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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
3/100

 2-2 神急電鉄桜園田駅

 まさかと思うが、ここが恒星間空港のハブなのか?

 いや違うな。宇宙船の離着陸施設にしては小規模である。

 案の定、辞典によると宇宙旅行に関して地球人はミジンコ並みの技術しかないと書かれておる。


 ふむ。いまどき化学燃料はないだろう。しかもあんな狭い場所で横向けに爆発させて発射することはあり得ん。それだと大砲ではないか。

 もしもそれが事実だとすると、滑走路のそばにアレだけの原住民が集まるのはおかしすぎる。発射の勢いで丸焦げになるぞ。


「う~~む。ますます気になるな……」

 我輩は興奮すると、つい声に出してしまうようだ。またトランスがピリピリと振動し、近くにいた人間のメスが首をすくめて鉄柱を見上げた。


 おっと、もう少しで見つかるところであった。


 てなこともあったが。

 謎の滑走路に近づいたところ、新たな事実を発見した。

 我輩が移動に使っている送電線とは明らかに電圧の異なる太い電線がそれに沿って設置されており、その高圧線は我輩を誘い込むかのようにブンブンと唸っていたのだ。


「これが駅馬車の通り道であろうな」

 英明な我輩は直感で理解した。

「そうか、きっとここで駅馬車が止まるんだ」

 この高電圧がそれを証明するようなものだ。恐らく磁気浮上させて電磁ブレーキで制御するヤツだ。大昔に見たことがある。何て言ったっけ。えーっと、あ、そうそう。リアルモーターカーだ。リア充とも言うのだろ?


 何を騒いでおるのだ、青年。

 我輩が間違ったことなどいうはずがない。今日からリアルモーターと呼ぶのだ。いいな。地球人。



 それにしてもこの高電圧は気になるな。

 さっきから我輩の鼻先でブンブン音を立てておる。


「いやはやこれは我慢できんな」


 電磁生命体にとって、とてもそそられるのである。これだけ高い電圧は危険と隣り合わせの妖しげな香りがして、

「むふ~ん。堪らん」

 危険な香り……解るだろ、青年?

 入っちゃいけないと思っていても、誘惑の甘い蜜に誘われて入ってしまう。あの場所である。綺麗なおねーちゃんが酌をしてくれて、機嫌よく飲んでおると後で真っ青になるという、あの夜の出来事であるぞ。


 宇宙を旅する電磁生命体である。いろんなことを知っておるから何でも訊くがよい。なにしろ青年。お前より五百年は長生きしておるのだ。


 我輩はゴアである。電磁生命体なのだ。

 なに? もういいって?

 こりゃぁ、失敬、失敬。




 ギャオス!!(危ない!)

 もうちょいで、高圧線に触れるところであった。危なく巨大な電荷が流れ込むところだ。


 電流は電圧の高いところから低いところへ流れる。理科で習ったであろう。電位差がこれほどあれば我輩の体の中に許容量以上の電流が流れ込んでパンクするのだ。デリケートな生き物なのだぞ、電磁生命体は。



「むひゃぁ、油断も隙もあったものではない。恐ろしい誘惑だな」


 続いて高電圧が流れる架線と呼ばれる真下に引かれた滑走路めいた物体に目をやる。


 あー。そこ。騒ぐのではないぞ。

 電磁生命体であってしても鼻や目に匹敵する器官……ふむ。器官と呼ぶとヒューマノイドの物を想像するが、宇宙は謎に満ちておるのだ、お前ら地球人は理解不能な構造をした電磁生命体である。


 うるさい!

 目で見てるし鼻で臭いも嗅げるのだ。黙っておれ、そのうち理解できるようになる。もうしばらく辛抱するのだ。石の上にも三十年と言うだろ。


 なに? 長すぎるとな?

 辛抱のできん奴だな。




 話を戻すぞ――。

 にしても何なんだ、この地面を這う二本の金属端子は?


 むふぅう。レールというのか。

 ポケット地球辞典を持って来てよかった。

 この金属は大地にしっかり固定されておる。高電圧の真下に吸収端子があるとは……罠だ。巧妙な仕掛けがしてある。これはまさしく電磁生命体を捕えようとする罠なのだ。



 地球人め、侮れんヤツラだ。レールに気付かなかったら絶対に飛びついておったぞ。

 危なく我輩も捕まるところであった。クワバラくわばらである。

 高圧電源から放出される高電流に体を弄ばせておいて、一気に低電位に落として我輩を動けなくする仕組みなのだ。

 となるとこの建造物と集まる原住民はなんであろう。まさか電磁生命体をビリビリさせて踊り死ぬところを見学しに集まったのか? いや、そのようには思えない。


 余計に謎が深まってしまった。この施設はなんであろうか?

 駅馬車が罠の中を走るとは考えにくいし……。


 罠から連想して、我輩はポンと膝を叩いた。


 え?

 電磁生命体に手とか膝があるのかって?

 まだ言うのか、しつこいのお。

 くだらんぞ。そんな愚問は無視だ。



 我輩はポンと膝を叩いてつぶやいた。

「これがゴキブリホイホイかー」

 初めて見るなー。へぇ。こんなに手が込んでんだ。地球のゴキブリも大変だな。


 しかしすぐに首をかしげる。


 コラそこ。目も鼻もあるし、肩もあれば首もある……。お前らには理解不能な電磁生命体なのである。

 しつこいがこれが最後だ。念を押しておくぞ。


 我輩はゴアである――。


 脱線した話を元に戻すぞ……レールだけに……。

(ぉ~ぃ、座布団一枚よこすのだ、青年)



 辞典によると、ゴキブリはもう少し小さいと書かれておった。

 やはりここは駅馬車が通ると考えるのが妥当であるな。


 これが『ゴキブリホイホイ』ではないということは、建物の内部を調査してすぐにわかった。大きな文字で『神急電鉄桜園田駅(しんきゅうでんてつ・さくらそのだえき)』と書かれていた。


 辞典で『駅』を調べると『ステーション』と出た。

 我輩は英語が堪能なのでな。


 な。やはり『駅』であったな。我輩の推測どおりここは駅馬車のステーションなのだ。

 で、ここに集まった原住民が『ごうとうだん』と呼ばれるヤカラなのであろう。こんなに大勢集まって、駅馬車が来たら襲うつもりなのだ。

 ほらみてみろ、ソワソワして遠くを見たり掲示板を見たりしておるではないか。


 いやはや駅馬車なるモノは辛いな。毎日が地獄と紙一重の状態なんだ。


「板子一枚下は地獄、とはよく言ったものだ。はぁ……怖いな」

 確かにこのレールは地獄へ通じておるし。

 それよりもこの辞典は意外と使えるかもしれない。結構値が張ったのだが買ってよかった。


 で? 駅馬車はまだかな?




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




「くそっ。骨折り損のくたびれもうけであった」

 いくら待っても駅馬車がやってこなかったので、業を煮やした我輩は駅を後に、大通りを北へと移動していた。


 我輩は待つのが、大っ嫌いなのである。よくて5分だな。それ以上は我慢できん。

 よいか。我輩は電磁生命体である。光の速度と同等の動きが可能なのだ。その我輩に5分も同じ場所に留まれと言うほうが無茶なのである。



「――ん?」

 辺りが薄ら寒くなってきたことに気付いた。陽が傾いてきていたのである。

 地球が回転して太陽系唯一の熱源恒星が見えなくなる現象である。『夕方』というらしい。


「なんだか黄昏(たそがれ)るな」

 気だるい言葉が漏れるのは仕方がない。


 辞典によると日本には季節があり、今時分を『晩秋』と呼ぶらしく、落葉樹が葉を落とすという。水惑星にはよくある景色で我輩も観察したことがある。


「こういう場所でカリンちゃんと通電デートしたかったな」

 自動車が走る道路の脇に規則正しく並んだ樹木が派手に葉を落とし、風がそれを巻き上げていた。


 なんだかホームシックにかかりそうな景色を見て、辛くなった我輩は送電線から電力を思い切り吸い上げた。その途端送電が止まったが、我輩の知ったことではない。しかし日本の電力会社は優秀なのだろう停電はほんの一瞬で復旧した。


 数時間駅周辺をうろついてわかったことをメモしておこう。

 我輩がネグラに利用する電柱周辺のコロニーが中心ではなく、桜園田駅を中心に放射状に多くのコロニーが集まり、大小雑多な建造物が秩序よく並べられ、総称して『桜園田町』と呼ばれるようだ。


 この『桜』という文字は植物の名称であることは旅行前の勉強会で唯一知っておったので、一目で気に入ったのである。



 その後、周辺を散策して、桜園田町はさらに巨大なコロニーの一角に過ぎないという発見をした。その範囲はとても広く今日一日の調査では網羅できないとわかった。これは(あなど)っていた。ここは大都市だと言っても過言ではなかろう。


「宇宙に戻るにはまだまだ時間が掛かりそうだ……」

 溜め息混じりに送電線をゆるゆると移動していたら、

「ばいば~い」

「またねぇぇ」

 途中で見つけた地球人の子供が集団で暮らす建物から、甲高い音波を響かせながら十数人が出てくる姿を見て目を細めた。

「はは。メンコイな」

 どんな生き物でも子供の頃は可愛いものである。


 地球人子(ちきゅうじんこ)が出てきた施設は『小学校』と呼ぶ、と辞典に載っていた。暮らすのではなく、小学生が集団学習を受ける場所で、それは『中学校』『高等学校』『大学校』と段階的に構成されているらしい。なかなか教育熱心な生き物だと感心するものの、次の電柱を曲がったところで遭遇した集団の会話に、我輩は少し眉をひそめた。



「昨日さぁ。マルハチモールで物理のツルッパに見つかったのよね」

「マジやばじゃん」

「物理って……あのおっさん外ではカツラやろ?」

「うそーっ。バリきしょい」

「キモいもん頭にのせて……(めく)ったったらええねん」

「ちょーやばいやん、それってぇ」

「うげぇぇ。キモオヤジ。死ね!」


 我輩の言語ライブラリーには『目玉オヤジ』は登録されておるが、『胆親父』なる言葉など無いのである。

 辞典によると――、

「肝……つまり内臓……? ぬあんと内臓を頭に載せるオヤジ……なるほどそれは気持ち悪いな」


 謎の言葉を話していた集団は小学生ではない。かといって駅周辺で見た成人でもない。大人になりきっていない人間。それも声質や体型などから若いメスだと思われるが、成長するところはボインと突き出し、つい目が誘われるのだ。しかも全員同じ服装で、やけに短い布を(まと)い、首からヒラヒラした帯を巻きつけて、腕の先まである服を羽織っておる。


 この町で見かけた他のメスと比べて、この若いメスたちの下半身を覆う衣服の丈がとても短い気がするが、あの短い布はいかなる理由があるのだろうか……。


「肢の付け根が見えそうではないか」

 電磁生命体であってしても美脚を見るのは心休まる……。

「ゴホンゴホン」

 我輩はスケベではないからな。

 ひとまず咳払いをしてごまかしておこう。


 こらー! そこ。また騒いでおるな。あのな、電子を放出してその場をごまかすことをそう言うのだ。

 また一つ、賢くなったな、青年。これで明日の電気回路論のテストはバッチリだな。


 なにがー? なにを騒ぐことがある。お前の頭次第でバッチリだと言っただけだぞ。




 ところで腰に巻き付けた布のことを辞典で調べると『スカート』と出てきた。全員が同じチェック柄の布地を纏っておるところを見ると、制服と言うものなのだろう。しかしあれはどうみてもオスを挑発する行為にしか思えないのは。異星人たる我輩の間違った見解だからであろうか。


 あ、いや、そうでもなさそうだ。辞典の欄外に『女子高生は危険な生物』として載っていた。

「そうか、あれが女子高生か……むふふ」


 危険と聞くと無性に興味が湧くもので、我輩は解読不能の言葉を話す女子高生のあとを追うことにした。ストーカーではないからな。別種族の観察なのだ、もっと違う言い方をすれば尾行と呼ぶものである。


 女子高生を追って行くと、数十件の店舗が並んだ地域に入った。これを『商店街』と呼ぶらしい。楽しそうなので明日また調査に来ようと思う。商店街はどこの星でも活気があって電力が豊富なので面白いのである。


 などと浮かれていたので、女子高生の集団を見失ってしまった。

 しかし心配は無用だった。同じ集団、それもオスやメスが混ざり合った大集団が同じ道をやって来るのが見えた。


「なるほど。発生源はあそこか……」

 商店街の一角にそびえていた大きな建物のケーブルを伝い、屋上に設置されていた巨大な照明装置へ駆け上がり、そこから見下ろしたところ、ここから数百メートル離れた場所に『桜園田東高校』という教育施設があるのを発見。その中から高校生が大量発生しておったのである。


 どの生徒も、我輩が今まで習ったすべての言語に当てはまらない謎の語彙を使っていた。

 しばし黙考することコンマ5秒。


「そういうことなのだ」


 連中は小学生よりあきらかに成長しており、しかも謎の言語を話す。つまりここは地球外生物からの侵略を守る人材を育成する特殊訓練校なのだ。それぞれに語る言葉が意味不明なのは当然である。暗号化されているのだ。


「恐るべし地球人め……新たな戦略を編み出したな」


 宇宙で進化したほとんどの星では、そのような自衛行為をするのは当たり前なのである。そうなるとここも宇宙的文明開化が間近なのであろうが、観察すればするほど首をかしげてしまう。


 オスは奇声を放ち、同性同士でグループになって乱暴な行動を取り、メスは妙に短い衣服を翻しながら、高速で理解不能な言語を吐き出す姿は、どう見ても知能が低そうに見えるのだが――。


 いやいや、これが敵をあざむく演技なのだ。帰ったらやはり地球には近づくな、と友人に語っておこう。ま、どちらにしても我輩みたいな地球外生物はここに近づかないほうがよさそうだ。


 有機生命体には何の興味も無い我輩だが、それにしても女子高生の制服が何だかとても気になる。あのひらりと風に舞う姿が非常にまぶしい……。


「おぉぉ。危ない。エッチな目で見てたら輪ッパが掛かるとこだった。マジヤバだぜ」

 すでに連中の催眠効果に惑わされかけていた自分に気付く。知らない間に言葉が浸透するとは。地球人めあなどれんな。





 夕方現象が著しく進み、我輩がネグラと決めたトランスの暖かなコンデンサーに戻った時にはすっかり辺りは暗くなり、空には地球の衛星、月が白い姿でぽっかりと浮かび上がっていた。


 人々は営巣地へと帰宅の足を早め、我輩はトランスから顔だけを出して、のんびりとその姿を目で追っていた。

「こんな辺鄙な惑星でも営みというものが存在するのであるな」


 遠く、宇宙の果てで、ツアーからはぐれて独り置き去りになるかもしれない我輩である。観光船が太陽系を離れるまでに宇宙へ戻れるのだろうか。一抹の不安を覚えるのだが、各家庭が照明器具を点け出したからであろう、急激にトランスを流れる電力が高まり、我輩はその心地よい電流の揺らぎに身を任せていた。


「ふぁぁぁ気持ちよいな」

 そうこうしているうちに気だるくなってきた。

「これほど心地よい場所があるのなら、もうここを永住の場所にしてもよいかな……」


 そのうち妙にしんみりしてきた。我輩は一人っきりが嫌いなのだ。誰でもいい。会話がしたいのだ。

「明日の朝一番に、あの松の木の立派な家にお邪魔してみよう。友達になってくれる人がいるかもしれない」

 地球人がどんなものか知らぬが、なんとかやっていけそうな気がした。


続くのだ……。

  

  

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