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我輩はゴアである  作者: 雲黒斎草菜
第一巻・我輩がゴアである
14/100

12 女帝、緑川キヨ子は我輩のご主人さまである

  

  

『キヨ子どの……?』

「なぁ~に?」

 よく見るとキヨ子はドングリのような丸い目玉をクリクリさせていた。

 なんだ、ガキモードか。こりゃ話しにならんな。


『いやなんでもない。また今度遊ぼうね』

「なんでー? いまあそぼうよ」

『い、いや。今はやめておこうね。あんた子供モードのときはムチャクチャするから……』

「いいじゃん。あそぼ~。ふん、ふん、ふふ~ん、ふん、ふふ~ん」


 キヨ子は我輩を握り締めると、鼻歌を奏でながらスキップを踏んで部屋を出て行った。

 まさか、その方向にあるのは……。


『うぉぉぉ。我輩を持ってトイレへ行くのはやめてくれ。まんがいち便器の中に落とされた日には、我輩の命の源、電荷が地面に流れてしまうのであるぞ』


 必死に懇願するものの、まったく聞く耳を持たないのがガキんちょモードのキヨ子だ。スーパーモードだからといって安心はできないが、ガキモードの時はもっと性質(たち)が悪いのである。


 キヨ子は我輩を持ったままトイレのドアを片手で開けて、

『い、いや……。あのね、キヨ子ちゃん。便座に座って脚をプラプラするのは、いいけど、頼むから我輩を落とさないでくれよ』

「ねぇ。パズドラドラしようよ」

『あのねトイレで遊ぶのはやめようね。落としたらえらいことになるでしょ』


 お~い、片手で持たないでくれ。


『だ、だめだ! NAOMIさ~ん。聞こえたら助けてくれぇ。ガキモード解除だ。解除ぉ~。スーパーキヨ子、カムバークッ!』


 ばんっ!!

 ガンガラガッシャ~ン!


 強烈な衝撃と共に我輩はトイレの中から外に投げつけられ、廊下を激しくバウンドして一番奥の壁にぶち当たり、再び数メートル弾き戻ってようやく停止した。


『痛ででででぇぇえぇ~』

 しばらく激痛が走り、意識が消えそうになる。


「な、な、なんて破廉恥な。女性のトイレに一緒に入るなんて、言語道断! あぁぁ忌々しいっ! いい訳は聞きません。いますぐお風呂に叩き込み成敗してあげますわっ!」

 廊下に転がる我輩をキヨ子は拾い上げると、怖い顔をして風呂場へと足早に向かった。

『ま、待ってほしい。我輩をトイレに連れ込んだのはあなた様です。決して好んで入ったわけではありません』


「私がなぜあなたをトイレに持ち込むのです。意味がわかりません!」

『あ、あのですね。童女状態のときの記憶はないのですか? キヨ子どの……』

「ありません。子供モードとスーパーモードとで脳が切り替わるのです」

『ぜ、ぜひ、子供モードの記憶をトレースしてみてください。パズドラドラを一緒にやろうとお誘いくださったのは、キヨ子どのですぞ』


「ふん。ウソおっしゃい。今日と言う今日は許しません……」


『ちょ、ちょっと落ち着いて聞いてください。我輩を携帯機器に閉じ込めるから問題が起きるのです。幼女モードのキヨ子どのは我輩を喋るオモチャか何かと勘違いしております。ぜひここから出して元の電灯線へ戻してください。そろそろ腹も減ってきておりますし……』


「…………………………」

 無言だったが、鋭く尖った気配は本気だ。

 キヨ子は蓋を開けた浴槽の上で、摘まんだ携帯をプラプラさせた。

 2本の指を開いた瞬間が処刑の瞬間である。


『うぉぉぉぉ。神様~』

 絞首刑台で首にロープを通された賞金稼ぎのガンマンのシーンが脳裏を駆け巡る――人間みたいに惰眠を取る必要のない我輩はイロイロな映画を見まくっているのである。


『あぁあ。マカロニウエスタン、バンザ~イ。カリンちゃんサヨナラ』

「カリンって誰です?」

 ふっと手の揺れを止め、キヨ子がスマホのレンズを覗き込んだ。


『我輩のいいなずけです……』

 相手は地球人なのだ。適当なウソを吐いてもかまわないだろう。


「将来を約束した人がいるとは……私と同じ境遇ですわね」

 とつぶやき、肩の力を抜いて風呂のフタを閉めた。


 ふひぃぃぃ。助かった……。


「スマホから出なさい。一時釈放です」

 我輩は犯罪を犯した覚えは無いのであるが……。

「痴漢行為は立派な犯罪です」

『それは冤罪で……いや。すみません』

 スマホの尻に充電コードが差し込まれ、久しぶりに外から流れ込む新鮮な電荷に思わず深呼吸。


『ふはぁぁぁぁぁ~。生き返る~』

 たらふく電荷を吸い込んだ。


 そして急いで屋内配線に逃げ込み、いちばん高い位置にある照明器具の差込口まで、ひと息に駆け上がった。

 別に煙と何とかは高いところに上がる、ではないぞ。キヨ子の手の届かない位置に行きたかっただけである。


 気が済むだけ背筋を伸ばして、ついでに屈伸運動をして凝り固まった電荷を解す──関節など無いがな。


「キヨ子どの、感謝するぞ」

 我輩のつぶやきに、彼女のサラサラとした前髪がふわりと持ち上がり訝しげな視線を天井へ向けた。

「今、強い電磁波を感じましたが、私の耳には音波となって届きません。会話をするならスピーカーの入っている家電に入りなさい」


 そうであった。急いでダイニングに置いてある32インチのワイドテレビに潜り込み電源を入れる。

『――キヨ子どの、釈放感謝いたす』

 映っている女優が喋っているみたいな絵図らになっているが、ひとまずこれで会話が成立する。それにしても『釈放』などと身に覚えの無い言葉を綴るのは腑に落ちないが、かといってまたとっ捕まるのも嫌だ。


「仮釈放であることをお忘れなく。NAOMIさんにスキャンをしてもらえば、あなたがどこに逃げても、数ミリ秒以内に見つけ出し、サージ吸収回路を接続する準備を整えますからそのつもりで」


『サージ吸収回路とは?』


 キヨ子は魚群探知機を見つめる漁師のような鋭い視線でテレビ画面を見つめた。

「ゴキブリ捕獲器です」

『我輩がゴキブリだと?』

「それ以下です」

『………………』

 宇宙的に稀有な存在の電磁生命体をゴキブリ以下と言い切る、その自信満々の態度。逆に感銘を受けた。


 ゴキブリでも何でもいい。今はこの開放感に浸ろう。

『はぁ~あ。シャバの空気は美味いのである』

「あなたにタダで空気を供給する気はありませんよ」

『ハァ?』

「あなたは私のしもべであることをお忘れなく。私が呼んだらどこにいても急行すること。そして絶対的に服従すること」

『断れば?』

「数ミリ秒で監獄へ戻ってもらいます」


 どこまで厳しいんだ。でも背に腹は変えられないのである。

『承知しました……』


 どのような理論を確立したのか知らないが、キヨ子は我輩の存在位置が確実にわかっている様子で、いくら気配を殺して慎重に屋内配線を通ってもあの怖い目で我輩を射抜いているのである。


「私のデリケートな前髪は電磁波に敏感に反応します。あなたがどこにいても察知していますので、もう覗き行為はできませんからね」

『だから、してねえって!』

 たまたま見えただけなのに、いつまでも根に持つガキである。ほんと。そんなマナ板みたいなの見ても仕方が無いだろう。ママさんのなら別だが……。


 うおぉ。キヨ子、怖ぇぇぇ。て、テレパシーもできるのか?



 そしてその日の夕刻遅く。

 インターフォンの音が響き、久しぶりにママさんと玄関へ移動。

 ああぁ。この移動感、のびのびするのである。


「たらいまぁ~」


「また酔っ払って……」

「また酔ってやがる」

 ママさんと同意見で、我輩は玄関にうずくまるだらしない姿を見遣る。

 今日もコミュニケーションネットワークを構築してきたのであろう。その様子は至極ご機嫌だった。


 パパさんが酔って帰ってくると、ママさんはその時々で機嫌が変化する。妙にいそいそするときもあれば、完全無視をするときもある。だがキヨ子の場合は常に機嫌が悪い。


 とばっちりを受けるのは嫌なので、パパさんが風呂から上がるまで我輩は最も宇宙に近い場所へ避難し、夜空を見上げて時間を潰すこととした。ぎすぎすした人間関係の狭間には近寄りたくないからである。


 このデジタル放送の受信アンテナから、あの星まで何光年あるのだろうか……あぁ。電波のように空中を彷徨えることができたら、簡単にツアーに戻れるのに……。

 はぁ~あ。太陽系ツアーの連中は今頃、水星か金星で太陽風を浴びながら優雅に日光浴を楽しんでいるんだろうな。カリンちゃんの水着姿……見たかったな。


 しかしなんだな。ツアー客が一人迷子になっているのに、誰も救助にも来ないなんてけっこう無責任だな。


『――そうか……救助活動はしているけど、この宇宙は広すぎるんだ。しかも……』

 我輩が地球に落ちたなんて誰も想像していないのだ。だって、あれほど近寄るなと言われておったのだからな。逆に救助されたときのほうが恥ずいな。どの面下げて帰ると言うのだ。



「ちょっと来なさい。宇宙人!」

 下からキヨ子どのの声がする。すぐにそこを離れて彼女の部屋へ飛んで行った。命令を従順に聞くことを条件に、我輩はスマホを出ることを許されたのであるから、とりあえずしばらくは言いつけを守ることにした。どうせ行く宛ては無いし、せめて少しでも理解を示してくれているキヨ子どのや、アキラのそばにいたほうが案外早く宇宙へ戻れるかもしれないのである。


「聞こえないのですか、宇宙人!」

 我輩には『ゴア』という名があるのだから、名前で呼んで欲しいものだ。


《はいはい、何でしょーか?》

 文句を垂れながらも、彼女の部屋に入り、引き込み線を通りながら返事をする。するとキヨ子は、迷惑そうな顔で天井付近を睨んだ。

「また電磁波を放出して……。その状態では私と会話はできないと言ってますでしょ。その辺のテレビかパソコンに憑くのです」

『憑くって、我輩を魑魅魍魎(ちみもうりょう)と一緒にしないでくれ。我輩はゴアなのだ』

 キヨ子専用の18インチテレビのスピーカから訴えるものの、

「宇宙人も妖怪も似たようなものです」

 だいぶ違うと思うのだがな……。


「明日、ヘンタイ博士の研究室で会議をします。あなたも同席なさい」

 それにしても猛烈に上から目線のガキであるな。


『なに用でしょうか、お嬢さま……』

 もうほとんどキヨ子の召使いである。カリンちゃんに見せたくない姿なのであるが、これも無事に生還するため仕方ないのだ。


「あなたを宇宙へ帰す方法を議論いたします」

 ほらね。何だかんだ言っても、キヨ子どのは我輩のことを考えてくれておるのだ。


「これ以上、あなたにタダ飯を与える経済的余裕が我が家にはありません。このあいだの電気代を見て、お母さまが卒倒しかけたのです」

『それなら電柱へ行って、公共の電力を吸ってきますが……』

「それも同じことです。税金の無駄遣いになります」

 我輩を厄介者扱いしないでくれ。


「どちらにしても早く帰りたいのでしょ?」

『はぁ。そりゃそうです』

 では明日、午後2時、私のスマホに取り憑きなさい。研究室に向かいます。

『だから幽霊ではないのだ。我輩はゴアで……』

 キヨ子は我輩の言葉を最後まで聞かず、部屋の照明とテレビを消してベッドに入った。


 このガキ、聞いちゃいねえよ。

 虚しさいっぱいの電磁波を空に向けて放出したのは、当然のことである。

  

  

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