表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第二巻・ワテがギアでんがな
39/100

 4 海水浴へ行こう 

  

  

 数日後である──。


 透き通った青空に入道雲がくっきりと白く輝き、申し分のない海水浴日和であった。

 我々一行は女子の聖地、高楼園浜行きのギャルバスに乗り込んだのだが──。


「…………むぅ」


 さっきから押し黙ったまま誰も口を開こうとしない。

 正確に言うと、黙り込んだのは我輩とギア、それからアキラの3名だけだが……。


「キヨコねー。うみいくのはじめてなのー」

 ひとまずスーパーキヨ子でないのが唯一の救いである。幼児らしい言葉遣いで、乗客の一人に向かって人懐っこい会話をしていた。


「ほぉぉそうかい、そりゃあ良かったね、お嬢ちゃん。高楼園浜は綺麗だからね」

 真向かいの座席に腰掛けるお婆さん A がそう答え。


「お姉さんと海水浴かい?」

 キヨコの前で吊り革にぶら下がっている恭子ちゃんへ、隣のお婆さん B が尋ねる。

「おねーちゃんはねぇ。キヨコのおべんきょうのセンセイなのー」

 キヨコには尋ねていないのに、勝手にぺらぺらと。


「へぇ。えらいベッピンさんが先生やねんなぁ」と割り込む、婆さんC。

「うちの孫とおない年で先生かいな。りっぱなもんやね」とは、ババア D。


 恭子ちゃんは小さく振り返って愛想笑い的な笑みを作り──って。おい!


(アキラ、これはどういうことだ! 確かにバスは女性で満員ではあるが)


 最低音量で胸ポケットから文句を垂れる我輩に同調して、ギアが憤怒をぶちまける。

(ほんまや! どないしてくれるんや。色々準備して来たのに、婆さんがAからZまでそろっとるやないけー!)


 アキラが背負ったリュックの補助ポケットの中から渡ってくる、ギアの怒りの声である。


(今日はどうしたのかしらねぇ)

 リュックから顔だけを出したNAOMIさんも首を捻り、

「僕だってびっくりしてんだ。老人会の集まりがあるなんて聞いてないもん」


(どないなっとんや! ギャルの未来の姿をした人らで満員やんか。どこ行ったんや若いギャルは……。情けのうて悲しなってきたデ)

 ギアの怒りは頂点を越えたらしく、悲痛な声に変わってきた。




 説明しよう───。


 最寄りの駅に勇んで降り立つと、ちょうど高楼園浜行きのバスが到着したところだった。一番ノリだ、と最後部の座席ではしゃいでおると、後から来るは来るは、ギャルの未来形(成れの果て)が集まる集まる。あっという間に車内は満員に。逃げ出す隙も無く、バスは発車したのである。


「とにかくさ。ここは我慢しようよ。あっちに着けばこっちのモンだって」


(何がこっちのモノなのか、理解に苦しむが……)

(しゃぁ無いか。降りるに降りられへんからな。はぁあ~あ。なんや辛気臭いないぁ。普通一人ぐらいは乗ってるもんやろ。見事に全員エイリアンやで)

(せめてギャルのベテランと言ってやれ)




「キヨコねー。シャケのオムスビがすきなの」

「たくさん握ってきたから一緒に食べようね」

 片手で持つ手提げバッグを少し持ち上げて示す恭子ちゃん。その中には今朝NAOMIさんと大騒ぎで作っていたお弁当が入っている。


「キヨコもつくったのよー」

 淀みの無い純粋無垢な瞳をバッグの中に落としていた幼女は、恭子ちゃんへ「ねー」と一言。全身を使ってうなずいて見せた。


「そうかい。梅干しのは無いのかい?」

 あんたにやるとは言っていないのに、キヨコの隣に座る別の婆さん E が参加。


「キヨコねー。すっぱいのだめなのよ」

「そうかい。おにぎりはやっぱり梅干しがいいけどね」と主張するのは、さっきのババア D。


(ウメボシはおまはんやろ!)

(しっ。きこえるよ)

(あ。ほら、窓から海が見えるわよ)

(マイボ。あんまりキョロキョロしないでよ。お前はキヨコの持って来たヌイグルミってことにしてんだから。バレたらバスから降ろされちゃうからね)


(せや。大騒ぎして、この老人の集団から脱出するのもエエかもしれまへんで)

(やめてよ。怒られるのは僕なんだから)


 とかやっておるうちに、バスは終着の高楼園浜に到着。

 結局、老人の集団も同じ近くの運動公園にやって来たようで、途中一人も降りるコトは無く、また乗って来る人もいなかった。



「ひゃぁぁぁ。疲れた。どっと疲れたよー」

「ほんまや。誰や高楼園行きのバスは女の子の詰め合わせやゆうたんワ! どこがギャルバスやねん。まだ猫バスのほうがよかったワ。バババスや。『バ』ばっかりやで」

 こいつも地球に来て長いから、いろいろ鬱憤(うっぷん)が溜まっておるのだな。


 リュックサックから一人で飛び出たNAOMIさんが、先頭を歩きながら首だけをこちらに捻り、やっぱり不満を垂れる。

「あたしだって落胆してんのよ。若い男が一人もいなかったわよ」


 幸い、婆さん集団はバス停から別の方向へ歩み去り、我輩たちは川沿いに拵えられた公園と道路の狭間にある歩道をひたすら海へと歩いていた。


「ま、バスはさておき、ここは明媚(めいび)なところであるな」

 海へと注ぐ澄明なせせらぎを挟んで、両岸に背の高い松林が並び、青い空、白い雲、そして緑濃い松の葉。なんと色合いの鮮やかなことであろう。ほんとに日本に来てよかった。偶然落ちたのだが……。


「あ。土の道路だわ。ねぇ。こっちから行くと気分いいわよ。クルマもこないし。あ、ほら海がすぐそこよー」

 松の根元を這うようにして遊歩道が海へと続いているのを発見したNAOMIさん、先陣を切って道路を横断。河川敷へ続く階段を下りて行った。


 キヨコと恭子ちゃんもその後を追い、アキラも急いで道路を横断。みんなに続いて階段を駆け下りる。

「なるほど。これは散策にはもってこいの場所であるな」

「恭子ちゃんと、こんなとこを散歩してみたいな」

「散歩しておるではないか?」

「二人きりでだよ」

「よそから見たら、可愛い妹を連れたカップルだと言えなくもないぞ」


「どこがだよ……」

 アキラは不服感を剥き出しにして、前後に視線を振る。

「ほら、変なのばっかりじゃないか」


 キュリキュリキュリキュリ───。

 甲高いモーター音を響かせて、オモチャのバギーがアスファルトの道路から遊歩道へ下って来ると、そのまま真っ直ぐ疾走して行った。


 変なと申すのは,あいつのことだな。


「うほぉぉぉー。海が見えまっせー。もうすぐでっせ!」

 バギーに固定されたポケラジがそう叫んだ。


 アキラのリュックが異様に膨らんでおったのは、あれが詰め込まれていたのか……。


「恭子ちゃんもいらないモノを作ったもんであるな」

 作ってくれた本人には聞かれたくないので、小声で訴えた。


「ギアに頼まれたらしいよ。海はアドベンチャーなんだって。だからアグレッシブにアクティブになりたいから、自由に動ける物が欲しいって」


 知っている単語を全部並べおったな、あいつ……。

「しっかし、さすがはメカ女子である。ラジオとリモコンバギーを合体させるとは。いや大したもんだ」


 今度我輩にも何か作ってもらおう。そうだな。我輩の知的度から言って……ふむ。パソコンに車輪を付けてもらおうかな。


 んー。なにかおかしいか?


「ほらゴア、見てよ……」

 数メートル前をキヨコに引っ張られて歩く少女の後ろ姿を眩しげに見ながら、アキラは顎をしゃくった。


「ギアのヤツ、危険だとか言ってたくせに、キヨコの次にはしゃいでるよ。あのままバギーの操縦を誤って川に落ちたらいいのに」


「なにを物騒なこと言うの」とNAOMIさん。

「400ギガワットの発電量を誇るものが瞬間に放電したら、ちょっとした爆発事故になるわよ」

「えー。そんな危険物なの? ギアとゴアは?」

「まぁ。我輩も死にたくないので、そんな無茶なことをする気は無いから安心してくれ」


 何本かの松の根元を乗り越え先へ進むと、青い水平線が腕を伸ばし、せせらぎは河口を迎え、河川敷はそこで途切れていた。

 先は背の高い防波堤が待ち構えており、そこを越えるまでは砂浜の全貌は隠されていて不明だが、足下に広がる白砂は柔らかく美しい。嫌でも期待感が膨らんでくる。


 夏で水かさが少なくなった川の流れは海まで届かず、防波堤のすぐ手前で閉じており、珍しそうにキヨコが覗き込んでいた。


「ねえ。川のおミズがここできえてますよ」


「ほんとだ。砂浜に浸みて海まで注いでいないんだ」

「それだけ砂が柔らかいのよ」

 NAOMIさんの説明のとおり、アキラの運動靴の大半が白砂に埋もれていた。



「あー。潮風の香りがしてくるわ。久しぶりだなー、こんなの」

 さーっと松林を抜けて通った風が、先を行く天使の甘声を伝えて来た。


「キヨコもひさしぶりなのぉ」

 あんたはバスの中で初めてだと『A』から『Z』相手に宣言していたではないか。


「おねえーちゃん。あれがうみ? ねぇ、うみなの?」

「そうよ。あれが海よ」

 正面を遠望していた恭子ちゃんが、風に暴れる長い黒髪を一束に片手でまとめ押さえ、キヨコの前でしゃがみ込み、アキラに振り返って嫣然と微笑んだ。


「やっぱり来てよかったね。北野くん」


 桃色チェックのフレアワンピースがはためき、スカートから見え隠れする太腿が目映くて直視できない。そのパワーは甚大で、北極の氷山でさえも一瞬で解かすシンクロトン級のレイビームで直撃されたほどのショックを受けるのである。


「……………………」


 案の定、アキラのハートは射貫かれており、完全にミイラ化されていた。


「ほれアキラ、もっと急がんかい。もうすぐ海岸や。白砂や。海水浴はアグレッシブにアクティブにや。分かっとんかい!」

 十数メートル先で急旋回して戻って来たバギーが、アキラの足元を喚き散らしながら走り回った。


 アキラは息を吹き返し、

「ちょっと、ギア。歩きにくい。蹴飛ばしそうだよ」





「わぁ。海だぁあぁ」

 河口を挟んで左右に広がる背の高い防波堤を過ぎると、急激に目の前が開き、夏の日光を照り返す真っ白な砂と青い水平線が視界いっぱいに広がった。


「ま……眩しい」

 スマホのカメラから飛び込む光量が急激に上昇して、瞬間目が眩んだのである。


 アキラは持って来たサンバイザーを急いで被り、我輩はレンズを絞る。

「おほぉぉ、海だなぁ」

 当たり前のことをつぶやいてしまった。


 マイボもステップを踏んでキヨコの前に飛び出して叫ぶ。

「あー。ほら、若い男の子がいるわ」

 NAOMIさんはそればっか。ほんとに中身はオンナのマンマなのであるな。


「えー? ほんまかいな!」

 バギーは全速力で砂浜を走った。激しく砂を蹴り散らして海岸へと疾走。その後ろをキヨコとマイボが追いかける。


「転ぶわよー」

 と注意する恭子ちゃんも朗らかな表情。何ともほのぼのする光景であった。



 水平線の遥か彼方、蒼くかすんで見えるのは、どこの陸地であろうか?

「あれは沖縄だよ」

 地球に疎いと思ってデタラメ言いよってアキラ。そんなはずなかろう。と言いつつ、検索っと。


(ウソばっかし……和歌山ではないか)


 少し浜辺に視点を戻すと、海の家が数件とマイカーで来た人専用の駐車場が砂浜の手前にある。もちろん設備の行き届いた駐車場ではない。砂が踏み固められてできたような空地で、間違って砂浜に突っ込んだら四輪駆動車でない限り身動き取れなくなる、いわゆるただの空地である。



 それにしても陽の照りがものすごい。奇跡の惑星、地球とはよく言ったもんだ。

 あと少し太陽に近ければ灼熱地獄、遠ければ永久凍土の大地である。それが超絶の加減で維持されたのだ。これを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と言えばよいのだろう。


 我輩は感極まって声を上げた。

「こいつはすごい。ここでソーラーパネルを立てたらだいぶ腹が膨らむ」


 アキラは渋そうな顔して、

「お前たちにもお弁当があるんだよ。マイボが組み立て式のソーラーパネル準備してくれたんだ。それが重くてさ、僕には海水浴へ来たというよりも太陽熱発電研究部のクラブ活動みたいな状態になってんの知らないだろ」


「アキラの高校にそんなクラブがあるのか?」

「あるよ。学校の屋上にソーラーパネルがずらっと並んでるよ」

「ほう。さすが北野博士が顧問を務めるだけのことはある。科学に力を入れた校風であるな」


 アキラはポツリ、

「大迷惑だよ……」

 砂に盗られる足をゆるゆると前後させ、たまに溜め息を吐きつつ休息を取る姿。確かにアグレッシブではない。疲れたサラリーマンが出張に向かうかのようだ。



 広い砂浜に人影はまばらで、ところどころに固まって立ってられたビーチパラソルが目立つ。白と青の背景に溶け込むパラソルの色彩は真夏そのモノで、ネットで調べた浜辺よりも数段美しかった。やはり画像と現実ではこうも差があるのだ。まことに美しい。


 地球は青かったと言ってもいないのに、言ったと勝手に記者がねじまけてしまった気の毒なロシアの宇宙飛行士でなくとも、ここに立つだけでそう感じ得るな。


 もう、我輩は地球人だと宣言してもいいかな。




 まだまだ続くのだ~~。

  

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ