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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
4/100

 3-1 友達を探そう

  

  

「うほぉぉぉ。素晴らしい」


 やんわり漂う朝モヤに包まれた街並みが陽の光できらきらと輝き、翼を持った小さな生物が忙しなく食事をする姿は昨日雷雨に打ち落とされた悪夢を綺麗さっぱりと洗い流してくれた。


「おぉ、遥か彼方にそびえる青い山脈が都市を囲んでおるのか。昨日はそれを見る余裕もなかったな。まこと噂どおりに地球は美しい惑星である。これで物騒な種族がいなければ天国と呼んでもいい」


 水惑星の朝は清々しいものであることは知っておったが、これほど美しいところは稀である。これだけでも土産話のひとつになるな。ただし無事に宇宙へ戻ることができたらの話だ。


「ハァァァ。我輩は独りぼっちである。寂しい……」


 爽やかな気分を一瞬で吹き飛ばしてしまった。

「いかんいかん。朝から暗くなるのはやめよう」

 後悔しながら送電線から朝飯代わりに電力をひと吸い。すると変圧器がブ~ンと派手に唸ってしまったが、近くのお宅が雨戸を同時に開けたので、その騒音にかき消され、世間には伝わらずひとまず安堵。


「そうだ……居候の身であるから、食事の量は自重しなければならん」

 居候。三杯目にはそっと出し……であるな。

 うむ。綺麗に収まっておるな。誰の川柳(せんりゅう)であろうか、今の我輩にぴったりである。



 今日は松の木のお宅にお邪魔しようと計画しておるのだ。だれか友達になってくれる人がおるやもしれん。

 それにしたって緑濃い松を眺めると心が落ち着くな。

 ジイさんみたいなことをつぶやいてしまったが、我輩はまだ若いからな。


 さて、誰かいないかな? あ゛。やっぱやめよう。


 電柱から引き込み線を渡って庭先へ入ったところで、しわくちゃの婆さんが花に水をやっている光景に出くわした。


「ババアだ……」

 そっと電柱に戻ったのは致し方がない行為であるな。いくら友達にと言ってもな。もうすこしなんとかならんのか?



 そこへ──。

「パパぁ、新聞とってきてぇぇぇ」

 若くて綺麗な女性の声が渡った。

 声だけで綺麗なというのは我輩の主観である。とやかく言われる筋合いではないのだ。


 隣の雨戸が開き、出てきた男性が家の中へ向かって返答。

「ママ。今日火曜日は振替休刊日だ。新聞きてないよ」

「あ、そっか。忘れてたわ」

 と出てきたのはママさんだ。


「おお、トレビアーン。素晴らしい」

 我輩は女神さまが顔を出したのかと思ったぞ。

 急いで送電線の分岐点でしばし足踏みをする。どちらのお宅へお邪魔をするかを考えるためである。


 右側にある松の立派な庭先を眺める。

 むむむ……。

 こっちは萎びたナスビが二本である。


 左側の芝生のお家へ目を転じる。

 おおぉ。

 片や、ぴちぴちピーチが二つである。


 どうする、青年?


「なー。そうだよな。宇宙が誕生して138億年。変わることがない信念があるよなー」


 では、ぴちぴちピーチのお家へお邪魔するとしよう。




 ふむ……。

 男性の名は『パパ』。遅れて出てきた女性は『ママ』と言うらしい。人間は呼称で呼び合うと聞いておる。


 パパさんは絵に描いたようなあくびをすると、これまたドラマみたいな仕草で背筋を伸ばして、「ん~ふぁぁぁ」と意味不明の言葉を発した。


 その『ん~ふぁぁぁ』という言葉は解読不可能だったが、人間生活のドキュメント映像として銀河博物館の展示室で映写したい気分である。


「巣の中はどうなっておるのだ?」

 やっぱ早起きは三文の徳だな。

「というか、三文ってどれほどお得なんだろな?」

 しばし思案するも。

「ま、いっか」

 メンドクサクなった我輩は、送電線を選ぶと心を躍らせて室内に。


「お邪魔しまぁ~す」

 小声でつぶやき、キッチンの照明器具にちゃっかり潜入する。


「ふむ。カウンターキッチンタイプか……」

 早起きをして、日本人の生活スタイルについて予習をしておいた成果である。


 キッチンとリビングの境目に食卓を兼ねたカウンターテーブルがあり、そこで一人の幼女が大きなカップに並々と注がれたミルクを飲んでいた。

「ほらほらキヨ子。テレビに夢中で口の横からミルクがこぼれてるぞ」

 部屋に入って来たパパさんが首に掛けていたタオルをさらりと外して幼女の口を拭った。なんとも微笑ましい光景に我輩も目を細める。


 この小さな女の子なら我輩と友達になってくれるかもしれない、メルヘンと現実との境目がまだ無いはずである。電磁生命体が友達になってくれと懇願しても騒ぎ立てたりはしないだろう。


「もうキヨ子ったらテレビばっかり見てないで早く済ませなさい。学校に遅れるでしょ」

「これみてから……」と幼女。

 この子の呼称はキヨ子と言うらしい。


「返事は『はい』でしょ」

 子供に対する小言もすっかり板に付いているママさんへ、我輩は視覚器官を向けた。


「おお。思ったとおり。お美しい……」

 電柱からチラッと見ただけで、ぴちぴちピーチだと判断しておったが、肌の艶も瑞々しく、薄桜色の頬は眩しいまでも輝き、豊満なおっぱいはまさに食べごろのマンゴーであるな。


 昨日地球に落ちてきたわりに果物に詳しいと言うなよ、青年。それぐらいは予備知識として持っておるワ。




 ちょっと興奮しすぎたのか、思わず電力を吸い上げたせいで照明が瞬いた。


 緩くウェーブの掛かった栗色の髪の毛をひとまとめにして、まっすぐ背中に垂らした、小柄でいてかつグラマラスなママさんが、瞬いた蛍光灯を不審げに見つめるその潤んだ瞳の色っぽいこと……。


「どこで見つけてきたのだ、パパさん」

 ちょっと嫉妬したりして。



 しばらく我輩と目が合っていたママさんだが、人間から見えるわけが無い……と思う。こっちは電磁生命体なのである。

 しかし妙に長いあいだ我輩を見上げるママさんの視線にどきりとする。

 もしかして我輩が見えるのか?


 ママさんはすぐに視線を外すと、澄んだ瞳をパパさんに向けた。

「あなたは今日何時の帰宅?」

「ん~。ちゃんと持ってるよ」

 パパさんは食パンに噛みついて雑誌に集中。何も聞いていない。

 ママさんは小さく溜め息を落とし、再びガスレンジの前に移動。


 幸せそうな家庭であるな。可愛い娘と綺麗な妻。そして小さいながらも夢が詰まったマイホーム……我輩もカリンちゃんとこんな家庭を築きたいものである。

 それには早く宇宙へ帰らなくてはいけないのだ。


『――日本製のロケットがここ鹿児島内之浦から今日発射されます。まもなくカウントダウンです……』


「む? ロケットだと?」

 キヨ子と呼ばれた女の子が一心不乱に見ていたテレビ受像機から流れたフレーズが我輩の胸をひどくときめかした。


 テレビ受像機というのは離れた場所にある光景を二次元媒体に映す装置である。今どき二次元映像装置と言うのも古臭いものだが。久しぶりに見た気がするな。


 しかし、そこから流れてきた音声には驚嘆の意味合いが含まれており、我輩はもう一度その画像を注視した。


 それによると、まもなく日本製の宇宙船が鹿児島県のJAXXA内之浦宇宙センターから打ち上げられるというにゅうすである。丁寧にその場所の地図まで映し出されていた。


 テレビのにゅうすを画面の裏から見ていて、我輩はあまりの嬉しさで音量レベルを上げてしまった。パパさんが慌ててコントロール装置に手を伸ばしたので、元の音量に戻し様子をうかがうことに。もしかして調子にのり過ぎたかも知れぬ。


「マズったか?」


 我輩はこの惑星には存在しない生命体である。見つかるとサーカスに売られて見世物にされるのは目に見えている。実際我輩の友人の友人の、その知り合いのお兄さんがザンギル星系の発電所職員に捕まったという噂を聞くからな。我ら電磁生命体は見世物か、発電施設で死ぬまで電荷を吸い取られるという恐怖の宿命がある。


 また話が脱線してしまったな、青年。すまんすまん。



 日本のJAXXAとかという団体が宇宙船を打ち上げるのなら、その時に忍び込めば簡単に宇宙へ戻れるのだ。

「これも……色々と施してきた功徳のおかげであろうな」

 電荷の運命とは不思議なものである。もし松の木の婆さん宅へ侵入していたら、このにゅうすは見られなかったであろう。そしてこの子がここでテレビを見ていたからこそ、我輩に幸運の女神が微笑んだのである。


「うほほ~い」

 我輩は電気である。1秒あれば地球を余裕で7回り半はできるのだ。

 なに? そんなことは無理だと?

 無理なことはあるまい。だったら地球を一周する送電線を準備してくれ、やって見せるぞ。


 ま、青年の経済力では地球一周は無理だろうな。せいぜい聖夜にLED電球のついた電線でモミの木をぐるぐる巻きにするのが精いっぱいのはずだ。

 どうかね。図星だろ?

 ふん。下世話ですまんね。



 どちらにしても鹿児島の内之浦宇宙センターぐらいなら送電線が張り巡らされておるだろ? だったら1秒も掛からずにたどり着ける。


 キヨ子ちゃん。せっかく友達にと思ったのだが、やっぱ宇宙に帰るほうが優先するんだよ。その代わり帰ったらお礼のお手紙を出すからね。あんたは我輩の救世主である。天使さまだぞ。


 達者で暮らせよ、歯を磨けよ。宿題済ませたか?

 ではまた会う日まで……。


「ぬはははは。さらばだ、キヨ子ちゃん!」

  

  

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