7-2 浜辺のビーナス
そんなこんなで、すっかり海水浴気分は盛り上がり──。
「うーん。気持ちいい……」
波打ち際へ静かに寄せる白い泡の中にくるぶしを半分浸けていた恭子ちゃんは、パレオを巻いた艶やかな背中を大きく反らして甘い声を出した。
こちらに曝した背中から、ふんわり盛り上がりるヒップまでのカーブ。そして一旦盛り上がったラインは、しなやかに下降する。
ああぁ。素晴らしい。奇跡の曲線だと叫びたいほどだ。よかった。長生きはするもんだ。
「うほほほほほほほほ」
その笑い方はマズイな、アキラ。それよりギア。ずっと黙ったままだが、生きておるのか?
「もう死んでもエエ……」
──にしても。
背中を反らして片腕を挙げ、宇宙の深部を示すポーズ。いわゆるウルト○マンに変身する直前のハヤタ隊員ではないか。
「おまはん……テレビっ子でっか?」
我輩もいろいろと昔の映像も見ておるから知っておるぞ。変身するのか恭子ちゃん?
「だねぇ。僕も変身したとこをぜひ見てみたい」
「きっと月よりの使者でっせ」
いつまでも溜め息を繰り返すのは、電磁生命体であろうとヒューマノイドであろうと、オスの性は宇宙で共通なのだから自制するのは不可能なのである。
「あっ。ほら。みんな見て! 何かの撮影をやってるわよ」
女神様に匹敵するお姿の恭子ちゃんは何かを見つけたようで、くるりとこちらに向き直り。大きな丸い物体を二つ、ぷるるんと震わせた。
「あぁー。えー日の正月やぁー」
意味不明の溜め息を吐くギアと、我輩のカメラ(視線)を固着させて離さない、なよやかな丘陵のはるか遠く、大勢の水着姿の女子とあきらかにレフ板と思われる銀白の板を掲げる人物、そしてスタッフ多数。時々カメラのレンズがキラキラと陽の光を反射させていた。
「ほんとだ。行こうギア!」
反射的な行動だけで成り立つアキラの脳内神経繊維の瞬発力に、バギーも追従する。
「うぉぉ。ギャルでっせぇー!」
たぶんどちらの脳細胞も同じものが詰まっておるに違いない。
くどいがこれは比喩表現である。我々は電磁生命体である。脳神経細胞など無い……。あー。知能が無いのではないからな。誤解しないようにな。
近づくに連れて走る速度が上がる。我輩はアキラのポケットの中で、ただワッサワッサ揺らされるがままだ。
やがて急制動するアキラとギア。
「KTN48だ!」
「ほんまや」
まぎれもない、キャザーンの娘子軍であった。中にはアキラん家で下宿をしているキャロラインやイレッサの姿もある。
「よーし、みんなぁ! 次は横二列になれ。波打ち際でビーチボールを投げ合って走るシーンだ」
仕切っておるのも、アキラん家の下宿人でもあるリリー・ベルナード大佐だ。キャザーンのクイーンである、クララ・グランバードの右腕と言われるリリーである。宇宙ではその腕っ節の強さと男勝りの度胸から暗黒星雲のピンクの竜とまで言われた伝説的な女性なのだ。
「こらー。勝手な動きをするなぁ! いいか。男子をとことん翻弄し、気が付いたら尻の毛までむしり取るのがKTNだ。中途半端な色気は禁止だぁ!」
結構ギャラリーも集まっておるのに、そのガラの悪い口調はせっかくの美人が台無しだ。案の定、スタッフも苦笑を堪えておる。
「そやけど……。海岸をほたえ(はしゃぎ)ながらバシャバシャするPVって、古クサないか?」
お前はいつから地球に住んでおるのだ?
NAOMIさんはあっけらかんと、
「そぉかな? ひと回りして新しんじゃないの」
「くだらない」
一蹴するキヨ子どのは、だいぶ御冠である。
「すみません、ヘアー直しまーす」
女性スタッフが一人の娘子軍に駆け寄り、乱れる髪の毛を整い始めた。
そこへリリーも歩み寄り、
「ジュリアン……。お前はレナ・デュラットの代わりにこのPVに出ることが決まったんだ。しっかりやらなきゃダメだぞ」
「すみませんリリー大佐、いや。リリーさん……けど」
「けど、何だ?」
「あたし海が初めてでして……興奮してうまく演技ができなくて」
「ああ。それはワタシも同感だ。我々の星は砂と岩しかないからな」
リリーは半面を振り返らせ、
「こっちの砂浜を見ておると故郷の惑星ジーラを思い出す。そして驚愕するのは……」
目を見張った面持ちを海に向け直して、
「見ろ! この大海原だ。全部水だぞ。あり得ん光景だ」
深い呼吸をすると、リリーはカメラスタッフに手を振った。
「タニグチさん。申し訳ないが、ちょっと休憩を入れてくれぬか。この子たち海に来たのが初めてなんだ。ちょっと遊ばせてやってくれ」
タニグチと呼ばれたスタッフは、ニコニコした笑顔を絶やさずリリーに近寄り、
「なるほど表情が硬いのはそう言う理由か。よーし。みんな十五分休憩。好きにしていいよ」
「やったぁーーーーー」
娘子軍はそれぞれに喜んで飛び上がり、
「浸かってみようよ!」
手を取り合って海に飛び込む者。
「ミズよ! 水だわ……」
感慨にひたり、恐るおそる手に取り、口に持って行くが、
「うはぁぁ。塩ょっぱいんだー」
びっくりして吐き出す者。真似をして叫ぶ者。
「ほんとだ。知らなかった~」
意味もなく波打ち際を転げ回り、
「水よーーー。ほら見て。水を浴びるなんて信じらんない~。いくらでもあるのよ。」
子犬でもそこまでハジケないぞ。
「大佐ぁ! この水全部飲んでもいいんですかぁ?」
頭の中を疑いたくなるような言葉を吐く者。
塩分の取り過ぎで高血圧症になるぞ。
「田舎のおばあちゃんに持って帰りたぁい」
高校球児ではないのだ。
とか──それぞれに異様な感動が浮き彫りになっておるが、ちょっとマズくないか。そこまで海を知らない子がこの日本に存在するわけが無かろうに。
首からカメラをぶら下げた長髪の男が、ニコニコして娘子軍を見守るリリーに寄り添い、
「きみらは群馬か長野の出身なんだろ? 分かるぜその気持ち。オレも奈良だからさ。和歌山の海を見たときは度肝をぬかれたからな」
北欧から来た少女たちではないことは見抜かれておるのだ。さすが業界の人だな。でも全員が宇宙人だとは思うまい。
そう、目の色や髪の色が日本人とはかけ離れた色白の美人揃いの娘子軍である。クララは宇宙から来た暗黒軍団キャザーン(KyaTherN)だと、正直に宣言して芸能界へ進出したのだが、どこかで勝手に軌道修正されたのである。たぶんカミタニプロデューサーの差し金だろうが、いつのまにか宇宙から来た北欧の美少女軍団ということになっていた。
な? おかしいだろ?
宇宙人と名乗っておきながら北欧から来たのである。ムチャクチャなことを言っておるのだが、それが通じるのがテレビ業界である。
波打ち際で異様にはしゃぎまくる少女たちの振る舞いに、タニグチさんは少し眉をひそめるものの、彼女らの発する変なセリフは聞き流しているようで、気さくに声を掛けて来た。
「でもさ。今や飛ぶ鳥を落とすKTNだろ。こんな場所でなく海外の有名処で撮影すればいいのに」
リリーは長い栗色の髪の毛を振った。
「カミタニさんもそう勧めてくれたのだが、おネエさまがまだ分不相応だと言うことで、近場になった」
近場にもほどがある。電車とバスで40分である。
だがギアは異を唱える。
「これでええねん。飛行機に乗せんかったのは正解や。あいつらはキャザーンでっせ。操縦室からパイロットを引き摺り出して、好きなとこへ飛び去ってしまうで。ほれ見てみい。あそこではしゃいどる、あの髪の長い子は宇宙船の操縦士や。あの子にしたら航空機なんか原チャリバイクとかわらんデ」
そうであったか……怖いな。
カミタニさん、海外遠征の時は注意してくれ。アイドルグループがハイジャック犯になったら、業界がひっくり返るのである。
「ほんとうにきみたちはクララ社長に従順なんだね」
「当たり前だ、キャザーンの女王様であるぞ」
タニグチさんは思わず口元を緩める。
「女王さま? あ、ゴメン忘れてた。新しい路線だったね。何だっけ宇宙の賢者キャザーンだっけ? クララさんも成り切っているし、でもさ、コリン星のパターンを使わなかったのは正解だね。もう古いよ」
「なにっ! コリン星を知っておるのか?」
「え? 知ってるでしょ。有名だもの。知らないほうがびっくりだよ。え? マジで知らないの?」
「知っておるぞ。女王様の知り合いの星だ。ゑ(エ)プシロン星系にあるコリン星だろ?」
「だ、だっけ? 港区じゃなかったのか……。いや驚いた、あの子の知り合いだったのか。いやー、この業界広いようで狭いんだなぁ。へぇ、コリン星ってイプシロンにあったのか」
「おマエさんは、そんなことも知らないのか?」
逆に驚いたりして。リリーさん、今あんたはとっても浮いておるぞ。
「タニグチはんとやら。この子らの出身地を聞いたら肝っ玉が爆発しまっせ」
と告げながら近づいたのはバギー。つまりギア。
リリーはさっとにこやかな表情に戻すと、
「なんだギアではないか」
「ギア?」
カメラを握ったままのタニグチさんはバギーではなくアキラへ視線を飛ばした。それは当たり前の行為だが、今の口調とアキラが持つ一本抜けた雰囲気とが合致せず、辺りを見渡してから、ようやくバギーに気付いた。
「オモチャのクルマだ!」
職業病なのだろう。視線を振るよりもカメラを向けるほうが早い。
「あ? ああぁ。この少年はあの北野博士のお孫さんだ。ワタシが下宿している先のな」
「ほぉぉ。北野工学博士の……となるとこのオモチャのクルマは、そうか。へぇぇ」
片膝を突いてシャッターを連射してから、
「このバギーも最新式の機械なんだ。喋るバギーか。すごいな」
口よりも先にシャッターを切るあたりは、さすがカメラマンである。
「すごいことおまっかいな。ただのポケラジとリモコンを合体させとるだけや。まぁそのパワーはワテが受け持ってまんねんけどな」
「こりゃ面白い。大阪弁を話すロボットバギーってわけか……。そういえばあの子はどうしたの?」
カメラのレンズが、ぬん、とアキラを指した。
なんでもいいけど、タニグチさんから一度カメラを取り上げてみたいな。どんな振る舞いをするか気になる。
「あの色っぽいビーグル犬は元気なのかい? 数年前にニュースで見たよ。なんとかって新しいコンピュータが搭載されてんだろ?」
と尋ねつつ、自分のカメラを示して、
「こいつもコンピュータ制御なんだけどさ。そのうち喋り出すようになったりしてね。
『あー、いまのポーズいいよぉ、カシャッ』てな感じにね」
「今すぐやって差し上げましょうか。そうなるとあなたのお仕事は無くなりますわよ。たかが被写体に向かってシャッターを押すだけのお仕事が」
毒が激しいなー。今日のキヨ子どのは……。
「キヨ子さん、ジャマになるからあまり近づかないほうがいいわよ」
と顔を出したビーグル犬。
「あー。この子だ。すごいよ、実物を目の前にしたのは初めてだ」
素早くシャッターを切ろうとするタニグチさんのレンズの前に、横から顔を突っ込むキヨ子どの。
「あなた。その職業でありながら肖像権と言うのをご存じないのですか?」
傲然と睨みを利かせ覗き込むキヨ子どの。まるで墨で描かれたような、流麗な吊り上げ眉毛が怒りを表している。子供では到底出せない厳しい表情だった。
「え?」
カメラがキヨ子に向いた。
「シャッターを切ったが最後、塩漬けの砂をぶっかけますわよ」
タニグチさんは急いで立ち上がり。
「これは失敬。北野博士のお孫さんですか?」
幼女の眉毛がふんわりと下がる。
「これはどうも。でも孫ではありません、孫はこちらのアキラさん。私はその妻です」
「はぁぁ? ぁぁあ」
レンズがサラサラヘアーから紺色のスクール水着を舐めて、もう一度、キヨ子どの切れ長の目で止まり。
「これはご令室の方とはつゆ知れず。失礼しました」
こういう輩の対処の仕方も心得ておるようだ。さすがこの道のプロであるな。
そうプロの目は常に貪欲なのだ。すぐに次の被写体に気付いた。
タニグチさんはさっと立ち上がると、後ろに立つ恭子ちゃんにレンズを固定した。
ファインダーの中の彼女と実物とを何度も見比べ、
「いいじゃない。リリーさん。この子先頭に立たせてみない?」
返事はない。
「……リリーさん?」
カメラのレンズを下ろして辺りを探るが、リリーの姿はそこには無く。すでに娘子軍らと海の中に飛び込んだ後だった。服のままでな。
「あははは。イレッサ見ろ! こんな光景は死ぬまでに二度とみられないぞ。贅沢にも水に浸かっておるんだ。あー、すごいぞ。風呂のレベルではない。風呂何回分だ。すごいぞ!」
「大佐ぁー。宇宙船の再建が果たせたら、ここの水を半分ぐらい持って行きましょう。ワタシたち大金持ちですよ」
「そうだな。おネエさまに頼んでみような。……にしたってこれはすごいぞ。ほらぁ。あはは。水だぞ。全部が水だぁぁ!」
「海ってひろーい。大佐。こんどフェイズキャノンここで撃ってみてもいいですかぁ」
「ああ。これだけ広いんだ。問題無いだろう」
「アホな、大問題や。成層圏に大穴が開きまっせ」
さすがにギアも突っ込む。
「光子魚雷は?」
「あかーーーん!」
リリーたちの異様な振る舞いを目の当たりにして、タニグチさんもさすがに引いていた。レンズは下がったまま、彼女らに向けられることはないであろう。
何となく居づらい雰囲気になり、我々は赤と白で塗り分けられたビーチパラソルの下へと戻った。撮影の再開は果たせられるのだろうか。少し不安でもある。
「タニグチはん。だいじょうぶやろか」
「ねー。何であの子たちあんなに水にこだわるの?」
アキラの質問に対する答えは。タニグチさんにも伝えてやりたいところだが、地球人に真実を告げるには時期尚早である。
「キャザーンの故郷は海の無い砂漠の惑星なんや」とギアが切り出したので、
「ここから25万光年先にある砂の惑星でジーラと呼ばれておる」と我輩が繋いでいく。
「地球にも砂漠化した土地で人が暮らしておるだろ。あんな感じだ。もともとは水を求めて移動する民族だったのだが、それが宇宙まで進出したのが事の発端だ。だから水には人に言えぬ思入れがあるようだな」
「そうか。それで最初の頃、うちのお風呂に入ると洗面器に水を汲んで大切に自分の部屋に持ち帰っていたんだ」
「日本人は水のありがたみを忘れがちですわ」
スクール水着の幼児にそう諭されると、なんとも言えないのである。
「ワテは電磁生命体や。関係ないデ」
冷たい奴である…………。




