12-2 救出会議は女子会へと変貌する
土曜の午後2時。北野家の玄関。
「はぁい、いらっしゃい、キヨ子さん」
妙に色っぽい声のNAOMIさんに出迎えられて、我輩はキヨ子と共に家の奥へと通された。
「ヘンタイは?」
「学会へ行ったわ」
もはや博士の威厳も尊厳も残っていない。
「やはり土曜の午後を選んだのは正解ですわね」
「そうね。研究室使い放題よ」
「ヘンタイ爺さんの好奇心は尋常ではありませんから、宇宙人を飼っているなんて知れたらとんでもないことになります」
我輩は飼われているらしい……。悲しいことである。
「うん? どうしたのだ?」
キヨ子はそわそわした様子で、辺りを見渡していた。
「私の連れ添いは?」
「恭子ちゃんを迎えに行ったわ」
黒い瞳を部屋中に巡らせてアキラを探していたキヨ子は、その言葉を聞いて露骨に嫌な顔をした。
「なんで、あんな乳女を呼んだのです」
おいおい。妖怪蛇オンナみたいだぞ。
「だって、あの子もメカ女子で電気関係に詳しいし、妙案が浮かぶかもしれないって、アキラさんが……」
「まだこだわっているのですねあの人は。ほんとに私という妻がありながら」
小さな赤い唇を尖らせて頬をぷぅと膨らませる姿は幼児なのだが、口調は三十路過ぎの鬼嫁なのである。
「まぁ。女子会は人数が多いほうが楽しいじゃない」
マイボはキヨ子をなだめるように言うが、なんだか意向が違うような気がするのだが……。
『NAOMIどの、今日は我輩の救出会議だと聞いておるが?』
「イロイロ喋って発散するのよ」
『ここで晒し者になっているほうが、何かと溜まってくるのだがな』
「……ちょっとお茶の準備するわ」
『こら、無視するな』
部屋の奥へ戻る金属製のイヌをスマホのレンズですがめて見る。最近慣れてきたのか、器用なことができるようになってきた。
「キヨ子さんのお茶はいつものレディグレイでいいでしょ?」
奥から食器の音を響かせながら、マイボがワゴンに乗せたティセットを後ろ肢二本で立って押して来た。
テレビでよく見る芸をするイヌのロボット版である。こいつもある意味器用だな。
「こんにちは……」
やがて涼しげな声と共に、目映いばかりの少女が静々と部屋に入って来た。
「はい。恭子ちゃんも来られましたよ。ささどうぞ」
こいつはこの子の召使いと化しているし、我輩といい、互いに情けないの一言である。
「北野くん、わたしまで御呼ばれしちゃっていいの?」
「誰も呼んでなんかいませんわ」
恭子ちゃんは打たれ強い。キヨ子の嫌味も跳ね返し、
「キヨ子先生。お久しぶりです」
薄茶色のブレザーを大きく盛り上げた上半身を丁寧に折って頭を下げた。
「ふんっ。NAOMIさんの忠告を守って、正しいサイズの乳バンドをして、そんな短いスカート……。あくまでも私と張り合うつもりですね」
キヨ子はロケットの絵が描かれたワンピースの裾を少し持ち上げ、赤い水玉模様のパンツをアキラにちらりと見せた。
「はいはい。キヨ子、可愛いパンツはいているね」
「ほらみなさい。私の勝ちね。悔しかったらあなたも見せてごらんなさい」
「『ええっ!』」
アキラとそろって恭子ちゃんへ視線を振る。男だからな。だろ? 青年?
「さぁ。みなさんお茶の準備ができたわよ」
ポットを載せたワゴンを押してきたマイボがあいだを遮った。
「『こら邪魔をするな!』」
「なに言ってるのよ、あなたたち?」
「北野くん、この携帯なぁに? さっきから喋っているけど……何かのアプリが起動しているの?」
恭子ちゃんは好奇の目で我輩を見つめ、柔らかそうなまつ毛を何度も瞬かせていた。
おぉ。早速挨拶をしなくては失礼にあたる。ここは正式な地球のマナーに則って、
『初めまして藤本さん。して、胸囲はいかほど?』
「わぁぁぁぁあ!」
スマホに飛びつくアキラだが、何をそんなに慌てておる?
『女性と初めてあったときの挨拶ではないのか? 博士がしておったぞ』
「そんな挨拶があるかよ。あれはジイちゃんが女の子の身体データを取るクセがあるからだよ」
『そうなのか……。我輩もおかしいとは薄々感じておったのだが……これは失敬、失敬』
というより、爺さんのそのクセは痛いな。
「これ新しいアプリでしょ。音声認識技術を利用した会話ゲームなの?」
恭子ちゃんのニコニコ顔が我輩に迫る。
レンズを通して拝顔する清楚なお姿は美少女コンテストを堂々と一位で飾っただけのことはある。
ここらで真相を明かしてもよい頃合いだな。何を隠そう、本当の順位は399票が恭子ちゃんで八木原さんが1票だった。こんなつまらん結果など知っても面白くもなんともない。ちなみに八木原さんへ一票入れたのは、やはり塚本くんであった。
な? キヨ子と我輩が作った順位のほうが、はるかに笑えただろ?
「このアプリ誰が作ったの? キヨ子先生?」
ふぉぉ。ほんとうにお美しい。
スマホの画面(我輩)を見つめる可憐な瞳に吸い込まれそうだった。
厚手のブレザーの上からでもわかるスタイルのよいプロポーションと、端正な顔立ちはこの世のものとは思えない美しさを醸し出している。透き通る薄桃色の肌はとても滑々しており、触れてみたくなった。
『恭子さん。我輩はゴアである。宇宙からとある理由でやって来てた電磁生命体なのです。今は緑川家でやっかいになっております』
「ゴア……さん?」
黒く濡れたような長い髪を背中でたゆませて、小首をかしげる仕草は奇跡のように美麗である。
「私の携帯に取り憑いているのです」
『だから我輩は妖怪でも幽霊でもない。電磁生命体である。宇宙からの使者、ゴアなのだ』
「迷子さ」
おい、アキラ。二文字で片付けるな。安っぽいだろ。
「どういうこと?」
好奇心で揺れる瞳を潤ませる恭子ちゃんに、
「まぁ。ゆっくりと説明するから、お茶を受け取ってよ」
マイボがワゴンを押してテーブルに着けた。
ずずずずず。
濁音を並べたくってキヨ子がお茶をすすり、恭子ちゃんは、朱唇をほんのわずかに茶器に当て、まったく音を立てずに頂いていた。上品もここまでくると優雅な芸術である。
「宇宙からお客さんが来るなんて、やはり北野くんのお家は一風変わってるわね」
「それは褒め言葉として取っていいの、恭子ちゃん?」
「類は類を呼ぶという意味でしょ」
相変わらずキヨ子は機嫌が悪い。
気まずい空気を何とかしなければ……。
『ロボット犬にヘンタイ博士。スーパー頭脳の6歳児。そろいもそろって、どれもおかしな連中であるな』
「「「お前が言うなっ!」」」
そ、そんなに声を合わせなくてもよかろうに……。
恭子ちゃんは、うふふと優美に微笑み、お茶をすする。
あぁ。あなたは本当にお美しい。
「で、ヘンタイ生命体の考えは? どうしたらいいのです」
『我輩まで博士みたいに扱わないでくれ。我輩は、』
「ゴアさんね。よろしく。わたし藤本恭子です。キヨ子さんの助手をしています」
『あなたも動じないタイプですね。我輩は宇宙人なんですよ』
「ねぇ北野くん。どこの星から来たの?」
「よく分からないんだけど。太陽系内ではないよね」
『我輩はここから7900光年彼方の……』
「あ、そうそう。源ちゃんがね、ブレーカーのフローチャートができたから、今度キヨ子さんに見せるとか言ってたわ」
「すごい。キヨ子先生。助手にも何かお仕事ください。ソースコードの入力でも何でもしますから」
結局我輩の話しなんて誰も聴いてくれないのであった。
「何が助手ですか。私はあなたになんかに助けを求めてませんわ」
「お願いします。助手にしてください、キヨ子先生」
『そんなことより、我輩は地球外生命体であるぞ。しかも宇宙的にも珍しい、電磁生命体なんだ』
「ねぇ。この堂島のロールケーキ美味しいわねぇ」
あのね。ロボット犬が口の周りに生クリームを付けてって、あり得んだろふつう。
「マイボ。僕にもちょっと食べさせてよ」
『またシッチャカメッチャカになってきておるぞ! 一回、お前ら落ち着け。とにかく我輩の話を聞くのだ』
我輩はスマホのバイブをブルブル震わせて、その場を制した。
『今日の議題はなんだ、忘れたのか!? ったく……ケーキを食ってお茶飲んで、これではまるで女子会ではないか。 違うだろう?』
どうして宇宙人の我輩が人類のあいだに入って取りまとめなくてはいけないのだ。
「で? モグモグ……あなた……モグ」
キヨ子どの、食べるか喋るかどちらかにしてくれ、さっきからクリームがスマホに飛んできておるぞ。
恭子ちゃんはティカップを品よくテーブルに戻し、
「ゴアさんが宇宙に帰るにはどうしたらいいのですか?」
端正な面持ちを傾けた。
『恭子ちゃんだけが唯一まともであるな』
「んですって!」
溜め息にも似た我輩の声にキヨ子が強く反応した。いきなり立ち上がりって、スマホ相手に息巻く。
「あなた。このポットに沈めて差し上げましょうか」
『お、お断りするのである』
「ようするに、大気圏の外に出ればそれでいいだけでしょ」
いやいや、それが簡単ではないのだ。
『重力の影響で、我輩は空中に漂うことができないのだ』
「電磁線が地球の重力ぐらいで影響受けますか?」
『それがよく解らぬ。生命体である以上、引力の影響を受けるようなのだ』
「それだったら、JAXXAの打ち上げの時に一緒に上げてもらったらよかったのに」
『このあいだ行ってみたのだが……』
「シーケンスが延期になったのは、まさかあなたのせいではないでしょうね?」
『我輩は関係ない。内之浦へ行ったときには、当の昔に打ち上げられており、閑古鳥が鳴いておった』
「私はどう考えても、あの延期になった原因が解せないのです」
「どうしてですか先生?」
「打ち上げシーケンスのプログラムを拝見させてもらいましたが、バグらしきモノは無かったのです」
「そんなもの一般人が見れるもんじゃないだろ?」
「あたしがこっそりコンピュータに侵入して、コピーして来たのよ」
アキラは頭痛でもするかのように眉間を指で絞り上げた。
「そんなことして……バレたらどうすんだよ」
「どちらにしても日本ではしばらく打ち上げがありませんから、NASAにでも行って、忍び込むしかありませんわね」
「ちょっとぉ。だんだん話がヤバい方向へ行ってない?」
「アメリカ旅行かぁ……いいわねぇ」
「マイボはダメ。連れて行かないからね」
律儀に恭子ちゃんが手を上げて言う。
「海底ケーブルを伝えば、電磁生命体ですから瞬時に向こうまで行けませんか?」
「ふ~ん……」
腕組みをしていたキヨ子が呆れ気味に息を吐いた。
「やはり胸の大きな女は頭の中が空っぽなんですね」
「ちょ、ちょっとキヨ子。ここが炎上したら困るだろ。そんなひどい言い方しないでよ。一部の皆さんごめんね」
「アキラさん。謝る必要はありません。私はこの乳牛に言っています。海底ケーブルは光ファイバー製です。電気信号にとっては絶縁物なのです」
『そうです。我輩は電磁生物と言っておるが、光ではなく電気が主体なのだ。つまり光ファイバーは通れないのである』
「そりゃそうでしょ。電磁性ノイズの侵入を防ぐための光データ転送ですからね」
「ケーブルの被服に含まれている金属繊維に伝わって行けば?」とは恭子ちゃん。いいアイデアだと思ったのだろうが。
「あなた馬鹿ですか。それこそ『地獄へ落ちろ』ですわ」
「えっ?」
『恭子どの。電磁生命体は地面に触れると死ぬのです。ケーブルの金属繊維の電位は地面と同じなのです』
「へぇそうなの? 光ファイバーって電気が流れているんじゃないのかぁ。あれ? でもインターネットできるよ」
「アキラさんまで……なんと次元の低い……」
キヨ子は大仰に溜め息を吐き、ティカップを摘まむと最後の一滴までお茶をすすり上げた。
「電気信号を光に変えて送信。受信元で元の電気信号に変換するのです。だからケーブルの中は光だけしか通っていません」
「やっぱりキヨ子さんの携帯に入れて、NASAまで運ぶしかないわね」
「誰が行くの? お金は誰が出すの?」
『トラベラーズカードを持っておったのだが、今は手ぶらで難儀しておる』
「つまり?」
『オケラである……』
「密航でもする?」とアキラ。
「NASAのロケットに入ると当然密航となりますね。しかし携帯電話をロケットに積み込ませることは絶対に不可能。それより旅客機ですら、こっそり忍び込ませることができたとしても、忘れ物係りか、紛失物保管室に放り込まれるのが落ちです」
『いや。向こうへ行きさえできれば、NAOMIさんのハッキングでロケットのシステムに侵入することは可能である』
「じゃあ。国際宅配便で送ったらどうですか?」
「誰が送電線と携帯を接続するのです。乳女には向こうに知り合いでもいるのですか?」
「恭子ちゃんって呼んであげてよ」
可憐な少女は頭を振る。
「知り合いはいません」
乳、という言葉は気にしないようだ。どうやらこの子もこの連中と同類のようだな。
「アキラさん!」
「どうしたのマイボ。急に大きな声出して……」
「ヨドノバシカメラのクイズ大会。あれ賞品がNASAへ招待だったわ」
「優勝すればの話だろ」
「ふふん……」
『おいおいアキラ、キヨ子が鼻の穴を大きく膨らませておるぞ』
「そっかキヨ子がいたか……」
「キヨ子先生なら優勝間違いなしだわ」
「ふん。乳のクセに良いことを言いますわね」
ちち、ちちって……。恭子ちゃん、胸囲はほんとうにいくつですか?
アキラと我輩は恭子ちゃんのバストを見つめ……。
『どぁぁー!』
いきなりマイボにテーブルから叩き落された。
「ごめんあそばせ。ちょっと用紙を取って来るわ。待っててね」
アキラは「もう」とか言って我輩を拾い上げてくれたが、乱暴なイヌだな、マジで。
NAOMIさんはチャッチャと爪の音を床に叩き付けながら、一枚の紙切れを咥えて戻ってきた。
「詳細はここに書いてあるわ」
「優勝者2名をNASAにご招待だって」
アキラはニコニコして、
「恭子ちゃん一緒にNASA行けるよ」
「バカですかあなた。私がクイズに答えるのですよ。なぜ答えてもいない乳が行けるのです」
「名前で呼んであげてよ」
「わたしは遠慮しときます。パスポート持っていませんし……」
「当たり前でしょ。ここはひとつ新婚旅行を兼ねて、アキラさんと行くことにします」
『おーい。まだ優勝もしていないし、それより我輩が蚊帳の外にはじき出されておらぬか? 新婚旅行ってなんだ。また話がズレてきておるぞ』
「でもキヨ子さんの頭脳を持ってすれば、優勝は間違いなしでしょ」
「早速パスポート作らなきゃ。恭子ちゃんもいい経験だしパスポート作ろうよ」
「でもわたし飛行機乗ったことないの」
「行くのは私です」
「幼児は膝に乗せていけばタダになるよ。ね? マイボ?」
「電車じゃないのよ。アキラさん」
『お~い。お前らまた我輩のコトを忘れておるぞぉ……』
ったく揃いも揃って……。
続くぞー。