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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
23/100

20 またまたキャザーン参上

  

  

 その日の午後。ギアの言葉が真実となった。


「キヨ子さん。さっきのビーコンと同じ周波数の信号をキャッチしたわ」

 毎週日曜日はキヨ子の家庭教師のバイトをしている恭子ちゃんは、緑川家でお勉強の真っ最中だったのだが、マイボの呼び出しでキヨ子と共に再びアキラの家へ戻ってきた。


 北野家の門をくぐりながらキヨ子の怒鳴る声が響く。

「どうして我が家があなたに家庭教師代を払った上に、私があなたに勉強を教えなければいけないのです。それでは丸損ではありませんか」

「ごめんなさい。何かで埋め合わせします。だってキヨ子先生のほうが知識豊富なんですもの」


 どうやらマイボがガキモードに戻し忘れていたらしく、恭子ちゃんは反対に高校の勉強を見てもらっていたようだった。

 しかも学校の教師よりも詳しく、かつ神がかった指導をするので、恭子ちゃん的には二度美味しいのである。


「あそうだ。またモロゾフフのプリンを買ってきますから」

「モロゾフフの……? まあ、それならいいでしょ」

 食べ物に釣られるのが、このスーパー幼女の最大の欠点でもある。


「で? また例のビーコンをキャッチしたんですって?」

「そうなの。それもまたあの公園よ。どうする?」

 イヌの顔をかしげるマイボにギアは言う。

『そりゃ行きまひょうや。ワテらを救助しに来てくれてまんねんで』

『我輩はキャザーンに就職する気はこれっぽっちも無いぞ』

『とにかく宇宙へ戻ってから、ゆっくり逃げ出す計画を立てたらええねん』


「あの女の人、何かを貰うって言ってなかった?」のんびりと言うアキラ。

「そのとおり。大阪弁の宇宙人は私たちにもっと詳しく説明すべきです。でないと公園に行く前に、北野家の池に放り込みますよ」

『うわわわ。それなら我輩だけを外に出してくれないか?』

「今となってはあなたも同類です。信用するわけに参りません」


『ほらみろ、お前のせいだ』

『知りまへんがな』


「あなたは何と引き換えに救助を要請したのですか? あの様子だとボランティアだとは思えません」

 ギアは言いにくそうに説明する。

『連中の見世物小屋で、ワンステージ5000円の取っ払いで契約しましてん』

 こいつは話しの最も根となる部分を省略しやがった。地球と引き換えだという部分をな。


「あなたは見世物小屋から逃げて来たんでしょ? 何でまた戻るの?」

『前んとこはワンステージ2500円やったんや。キャザーンやったらその倍くれるっちゅうから……』

「たったの2500円であなたは自分を売ったのですか」

 呆れるキヨ子たちに言い聞かすように、

『ただの2500円ちゃうで。ワンステージ、2500円アップなんや。結構エエ条件でっせ』


 開いた口が塞がらないのだ。


『我輩は断固拒否する。見世物小屋で働くぐらいなら、この地球で骨を(うず)めたほうがいい』

『骨なんかあらへんくせに……』


「宇宙の鼻つまみ者が電磁生命体を見世物小屋にスカウトするだけで、遠い地球まで遠征して来るものなのでしょうか?」

『電磁性生命体は長寿命で電力を供給できまっから、小屋以外にも使い道がおますんや』

 尋ねた恭子ちゃんに本当のことを話したかったのだが、またもやギアが先に口を挟んでしまった。


「あの女、軍団とか言ってましたが、相手はどれほどの技術力があるのです?」

「そうだよ。下手をすれば宇宙戦争になるよ」

『アキラが言うとなんだか古臭いな』

「言い方は古臭くても、ドンパチが始まったらマズイわね」

 NAOMIさんもえらく古風な物の言いを……。


「警察に通報したほうがいいんじゃないですか?」

 長い黒髪を振って尋ねる恭子ちゃんに、キヨ子がぽつりと言う。

乳刑事(チチデカ)の登場ですわ」


『あんまり面白くないな……』


『うあぁはっはっはははーーー。おもろい! うははははは。こんなおもろいモン。すべらん話以来や』

「本気ですか?」


『うはっはっは~~~~。おもろいがな。乳デカとデカ(刑事)でっか……。あははは~。『デカでっか?』やって。 ぎゃはははは~は、腹がよじれまっせ~~』


『こいつは、どんな笑いのセンスをしているんだ?』

「……………………」

 誰も笑っていなかった。



 ――で、

 結局、得体が知れるまでは通報は待とうとなり、我輩たちは再び公園へと向かった。


 思っていたとおり人だかりができていた。

 頭痛でもするのかのようにキヨ子たち3名はそろって額を手で押さえたが、ギアは得意げに言う。

『こんどは大丈夫やがな。ほらそこらにもいっぱい走ってまっせ。ほら今も後ろを通過したやろ。う~ん。さすがキャザーンの擬装技術は完璧やな』


「今度は軽トラですか……」


 力の無い声を漏らすキヨ子。

「それもまたあの場所に……」


 砂場に置かれた軽トラのドアが開き、今朝交番にしょっ引かれたはずのクララ・グランバードが出てきた。


「どうだこの完璧な擬装。どこからどう見てもそこらを走っておる乗り物と瓜二つであろう?」

 バンッ、と安っぽい音を出してドアを閉めた。確かにその響きからしても完璧な軽トラではあるが……。


「さぁ。早くしろ」

 クララはボンデージファンションの上から、どこで貰ったのか、あるいは拾ったのか、小汚い緑のジャージを羽織っていた。

『恐怖のクイーンが情けない姿でんな』

「そうなのか? あの警官とかいう役人が献上してくれたのだぞ。地球での一般的な衣服だと言っておったがな」


「間違ってはいないけど……。ファスナーが壊れて閉まらなくなっていますよ」

 気の毒そうに指差す恭子ちゃんを、じろりと一瞥するクララ・グランバード。

「ほぉ。地球にはこんなオンナもいるのか。これは儲けたな。高く売れるぞ」

『ほうでっしゃろ。掘り出しもんでっせ。そやからワンステージのギャラもうちょい上げてくれまへんか?』


「恭子ちゃんをオマケみたいに言わないでよ」

 クララはアキラのほうを見て露骨に嫌な顔をした。

「こいつも付いてくるのか……。うむ、差し引きトータルでマイナスだ。ギャラを下げるぞ」

『そんな殺生な。分かりましたそのままでよろしおますワ』


 このバカはくだらない駆け引きをしているし……それよりも日本人の危機管理は地に落ちてるな。今まさに目の前で地球が売られようとする真っ最中だというのに、のんびり砂場の軽トラを眺めておる場合ではなかろうに。


 そこへ再びあの警官がやって来た。どいつもこいつものんびりしておるが、地球の危機は今やこの一人の警察官の手に掛かっておるのである。


「またあんたか……」

 溜め息を吐きつつ、顎をしゃくって軽トラを示し、

「園内は特別な許可を受けた車以外は進入禁止なんだぜ。あんた知らないの?」

「今回は例外だ。何せワタシは救助にやって来たんだからな」

「じゃ。許可証見せてよ」


「この星ではなんでもそれだな。だが安心しろ、ワタシは持っておらぬ」


 堂々と胸を張るクララに、警官がまたもや眉をひそめる。

「それじゃぁしょうがない。またちょっと来てくれる?」

「どうだ。またあの美味いのを馳走してくれぬか?」


 警官は期待に瞳を輝かせるクイーンを呆けた眼差しで見て、

「カツ丼かい? そりゃいいけど。あんたよほど貧しいんだな」

「いや。アレは美味いぞ。おそらくこの星系で一番であろう」

「そうかい。じゃこっち来てくれる」

 そう言って、後ろに命じる。

「はい。レッカーしちゃって。うん交番の前でいい」

 警察官は園内に入ってきたレッカー車の運ちゃんに指示を出し、クララは我々に首を捻って手を大きく振った。

「ちょっと馳走になってくる。ビジネスの話はその後にしよう」

「なに、あんた仕事してんの? そんな格好してどこで働いてるの?」


 レッカー車がやって来て砂場から軽トラックを引き上げ、ついでにクイーンもしょっ引かれて行った。





 その日の夕方――。


「あーん、どうしよ。またビーコンの信号をキャッチしちゃったわ」

 迷惑メールを受信したみたいな声を出して、NAOMIさんが鼻先をもたげた。


「呼んだのはこちらですし、行くしかないでしょ」

 面倒臭そうにマイボと腰を伸ばすキヨ子。


「恭子ちゃん帰っちゃったよ。どうしよう、もう一度呼ぼうか?」

「デカ子は放っておきなさい。いないほうが清々します」

 キヨ子は仏頂面のまま胸ポケットから取り出したスマホに問いかける。

「ちょっと、大阪弁の宇宙人さん」


『なんでっか?』

「さっさとUFOに乗って帰ってくれません?」

『UFOって、なんや安っぽい言い方やな。あれは母船から発進してきたシャトルクラフトや。クイーン自ら赴いてまんのや。奴ら本気でっせ』

「あの衣装……とても宇宙人には見えませんわ」

『あれが制服なんや。いやそれより、ワテかて早よ宇宙に戻りたいねん。せやのにすぐに日本の警察が連行してまうんや。どないなってまんねん。ほんま余計なお世話やっちゅうねん』


「行動が怪しすぎるのです。どこが擬装なんです。どこから見てもバレバレじゃないですか」

『ほうでっか? ワテには区別つきまへんけどな……』

 路地ひとつ向こうの公園までは数分で到着する。ふたりが言い合っているあいだにイチョウ並木が見えてきた。



「あのさぁ……。今度はあれみたいよ……」

 言いにくそうにマイボが鼻先で指すその向こうには例の砂場。そして赤い三輪車がひとつ。

「やっと、まともになってきたね」とアキラ。

「どうしても砂場でないといけないのですか?」


『キャザーンの本拠地は砂漠の星におますからな』


「それにしても三輪車って……あんなので宇宙を飛べるの?」

『さぁー。なんせ宇宙でっからなぁ。何でもありでっしゃろ』


「でたらめにもホドがありますわ。ほんとバカみたい」


 鼻で笑うキヨ子の前に人影が。

「我らキャザーンがデタラメだと申すのか!」


「出たぁぁぁぁっ!」

 派手に飛び上がるアキラに、

「ひとを幽霊みたいに言うでない」

 どこから現れたのか分からないが、クララは小汚いジャージをグラマラスなボディの割りにほっそりとした肩に羽織り、黒いビキニは大いなる盛り上がりを包み隠しきれず、半分が曝け出されたまま。そしてヘソを丸出しにした半身は黒レザーの超ミニ。朝と同じ目のやり場に困る姿でふんぞり返っていた。


「さぁ、オマエたち。早く乗り込め。また警官が来ておるぞ。もうこれ以上カツ丼は食えぬからな」

 クララは滑々した腹をぽんと叩いて見せた。それにしてもカツ丼を二杯も食べてそのスタイルは恐れ入ったのである。


 警官は今度ばかりは手が出せずに腕を組んで静観していた。砂場に三輪車。文句の付け所がなく、遠くから眺めるだけであった。

「さぁ国家権力が手を出せないでいるうちに……」

 と促すNAOMIさんにキヨ子が首をかしげる。

「シャトルにしては軽すぎますし、三輪車にしては重すぎるようです」

「え? どうゆうこと?」

「ほんとだぁ。三輪車が砂に沈んでいくわ」

 砂場に飛び込み鼻面を近づけすんすんするマイボ。


 クイーンはバッと緑のジャージを脱ぎ捨てて、再び半裸姿になると自慢げに言う。

「総重量1トン半あるからな。早くしないと埋まる。そうだ少し移動させるか」

 その姿で子供用の三輪車にまたがろうとするクララ。超ミニ姿である。どんな光景が披露されるかドキドキしていると、キヨ子が大声を上げた。

「1トン半もある三輪車をこいで移動などできませんでしょ!」

「うむ。それもそうだな」

 クララが砂場から離れた。


「何でジャマすんだよ」

『ほんとだ』

 声をそろえて訴える我輩とアキラの前で、クララはレザーのマイクロミニから突き出したスタイルのいい脚を恥ずかしげも無くおっぴろげて仁王立ち。まるでナナナちゃん人形張りの姿で三輪車に向かって毅然とした声を上げた。


「操舵手! 右舷15度の方向へ3メートル移動させろ」

 命じられた三輪車がゆっくりと動き出した。見るからに重量がありそうなゆっくりとした動きで砂場の(へり)にどしりと前輪をあてがうと、重々しく地面に乗り上げた。同時に砂粒がはじけ飛び、薄っすらと砂煙まで上がるその重量感のある動きは、子供用の三輪車ではありえない迫力であった。


「すごい自動操縦だ」

「操舵手って言ってましたでしょ。パイロットが動かしてるんです」

「でも無人の三輪車だよ」

「それにしても1トン半って中途半端な重量ね。これでほんとにシャトルクラフトなの?」


『NAOMIはん。馬鹿にしたらあきまへんで。重量なんて星の引力で変化するんや。それとこれは連絡用のシャトルや。キャザーンのクイーンが乗る母船はおそらく戦艦級の装備をしてまっせ』

「ふふ。我らの噂もこんな僻地まで届いておるとは。ふははは。有名になったものだ」


『迷惑な存在としてだ』

「さっきからオマエうるさいな。で、ギアとか申したな。ビジネスの話をしようではないか」


「ビジネス?」

 瞳の色を濃くしてマイボが疑問符を打ち上げる。


「オマエらを宇宙に連れ出す代わりにこの星を貰い受けるという話だ」

「なんですって!」


『よろしおまっせ。さっさとワテらを船に転送してぇな』

『待てギア。やっぱりそんなことはダメだ!』

『ほな。この星に永久に置いてけぼりでっせ。それでもええんか?』

『我輩は正規の救助船を待つ』

『アホかっ! おまはん恒星間規約読んでまへんのか。地球は立ち入り禁止星域に入ってまんねん。誰も救助なんか来まっかいな。これがラストチャンスや』


『しかしこの星をキャザーンの手に渡すのは抵抗があるな』

『かまへんがな。ワテらには関係ない話やろ』


「さっきほどから勝手なことを言っていますが。この星に手出しはさせません」

 キヨ子がスマホを力強く握り締め、

「このまま電源端子を砂に突っ込んで水をかけますわよ」

 6歳児は厳しい表情で傲然とした。


「こらこら、そこの小童(こわっぱ)。オマエこそ勝手なことを言うな。電磁生命体を渡せ。そしてワタシにひざまずくのだ」


「どこの劇団だろね?」

「さぁ……でも、あのボディ見ろよ。そそられるぜ」

「すごいおっぱいだな」

 いつのまにか人だかりできていた。


「劇の練習だってさ……」

「三文芝居だな」

「でも、あのクイーンのプロポーションは堪らんな」

「うん、いいね。公演いつだろ。オレ見に行こうかな」


 その声に気付いたクララは、野次馬に向かって赤い髪の毛を風になびかせながら大仰に両手を広げた。

「ワタシの声を聞く(たみ)だけが生きることを許される。よいか。ワタシがこの星の女王となるのだ」


 クララは芝居掛かった仕草で一人の男の手を取り、

「どうだ? お主は忠誠を誓うか?」

「えっ?」

 戸惑いながらも答える。

「ち、誓います……」

「そうか。正しい選択をしたな」

 男を腕の中に巻き込むように引き寄せると、その額に朱唇を当て、

「オマエの命。ワタシが預かったぞ」

 なんとも言えない妖艶な瞳で見つめた。


「うぉぉ。あのおっちゃんがうらやましい。ええぞ。ねえちゃん。ここが見せ場だな」

 ちょっと拍手が起こり。

「なんちゅう劇団なん?」

「女王さま~。今度はオレに訊いてくれぇ~」

「オレなら、その格好で背中を踏まれてもいいぞ」

「その衣装どこに売ってるの?」


 野次馬が騒ぎ出したら黙っているわけにいかない。眉根を寄せてみたび警察官登場。

「はいはい。無許可の演劇は禁止だってさっき言ったでしょ。日本語通じないのあんた」


「攻撃隊! 出動しろ!」

 クララ・グランバードが三輪車に向かって声を高々と上げた。


『ひぃぃぃ。ちょ待ってぇえな。ワテを救助するのが先やろ。攻撃はその後でエエやんか』

「うるさい! 気が変わった。お前らのことなどもう知らん」

『ほらみろ、これがキャザーンのやり口だ』

『くっそお。卑怯なオナゴやな』


「ねぇ、それよりこの話、今日中に片付くの? 明日学校だしさー」

 地球の危機だというのに、やっぱりアキラはおおらかであった。

  

  

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