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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
16/100

13 クイズ! NASAへ行きたいか~ である

  

  

「さぁ──っ! 次の挑戦者は……。おぉ、可愛い女の子ですよ~」


 ここはヨドノバシカメラ特設フロアーで行われているPCクイズ大会である。

 全問正解するとNASAへ招待、という賞品に目がくらんだ我輩たちは、スーパーキヨ子の超人的頭脳なら楽勝であろうと、先日パソコン購入時に貰ったクイズ応募券を握り締めてやって来たのである。


 パソコン売り場が協賛するだけに、さっきからマニアックな問題が続出。よほどその道に突出した知識が無いと連続正解が不可能となっており、観客席では白けた空気が蔓延していた。


「つまらんなー。早く声優さんの歌でも始まらんかな」

「オレもー。ののかちゃんが来たって言うから見に来たのになー」


 そんな客席の最前列に陣取った我輩たち――。

 アキラの肩に前肢(まえあし)を当てて、背負われたリュックから半身を乗り出したマイボがステージに向かって熱い声援を送る。

「キヨ子さ~ん。ガンバぁ~~」

 頭越しに大昔のアイドルが使っていたようなセリフが響き渡り、首をすくめて迷惑そうな顔をするアキラ。


 まさかその甘い声が人工知能搭載のロボット犬が発声したとは、誰も気付くことも無く、少し照明が落とされた観客席から、パラパラとまばらな拍手が沸きあがった。


 声援に後押しされるように、ロケットの絵が描かれた白いワンピースを着たキヨ子がステージに登場。

 何度も言うが――あんな柄のワンピースどこで売っておるんだろうな。



 ステージの上は背の高い椅子にちょこんと座るキヨ子と、派手な衣装を着た司会者だけが煌びやかなスポットライトに浮かびあがっていた。


 軽快な音楽と共にマイクが突き出され、

「さて……お名前は? ん~と言えるかな?」

 それに向かってキヨ子がフンと鼻息を吹きかけ、ステージのスピーカーから大きな音を轟かせた。


 幼女は冷や汗をかく音響さんを横目で捉えながら、

「……緑川キヨ子。年齢は16歳です」

「またまたウケを狙ってぇ。キヨ子ちゃん。えっと、こちらの資料では、緑川キヨ子ちゃん6歳。桜園田小学校1年生となっていまちゅよぉぉ」

 刃物みたいな尖った視線を司会者に向けて、キヨ子がすかさず吠える。

「あなたこそ年はいくつです。なんですその赤ちゃん言葉。人を馬鹿にするのもいいかげんになさい。それと人に名を尋ねるなら、まずご自分から名乗るのが礼儀と言うものです」


「……おっとぉぉ。これは居丈高少女の登場でぇぇす」

 司会者はスピーカーをキンキンとハウらせて、

「わたしは司会のフジタカシ、34歳でぇぇぇす。以後、お見知りおきの程、よろしくお願い致しまぁぁぁす」


 背筋を伸ばした幼児へ、客席から注目の眼差しが集中するがキヨ子は平然と答える。

「さっさと始めてください。フジタさん」

「フジ、フジタカシでぇ――す」

「あなたの名前など、どうでもいいです。フジタカさん」

「わたくし、フジ、フジタカシでぇぇぇす」


「うるさい!」

「ありゃりゃ。おっこられてしまいました。フジタカシ34歳にして、初めて6歳の女の子に叱られちゃいましたぁ~。こりゃゴメンチャイ…………あ?」


「キモ……」

 寒風が会場を吹きぬけた。

「お~い、寒いから暖房強めろ~」

 客席から野次が飛ぶ。

「………………」

 確かにそれは暗黒星雲よりも寒い空間であった――行ったことのある我輩が言うのだから間違いない。



「さ、さてぇ――。今のところ最高賞金額は連続3問正解の高林さんの1万円です」

「バカばっかし……」

 司会者はキヨ子の言葉をスルー。

「お嬢ちゃんにはちょっと難しいかもしれませんねえ」

「さっさと始めてください。何なら最初から最終問題を出していただいても結構ですわよ」


「さっすが小学一年生。ギャグが利いています。さぁさ、皆さぁぁ~ん。ここで笑わないと後が続きませんよ~」

「それを繋ぐのがあなたの仕事です。私に助けを求めるのではありません」


「おおぉっと。尊大に構える美少女。これはたまりませんね」

「何度も言わせないでください。私はクイズを答えに来たのです。あなたと討論する気はサラサラありませんから、さっさと始めなさい」

 司会者はキヨ子どのを無視して、

「難問続きで、出場者が総落ちしてますモンでぇぇ、時間が余っちゃってるんですよねぇぇぇ。こちらにも段取りがありましてぇぇぇ」

「どうでもいいですけど、語尾を伸ばすクセなんとかなりませんの? さっきから鬱陶しくて辛抱できません」


『何だかイライラしておるな』

「大丈夫かしらキヨ子先生……」

 拝むように手を握り締める恭子ちゃんに、

「キヨ子さんは、無視されるのが一番嫌いなのよ」

 犬面の長い顎でステージをしゃくるマイボ。

『ふむ。ついでに言うとイラつく口調でもあるな、あの男』


「しっ、始まるよ」

 アキラは握っていた我輩(キヨ子のスマホ)をぽいと胸ポケットに滑り込ませ、その隣で真剣にステージを見つめる恭子ちゃんへ視線を向けて、うっとりとした。

 やれやれ、この青年は何しにここへ来てんだろ。


 ライトの下では6歳児に(もてあそ)ばれていた司会者が、ようやく気を取り直したところだった。

「では、キヨ子ちゃんも少々お怒りみたいですので……」

 手を上げて開始を合図。スポットライトの焦点がさらに狭まり、キヨ子のサラサラヘアーを白く反射させた。


「それでは始めましょぅ~」

 スタッフから受け取った出題用紙で自分を扇ぎながら司会者が歩み寄る。

「キヨ子ちゃんには小学生用の簡単な問題を出してあげましょぅ~ね」

 屈んで用紙へ視線を落とした司会者に6歳児はさっと厳しい目を向け、そして冷然と告げる。

「私は賞品に釣られて参加したのです。NASA以外には興味はございません。正規の問題をお出しください」


「おぉぉっと、正直なお嬢ちゃん。でも小学生レベルの賞品もすごいですよ。ほぉぉら」


 右手を高々と挙げる先にスポットライトが移動。

「はぁぁぁい。モバイルパソコン、パナナソニック、レッツラノート、22万円でぇぇぇす」

 大袈裟に手を振る司会者にスポットライトの先が戻り、

「液晶を回転させるとタブレットにもなる高性能ノートパソコンでぇぇぇす」


「すごいよキヨ子。それ貰っておいでよ」

 目を見開き、ひとり興奮するアキラ。

『おいおい。それだと趣旨が変わってしまうではないか』


 キヨ子も鼻を鳴らす。

「くだらない。そんなゲーム機みたいなパソコンはいりません」

「んげげ!」

「そんなことより正規の問題を出して、さっさとNASA行きの切符を準備しなさい」


 司会者は両手をぱっと広げ、オーバーアクション気味に体を反らして反応する。

「うぉぉ~っと。高飛車なセリフを述べる小学生ぇぇぇ。これはIQ500オーバーを宣言したお言葉。未来の電子工学を背負って立つ女の子が現れましたよぉぉぉ」


「いちいちシャクに障る言葉を並べる人ですね。IQを500も超える人はいません。コンピュータの理論を考え出したジョン・フォン・ノイマンでさえ200とか300とか言われているに過ぎません」

「うぉぉぉっと。またまた指摘を受けてしまいましたフジタカシ34歳。この子の将来は科学者か女教授かぁ――」

「うるさい人ですね。すでに私は北野博士と共同研究をする身なのです」


「えっ。北野……うそ……」

 フジタカシは瞬時にトーンを落とした。

「司会者の人。素に戻るのではありません。お客様が引いてますでしょ」

 居丈高も絶好調のキヨ子である。


『やっぱり博士は有名な方なのであるな、アキラ』

「………………」アキラは顔を伏せ、代わりに恭子ちゃんが答える。

「そうよ。世界的に権威があるのよ」


 別の世界のほうがもっと有名だと言うのは重々知っておる。

 NAOMIさんも「うん」とうなずき、

「ヘンタイの部類でも源ちゃんは世界的に有名だからね。VR(仮想空間)に本気でハーレムを拵えたのよ」

 説明するマイボに、納得する我輩。

『その話は聞いておる。まことに羨ましい……いや、とても素晴らしい試みであるな』



《クイズ開始前ではありますが、小学生が正規の問題を解くことを協議致しますので、少々お待ちください》

 機械的に話す女性のアナウンスが流れ、司会者が引っ込んだ。


 ステージにはキヨ子がひとり残され、ざわつく客席。口々に『北野博士……』という声が細波(さざなみ)のように広がった。

 それはマイボの前身、超高性能ダッチワイフもどきのアンドロイドを作ったインパクトがいまだに人々の脳裏に深く刻まれているようで、称賛を意味するざわつきではなく、声を落として囁き合うようなどよめきだった。


「あれは明らかに女性蔑視ですわ」

 つい我慢できずに漏らしたオバサンの言葉が会場を渡り、ざわつきがもう一段高まった。

「違う。男のロマンさ」

 どこから聞こえたのか、囁きとも訴えとも取れる声が引き金となって、

「なんでアンドロイドっていつも美少女なのよ」

「そうよ。イケメンのロボットだって欲しいもん」

 と別のところからの声。


「だめだめ。アンドロイドは女性に限る」

「ほんまや年齢制限も設けるべきやで」


 それへと向かって――、

「そうそう、年寄りとブサイクなのは見たくな~い」

「まっ! 女性差別よ! 今のは問題発言です!」

 明らかにオバサンの怒鳴り声。


 しかし中にはマニアたちの声も上がる。

「北野博士の作ったアンドロイドのフィギュア欲しい……」

「確かにあのアンドロイドは綺麗で色っぽかった」

「そうだそうだ。オレもそう思った。あんな彼女欲しいぞ」


「やだ。嬉しいこと言うじゃない」

 と頬を染める(染めたように見える)マイボ。体をくねらせて色気たっぷりの仕草で、声のしたほうに前足を振ろうとしてアキラに押さえつけられ、

「いつまで待たせるのです。早く始めなさい」

 ステージではキヨ子が喚いているし……。


「スジタカシ、何してんだ。子供も大人もないだろ。早く始めろ~」

「ハジタカシだろ?」

 面白半分の野次馬も騒ぎ出し、

「それよりこの子、北野博士の関係者みたいだぜ。もしかしたらアンドロイドかもよ~」

 別の一角からも大きな声が上がる。


「失礼な! 私は緑川キヨ子、れっきとしたレディです!」

 客席に向かってキヨ子が怒鳴り返す。


「背中にアンビリカルケーブルでも接続されてないかぁ?」

『いろいろな方面のマニアが集まっておるな』

「ロボットのパーツ売り場やフィギュアの売り場もあるからね」とマイボ。

「オレなんてロボヲタ兼アニヲタなんだぜ」

「自慢するな!」

 何だか違う意味ではあるが、急激にクイズ大会が盛り上がってきた。



 数分して――。

 再び登場する司会者にライトが当てられ、客席が沈黙する。

「お待たせしました。協賛のヨドノバシカメラのお偉いさんと、我がティヴィーのディレクターとの協議の結果……」


『これってテレビにも流れるのであるか?』

「ケーブルテレビよ」マイボがアキラの背中からポツリとつぶやき、

「ローカルのね……」

 補助的情報を付け足した。


「ケーブルテレビでもキヨ子先生の晴れ姿が見れるのよ。いつ放映かな? 録画しなきゃ」

 相変わらず恭子ちゃんは拝み倒し、ようやく司会者が高々と手を挙げた。

「小学一年生に、大人向けの問題を出しちゃいまぁ──す。前代未聞の大事件。題して『小学生のくせに答えられるものなら答えてみろ! 大人を舐めてんじゃねえぞ』でぇぇぇす」


 再びキヨ子が鼻を鳴らす。

「長ったらしいラノベのタイトルみたいなことを言ってないで、さっさと始めなさい」

「そうだそうだ。最近妙に長ったらしいぞ。背表紙が窮屈でしょうがない」

 またどこかから野次が飛ぶ。


 司会者は眉をひそめながらも手を上げ、やにわに大声で宣言。


「第一問!」


 ジャジャン!


 インパクトのある音が響き、それなりに演出効果は良好だった。


「コンピュータ世界での数値は………………」

 妙な間が空き、

「………………二進数ですが~」


『古臭い引っ掛け方であるな』

「静かにしてよゴア」


「人間世界の数値は何進数でしょう?」

 秒針の進む効果音と、それなりの音楽。そしてそれに合わせて色の変るスポットライト。

 そのステージでキヨ子がきょとんとした。


「これに正解しますと1000円券ですが、小学生には酷な問題でしたねぇぇ。難しすぎましたよねぇぇ」

「あの……。司会者の方?」

「はいはい。お答えは?」

「これは日本国内のことを示してますの?」

 6歳児は可愛らしく小首を傾ける。

「国によっては異なる場合があります。現在でもフランスの一部では20進法が残っていますし、マヤ文明ではそれに加えて5進法も含んでいますが……マヤ人は人類ではないと?」


「あひ?」

 再びクイズが中断。音楽も途切れ、司会者が引っ込んだ。


 少しして音楽が再開。

「え~っと。キヨ子ちゃんの指摘のとおり。『人間の世界』と言う部分が不適切と判明しましたので、ここはひとつ日本でぇぇぇ~ということにします」


 何だかいい加減なクイズ大会であるな。まぁこちらも賞品目当てだとはっきり言い切っておるし……。


 キヨ子は切れ長の目で司会者を睨み、

「そんな低次元の問題を私に出題するのですか?」

「お──っと。高飛車なお言葉。まだ最初の問題ですので……それより6歳の女の子に答えられるのでしょーか」

 マイクに唾を飛ばす司会者を睨み倒したキヨ子、

「ふんっ、なら十進数と答えておきましょう。それとも英語で『Decimal』と答えたほうがよろしかったのですか?」


「え? あ──はい。正解」

 あっさりと答えたキヨ子にわずかに焦りつつも、司会者は1000円と書かれた大きなカードを手渡した。

「さてキヨ子ちゃん。次どうしますか? ここでやめれば1000円のお買い物をして帰れますよ。お寿司でも食べますかぁぁ?」


 キヨ子はぽいとカードを投げ返し、

「1000円ぽっちで、なにが頂けると言うのです。さっさと次へ行きなさい」

 荒い鼻息と共に冷たく言い捨てた。


 プリンなら三つほど食べられると思うが……。

  

  

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