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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
27/100

24 ホロデッキマトリックスで遊ぼう

  

  

「キャザーンの連中はインターネットから情報を得ていますので、地球にはとても恐ろしいカメムシが存在するというデタラメの情報にすり替えるのです。そしてその恐ろしそうなお化けカメムシをこのホロデッキで拵えて、外から侵入してきたかのように振る舞い、連中に脅威を与えればきっと地球から退散するでしょう」


 マイボは愉しそうに笑った目をキヨ子に向け、

「面白そうな作戦じゃない。まずネット上の情報をでっち上げるのはあたしに任せて、ここのインターネットプロトコルを横からぶんどって偽情報をじゃんじゃん流してやるんだから」

 渾身の悪戯を思いついた腕白坊主(わんぱくぼうず)みたいな口調で声を躍らせた。


「NAOMIさん。カメムシに関する情報だけでいいんですよ。私は今からこのホロデッキシステムを本体から引き剥がす作業を始めます」

 6歳児は暴走しそうな言葉を吐くサイバー犬をたしなめながら、自分の計画を打ち明けると、壁に取り付けられている装置を小さな顎でしゃくった。

「アキラさん。あれを壁から外して三輪車に乗せてください」


「えぇ? どこをどうやって外したらいいのさ。そんなの僕には荷が重いよ」

「男手が足りないのです。そこのスマホには口だけの馬鹿が二人もいますけど、何の役にも立ちそうにありませんし」

『殺生な言い方やなキヨ子はん。ここから出してくれたら何ぼでも手伝いまんがな』

「私はまだあなた方を信用していません。ここで開放して向こう側に付かれたら元も子もなくなります」

 幼児のクセになんと疑り深いのだ。

「慎重なだけです」

 ギラリと光る目玉でスマホを睨んだ。


『ふんっ。勝手にしなはれ』





「う~……んしょ」

 壁の前ではアキラが爪先立ちで装置を外しており、マイボがそれへと黒い鼻先で指示を出していた。

「んーとね。そのケーブルはまだ外したらダメよ。タイミングを見計らって停止させないとシステムエラーが出て司令室で感知されるからね」

「うげぇ重いよ。キヨ子、手伝ってぇぇぇ」


「らん♪ らら~ん♪」

 みたびスピリチュアルインターフェースが止められたキヨコは、向こうで三輪車に乗って遊び呆けておった。


「なぁに? よんだ?」

 ぐるりと回ってアキラの前で三輪車を横付け、無垢な目玉を上げた。

「ちょ、ちょっとマイボ、キヨコを元に戻して。この機械をどうしたらいいのか僕にはわからないよ」

「ごめん。いまカメムシの偽情報を母船のコンピューターキャッシュに流し込んでるところだから手が放せないの」

「え~。しょうがないなぁ。ほら壁から外してきたけれど、これどうしたらいいの、キヨコ?」


「もういっしゅうしてくるから、しばらくおまちくださぁぁい。つぎは~しゅうてんでぇ~す」

「電車ゴッコはあとでしようよ。いま忙しいからさー」

「でんしゃじゃないよ。しバスなの。やまてせんけいゆにおのりのかたは、つぎのバスをごりようくださぁい」

 そう言うとキヨコは格納庫の奥へ向かって三輪車のペダルを踏み込んだ。


「き、キヨコ、重いよぉぉぉ。ねぇぇってばぁ~」


 ガンガラガッシャーン。


「男子たるものが、それぐらいでなんです。ほらそれに載せなさい」

 キヨ子どの手によって三輪車がその足元に投げつけられた。


「痛でででで。乱暴だなぁ……」

 ひっくり返った三輪車を片足で起こして、担ぎ上げていた金属製の装置をよっこらせと載せた青年は片眉をへの字にまげる。

「だいぶはみ出るよ。落ちないかな」

「その辺の不要なケーブルで括ってしまいなさい。ホロデッキが作動すれば、映像で作ったキャビネットに設置しますからそれまでの辛抱です」


「ひぃぃぃ、人使いが荒いなぁ、キヨ子は」

「文句言ってないで、さっさと働くのです。それが夫の務めというものでしょ」

「僕は恭子ちゃんと一緒になるの」

 と言っておいてからアキラは頬を染めた。何を思案中か知らないが、バカな子である。


「くだらないこと言ってないで、ちゃんと持ちなさい」

 キヨ子は相手にせず、アキラに背中を向けて作業中のマイボに声をかける。

「NAOMIさん。解析結果とホロデッキの操作方法をインポートしてくださる?」

「いいけど、さすがにこれは複雑よ」


 地球製ではない装置は見るからに複雑そうで、それを利用してオリジナルの映像を作り出すには、相当な知識が必要だと思われる。しかも早急にである。


『そりゃ無理やわ。インテリ詐欺集団の使う機械でっせ。いくらおまはんが賢いゆうても、今初めて見て、すぐにほなやりマ、てなわけにはいきまへんで』

 諦めの境地で言うギアにキヨ子は鼻を鳴らす。

「私とNAOMIさんに不可能と言うセリフはありません」

 だがロボット犬も人工の首を振った。

「それがさ、さすがにこれはちょっと複雑なんだわ。いくらスピリチュアルインターフェースで繋がっていても情報量が膨大なの。時間が掛かりそうよ」


「でもあなたにはそれができたのでしょ?」

「そりゃ、あたしの頭脳は量子処理できるからさ……」

「それなら簡単な話。スピリチュアルインターフェースをオーバーライドなさい」

 キヨ子の言葉にサイバー犬は目を見開き、

「あそっか。その手があったわね。さっすがキヨ子さん」

 この会話は間違ってもイヌと子供のそれではない。


「オーバーライドって?」

 そうアキラが訊くのは当然である。我輩にもチンプンカンプンなのである。

「もとある機能に拡張処理を付け加える、オブジェクト指向型プログラムミング技法のひとつです」

「……もっと意味が解からないよ」


「帰ったらゆっくり説明します。今は時間がありません。それよりNAOMIさん、オーバーライドしてください。私は一向にかまいません」


「オッケー」

 マイボが一歩さがって尻尾を振った。


 瞬間、キヨ子のおかっぱ頭が爆発。髪の毛が総立ちになるものの、ゆっくりと収まり……。

「刺激的ですわ」

 どんぐり目玉をクルリと廻してキラリと輝かせた。

「だ、大丈夫?」

 心配そうに覗き込むアキラ。


「爽快です。生まれて6年、こんなに爽快な気分は初めてです」

「僕なんて生まれて17年、一度もそんな気分、味わったこと無いよ」

 そうであろうな。いつもどんより曇っておるからな。


 じゅうぶんな睡眠時間を取ったキャリアウーマンみたいな小学一年生は、壁の装置に向かうと両手を使って複雑に並ぶコントローラーの調整を始めた。その後ろ姿はNASA国際宇宙センターのオペレーションルームを一人で操つるにも匹敵する動きであった。


 しかしその手がパタと止まり、

「このホロデッキを動かすだけのパワーがこの部屋にはありません」

 初めて不安げにマイボを見つめるキヨ子。小学一年生、6歳と2ヶ月。


「母船からちょろまかせば?」

 中学生と変わらない口調で会話をするロボット犬に、

「母船からホロデッキコントロールを切り離さなければ、インスタンス化したカメムシのオブジェクトをこの部屋から出すことができません。でもそうするとパワーコンジットに電力が足りません」

 幼女は悲しそうに瞳を曇らせた。


「なにを気落ちしてるのよ、キヨ子さんらしくもないじゃない。そういうときはあたしに任せて」

「どうするのです?」

「非常用パワーならここにあるわ」

 妖しい光を帯びたレンズ付きの瞳で我輩たちを見つめるNAOMIさん。

『ちょっと、待ってほしいのだ』

『な、なんやねん……』

 ギアもたじろぎ、微妙に声を震わせる。まさか――。


「ここに2匹の電磁生命体がパワーを持て余してるわよ」

『なんやて!』

『スマホの中に2人で入り込むために電荷を相当減らしておるのだ。無茶を言わんでください』

「補給できればいいんでしょ?」

『まぁそりゃ……それができればよろしおまっせ』

 キヨ子も明るい顔色に戻り、

「母船から電力を吸い取り、このホロデッキの外部電源となれば好都合です。問題が一挙に解決します」

『いやいやいや。ワテらをバッテリー代わりにする気でっか。あかんでっ! いやや。お断りや!』

「恩義に報いる気は無いのですか。これまで我が家の電気を無断で吸い上げておきながら……。迷い犬でさえ一宿一飯の恩を覚えるものです」


『プライドが……』


「女性の裸体に照明を当てて喜ぶような下劣な者にプライドなどありません」

『そない簡単に全否定されたら……おーじょうしまっせ』

『そうです、キヨ子どの。キャザーンの電力など我輩たちの体に合わないかもしれない』


「アキラさん。スマホの裏ブタを開けてバッテリー端子を格納庫の金属面に当てなさい」

『うわぁぁおぉぅ。やめてくれ。そんなことをしたらショートして我輩たちは瞬時に消えてしまう。って! こらアキラ、フタを外すんじゃない!』


 マイボはニヤニヤしているし、キヨ子もやめさせる気配が無い。

 先に折れたのはギアであった。

『わかりましたがな。こうなったら協力しまんがな。成功せぇへんかったらさっきのアンドロイドのバッテリー代わりになる身ぃや。ストリップの照明以外にこの体を使いたないねん』


 どこまでもスケベ心を忘れないヤツである。


『おまはんかってロボットの乾電池代わりになるんは嫌ややろ?』

『そりゃそうだが……』

『ほな、やるしかないデ』

『…………』

 こんな奴に諭されるのが嫌なのだ。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「準備できたよー」

 マイボの指示で、無造作に(めく)られた格納庫の壁。その奥に腕を突っ込み半身を捻って合図を送るアキラ。手にはスマホが握られ、電源端子が母船の電力ケーブルに添えられていた。

「それだけ近づければ誘導起電力で電荷を吸い取れるでしょ?」

 嫣然と微笑み、壁の奥に鼻先を突っ込んで我輩たちに告げるマイボであったが、やろうとしていることはコソ泥と同じである。


 そのあいだにキヨ子はカメムシの3Dデータを入力し終えたようで、満足げにうなずき、

「あとはこのオブジェクトを上手く操縦すれば、相当なダメージを連中に与えられますわ」

 壁の中に手を突っ込んだままこちらに振り返っているアキラの目を意味ありげにじっと見た。


「えー? 僕が操縦するの?」


 溜め息混じりにキヨ子が首を横に振る。

「まさか。あなたにはムリです。操作は私がやります。あなたはその三輪車を指示に合わせて移動させればいいだけです」

「移動?」

「まだコントロールが難しく、自力では歩けません。私が足踏みをさせますから、あなたが前進させるのです」

「重そうだね」

 三輪車には大きな円柱形の物体が(くく)り付けられていた。

「それがホログラムの投影エミッターよ」

 とマイボは説明するが、だからなんだと言うのか、よく解らない。たぶんここから3D映像を映すのであろう。それぐらい漠然としたことしか伝わってこないが、やっぱりこいつらタダ者ではない。


「こっちのコントロールパネルを使ってあたしが母船の情報網を翻弄させるの。そしてキヨ子さんがカメムシオブジェクトをホロデッキコントローラから操作するから、アキラさんはエミッターを言われたとおりに動かせばいいだけ」

「どこまで動かすの?」

「司令室までよ」

「ひとりで?」

「外部電源と一緒だから安心なさい」

『ワテらもでっか!』

 うるさいな。充電(食事)の最中に耳元で大声を出すのではない。

『すんまへん。……そやけど、なんでワテらまでが前線に繰り出されまんねん』

 兵士みたいに言うな。


「エミッターの電源はあなたたちだし、その三輪車は人力で押さないと動かないでしょ」

 サイバー犬は優しげに、かついけしゃあしゃあと言いのけるが、

「ゴアたちは小さいからいいけどさ。僕なんか丸見えじゃないか。あの怖い女の人に見つかるよぉ」

「カメムシのホロ映像の後ろになるから見えないと思いますわ」


「でも見つかったらマズイって。だいたい僕たちがここに侵入しているとは思ってないもの」

「そっか。バレたら元もこもないわね」

「だろ。そんなのやだよ」


「いろいろとうるさい人ですわね」

「そういう問題じゃないって」


 眉根を寄せるキヨ子。壁の中に腕を突っ込んでいる男子高校生に向かって面倒くさそうに答える。

「わかりました。背景画も作って差しあげます。こことまったく同じ光景をエミッターの後ろに投影すれば、あなたはそこにはいないのも同じになります。向こうからは作られたここの景色を見ることになりますから安心なさい」

 といっておいてから、ひと言付け足した。

「ただし、誰かに後ろへ回り込まれたら、映像だというのがバレますから……。そこはあなたがなんとかなさい」


「えぇ~」

 不服そうに口を尖らせるアキラだが、そんな重要な役割をこの子に任せて大丈夫であるか?


「おっけー。コッチも準備完了よー」

 マイボも制御盤から離れて、たたたと戻って来る。着々と事は進んでいるのだが、あの天下のキャザーンがこんな子供騙しに引っ掛かるであろうか? 騙すことに関してはあちらのほうが上のはずだ。

 と訴える我輩の懸念に対してキヨ子はこう言い切った。

「自分の船の中にいて油断していますし、地球人を舐めきっていますから問題ありません」


『その自信はどこから湧いてくるのだろ?』


 キヨ子は我輩の独白を無視するとクルリと半身を向けて指差す。

「ここですわ」

 人差し指でサラサラのおかっぱ頭をつんつんと突っついた。

『ほんまかいな……』

 訝しげに見るギアではあったが。キヨ子とマイボの目は自信に満ちた光を帯びていた。


「恭子ちゃんは晩御飯食べてるだろうな」

 この子は愛しい女子を恋い慕っているのか、腹がへっているのか、どっちなんだ?

「はぁ……帰ったら宿題しなきゃ……」

『やっぱ。こいつは大物のアホでんな』

 壁の中にスマホを突っ込んで気落ちしているアキラ。それへと向かってつぶやくギアであるが、彼の言葉に反論できない。我輩は肩をすくめると、電力ケーブルから電荷を吸い上げることに集中した。


「NAOMIさん。連中の様子はいかがです? 起動のタイミングを計りたいので映像化していただけます?」

 そんな声をアキラの握るスマホの中から聞いていると、

「手がだるいよ。もういいだろゴア?」

 何事に対してもすぐに辛抱が切れるゆとり世代の高校生である。


『それじゃあ、もうよいぞ』


 電荷をもうひと吸いしてから、我輩たちはキヨ子の(もと)へと戻った。ちょうど腹八分目だ。これ以上詰め込みすぎるとスマホがぶっ壊れる可能性がある。

  

  

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