23 騙されたギア
「でさ。こんな宇宙まで来ちゃって……。これからどうすんの? 僕、あした日直なんだよな」
『まだゆうてまんのか。キャザーンの攻撃が始まったら学校なんてのうなりまっせ』
「え? うほほほ」
能天気なアキラは嬉しそうに顔をほころばせておるが、
「どうしようっか、キヨ子さん」
NAOMIさんは不安げに首をねじって、そのイヌの顔を6歳児に向けた。
「毒を以って毒を制するのです」
相変わらずキヨ子は自信満々で、かつ毅然と答える。
「は?」
アキラには理解できないようだ。
「連中のホロデッキを利用して、こちらから逆に奇襲をかければいいのです」
「宇宙人製の機械をどうやってコントロールするのさ」
「基本は量子コンピュータだということです。ならば、NAOMIさんとさほど変わらないと思いますわ」
キヨ子は周りを見渡しながら
「この辺を踏まえて、もう一度詳しいスキャンをお願いできます?」
「いいけど、またスピリチュアルインターフェースを止めるわよ」
「あ、いや、あの……」
言いよどむアキラを無視してマイボは尻尾を振った。
「――――――」
「ねぇ、おにちゃん。おすなであそぼ」
「えぇー」
無邪気な6歳児に駆け寄られてアキラは逃げ腰である。
「もう砂遊びはやめようよ。あとがたいへんだからさ。それより、ほら宇宙でも見ない。おいで青いのが地球だよ。キヨコのお家が見えるかな?」
窓際へ連れて行き漆黒の闇を指差した。まるで水族館にやって来た年の離れた兄妹のようである。
「ママいるかな? あー。ウミだ。きれいねぇ」
「きれいだねぇ……。あぁあ。これが恭子ちゃんとだったらなぁ」
「キヨコおなかへったー。プリンないかな?」
物怖じしない子であるな。未知の生命体が操る宇宙船に忍び込んだというシチュエーションは相当にヤバイ状況なのだが。
「そうだね。僕もお腹減ってきたな。食堂でも探そうか」
おいおいここは博物館でも遊園地でもないぞ……。
こいつら遊び半分なのであるな。まったくもって信じられん。
『ワテラもそろそろエネルギーの補給したいでんな。なあ? ゴア。腹へってまへんか?』
『………………』
もうひとり脳天気なヤツがいたのをすっかり忘れておった。
ホロデッキの構造を解析するマイボ。格納庫の中をぱたぱたと小走りで移動しては鼻をスンスン。ビーグル犬特有の大きな黒い耳をパタパタ。たまに壁に貼り付けられた複雑そうな操作パネルを凝視して、また次の装置へ移動して仰ぎ見る。そんな行動を繰り返していた。
やがて納得した風に大きくうなずいて、尻尾をフリフリ戻って来た。
「おまたせぇ」
同時に6歳児の視線が尖る。
「いかがです?」
キヨ子の口調は舌足らずな幼女から、居丈高でいて冷然とした成人女性に変わる。マイボはそれをこともなげに受け入れると、隔壁を支えにして後ろ足で立ち上がり、鼻先で天井を示した。
「ほら、上に映像エミッターが設置されてるでしょ」
「コントロールは?」
「解読したわ。おまかせちょうだい、キヨ子さん。それより朗報があるの」
このコンビを見ていると、宇宙一インテリジェントなサギ集団よりランクが上に見えてくるのが逆に怖い。
『おまはんビビりやからな。宇宙は刺激に満ちてまんのや、こんなことでいちいち気にしていたらやってられまへんデ』
『お前は知らないから、そんなのんびりしていられるんだ。この二人は必ず派手なことをやらかすはずだ』
そう感じるのは我輩の気のせいであることを祈る。
『なにゆうてまんねん。ここまできたらこの人らに任せまひょ。それよりワテの頼みを途中で投げ出したキャザーンをぎゃふんと言わしたい気分なんや』
『逆にこっちがぎゃふんと言わされたらどうする。我輩は発電所送りで、お前は死ぬまでステージに上がらされるぞ』
『そりゃ本望でんな。ワテはステージが好きでっからな』
『好きって……。いったい舞台で何をやるんだ? そうか漫才だな。我輩を相方にしてくれないか。発電所送りよりマシだ』
『アホッ! 漫才を馬鹿にしてまんのか。高度な話術と笑いのセンスが無いと無理なんや。それと客席の空気を読んで微妙にネタを替える技量も必要なんや。おまはん、そんなことを瞬間に判断できまっか? ワテにはできひん』
『そんなに難しいのか。ではお前は舞台で何をやらされるんだ?』
ギアは少し照れたように我輩に顔を向ける――スマホの中で実体化しているわけではないのだが、地球人にわかりやすく説明すると――顔を向けた、になる。
『……照明係や』
『それでは舞台に上がる、ではないだろ』
『ステージのさらに上にあがってまんがな』
と言ってから、えらく自信に満ちた声で、
『ワテはな。ストリップの照明させたら天下一品なんや』
あ――、頭が痛い。
こいつは、趣味が実益を兼ねた奴だと言うのを忘れていた。
くだらない会話をスマホの中で繰り返す外では、腰に両手を当てたキヨ子がビーグル犬に平たい胸を突き出していた。
「朗報とは?」
「ここの連中。インターネットプロトコルを利用してるのよ」
「どういうことです?」
「地球を調べるのにインターネットと母船のコンピュータを繋いでいるわ」
「それでいろいろ詳しいのですね。ナスカ平原とか平気で口にするはずです。それにしても、どこの宇宙人もちゃっかりしてますわね」
ぎろりと尖った視線でキヨ子がスマホを睨んだ。
『そんな怖い目で我輩を見つめないで欲しいのだ』
だいたい、その惑星の文化を詳しく知ろうとしたら、インターネットは最高の媒体なのである。そんなことを言うのなら、今後宇宙人フィルターでも設けてもらうしかないのである。
「でもさ。宇宙人たちにも利用されるなんて、インターネットもすごいね」
アキラから視線を外した6歳児は、キラリと瞳の奥を煌かせてマイボと見つめ合った。
「まぁそれはそれで好都合です。NAOMIさんの最も得意とする分野ですからね」
「そっ。だって……あたし、もう連中のシステムに侵入しちゃったもんね」
嬉しそうに言うロボット犬。そんな簡単にキャザーンのシステムへ侵入したのか?
『うそであろう?』
地球人は知らないかもしれないが、キャザーンといえばこの銀河ではそこそこの技術力を持っておるはずである。
マイボは我輩に向かって犬面をうなずかせる。
「地球人をなめてるからセキュリティが甘いのよ。あたしを馬鹿にしたらひどい目に遭わしてやるんだから。いい? 今から通信回線を通して、指令室の様子をここのホロデッキで映像化してあげるからね」
「そんなことできるの?」
目を丸めるアキラにマイボはこくりと顎を動かした。
羽音のような低い唸り音とともに室内の一角に霧がかかるが、すぐに鮮明な画像となって現れた。
「あっ。あの女の人だ」
「クララ・グランバードですわ」
まるで本人が目の前にいるようであった。
「すごい。これがホロ映像っていうの? ここにいるみたい」
彼女はボンデージファッションから、スクール水着風のぴったりとボディにフィットした長袖ワンピース型の服装をしており、下半身はどうみてもハイレグの水着風である。
「宇宙人って昔からこんな格好してるよね」
初めて宇宙人と会ったはずなのに、何を根拠にアキラはそう言い切れるのであろう。
「だって漫画とかで見る女の宇宙人はだいたいこんな格好だよ」
古い映像を見ておるなこの子。どちらにしても、女の宇宙人が今も昔もやけに色っぽいのはどういうわけであるか?
『そうでもないで』
『そうかな?』
『ヒューマノイド型から外れると途端に気持ち悪ぅなるやんか。不気味な体液を全身から垂らしたトカゲ風になったりとか。な? キショイやろ』
『なるほど……』
とか言い合っていると、好奇な目をして周りをうろついていたアキラがそっとクララに近づいた。
「すごいな。本当に映像なの?」
妖しく光る白い腕に触れた途端、感電したように手を引っ込めた。
「柔らかい。本物だよ。本物の女の人だ!」
こちらに向けた驚きの眼差しは人生最高潮の輝きであるのは、コイツの本能が目覚めたからに違いない。
クララは腕を触られたことに気づく様子は無い。実体は別の部屋にあり誰かと会話中なのだ。ここで艶かしいボディを曝け出す女は、ただの立体映像である。
「すっごいなぁ」
不埒な目線で執拗に近づこうとするアキラをキヨ子が強く制する。
「あなた、くだらないことを考えてますね。それ以上触れるなら容赦しませんよ」
「か、考えてないよ。怖いなキヨ子は……」
胸の辺りに手を伸ばしかけたアキラが、びくりとしてそこから飛び退き、その前では女王クララが小柄な男たちに背を向けていた。
男たちは3人。それぞれに同じ背丈で同じ灰色の貫頭衣を着て、全員がフードを被っておるため、顔つきまでは判別できないが、その前でクララが尊大に構えて何か吠えるところを見ると、連中は部下だとと思われた。
「なんて言ってるんだろね?」
アキラが告げ、マイボがうなずく。
「そうね。音声も出すわ」
すぐに高圧的な性格を反映させた口調で話す声が格納庫を響き渡った。
《あの小賢しいクソガキのおかげで、危なくばれるところだったぞ。誰だ、地球人はホロデッキ技術を持っていないと報告したのは?》
《はっ。ワタクシめでございます》
クララの後ろでたたずんでいた3人の男のうち、真ん中の男が一歩前に出た。加えてクララが振り返る。何とも美しいカーブを描いたプリケツがこちらに向き……あ、いや。ゴホン。
キヨ子どののナイフみたいな視線がアキラとその手に握り締められたスマホに注がれた。
「……っ!」
急いで視線を逸らしたアキラの前で、貫頭衣の男が恭しく一礼すると、クララに向かって金属ぽい声を上げる。
《連中のインターネットとかいう貧弱な情報網を隅から隅まで調べた結果でございます。地球ではホロデッキ技術どころか、3D映像でさえそれほどのものではありません。似非立体画像でございます》
《ではあのガキが言っていたことは、ホラ話が偶然一致しただけか。それにしてもおかしなロボット犬もいたぞ》
何かを思い出したようにクララは男たちに再び背を見せた。つまり我輩たちのほうへと端正な面立ちを向けたのである。
咄嗟にアキラはキヨ子の後ろに隠れようとしたが、目の前の女はただの映像だということを思い出し、照れながら元の位置に戻った。
《あのガキはロボット犬とスピリチュアルインターフェースで繋がっておると申しておったぞ》
男が柔らかそうな長衣をなびかせて頭を振る。
《そんな技術、理論もまったく考え出されていないはずです。この星ではブレインマシンインターフェース(BMI)の初期段階でございます。でたらめな話を絵にして動かす紙芝居の見すぎでしょう》
その意見を聞いて、隣の男が起動したロボットにも似た動きでふいっと体を旋回。フードごとクララと対話している男の顔を覗き込んだ。
《お主。分析が甘い。それは紙芝居ではない。アニメと呼ばれるものだ》
3人目の男も長衣の先をフルフルと揺らし、
《そうなのか。でもあれはなかなか興味深い映像だった。けっこう可愛い女の子が活躍するのがたまらん》
深々と被ったフードの奥で不気味な光を放つ瞳をこちらに滑らせた。
こいつ、早くもアニオタと化しておる。かく言う我輩もすぐに犯されたからな。
日本のアニメはある意味恐ろしいのである。すでに全世界に浸透しておるし。新しい文化として歴史を刻むであろうな。
《もうよい。夢物語に陶酔しているヤツらは放っておけ……それより参謀。何故に地球人はカメムシをああも毛嫌いするのだ?》
右端の男が一礼して前に出、真ん中の男が元の場所へ戻る。
《それに関しましても現在インターネットを調査中でして。確かにキャザーンの旗章の絵とカメムシが酷似しております。なので我がホロ映像軍のデザインが似てくるのも致し方ございません。これは偶然だと考えておりますが……とにかくもう一度調べてみます》
《そうしてくれ。住民のあの嫌悪する表情はふつうではない気がするのだ》
《ははっ……》
重々しい溜め息を落とす我輩の前でフードの男達が頭を下げる。かしこまった態度で数歩後ろに引き、クララは遠い目をしてつぶやいた。
《しかし……偶然とは恐ろしいのう……》
「NAOMIさん、もう結構です。だいたい把握できました」
「ちょっと待って、まだ何か言ってるわ」
映像を切らそうとしたキヨ子の言葉遮ってマイボの耳がパタパタした。
再び一人の男が進言。
《いやいや……偶然も運のうちと申します。これもあなた様の功徳のなせる業でございます》
続いて隣の男が疑問を浮かべる。
《されど陛下。本当にこの惑星がババ様の申されたあの奇跡の惑星で間違いございませんか?》
《ああ。ババ様の故郷で間違いない。わが母君も一度は訪れたい惑星だと今際の際まで懇願しておった水惑星なのだ。上陸して直感したぞ。こんな美しい星はない。あの電磁生命体の通信が無ければ、まだ探索は続いていただろうな。ある意味あいつらには感謝しないければならぬな》
《さようでございますか。確かにこれだけの海を湛えた惑星は珍しゅうございますからな》
キヨ子どのとNAOMIさんの視線がゆっくりと我輩たちの入るスマホに向けられた。
「どいうことよ。大阪弁のあんた」
厳しい声で、まるで叱責するかようなNAOMIさんにギアはビビりつつ、
『い。いや。何のことかわからへんって。ワテはマジで救助専門の周波数やと聞いたんや』
『おまえこの期に及んでウソを吐いていたら、我輩も許さんぞ』
向こうの会話はまだ続く。
《まぁ。慌てなくとも惑星は逃げも隠れもせぬ。それに地球人の武力は我々と比べたらオモチャだ。あんなのはすぐに制圧できる》
《はっ。では制圧した後ですが、電磁生命体の処分はいかように?》
《決まっておろう。お前らのエネルギーに使えばよい。数百年は贅沢ができるぞ》
《これは女王陛下。嬉しいお言葉を頂戴し感泣至極でございます》
3人の男たちは恭しく頭を下げた。
『こいつらアンドロイドなんや。そのエネルギーにワテの大事な電力を吸い取る気ぃなんや』
「そう言えば3人とも同じ顔してるよ」
アキラの言うとおりフード付きの貫頭衣の男たちはよく見るとまったく同じ顔立ちと背丈だった。それから気づいたが、声音までもそっくりなのだ。
「だいたい把握できましたわね。もう結構です、NAOMIさん」
ぶーんと唸る低い音を立てて我輩たちの前からクララたちが消え、もとの閑散とした格納庫の景色が広がった。
「つまり連中も地球を探していたわけか。で近道を知らせたのが、あんたたちなのね」
『ちょっと待ってほしい、NAOMIさん。我輩は関係ないのである。こらギア! 何とか申せ』
『いや……めっちゃショック受けてまんねんで。どうりですんなり受理されたわけや』
『我輩もおかしいと思っておったのだ。あのキャザーンがこんな奴の話を聞くはず無いのだ』
「どちらにしても、遅かれ早かれ連中が地球にやって来るのは必然だったわけですね」
組んでいた腕をほどいたキヨ子どの視線は、黒い宇宙空間に浮かぶ蒼い水宮の星を見つめておった。
『このバカがそれを早めただけであるな』
『面目おまへん……』
「ババ様の故郷って言ってたよ。だったら地球人じゃん」
『それはおかしいデ。クララはデュノビラ星人でっせ』
「そうよね。地球人の目の色はあんふうには変わらないわ。でもさ、これはえらいことになってきたわよ。どうする? キヨ子さん」
振り返るマイボに向かって、キヨ子どのは明るい表情で応える。
「カメムシをを利用しましょう」
「カメムシを?」
何を根拠にそんなキーワードを?
我輩が大きく首をかしげたのは言うまでも無い。




