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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
22/100

19 暗黒軍団キャザーン

  

  

 端正な面立ちに妖しい光を帯びた黒い瞳。真紅のロングヘアーを風に翻して尊大に直立する姿には圧倒されるのだが、その容姿と砂場に突き刺さった物体は朝の公園にはまったく似つかわしくないモノであった。


「ねぇ、早く電柱を何とかしないと。ほら人がどんどん集まって来たよ」

「馬鹿者。これは電柱ではない、我が母船に艦載された連絡用のシャトルクラフトだ!」

 女はアキラに高慢な態度で返した後、レザー革の超ミニから伸ばした膝を屈めると、

「それより。オマエらよくこの星間周波数を知っていたな。どこで聞いたんだ?」

 その細い指でキヨ子の胸ポケットに突っ込まれたスマホをつんと突っついた。


 キヨ子は迷惑そうに眉を歪めて半歩下がり、その指から逃れると恭子ちゃんを盾にした。

 戸惑う恭子ちゃん。

「え? やだ。北野くん……代わって」

 どう見てもちょっとヤバっぽい女である。恭子ちゃんも尻込み、アキラを前に引き摺り出した。


「うぇ。ちょっ、と……」

 恭子ちゃんの手前、アキラは両手のひらを広げて対処するだけに留まるが、女は不機嫌そうにそれを手で払いのけ、

小童(こわっぱ)どもには用はない。ワタシを呼んだのはその胸に縫い付けられた袋の中にいる生命体であろう。その者に問うておるのだ」


 よろけながらアキラがそこを離れ、再びキヨ子と女が対峙する。

「どこで情報を得た?」

『こ……この世は銭や。銭で買われへんもんは無い』

 ようやくギアが声を出した。


 徐々に集まる野次馬に焦ったアキラが、キヨ子と女のあいだに割って入る。

「早くどけないと、やばいって」

「うるさい! 人間ふぜいが命じるでない! ワタシは女王であるぞ!」

 女は背筋を伸ばすと真紅の長い髪を翻して怒りを顕にし、怯むアキラに鋭い眼を剥いてみせた。


「うあ――っ!」

 さっきまで黒かった瞳が青い色に、そして虹彩は銀色に変化。

 青の目玉に中心が銀である。これはキショイのである。

 その目がキヨ子よりも切れ長に細く尖ると、猛禽類のような鋭さでアキラを睥睨した。

「聞け、人間! ワタシは泣く子も黙るキャザーンのクララ・グランバードであるぞ!」


『ウゲッ! キャザーン!』

 その名を聞いて震え上がったのは我輩だ。そう。暗黒軍団キャザーンだぞ、青年。義賊ではあるが敵対するものには暴虐の限りを尽くすと言われる、あのキャザーンなのだ。


 しかしキヨ子は平然と受け流した。

「ふん。同じ穴のムジナがまた増えただけのことですわ。目の色が変わるなんて、なかなか奇抜なコンタクトですわね。青色LEDでも入れているのですか?」

「なに?」

 厳然(げんぜん)な態度でキヨ子を見据えるクイーンの瞳が、今度は青から緑に変わった。

「はん。フルカラーですか」


 朝の公園ではありえないファッションの女はとにかく目立つ。さらに人が多くなり、ヤバい気配を感じ取っていたアキラの焦りが頂点に達していた。

「ね、ねぇ。何か着ようよ。その格好はほんとうにまずいよ」

 アキラはボンデージ姿のクララの周りをバタバタ走り回り、キヨ子は相変わらず尖った視線を女王に向ける。

「それにしてもフルカラーLEDのコンタクトまで装着して……。しかも自らを女王だと宣言してますが、厨二病患者にしてはトウが立っていますし。だいたいその格好何ですか、不埒なこと極まりありませんわね」


 地球のファッションに関して我輩はいまいち精通していない。すべてネットで覚えた物だが、はちきれんばかりの胸の谷間をぎゅっと押さえつける黒いレザーのボンデージ風のビキニブラジャーとミニスカートだけというのは確かにまずい。人が集まるのも当たり前である。数十人の野次馬が電柱の突き刺さった公園の砂場を遠巻きに囲んでいた。


 周りの動きなど気にもかけず、クララはもとの黒い瞳に戻してオーバーアクション気味に振り返り、視線を遠くへ巡らせてから言う。

「それにしても……。なかなか美しいところではないか。ここをワタシに進呈すると言うのか?」

 野次馬の好奇な視線を微塵とも感じず、クララはスマホに問いかけた。


『へぇ、そうでおま。その代わりワテをこの星から離脱させてもろたうえに雇ってくれまんのやろ? 本気にしてもよろしおますやろな?』


『おいっ!』

 我輩はキヨ子やアキラに聞こえてはまずいと思い、音声回路を切った。


(お前、地球を売ったのか!)


(おまはんも宇宙に帰れるんや。文句言うもんやおまへんで)

(バカなことを言うな。やっぱりお前は金のためなら何でもするヤツなんだ。ほんの少しでも信じた我輩が馬鹿だったぞ)

(こんな銀河の隅っこにあるちっぽけな星のことなんかどうでもよろしおますやろ。この人らを呼ぶのに、ワテは何ぼ銭を使ぉたと思ってまんねん)


(うるさい。そんなことは知らん。それよりなぜお前はキャザーンの呼び出し周波を知ってるんだ)


(それやがな……。ワテが宇宙を彷徨っとるときにな、宇宙船の救助を専門にする業者の周波数やっちゅう情報を見つけましたんや。こりゃ何かのときに役に立つと思って……結構な値段で()うてんけどな。よう調べたらキャザーンちゅうことやがな。『しもたー』て思ってんけどな、せっかく銭出したんやし、ダメもとで交渉したんや。ほんならこの星と交換にワテを救っただけでなく地方興行専属に雇うてくれるちゅうことになったんや)

(興行なんかやるわけなかろうが。やつらは困っている者の前に現れては難癖をつけて、金品を巻き上げる集団だ)

(あほ。相手にするのは金持ちか権力者や。そう言う人らの目をくらます隠れミノでな、旅芸人ちゅうことになってまんねん)


(軍艦に乗った芸人などいるか)


(せやけど結構銭になることしてまんねんで……ほんでな)

(バカー。『ほんでな』ではない。よく聞け! クララ・グランバードと言えば、そこの女王だぞ。お前、とんでもないことをしてくれたな)

(なんでやねん。金さえ払えば無理難題なんでも解決してくれまんねんで。神様みたいなお人やがな)


(だがその報酬が高額すぎるんで問題になっておるんだろうが)

(せや。それがこの星や。ワテらには痛くも痒くもないがな)

(お……お前……呆れた奴だな)

 ついに我輩も言葉を失くしたのである。


 クララは腰まである真っ赤な髪の先を揺らがしながら色っぽく腰をくねらせ、野次馬たちの顔を一人一人観察するように見ていたが、ほどなくしてスマホの前に戻り、つんと尖った顎で示した。

「で? 話は済んだのか?」

 彼女はスマホに向かって告げるのであるが、ハタから見たらキヨ子に言うみたいに見える。



「あなた。さっきからえらく上から目線ですわね。何者なんです?」

 いやいや、あなたもじゅうぶん上からですよ。

 6歳児のキヨ子も怯むことはない。両手を腰に当てクララを睨め上げた。


 (やいば)の切っ先のようなクイーンの視線とキヨ子の研磨された視線がぶつかった。それは金属音を上げるかのような剣呑さである。我輩は息を飲んで静観しざるを得なかった。


「オマエが人類の代表者か? ワタシの名はクララ・グランバードだ。知らぬとは言わせない。暗黒軍団キャザーンのクイーンである」

「まったく知りませんわね」

 平気で楯突(たてつ)くキヨ子。相手は恐怖のキャザーン。それもその首領だ。


「ふんっ、いい歳して厨二病患者ですねか。その衣装……自らビッチだと宣言してますわ」

 クイーンは再び青い瞳に変えた目を細くして屈むと、スマホに小首をかしげる。

「この者は何を申しておる? ワタシの翻訳機ではエラーが起きて意味が伝わらんぞ」




 そこへ――。


 野次馬を掻き分けて見たことのある制服の男が現れた。

「ちょっと、きみら……」

 何っだったかな、この制服? テレビで見たことある。


「あぅ」

 アキラと恭子ちゃんは男を見て硬直し、キヨ子は黙って唇を強く噛んだ。


「この電柱あんたが置いたの?」

 制服の男はクイーンに問い迫る。

「いかにも。我がキャザーンの所有するものであるが?」


「困るんだよなぁ。こんなとこで演劇の練習されたら。それとも何かの撮影? 許可証ある?」


「なんだ? 着陸許可証のことか? それなら持ってないぞ。我々は救助の要請を受けてだな……こ、こら何をする!」

 制服の男はクララの白い腕を掴み、

「ちょっと交番まで来てくれる? その格好もだいぶ問題ありそうだしさ」

 制服の男はクララに向けていた懐疑的な目にいっそう力を込めた。


 交番と聞いてやっと思い出した。

『警察官だ!』

 我輩の声に男は制帽がずれるほどの勢いで首をねじった。


「なに? 今気付いたの、学生さん?」

「い、い、いや僕が言ったんじゃないです」

 ブンブン手を振るアキラに、クイーンを指差して警察官が尋ねる。

「きみ、この人の関係者?」

「し、知りません」

 確かにアキラは無関係であるが、ギアも黙り込んでいた。


(おい。関係者はお前だろ!)

(しっ。警察には逆らわへんのが商人(あきんど)の鉄則や)

(卑怯なヤツめ)



「とにかく、ちょっと来て」

 女は警官に掴まれた腕を振り解き、

「こら何をする。ワタシはキャザーンの女王、クララ・グランバードであるぞ」

「はいはい、知ってるよ。クララさんだろ。国籍は西ドイツ、フランクフルトさ。年齢は10万と……21歳ぐらいかな?」

「なぜ知っておる?」

「知ってるさ。テレビ見てるからね」


「テレビってなんだ? それよりワタシに何か用か?」

「うんちょっと聞きたいことがね……山ほどあるからこっち来てくれる?」

「なら、何か馳走いたせ。そしたら付き合ってやるぞ」

「いいよ。朝飯まだなんだろ。その格好だしな」


 警官はクララを引き連れ、乗ってきたチャリンコを押して公園の出口へと向かった。

「まもなくこの星の民はワタシにひざまずくことになるのだぞ」

「あー。そうだろうね、知ってるよ。でもさ。身元引受人の前で頭を下げるのはあんただよ」

「ミモトヒキウケ? 何だそれ? 強いのか?」

「う~ん。どうだろ……」


「お巡りさん」

「ん?」

 二人の後ろ姿に向かって、作業服姿の数人が声をかけた。

「それじゃこっちを片付けますよ?」

「あぁ。許可するからさっさと撤去してくれ」

 警官は半身をこちらに振り返らせると、手を上げて合図を送った。


「わかりました」

 作業服姿の男たちは公園の外に止めてあった大きなクレーン車のアームを園内に旋回させ、ワイヤーを電柱に括りつけて仕事に入った。


「オーライ、オーライ」

「ゆっくりワイヤー引いて……」

「おーい。街路樹に当てるなよ」

 作業車は街でよく見る電力会社のものであった。砂場に突き刺さった電柱の撤去にやって来たようだ。

「それにしても、よくこんな重いものここに差し込んだな」

 毎日それに登って作業をするプロの人も認めるこの電柱はやはり本物そっくりなのであろう。誰一人それが恒星間航行ができる宇宙船から飛んできたシャトルクラフトだとは気付かなかった。たぶん母船は成層圏の遥か彼方で待機しておるのに違いない。


 砂場の電柱と半裸の女がいなくなれば、ただの寒い空き地である。そんな公園に長居は無用と、野次馬は電柱撤去作業を見守ることも無く散って行った。


「それで……どうなるのこれ?」

 アキラはクレーンに吊られた電柱を見上げて唖然としていた。

「せっかくだから電気屋さんのお仕事見学しながらお茶にしない?」

 マイボの提案に、宇宙船見学隊は園内の端っこにあるベンチに腰掛けた。


「宇宙船見るのを楽しみにしていたのに。なんだか白けちゃったね」

 肩を落とす恭子ちゃんに、ギアはこともなげに否定する。


『相手は天下のキャザーンや。こんなことで終わりまへんで。依頼は必ず随行されマ』


 だとしたらやばいのである。

  

  

本日もお読みくださりありがとうございました。

ネタが古い。単純。など、どんな感想でも結構です。ございましたらご遠慮なくどうぞ。改善できるのなら努力する次第です。

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