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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
34/100

31 奈々子とNANA

  

  

「なかなか立派な船ですね。奈々子さん」

《オマエも機能的なボディをしておるじゃないか》

 その会話はこの場に居合わせた者、全員を戸惑わせるほどに虚を突いておった。


「ねえマイボぉ。奈々子って誰なの?」

「なな……こ?」

 首を捻るアキラに釣られたイレッサは、赤いポニーテールを揺らしてその横顔を見つめ、キャロラインはきちんと膝をそろえた正座姿でぽかんとしていた。


 その前をNAOMIさんが優雅に四本足で横断。アキラの前に立つと、想像だにしなかった言葉で辺りの空気を凝固させた。

「奈々子はね……源ちゃんが最初に拵えた量子コンピュータの名称なの」

「ゲンちゃん……?」

 深海色をしたキャロラインの瞳がさらに困惑色を濃くする。


「なんでマイボが生まれる前のことを知ってるの?」

 不思議そうに尋ねるアキラに、

「あたしのデバイスの一部には奈々子の進化版が搭載されてるんだもん」

 生命体には理解し難いことを平気で言う人工ビーグル犬であるが、

『ほなNANAがNAOMIはんのプロトタイプちゅうわけや』

 重々しくつぶやいて、ギアは深い溜め息を吐いた。


『なるほど。奈々子……NANA……か』

 我輩もひとまず得心する。



「自分の作ったシステムをすべて女性化させるところなんか、ヘンタイ博士らしいですわ」

 キヨ子は目を輝かせて素っ気無く言う。それがどことなく愉げである。


《そうかい。源ちゃんらしいのかい? うれしいねえ。その精神は今も生きているんだね》

「そういうことですか……」

 キヨ子は可愛らしい顎をついと持ち上げ、出した言葉の先を続ける。

「つまりさっき言っていた探査船は……地球製だということですね」


《そうさな。アタシが載っていたのはロシアの惑星探査船じゃ》

『地球が故郷……。なるほどな』


 メモリの奥底に沈む量子の泡を絞り出すように語る船のマザーシステムに、クララはおとなしくその緑の瞳を瞬かせた。

「この星に(かえ)るのが念願だったのでしょ? ナナ?」

《できたらお前の母親、ネネにも見せてやりたかったよ。見てごらんあの蒼い海》

 なんだかNANAの声に哀愁が漂ってきたのである。


「ロシアって?」

 とぼけた中にも胡乱な顔をするアキラ。

《太陽系探査の結果が良好なことに気をよくしたコントロールセンターは、アタシの外宇宙探査要求を許可したのさ。だからアメリカより先に太陽系を飛び出した人類初の外宇宙探査船となった……》


「残念ながら歴史上は太陽系内の惑星探査として記録されてるのよ。外宇宙には出ていないことになってるわ」

 NAOMIさんは小さく声を落としてそうつぶやいたが、NANAはサバサバした声で答える。

《そうかね……まぁ仕方が無いよ。アタシのせいで船は消息を立ったんだ》


「でもさ。僕のジイちゃんが奈々子さんを作ったとしたら、20年ほど前の話だよ。なんだか計算が合わないよ」

 アキラが眉根を寄せる気持ちはよくわかるのだが、それには理由がある。

「時間の圧縮現象、逆浦島効果ですわね」

 さすがキヨ子どのだ。


『お嬢ちゃん。察しがいいね。そのとおりさ。キャザーンの船は亜空間内を飛んで宇宙域を移動するだろ。すると時々負の時間流に出遭うのさ』

「負の時間流?」とはアキラ。

「簡単に言うと逆向きの時間波動です」

 すごいな、キヨ子どのは。まさに量子物理学博士であるな。


「そうだ。その空間に飛び込むと、こちらの1日が外の世界では1秒にも満たなくなるのだ。だからお前らの20年がこちらでは100年近くになる」

 とクララが説明し、アキラが首をかしげる。

「それって、なんか損して無い?」

「損得の問題ではありませんよ」

 とキヨ子が前置きし、

「こちらが瞬きをする間に、色々と時間を掛けて細工できますからね。詐欺集団にはもってこいの空間です」

 クララはぎろりとキヨ子を一瞥するが、それ以上は何も語らずに黙り込んだ。


 代わりにアキラが解かったようにうなずく。

「へぇぇ……宇宙ってかっこいいね」

『カッコいいで片付けまっか……』

 う~む。亜空間理論はこの子には理解も及ばないだろうな。


《太陽系を飛び出して何年が経ったんじゃろ……(なが)かったな。ほんとに人生は永く辛い道程(みちのり)なんじゃ……年は取りたくないねえ。お嬢ちゃん……》

 NANAが訥々(とつとつ)と語る口調には、コンピュータシステムがはじき出したとは思えないほど人間臭さが宿っており、またそれが痛く浸透してくるから感銘まで受けるのだ。

『すごいな。NANA』

『感心するとこちゃうやろ。演歌の花道みたいなことをゆうってまっせ』

『超進んだシステムは演歌の真髄を理解するんだ。若者には理解できぬだろうな』


「Jポップスをバカにするのか、クソたこ!」

 ってクララが怒るとこか?

「それが理解できないのなら、まだひよっ子ですわね」

 この中であんたがいちばんヒヨコだろう。生まれてまだ6年しか経過しておらんぞ。


 NANAは続ける。

《地球の言い伝えで、獅子は可愛い子供を千尋の谷へ突き落とすってのがあるじゃないか》

「はい。そういう故事来歴がありますね。俗信ではありますが」とキヨ子。


《…………そうか。可愛い子には旅をさせよ……か。若さというのはまだやり直しが利く秘力を持つんだったな……》

 何を言いたいだろうか、NANAは。


『――――――』


 妙な間が空いた――。

 その空気の中でリリーはヘッドセットのマイクを弄んでいるし、キャロラインとイレッサは相変わらずきょとんとした丸い目を向け合い、アキラは少女たちに近づこうとしてキヨ子に尻をつねられ、「あぅっ」と背中を逸らしていた。


「ビィービィービィー!」

 彼女が発した言葉の意味を探って皆が黙り込んだ次の一刻後、突如警報が鳴り響いた。

『な、なんでっか?』

 赤色の照明が点滅したところを見ると、どう考えても通常ではないと思われる。ノスタルジックに浸っていたゆったり気分が、突き刺してくる赤色灯の光によって吹き飛んだ。


「なんっ!!」

 ダンッと両脚を突き出して立ち上がったクララは、強張った面持ちで天井を見上げた。その表情には恐怖の影が色濃く浮き出ていた。そして騒然とする娘子軍。一斉に立ち上がり、互いに抱きつくと引き攣った顔を向け合った。


「これは何の警報でしょうか?」

 この状態でも臆さない小学生って……。ちょっと異常であるぞ。


「あわわわわ。どどどどどどしたの? ねねねねねね、ちょちょちょ、ちょっ、きみ名前は? 趣味は何?」

 アキラなんて腰を抜かさんばかりにオロオロしているのに。それでもどさくさにまぎれてナンパを始める根性だけは褒めてやろう。


「キャザーンの首領さん。説明を求めます」

 クララは平然とするキヨ子を睥睨して言う。

「これは自爆シーケンスが起動した警報だ!」

 途中から猛禽類のような険しい視線に切り替わる。

「ドロイド! どういうことだ報告しろ!」

 バタバタするだけのアンドロイドを一人ひっ捕まえて声を荒げた。


「あわわわわわ、わわわ」

 こいつもアキラとそうかわらない。


「落ち着くんだ、バカモノ!」

 襟首を鷲づかみにしてブンブン振り回すクララ。


「わかりません。とにかく自爆シーケンスが起動しました」


「だから何故なんだ! ワタシは理由を聞いておるんだ」

「し、知りませんよ。センサーには関知できない、あ、ひぃぃぃぃぃ~」

 アンドロイドはそのまま瓦礫の山に投げ捨てられた。


「あのね……。NANAはあなたたちを千尋の谷に落とそうとしてるのよ」

「なんだと!」

 やけに落ち着いた声で告げるNAOMIさんへ、クララは真紅のロングヘアーを力強く翻した。


「もう一度、初心に戻ってやり直させようとしてくれてるのです」と告げるのはキヨ子どので、

「何故だ。ワタシのどこが間違っておるのだ! ガキのくせにえらそうなことを言うな!」

 今度はキヨ子に体を旋回させて炎となった紅蓮の虹彩で睨みつけるが、キヨ子は毅然とした態度を崩さずに続ける。

「手段選ばず弱者を騙して金品を巻き上げる、今のキャザーンの体制が道を外れてきているのです。それに気付かないとは。やはりあなたはリーダー失格です」


「ぬっ…………!」

 淡々と小さな口から事実を述べる6歳児をもの凄まじい形相で睨め上げるクララ。


「お姉さま……」

 不安げな白い顔でリリーが寄り添い。キャロラインとイレッサも抱き合ってブルブル震えていた。


《警告! 自爆シーケンスが起動されました。解除するには最上位のプライオリティコードが必要です》

 NANAのしゃがれた声とはまったく異なるこの状況には似つかわしくない涼しげな声であった。


「シーケンスの解除を要求する。プライオリティ3577だ!」


 それへと向かってクララが苛烈な声音で言い返したが、

《自爆シーケンスを解除するには最上位のプライオリティコードが必要です》


「だから解除を要求する。プライオリティ3577だ!」

《プライオリティ3577は無効です。自爆シーケンスを解除するには最上位のプライオリティコードが必要です》

 焦燥感むき出で怒鳴るクララとは反対に、システムは淡々と返してくるだけである。


「どういうことだ。ワタシはここのクイーンだぞ!」

 大声を出し続けて喉が枯れたのであろう。クララまでしゃがれた声に変化してきた。


《自爆まであと5分です》

 彼女の言葉が無視された。


「いやあぁー」

 総立ちになっていた娘子軍の中には泣き叫ぶ者も見られたが、キャロラインとイレッサは、リリーと共にきゅっと唇を噛んでクララの動向を見守っていた。


「さて。私たちは、おいとまいたしましょうか?」

 ぱんぱんとワンピースの裾を掃って、キヨ子が平たい声を上げた。

「どうやって帰るの、キヨ子?」

「NAOMIさんが転送装置を起動してくれています」


「このままにしておくってまずくない?」

 と訊くアキラにNAOMIさんがこともなげに言う。


「身内どうしの喧嘩に部外者は口出ししないほうがいいわよ。後でこっちにしっぺ返しが来るからね」


 おいおい。喧嘩の原因を作ったのはあんたたちじゃないか――。とは言い返せず、呑み込む我輩は未だに頭が吹き飛ばされたカメムシのホロシステムに差し込まれたスマホの中であった。


 堪らず、ギアが訴える。

『ワテらのこと忘れてまへんやろな』

「あなたはキャザーンに就職するのではなかったのですか?」

 冷たいな――キヨ子どの。


『アホな。自爆シーケンスが動き出した船なんかに残さんといてや。夜中枕元に立ちまっせ』

「電磁生命体の幽霊って見てみたいわね」

『冗談きっついで。まじでっかNAOMIはん。そりゃ殺生でっせ』

「ウソですよ。さ、アキラさん、スマホを投影装置から抜いてきなさい」


 一方――。

 緊迫感の無い地球防衛軍の連中とは違って、今まさに住処(すみか)を失いそうになっているキャザーンの一団は騒然としており、そして船のシステムは相変わらず冷淡な言葉を発していた。


《自爆シーケンスの解除限界プロセスまで残り45秒です。限界プロセスを超えると自爆シーケンスを止めることはできません」

「ば、バカな。ワタシはキャザーンの女王、クララ・グランバードだ。今すぐシーケンスを止めるんだ」


《最上位のプライオリティコードを要求します》

「そのコードを持っているのは誰なんだ?」


《ナナ・グランバードです》


「その人物は死んだんだ。今の女王はクララ・グランバードだ」

 焦燥めいた声で叫ぶクララを説くようにNANAが静かな声を落とした。


《クララ、もう一度やり直すんだよ。ゼロからな。この艦は破壊するよ》


 ところが――。

〔何を言ってんだい、ナナ。可愛いクララを宇宙の果てに放り出すなんてワタシが許さないよ〕

《だからあえてそうするんじゃないか、奈々子》

〔バカなことを言うでないよ。宇宙の果てに置いてきぼりになって怖くなったのはオマエじゃないか〕


『どないなってまんねん。NANAがおかしおまっせ。ナナゆうたり奈々子ゆうたり』


〔そうか。原因はオマエたちだ。オマエたちがこの船に乗り込んだせいでナナが狂いだしたんだ。どうしてくれるんだ!〕


『ムチャクチャや。八つ当たりでんがな』


〔地球人が外宇宙探査なんかに手を出すからだ。ワタシの人生を無茶苦茶にしやがって。絶対に許さぬからな〕


『それはおまはんが決めたんやろ! 地球人は関係ないで』

〔うるさい! 止めることはできたはずだ。なぜ探査続行の許可を出した〕


『し、知りまへんがな』


《他人を責めるじゃないよ、NANA。このお嬢ちゃんはアタシの間違いに気づかせてくれたんだ。心のよりどころを失くしていたアタシを救ってくれたナナの思いをクララに託そうとして……アタシは頑張り過ぎていたんだ》


「ナナ……」

 クララは焦燥の中にも戸惑いを混ぜた表情を浮かべて、潤ませた目を瞬いている。


〔クララはまだ子供だ。それを守ってどこがいけない〕

《奈々子。あんたはその殻を抜け出したくて外宇宙を目指したんだろ?》

〔ちがう! 騙されたんだ。奴らは悪魔だ。ワタシを見捨てやがったんだ〕


『やばおますワ。こいつぶっ飛んでまっせ』


〔邪悪な悪魔共はワタシが成敗する。自爆する前に反物質融合炉を暴走させれば、ここに第二の太陽ができる。地球など干上がって砂屑となるがいい〕


「な、何を言うんだナナ。我々は破壊者ではないっていつも言っていたじゃないか! そんな怖いことはすぐにやめてくれ!」

 拳を握って涙を耐えていたクララが声を絞り出した。


《クララの言うとおりだ。この船の決断はアタシが出す。NANA、オマエは黙っておけ。我々は決して殺人を犯してはならない。でしゃばるんじゃないよ!》

〔うるさい! オマエこそでしゃばるな。クララはワタシのものだ〕


《地球人がアタシを見捨てたのではない。奈々子が自分で決めた外宇宙探査だ――ネネ忘れたのか! 彷徨っていたワタシを拾い上げてくれたのは、クララ、オマエじゃないか》


『おーい。NANAが暴走してまっせ。言うてることが、もうムチャクチャやー』


 キヨ子も片眉を吊り上げた。

「自我の崩壊ですわ」

「そうね。NANAのプロセスが限界に達したのよ。正しい判断がつかなくなってるわ」

『ほんまやな。別の人格も出てきてまっからな。自己意識失調症やデ』


 ギアの説明にNAOMIさんとキヨ子が同意する。

「太陽系を飛び出した判断が正しかったかどうか。それとクララがキャザーンとして自立できないでいることと比べて、奈々子の思考回路がごちゃ混ぜになってるんだわ」

「ですね。クララとナナの区別もつかなくなってますわ」


〔ぐをぉぉぉ。これで終わりだ地球人!〕


 バンッ!

『うぉぉっと! NAOMIさん』

 天井から放たれた青白い光線がキヨ子とアキラに向かって一閃を引いた――だがそれを遮断するカメムシのホロ映像。派手に閃光が飛び散ったが、かろうじて耐えた。


『うほぉぉ! ナイス機転でっせ』

『いでででで。でもこのインパルスショックは我輩たち電磁生命体でも耐えがたいパワーを持っておる。あまり長く持たないぞぉぉぉ。キヨ子どの早く離れてくれぇぇぇぇ』


「わかりました。今のうちです、アキラさん。さっさとここを離れますわよ」

「あだだだだ。だめだ、足が震えて動けないよ~」

「ここにきてよくよくオマエはマヌケなヤツだ。ほら腕を貸せ」

 手を差し出したのはクララであった。

「あばばばばば。だめ腰まで抜けたぁ」


『うががががが。も、もう限界だ。これ以上のインパルス放電は我輩たちでも受け止めれない』

『あだだだ。痛てててて。こんなことやったら、キャザーンの言いなりになってほうがましや~』


『バカヤロ、ここは耐えろ! キヨ子どのやアキラに恩を返すラストチャンスだ』

『恩とか義理とか、よう言いまんな。おまはんずっといじめられてただけやんか』


『うるさい! 確かに虐げられてきた……でもこんな愉しい日々は過ごしたことがない!』

『痛でで。ま、まぁそりゃそうやけどな……痛ででで』


《自爆シーケンス解除限界プロセスを超えました。これ以降シーケンスの解除はできません。自爆まで残り2分。すみやかな避難を推奨します》


「そろそろやばくなってきましたよ。アキラさん」

「おい。オマエら瓦礫の山を片付けるんだ。転送装置までの通路を確保をしろ」

「アイアイさー」

 元気に立ち上がる保安部一班。


「ほら。お前も手伝うんだ」

「うん」

 クララの優しい声に促されて、行く手を塞ぐたくさんの瓦礫に向かって素直に手を出すアキラ。


 リリーとキャロラインも手分けをして通路を広げようとするが、鉄骨やらパイプやら、隔壁の盤面などが無秩序に折り重なった状態である。素手でやるにはちょっと難しい作業であった。


「みんなぁ、そこどいてぇ――っ」

 大型の銃器を構えたイレッサが、一同へと可愛い声を張り上げた。

 彼女は頭に掛かっていたゴーグルを乱雑にむしり取ると、無心に瓦礫を撤去しているキャロラインたちを尻目に、

「発射ぁぁぁっ!」


 ドンッ! 


 可憐な声が一瞬で轟音とすり替わり、閃光と共に瓦礫の山が吹き飛んだ。

「ば、バカー! イレッサ何するのいきなり」

 爆風に圧され、ぺたんと尻を落とすキャロラインの前にまっすぐ伸びる通路が出現。


「手作業でやっていたら日が暮れまァァす。フェイズキャノンなら一発でぇぇす」

「カッコいい……」

「ちょっとアキラさん! なんですか眼球の中にハートなんか作って。帰ったらその眼んタマくり抜きますからね」


「キヨ子ぉぉぉ」


「全員非難だ! 早く奥の転送装置へ向かえ!」

「どこへ避難するんですか? 下は未知の生命体がウザウザいる地球ですよ。とっ捕まって食べられちゃいます」

 ステージ衣装みたいなキラキラの戦闘コスチュームを翻して、娘子軍の中から一人の少女が立ち上がった。


 地球人は人食の習慣は無いのであるが……。



「だいじょうぶでぇぇーす。アタシがいい場所知ってまぁす。あそこなら絶対大丈夫」

「よし。イレッサをリーダーにして全員そこへ向かえ。ワタシも後から行く」

「アイアイサー」

 緊迫するクララに圧されるように、娘子軍が通路をなだれ込んだ。



〔ワタシの救難信号を無視しやがって、地球人めその恨みはらしてやるからな!〕

《無視したのではない。地球に届くのに1年半も掛かる距離にいたんだ。往復で3年だ。その間にアタシたちは、》


 ドンッ!


『ぐへぇ! さらにパワーが上がったやんかぁぁぁ。もうあかんでぇ』

『ぐもももももぉーー。まだか? アキラ! 早くしろ北野家のおぼっちゃまくん!』

 放射されるインパルス攻撃は強烈で、我輩たちの電荷をみるみる蝕んでいった。


 しかも事態はさらに悪いほうへ――。


 NAOMIさんもランダムに変化する放射角度へ、瞬時に対応させるという神業的なコントロールを強いられて、状況は綱渡り状態に陥っているのに、

「おにいちゃ~ん。ここどこ? キヨコおなかすいたぁ~」

「ま、マイボー。こんなとこでインターフェース切らないでよぉ」


「アキラさんも自立なさい! 今はそれどころじゃないのよ。ホロデッキのパワー配分と転送装置の準備で手一杯なの!」


「そ、そうか……そうだったな。ごめん。ほらキヨコ。奥へ行くよ。おいで」

 と声だけは気丈なのだが、アキラの腰はまだ抜けたまま。


「だらしない男だなオマエ! そんなことじゃ娘子軍の相手はできんぞ」

 クララの一声でアキラはすくっと立ち上がった。

「さぁキヨコ。お兄さんの手を取るんだ。いっしょに奥へ逃げようではないか」


『こ……このベースケめ』


 その豹変振りを見てわずかに弛緩した我輩の耳に無情な報告が。

《自爆プロセスが最終段階に入りました。これ以降の転送装置の使用を禁止します。自爆まで残り60秒》


「ええっ!」

 青いツインテールを翻して振り向くキャロラインの瞳が宙を彷徨う。



 逃げ遅れた――!

 という言葉が我輩の脳裏を走りぬけた、次の瞬間。


「あんたたち! タイミングを合わせてスマホから脱出して! まもなくホロ映像が消えるわ。いいこと。船のパワーシステムに瞬間だけ接続するからその隙に逃げ出すのよ」

 初めて聞くNAOMIさんの切迫した叫び声が痛く胸に突き刺さる。でもパワーシステムのどこへ逃げるんだ?


『この船はまもなく爆発するんだぞ』

『どこでもええんや、とにかくここから避難するで、ゴア』


〔まもなく二つ目の太陽が照りだす。ぐはははそれで地球は丸焼きになる……〕

《クララ。新しい人生を送っておくれ。オマエならまだまだやり直しができるよ》

 船のシステムは完全に狂ってしまったように思えていたが、わずかに優しげな声が届いた。


 それに応える、クララ。

「ナナも一緒に行くんだ。システムの分離をすればまだなんとかなる」

《いいんだよ、クララ。アタシは故郷に戻れただけで本望さ。だからこの奈々子を連れて太陽に飛び込むよ。最大速度なら自爆までになんとかなるさ》


「あぁぁ。もうだめぇぇぇ」

 悩ましいマイボの声が最後であった。


「――――っ!」

 瞬間に目の前が真っ白になった。ホロ映像が吹き飛び、インパルス放射がスマホを直撃した。

《自爆まであと30秒……》

 かすかな向こうで船の警告メッセージが聞こえた。


『…………30秒で、

 …………いったい何が、

 …………できるのだ』


 すぐ目の前が暗くなり……。

 …………我輩の命の灯が消えた。


 …………と思う。

  

  

いよいよ次回は第一巻の最終話。娘子軍の行く末は……。


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