18 レスキュー隊は超グラマー
真っ暗闇だった――。
夜ではあるが電気を消されたのでも、ましてや停電でもない。そう自宅に帰ったキヨ子がマイボから渡された電磁シールドケースをスマホの上から被せているのである。
『キヨ子どの。お願いだからこのシールドケースから出してくれないか?』
近くにいることは、置かれている台を伝わって気配がやって来るので確実である。
「マイボちゃんがね、ここからだすとオイタをするからダメだってぇ」
残念ながらガキモードだった。
(このガキんちょはなんでんねん? オトナぶったり、ガキに戻ったり……)
(この子はな、あのサイバー犬とスピリチュアルインターフェースで接続されると超人的な頭脳になり、切断されると元の6歳児に戻るんだ)
(えー! スピリチュアルインターフェースって、あの機械と精神融合するヤツやがな。この地球にそんな技術がおまんの? こりゃあ高こう売れまっせ)
(お前、救助されるドサクサに紛れてつまらないことをするのではないぞ)
(せやかて救助されたら、もうこんな星どうなってもかまわへんがな。それよりマイボとかいうサイバー犬になんとか侵入できまへんやろか。データの一部でも拾って帰れば銭になりまっせ)
(だめだ。我輩はここの人たちにたいへんお世話になっているのだ。恩を仇で返すわけにはいかない)
(昔からおまはんは堅いヤツやったからな)
ギアは妙な間を空けると、溜め息を吐いてから訊いた。
(どっちゃにしても、ここに閉じ込められていたら手出しできまへんワ。これもあのNAOMIとかいう犬コロの指示でっか?)
(我輩は信用を勝ち得ているので自由に外出を許可されておったが、お前があまりにも胡散臭いから出してもらえなくなったんだ)
(ふん。気分悪い話やな。ほんま)
互いに睨みあっていると、目の前が忽然と明るくなって、
「ねぇ。パズドラドラやろうよぉ」
電磁シールドが持ち上げられ、ドングリのようなキヨコの丸い瞳が覗いてきた。
いつもの可愛らしいワンピース型のパジャマに着替え、無邪気な仕草でスマホの画面を指先で擦って操作しようとするが、我々がコントロールを牛耳っているので、表示はロックされており、待ち受け状態のまま何も変化しない。
「ねぇ。パズドラドラだしてよぉ」
『なんぼくれまんの?』
「キヨコね。おかねもってないもん」
『お年玉とかおますやろ。あれ持ってきなはれ』
『おいおい。子供からせびるのではないぞ』
「いくら?」
『キヨコちゃん。このオジさんウソ言ってるんだから本気にしなくていいよ』
『なにゆうてまんねん。世の中銭や。銭が世の中を動かしとんや。小さいころから焼き付けておけば大人になっても安心や』
『お前みたいなオトナにはさせたくない』
「50えんならあるよ。キヨコね。おこづかいもらってるもん」
『はぁっ? 50円! なんでんねん。きょうび50円ぽっち、縁日にも行かれへんやんか』
「えんにちー?」
幼女は無害な笑顔で小首をかしげた。
『たこ焼きとか、ヨーヨー釣り、金魚すくいとかあってな。ほんで神社へ行くやろ……って、なんで地球外生物のワテが地球人子に説明しなあきまへんのや』
『仕方が無いのだ。この子は小学校1年生であるからな』
『さっきまでの高飛車オンナとのギャップがすごおますな』
「あのねぇ。キンギョすくいならタダできるよ」
キヨコは我輩たちが入っているスマホを握り締めると、部屋の隅にある勉強机へと移動。
嫌な予感がする……。
キヨコは爪先立ちで水槽の中を覗いて、
「ほら。キンギョさん」
スマホの先で水中を指す。そこには数匹の赤い魚が泳いでいた。
『でぇぇぇぇ。やっぱり――っ! キヨコちゃんそれは見て楽しむもので、すくうものではないぞ』
『ごわぁぁぁ! あきまへんでキヨコはん、水に落としたらワテら死にまっせ』
「キヨコね、キンギョすくい だぁいすき」
『あかんがな、スマホをポイ代わりにしたらあきまへんで。そんなもんで金魚はすくえまへん……って、うぁぁあかん。水がもうそこまで……』
キヨコは水面ギリギリの位置で手を止め、
「ポイって?」
『ぽいってゆうたら、金魚をすくう丸いヤツや』
「きゃはははは。ぽい。ぽい」
『あほぉー。捨てるちゅう意味とちゃうって。あ、あかん。水の中に突っ込みよる。NAOMIさぁ~ん、なんとかしておくんなはれぇぇぇぇぇ。助けてぇぇぇ』
『ば、バカ。NAOMIさんを呼ぶな!』
ドガ――ンッ!
水槽からスマホを抜き出したキヨコは、眉を吊り上げてそれを床に叩き落した。
『あ痛たたたた。いきなり何スンねん!』
「大切にしている私の金魚さんをどうするつもりです」
『どうもこうもないがな。あんたが金魚すくいをやるっちゅうて、スマホを突っ込もうとしたんでっせ』
「携帯電話なんかで金魚がすくえるわけないでしょ!」
『わかってまんがな。ワテかって注意したんや。それよりキヨ子はん、スマホを踏んづけんといてぇな。イチゴ柄のパンツが丸見えでっせ』
ガンガラドッシャーン!
『うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~』
キヨ子が足蹴にしたスマホは部屋の中を派手に弾け飛びながら、ベッドの下を滑って奥の壁に当たって止まった。
『あででででででで』
『NAOMIさんに助けを求めると必ずキヨコからキヨ子さんに変身するんだ。余計なことをしやがって!』
『そやかて。このスマホ防水なんか? ちゃうやろ。水の中に入れられたら数秒でワテら別の宇宙へ昇ってましたで』
「あー。うるさい! 早く寝なさい。明日は救助船がやって来る日です。最後の日ぐらいおとなしくしたらどうです。毎晩ゴソゴソして……」
キヨ子はベッドの下に転がるスマホを放置したまま部屋の照明を乱暴に消すと、ゴミにまみれている我輩たちに怒りをぶつけた。
『我輩は寝ないから夜中でも活動しておるのだが……これでは八つ当たりではないか……』
仕方が無いので、埃の溜まった床の上で夜を明かすことに。
ママさん。たまにはキヨ子のベッドの下を掃除してくれないかな。――あぁそうか、象型クリーナーを壊したのは我輩だった……。うかつなことを言って墓穴を掘ってはまずい。
(その情報。何ぼかで買い取りまひょか?)
(うるさい。お前のせいで我輩が叱られたんだぞ)
(知りまへんがな……)
一夜明けて――。
冷えた大気に白い息が漂う12月初旬の日曜日。午前6時50分。
キヨ子と手を繋いだアキラ、いやキヨ子に手を繋がされたアキラが、北野家の立派な門の前で、ちょうど顔を出した朝陽に照らされて立っていた。
「本当にこの時間でいいんですの?」
スーパーキヨ子は朝に弱いらしい。ちょっと不機嫌な様子。
『問題おまへん。それより約束の時間までまだ30分おますワ』
「ねぇねぇ。こんな朝に宇宙船が下りてきたらまずくない? みんな起きているよ」
確かにそのとおりである。日曜日なので出勤する人はほとんどいないが、散歩をする人やクラブ活動に出かける学生の姿もチラホラ見受けられた。
『そこはぬかりおまへん。カモフラージュしてまんがな。ここらの景色にとけ込んでまったく気付かへんはずや』
「ほんとかしら……?」
疑念いっぱいの口調で、門扉の向こうから出てきたマイボの背中には、アウトドア用の魔法瓶が括りつけられていた。
「宇宙船を見ながらお茶でもしようと思ってね。朝のティーセットよ」
アキラも迷惑そうに自分が背負うリュックへ視線を向け、
「お茶に使う食器一式がこの中に入ってんだ」
キヨ子の胸ポケットに向かって愚痴をこぼした。
『ゴアとのお別れの杯でっか。よろしおますがな』
「今日はバリーズティーとレモンを準備したのよ」
「レモンティーで我が夫と朝を迎えるなんて……あぁなんてロマンチックなんでしょ」
「キヨ子はミルクだけにしておけば? 毎日飲んでんだろ?」
「まっ! 私を子ども扱いにしないで頂きたいですわね」
6歳なんだから、じゅうぶん子供である。
「おはよ。北野くん」
幼児と言い合っている青年に、曲がり角から駆け込んで来た髪の長い人影が涼しげな声をかけた。
背中に広がる黒髪を翻して、とんと両足で着地した少女にアキラは鼻の下を伸ばして返事をする。
「あ、恭子ちゃんおはよう」
ライトグリーンのふわふわしたダウンジャケットとジーンズ姿の少女は家から走って来たのであろう。ほんのり温まったピンク色の頬と、少し汗の滲んでいる白い額が朝陽に輝いていた。
恭子ちゃんは眩しそうに朝日を拝むと嫣然と微笑み、手の甲で額の汗を拭う。
「ちょっと汗かいちゃった」
(絵になる子ぉやなぁ。この子も宇宙へ連れていきまへんか?)
(バカモノ。それでは誘拐だぞ)
NAOMIさんにぎろりと睨まれて、ギアと共に肩をすくめた。
電磁生命体に肩は無い、比喩表現だぞ。これ以降説明を省くからな。
電磁波だけの会話でもNAOMIさんには筒抜けなのだ。
クワバラクワバラ。
何度このまじないを唱えたことか。一向に利かぬな。
恭子ちゃんは「待った?」と首をかしげ、アキラは勢いよく手を振る。
「待ってない、待ってない。まだ少し早いよ」
「でも地球の外から宇宙船がやってくるんでしょ。こんなのめったにない経験じゃない。わたし興奮して、昨日寝られなかったのよ」
「興奮したの?」
アキラはひとつの言葉だけに反応して目元を赤らめておる。ほんとおバカな青年である。
キヨ子は恭子ちゃんをちらりと尖った視線で一瞥すると、
「これは乳デカさん。おはようございます」
おかっぱ頭の髪の毛を揺らして丁寧に腰を折った。
『それって、ワザと言っておるのだろ?』
ジト目で見る我輩の疑問をキヨ子はさらりといなし、
「で? 宇宙人たちの乗った船はどこに降りてくるのです?」
大雑把なカテゴリーで我輩たちを分類しつつ、キヨ子どのは胸ポケットに収まるスマホをつまみ出した。
『この家から南南西150メートルの位置らしいでっせ』
「え? そんな近所に降りて来たらまずいよ。どんなにカモフラージュしたって丸わかりだろ?」
『救助船のステルス技術を舐めたらあきまへんで』
どこの星の救助船が来るのかは我輩も知らないのだが、まぁ恒星間航行のできる宇宙船であるからには、地球のロケットなどとは比べ物にならないのは確実である。
宇宙船見学隊の地球人3名とロボット犬は、近所の顔見知りと挨拶を交わしながらその場所へと歩んでいるが、どこからどうみても朝の散歩を楽しんでいる集団としか見えなかった。
先頭を歩いていたマイボがつと足を止め、犬面を上げて振り返る。
「南南西150メートルっていったらこのあたりよ」
歩んでいた道がバスの通る幅広の道路とクロスした辺り。対面の角にはすっかり葉の落ちたイチョウの樹が立ち並ぶ大きな公園がある。その対角にコンビニがあり、後は閑静な住宅が並んでいるだけの見慣れた景色だった。
「まだ宇宙船は着陸していないようだね」
寒そうに白い息を吐きながらアキラがキョロキョロする。確かに何事もなかった。
しかし意外にもギアが否定する。
『あれが見えまへんのんか? もう着陸してまんがな』
「どこに?」
『目の前でんがな』
「何もないわ」と恭子ちゃん。
「ですわね」
キヨ子も賛同のうなずきをする。
『さすがでんな。カモフラージュは完璧ですわ。ビーコンが放射されてへんかったら、ワテでも見分けがつきまへんもん』
「ビーコンって……ま、まさか……あれなの?」
ビーグル犬特有の大きな耳をパタパタさせて、緊張した声を上げた。
さすが高性能のロボット犬である。マイボだけには見分けがつくようだ。
「まずいわ。バレバレよ」
『何ででっか? まったくそっくりでっせ。完全に街の景色にとけ込んでまっせ』
「あっ!」
アキラも何かを見つけたようだ。
「もしかして……あれ?」
恭子ちゃんも目を丸める。
二人の視線の先には電柱が突っ立っているが――それが何だと言うのだろう?
『あの電柱が何か? そこらにある電柱ではないか?』
「アレが救助船だとしたら、早く撤収したほうが身のためですわよ」
とキヨ子までも否定的な宣言をする。
「やばいよ。人も集まりだしてんじゃん」
焦り気味のアキラの言葉が我輩には解せない。
『どこがヤバいねん。ワテにはそこらの電柱とまったく同じにしか見えまへんで……』
アキラたちが問題にしている電柱の前には、傲然とした態度で腰に手を当てている女性が一人。
何と言っていいのか。とてもその場所にそぐわない服装をしている。そのせいか、すこし離れて付近の住人が数人集って、怪訝そうに何か囁いていた。
「とにかく急いで撤退してもらってよ。まずいよ。公園の砂場に電柱が突っ立っていたら絶対におかしいって」
『電柱はどこでも突っ立っているではないか。見てみろ最良のディテールで本物そっくりであるぞ』
「場所がおかしいんだよ。電柱は道路に沿って立っているものなの。砂場じゃないよ」
そうなのか? いまいちよくわからないが……。
「早くどっかに移動してもらってよ」
『どこかと言われても……』
悲鳴にも似た声で訴えるアキラに向かって、その怪しげな女性がズイズイと近寄って来た。そしてアキラと対面すると艶かしい仕草で鼻先を指差した。
「お主が救助を要請したのか! 人間ふぜいがよくも我らを呼んだものだな!」
女性は胸の谷間も顕になった身体にぴったりフィットするボンデージファッションで、黒いレザーの超ミニスカート姿。そのヒップまで届く真紅の長い髪を風になびかせ、冬だというのにほとんど半裸状態だった。
生唾を飲み込み硬直するアキラに代って、ギアが答える。
『ちゃいまっせ。要請したのは、ワテや』
「なんだと? 人間ではないのか? 何者だ、名を名乗れ!」
女性はきつく唇を閉じて睨みつけているキヨ子の視線を無視し、
「お主らは電磁生命体ではないか! こんな僻地で何をしておる!」
胸ポケットに向かって高圧的に怒鳴りあげた。
なんだか知らないがエライ展開になってきたのだ。
続きまっせー。
こら、それは我輩のセリフだぞ。