のポケットに入れられていたのだが。
「アキラ……殺生やで」
「なにが?」
「なんでゴアが胸ポケットで、ワテがおいどのポケットやねん?」
「おいど?」
「おまはんホンマに大阪のボンでっか?」
「そうだよ。生まれも育ちもね」
「喋り口調も大阪さを失っとるし。昔の浪花言葉は全滅したんでっか?」
「したようだな。で、『オイド』とはなんだ? サツマイモの親戚であるか?」
「アホか!」
大阪人は日本で最も『アホ』を気安く使う人種だな。
「元は女性語でな。おケツ『お尻』のことや。大阪弁やと思われてまっけどな、使う人が関西辺りにしか残らんかっただけで、古式豊かな日本語なんや。ほんまやったらゴアが使うべき言葉なんやデ」
「お前……何者なんだ。郷土言語の研究者か?」
「ギアさまや。大阪のことなら何でも聞いてや」
「じゃあさ。なんで大阪だけ使う人が多かったの? 僕の学校で使う子は誰もいないけどね」
「これはワテの想像でっけどな」とギアは説明を始めた。
「昔、横山プ●ンちゅう、スキンヘッドのおっさんがおってな。テレビで一世を風靡したんや。『毎度! オイド!』っちゅう掛け声を考えた人や。そのあまりに強烈なキャラがお茶の間に浸透したんやと思う。せやから関西人のちょっと年配の人に向かって『まいどぉー』って言うてみい。十中八九『オイドー』ちゅうて返してきよるデ」
信憑性は無いが、何となく納得させられてしまい。甲斐あってギアは尻のポケットから胸ポケットに格上げとなったのである。
「芸は身を助ける、の典型だな、ギア」
「芸とちゃうわ!」
左様ですか。




