2-1 電柱生活も意外と楽しいのである
「ぷふぁぁ~」
それにしてもいい心持ちだな。
ここに転生でもしようかな。
なんだ、さっきからやかましいな。
転生だろ? 転じて生まれるだ。つまりこれまでの人生とは異なる人生を歩むんだろ?
我輩もそうだ。宇宙を光速の100パーセントという超速度で移動できる我輩から見たら、たかだか42キロメートルを2時間も掛けて移動するのが精いっぱいののんびりした世界に落ちたのだ。朝起きたら転生していましたとか、受けを狙ったモノではないぞ。そんなんだからみんなが同じ物を書いてしまうのだ。我輩は違うぞ、切羽詰まっておるのだ。
何度でも言おう。我輩は電磁生命体である。有機生命体とは天地の隔たりがあるのだ。それがこんな水っぽい惑星で住むことを余儀なくされたのだ。これを転生と呼ばずして、異世界転生はどこへ向かっておるのだ。だからどこかの本屋さんが禁止をしたのではないのか。
あ。いやもういいか。これ以上熱くなると墓穴を掘るのだ。
墓穴を掘る前におケツを掘っておくか……。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
おもろいな。墓穴とおケツであるぞ。
なに? なにも面白くないとな。
ほれみろ。我輩は電磁生命体である。お前らとは感性が違うのだ。
はあ。いいかげん発散したらすっきりしたぞ。
ところでこれは何である?
この安らぎ感と柔らかく我輩を包み込んでくれる電荷の甘い香り――人間風に説明するとアロマだな。憩いのスペース。なるほど、お風呂というのか?
持って来た地球辞典にそう書かれておった。
ついでに我輩が安らぎの場所として入り込んだところを調べてみると、電柱の変電トランスとか呼ばれておるようだ。心地がよいので、ひとまずここに避難しておこう。
取り急ぎ我輩は身の回りのものを確認することにした。
突然の事故であるので持参物は現金どころか、パスポートもトラベラーズカードも何も無い。心細いこと極まりないが、食事に関してはここを流れる電荷を吸いとればよいので問題ない。ひとまず持って来た地球辞典で勉強することにした。これが唯一の頼みの綱となるのだからな。
赤い文字で書かれた副題が『サルでも解る地球人・関西編』となっていた。
「う~む」
思案に落ちて一唸りするのも仕方が無い。
この『関西』とはなんであろう。たぶん地球人をカテゴライズする名称であると思われるが、なにやら不安を掻き立てられる。
だいたい7900光年も離れた星系で作られた物である。これが何を意味するのか。どこまで信用してよいのか。
幸いこの電柱から張り巡らされた送電線はあらゆる場所にびっしりとはびこっており、我輩はどこへでも自由に移動できた。
そして変電トランスから変電トランスへ飛び移っているうちに、この送電線は必ずこの周辺を林立した建造物に枝分かれして、その中へ引き込まれることに気づいた。
辞典で調べると、『地球人の巣箱』とある。
こんな中に凶暴なヤカラが棲みついておるのか……。
もしやして我輩は虎穴の中に落ちたのかもしれない。墓穴を掘る前に虎穴だぞ。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
はあぁ~あ。
二度目はつまらんな。
人類の棲みかだぞ。なんだか興味が湧いてきた。有機生命体がどうやって日々を暮らしておるか、その中が気になるのである。そう、せっかくの経験である。地球人とやらの生態を調べて帰れば、この辞典を作った会社に新たな情報を売ることもできる。
こういうのを転んでもタダで起きぬ、と言うのだな。つまり『こけた所で火打ち石』である。
よく知っておるだろ。我輩の知識力を舐めてもらっては困るぞ、地球人。
で? 火打石とは何であろうな?
手打ち式の親戚みたいなもんかな?
ま、電磁生命体には関係の無いことだ。とにかく地球人の巣箱の中に潜入してみよう。
「な……なんということだ」
送電線を伝わって最も近くにあった巣箱に入って驚いた。送電線が遮断されており、我輩の侵入が拒まれたのだ。
この辺鄙な田舎惑星の分際で、我輩のような高等生物が存在することを知っておるのだろうか。
そうでなければこの送電線の意味が解らない。遮断するなら引き込む必要はないだろ?
その時である。巣箱の外で騒がしい音がしたので引き返してみると、地面の上を移動する金属製の物体が止まるのを発見した。
辞典の付録についていた『はたらく乗り物図鑑』に掲載されておる『自動車』だと思われる。絵とは少しカタチが異なっておるが、金属製で四肢、ゴムの輪っかを転がして進むという部分が一致する。
それが我輩の侵入を拒んだ建物の前に横付けにされると、地球人が3匹も出てきた。
ぬぁんと不細工な格好をした生物なのであろう。下半身から長く伸びた2本の突起を地獄の表面(地面)に突っ立て歩いていた。いやしかしよく倒れないものであるな。
いわゆるヒューマノイド型の生命体である。まぁこんなヤカラは銀河の中にいくらでもいるから今さら驚く必要はない。なにしろ我輩にはたくさんのヒューマノイドの知り合いがおるからな。そう言えば、惑星ダルシアンのセレンちゃんはどうしておるかな。ずいぶんとタダで電力を供給してやったのだ。良い子だったな。
ま、関係ない話はやめておこう。
地球人の一人が自動車の後部座席のドアを開け妙な音波を発した。
「どぅぞ。ここが物件でございます」
腰を折りつつ、
「少々古い築となっておりますが、中はリフォームしておりますので綺麗に仕上がっています」
そいつはきちんとした衣服を着ており、出てきた2匹より毛髪をテカらせておった。
「どうぞどうぞ。こちらです」
またまた丁寧に腰を折った。バッタか?
コメツキバッタと言うのだろ?
暇に任せてよい子の昆虫図鑑も見て勉強しとるからな。舐めるなよ、地球人よ。
「ほんとね。ちょっとボロいわね」
周波数の高い音波を発したのは、他の2匹と比べてあきらかに毛髪が長く胸部がやけに膨らんだ個体だ。
ふむ。メスだなこいつは。そう言えばセレンちゃんも異様に胸部が盛り上がっておったな、ま……我輩もそこが気に入って長居をしたのだ。
誰だ? お前もおっぱい好きだな、と言った奴。
そう。その意見は的を射ておるのだ。褒めてやるぞ。嫌いな奴はおらんだろ。知っておるぞ、ヒューマノイドのオスはおっぱいが好きなのだ。照れるな青年。それで正常なのだぞ。
と、こんなところでヒューマノイドの性教育をしている場合ではないのだ。我輩は迷子なのであった。
「でも家賃は格安だし……」
情けない声を漏らすもう1匹と、蔑むような笑みをさっと隠して、手を差し伸べるテカテカ頭の地球人。
「ささ。まずは中へどうぞ」
初めて本物の地球人を目の前にして、我輩は少し興奮していたようだ、変電トランスがブーンと唸ったのを聞いて慌てて降圧する。電圧が上がりすぎて送電線が切れたらエライことになる。
先頭の地球人が腰を低くしながら建物の施錠を解除。中へ丁寧に誘うところを見るかぎり――ふむ。★∂ηξψ観光の営業マンと同じ口調と雰囲気が出ておった。
今の状況を観察して我輩はピンと来た。胸の大きなメスと痩せ細いオスがツガイなのだ。
ツガイ……解るかな? 異性どうしが一対になることだ。こらそこ、何を赤い顔をしておる。お前らヒューマノイドの営みなどどこの銀河へ行っても同じようなもんであるぞ。ま、たまに同性同士でツガイになる場合もあってよく意味が解らんがな。
ってぇー! 何でさっきから我輩は他種族の交尾の話をこんな天井のすみで語ってやらなければならんのだ。なんだかこっちが恥ずかしくなったぞ。
ま、いっか。
なるほどな。聡明なる我輩はすべてを察したぞ。
この地球人のツガイが愛の巣を探しており、それを頭テカテカオッサンが仲を取り持って紹介しておるのだ。
にしてもだ。
身体カタチが違えど、商売人の仕草や醸し出される雰囲気は全宇宙共通だということだ。こんな辺鄙な惑星であってしても同じであることにいたく感銘したぞ。
「玄関はこちらでございます」
営業マンが中に入って行くので我輩も遮断された電線の先までついて行った。
「すぐにブレーカーを上げますので……」
大きく腕を伸ばして、つま先立ちで何かの装置を起動させた。
「ギャオ~」
遮断されていた送電経路が突然開放され、我輩は外部から流れ込む電流と一緒に奥へと送り込まれた。
流れは弱く、慌てることは無いのだが、未知の空間に吸いこまれて驚くのは当たり前であろう。急いで空間内にぶら下がった光子発生装置にしがみ付いた。
先に説明しておくが、我輩が電磁生物だといっても、電気で構成されるボディは人間が声を発するように電磁波を放出することはできるが、電波や光のように空中を伝播することはできない。あくまでも我輩の体は電気なのだ。だから血液と同じで電荷が最も重要なのである。覚えておいて損はないぞ。明日の電磁気学のテストに出るぞ。
がんばれよ。青年。
……で。
これが照明装置だということは、地球人がまぶしそうな仕草をしたのですぐわかった。
「雨戸を開けて参りますので少々お待ちください……」
営業マンがどこかへ消え、メスがぽつりとつぶやく。
「ふぅん。まあまあの大きさね」
「だろ。炊事場が大きいとキミが喜ぶと思ってね」と、痩せたオス。
メスは必要以上に大きな胸を張り、
「なんでよ。ここはあなたのテリトリーでしょ?」
「え? あぁ。そうだね台所仕事は僕の役目だったね」
オスがなんともひ弱な感じがするのは我輩だけでは無いようだ。戻って来た営業マンの目が笑っておるのが何よりの証拠である。
我輩は屋内配線を伝わってすべての部屋を観察したが、何もなくガランとしていた。ここはあのツガイがまだ営巣する前の姿なのであろう。この後、きっとオスがいろいろなものを集めてきて、巣箱を形成していくのだ、しかしあのオス。いいおっぱいを見つけた……あ、いや。いい女性を見つけたもんであるな。安心するのだ青年。いつかきっと理想的なおっぱいに出会えるからな。
なに?
お前らはそれを求めてるんではないのか?
ふむ。そんなにヤイヤイ言われても我輩はゴアである。電磁生命体なのだ。地球人の実態など知らぬワ。
とにかくだ。
この建造物がツガイの営巣地になるのだ。そう確信した我輩は送電線を戻って電柱の最上部へ駆け上がり、辺りを見渡してみた。
「なるほど、我輩の逃げ込んだ所は地球人が集まって群体を形成しておるのであるな」
カタチはまちまちだが人間の巣箱がずらりと並んでおり、同じカタチの電柱が規則正しく配置されていた。
「コロニーであったのか」
だいたいのヒューマノイドは仲間で群れを成すからな。
「それにしても静かだな?」
ポケット辞典の説明によると地球人は凶暴な性格をしており、すぐに怒り出し有無を言わずに銃撃戦になると書かれていたが、そんな光景は今のところ見られない。
なんでも物資を運ぶ駅馬車とかいうものを狙って『ごうとうだん』と呼ばれるヤカラが銃を撃ってくるというまれに見る物騒な星であるようだが、今日は休日なのか? どこへ行けば襲うところを見れるのだろう?
せっかくだから土産話にぜひ見てみたいと考えた我輩は、危険を感じたら変圧トランスに逃げ込めば命に問題は無いと踏んで、電柱を移動しながらコロニー内を観察することにした。
送電線はあらゆる場所を網羅していたので、我輩はどこへでも一瞬で移動できる。知っておるだろ? 電気は光と同等の速度で移動が可能なだ。
我輩はゴアである。電磁生命体なのだ。
どうだ。すごかろう。
実際すごいのだぞ。バカにするなよ。
しかし――見あたらない。
大量に移動する自動車の列や、地球人の子供が集団で暮らす大規模な建物もあったが、どこへ行っても駅馬車を襲う光景には出遭わなかった。
「駅馬車とかいうのは、どこを走っておるのだろう」
諦めかけていた時である。『神急電鉄』と書かれた奇妙なカタチをした建造物を見つけた。
それまで見てきた建造物と明らかに構造が異なっており、それが何んだかは知らないが、滑走路のようなものが建物の中を右から左へと貫いておった。
ここでいったん終わるぞ。
なにしろ世の中には適度と言う言葉があるからな。
でもいいか、青年。
まだまだ続くぞ……。