11 美少女コンテストは秘密裏に
「ただいまぁ~」
「お帰りなさい。あ、な、た」
自宅に戻るなり片足を滑らせて、仰け反るアキラ。
「な……っ。キヨ子。気持ち悪い」
「おかえり、アキラさん。どう? あたしが教えてあげたのよ」
たたたと軽い足音と共に出てきたマイボが尻尾を振って自慢げに言うが、
「どうもこうもない。なんだよ、キヨ子の口紅」
制服の内ポケットからスマホを抜き取りながら、アキラは腐ったバナナでも見るような目でキヨ子を見つめ、我輩は大きな疑問にぶち当たる。
『ほう。なぜ唇を赤く塗るんだ? どこかの原住民みたいだな』
キヨ子は尖った目でスマホを睨んで喚いた。
「宇宙人ごときに言われたくありません。これは女のたしなみと言うモノです」
『女を足すのか?』
「女を足したり引いたりしないで。これは化粧です」
『さいですか……』
電磁生命体にはどうでもいいことなので、ぞんざいな返事をしつつ、
『ところで二人して何をしておったのだ?』
「女子会よ」とマイボ。
『じょしがい?』
「それだと、『女子貝』になるでしょ」
「女性だけが集まって、ダべるのです」
『ダべる、って、それは死語ではないか』
「何を言うのです。ダべるとは『駄弁』を動詞化した、『駄弁る』です。これは由緒正しき日本語と言えます。それより女子会を理解できないあなたが、なぜそんなことまで知っているのです? よくわからない宇宙人ですわね」
『それが我輩のナウいところなのだ』
「それが死語です」
「………………」
今年小学校に入ったばかりの幼児に指摘されたくないのだ。
マイボとキヨ子は向き合って座っており、ティーカップには琥珀色の液体が湯気を立てていた。そして小皿に載せられた小さな紙包みは綺麗な色だ。たぶんあれはお菓子と呼ばれる栄養補助食品であろう。ママさんが家事の合間によく口に放り込んでいるのを目撃しておる。
『なるほど。女子だけの会合であるか……それでアキラは参加しないのか……ん? あんな部屋の隅で何をしておる?』
アキラはさっと我輩に歩み寄ると、片手で摘まみ上げ、カメラのレンズに向かって怖い顔をした。まるで自画像を撮影する寂しい青年のようだ。
「静かにしてよ。バレるだろ」
『男子会でもやるのか、アキラ?』
「投票券を作るんだから黙っててくれる? あの連中に知れると無茶苦茶にされちゃうだろ」
『ああ。あのコンテストに使う紙切れか……』
アキラはスマホを相手にシッと人差し指を唇に当てると、塚本くんから受け取った紙をコピーし始めた。
普通の家庭にしては大型のコピー機があるのは、ここが北野博士の研究室だという理由だろうが、それにしてもA4の紙切れをコピーするにしては騒音がひどい。アキラは1枚コピーしただけで中断した。
「音が大きいよ。まずいな」
『では我輩を女子会の輪の中に入れてくれるぬか。上手く気を逸らしてやるぞ』
一宿一飯の恩義を果たすときである。
何食わぬ顔をして、アキラが我輩をマイボの足元にそっと置いた。
すかさず、
『我輩も会合に参加させてくれぬか? 質問があるのだ』
「なんです?」
「どうしたの?」
6歳児にしてはあまりに知的な光を放出するキヨ子の黒い瞳と、ロボット犬にはあり得ない慈愛に満ちた瞳が我輩を見つめる。
『個人的なネットワークとは、なんである?』
「個人的……? 実際に存在する物理的な方法で繋がったネットワークを示したものではありませんわね」
『存在しないのにネットワークとな?』
「物理的に存在しないだけで、言い換えれば、コミュニケーションネットワークですわ」
『コミュニケーションネットワーク?』
「口コミとか、友人同士で行われる情報伝達のことよ」
『ふむ。人間関係と言うヤツか』
「宇宙人のクセに理解力がありますわね」
『バカにするのではない。我輩はゴアであるぞ』
「だからなんですか」
『………………』
一蹴されたら次の言葉が出んのだ。
「それよりあなた。ゴアとか名乗ってますけど、『虫プロ』の関係者?」
『虫? 昆虫ではない。電磁生命体である』
「キヨ子さん。そんな古い話、誰も知らないって」
「ゴアといえば地球侵略の悪役ですわ」
『失礼な。我輩はゴアである。親善大使だと思っていただければそれでよい』
「親善大使がノゾキをするのですか?」
『いや、それは誤解だと言っておろうが。お前たちと共に電車に乗りたくて、やむなくスマホに入り込んだだけなのだ』
「宇宙人が『乗りテツ』だったとは知りませんでした」
『何とでも言ってくれ……』
我輩ともあろう高等生物を大雑把に分類しやがって。なんだ『宇宙人』って、すごく安っぽく聞こえるだろ。
『我輩はゴアなのだ』
うむ。連呼するほど、だんだんと情けなくなってきた。
電磁生命体も舐められたものであるな。
スマホの中でしんみりすると、さらに気分が落ち込んでくる。
あ~あ。
『ところで、あいつは何をしておるんだ?』
アキラはコピーした用紙を八等分にハサミで切り離す、という地味な作業を部屋の隅で始めていたが、
「あと48枚か……」
たったの2枚目で大きく溜め息を吐き、こちらへ助けを求めるような視線を向けていた。
そして案の定――。
「ねぇ。盛り上がってるところ悪いんだけど……」
『盛り上がってなんかいない。一方的に我輩がいじめられておるだけだ』
アキラは無視して続ける。
「相談があるんだけど……マイボ」
「なぁに?」
「ネットを使って、アンケートの投票を内密にする方法ってないかな?」
せっかくそちらに意識が行かないようにしてやったのに根性のないヤツだ。もう弱音を吐いておる。
「投票用のホームページを複数拵えて、暗号化したデータでやり取りすればよろしいのでは?」
スーパーキヨ子の頭はいつも冴えておるのだ。
「でもさ。パソコンに記録が残るだろ?」
「あたしが完全消去してあげるわよ」とマイボ。こちらも心強い。
「アクセスしてきたパソコンや携帯にも残るだろ。400近く接続してくるよ」
「同じ数だけミラーサイトを作り、ひとつのアクセスにつき、ひとつのドメインで対処して、アクセス終了と共に接続先のデータを完全削除するスクリプトを起動させ……」
「わぁぁ。わかったよ、キヨ子。説明はいい。僕には理解不能だから」
『しかしそんなに多くのサイトをどこのサーバーに置くのだ?』
我輩もだてに地球製のネットを彷徨っているのではない。キヨ子ほどではないが、少しは詳しくなったのだ。
「NAOMIさんがサーバーになれば可能です」
「ほんとぅ?」
懐疑的なアキラの視線をマイボは平然と跳ね飛ばし、
「できるわよ。言ったでしょ。あたしに掛かれば1秒間に4000万データチャンネルへ同時アクセスできるんだよ」
なんと……。
なんだかこのイヌ、怖いのである。
「しかし、なぜそれほどまでに機密性を必要とするのです? たかがアンケートでしょ?」
「うっ……」
そこで言葉を詰まらせるのではない、アキラ。
「ぶ、文化祭のアンケートだからサプライズ扱いなんだよ」
「万年帰宅部のあなたが?」
キヨ子の洞察力は並ではないからな。
「つ、塚本からの依頼なんだ」
「……承知しました」
キヨ子は小さく首肯すると、すっと立ち上がり、ピンクのワンピースの裾をパンパンと払った。
「視聴覚委員会の委員長たっての願いとあれば断れないでしょ」
「な、な、な、なんで塚本のこと知ってんの?」
「なにを動揺しているのです? 夫の動向を監視するのは妻の努めです」
め、メモしなくては……。こんな女を嫁にしたらとても怖いのである。
「ではちょっとそのパソコンをお借りしますわよ」
「い、いや。ジイちゃんのパソコンはまずいでしょ。新しいファイルが作られたらバレるよ。」
「ヘンタイ博士が使うパソコン内のディレクトリ構造は暗記しています。一部を借りて、NAOMIさんにソースファイルを転送したら完全消去してしまいますから問題ありません」
「消去はできないって……」
「ふつうはそうです。ですがディレクトリの場所を保管したエリアからその実アドレスを割り出し、新たなデータで上書きしてしまうのです」
それを小学一年生がやってしまうのか。恐ろしい人であるなキミは。
「でぃれくとりぃ、って?」
いつまでも幼稚な質問しかしないアキラに、幼女は面倒臭そうに息を吐く。
「階層になったフォルダーです」
そしてマイボがアキラの目を覗きこむようにして、
「解かった?」
イヌに念を押されて肩を落とす。
「解かったような解からないような……」
キヨ子のキーボード捌きは相変わらずみごとで尊敬に値する。あっという間に作業は終わったらしく、マイボに転送の指示を出すとパソコンの電源を落としてから、鉛筆で書いたメモ用紙をアキラに渡した。
「インターネットでこのアドレスのページに入り、このパスワードを入力すると、自動的にドメインを選び接続されます」
「アドレスやパスワードはどうやって知らせるの?」
「塚本さんのコミュニケーションネットワークをお使いなさい」
「コミュニケーションネットワークって?」
キヨ子はギンと怖い目でアキラを睨むと、大きな声を出した。
「アキラさん!」
「あ、はい?」
「だんだん。猫型ロボットにくっ付いた金魚の糞みたいな少年に見えてきましたよ」
「ええぇ……?」
悄然と縮こまるアキラを尻目に、キヨ子は飲み散らかしていたティカップやお菓子の包み紙を集め、お盆に載せて立ち上がった。
「キヨ子さん。そのままでいいわよ。後片付けはアキラさんに任せるから」
「なんでだよ……お前らが飲んだお茶だろう?」
「それぐらいしなさい。何もかもキヨ子さんにおんぶに抱っこって、よくないわ」
よくできたロボット犬である。まるでお姉さんだな。
ところで、あなたはお茶も飲めるのか?
真偽のほどは定かではないが、ティカップは二人分あった。
その晩、我輩は久しぶりにキヨ子の家に戻ることができた。ただしダイニングのテーブルの上に置かれて放置プレイ状態でな。
『キヨ子どの、せめてバッテリーの充電をしてくれぬか?』
「お断りします」
この子は『S』だな。
勘違いするなよ、スーパーの『S』な。スーパーキヨ子のことだ。
マイボからのスピリチュアルインターフェースが強化されており、隣の家にまでその影響が及んでいるようで、スーパーキヨ子が消去されずに健在中だった。
「今日は、少し調べモノがありますのでスマホを使用します。と言っても、宇宙人には関係ないこと、CPUの動きを阻害する行動は許しませんよ。そんなことをすれば即刻お風呂に沈めます」
『こ、怖いことを言わないで欲しい。キヨ子どのの邪魔は決してしませんから、水没の刑だけはお許しください』
――覚えておけよ、こんガキ!
「キヨ子ぉ。お風呂入りなさい」
キッチンで夕食の準備をしているママさんの声に、キヨ子は我輩を乱暴にテーブルの上に置くと、
「一緒に入りますか?」
6歳児とは思えない、とっても怖い目をした。
『トンでもございません。キヨ子殿……』
我輩はバイブを派手に震わせて、テーブルの上を滑って逃げた。
「ふんっ」
派手に鼻を鳴らして風呂場へ消えるキヨ子の後ろ姿をジト目で見つめながら、
「あの優しいママさんの血を引くとは思えない怖い女であるな……」
キッチンの奥でマナ板の音を響かせるポニテ姿の女性へと、我輩は視線を移動させるのであった。
茹で上がったタコみたいに真っ赤になったキヨ子が、おかっぱ頭をバスタオルで拭きながらダイニングへ戻ってきた。
花柄の可愛いバスローブは女の子らしいのだが、細く切れ長になった目は雌豹のように獲物を射すくめる光を帯びていた。
「はい、キヨ子。ミルク飲みなさい」
ママさんの手によって注がれた真っ白な飲み物がテーブルに、そして同じ物が注がれた小皿が床にも置かれた。
それへと飛びついたのはミケだけで……。
「私をネコと同じ扱にするとは……」
キヨ子は床の上でしゃぶしゃぶしているミケを上から睨みつつ、腰に片手を当てて一気に飲み干すと、少時の間キヨ子はミケを見つていたが、
「さてと……」
おもむろにスマホ(我輩)を握り締め、ネットブラウザを立ち上げた。
しばらく電子工学のページを彷徨った後、短く舌打ちをする。
「ヘンタイ博士の偉業を未だに認めないとは……この世界も先がありませんわね」
『ヘンタイだとかひどいことを言う割に提督の能力は買うのであるな?』
「当たり前です。私もそれに手を貸しているのですから。正しく評価してほしいのです」
『何の研究をなさっておるのですか?』
「ディスクリート部品とバイオ回路との融合です」
『難しそうな研究であるな』
「ヘンタイ博士が真面目に研究してくれたら私もその甲斐があるのですが、すぐに女体のほうへと気が散るのです」
長く大きい溜め息を吐いて、
「苦労しますわ。まったく……」
切り揃えたサラサラの髪の毛が揺れる額を小さな手のひらで支える緑川キヨ子女史。6歳児にして人生の甘い辛いも知り尽くしておられるようである。
「たらいま。もろりましたヨ~」
帰宅したパパさんの声がインターフォンから流れて、キヨ子とママさんは食事を中断。ママさんが玄関へ小走りで駆け寄った。
『キヨ子どの。パパさんの様子がおかしいのだが、ご病気であるか?』
言葉を正しく喋ることができないようだ。言語中枢の麻痺的な症状が見られて、我輩はすこし緊張する。
『脳の機能不全かもしれないし……』
心配する我輩に向かってキヨ子どのは頭を振って言う。
「酔っているのです」
『酔う?』
「炭化水素の水素原子をヒドロキシル基に置き換えた水溶液を飲んで、一時的に脳の運動と言語野を麻痺させるのです」
『身体に悪そうだな』
「あのような状態にすることで、円滑なコミュニケーションネットワークが形成できるらしいです。私には理解できませんが」
「もう。パパ、臭いからアッチへ行ってよ」
『夫婦間のコミュニケーションは上手くいかないみたいだな』
「そうでもないみたいですよ。だから私が生まれたのです」
『ん…………?』
キヨ子の言う意味が、我輩には理解できなかった。
「キヨ子。たらいま」
近寄るパパさんから彼女は露骨に嫌な顔をして体を逸らした。
「おぉう。ひょうも(今日も)得意のハレーハイス(カレーライス)らな。オレも食うろ」
パパさんの訴えどおりカレーメニューの多い家ではあるが、そんなことよりあなたは何を言っているのだ? まともに言葉が並んでいないぞ。
キヨ子は切れ長の目をさらに細くした。
「お父様……」
「はいはい?」
「だらしのない姿を子供の前に曝け出し、かつ悪臭を撒き散らしながら醜悪で下品な言葉を放っていますと、あなたの娘は二度と近づかなくなりますが、それでもよろしいのですか?」
「んがっ!!」
地対空ミサイルに直撃されたような顔をしたパパさんが風呂場へと退散し、ドンガラガッシャーンとその中でこけていた。
せっかく気分よく帰宅したのに、気の毒な方である。
意気消沈してカレーライスをすくい上げるパパさんを尻目に、キヨ子は自分の部屋に我輩を持ち込むと、学習机の上に置き、上から金属に似たボウルを被せた。
瞬間に視覚、聴覚ともに寸断され、スマホの受信部も沈黙した。つまり圏外状態である。
全ての情報から遮断された我輩は慄き狼狽した。
『き、キヨ子どの……この半円形のケースは何であるか? 何だか息苦しい気がする』
「電磁シールドです。その中からはいかなる波長の電磁波でも漏れ出すことはできません。NAOMIさんから頂いてきました」
「ナオミさんも余計なものをくれて……」
キヨ子はほんの少しボウルを斜めに持ち上げた。さっと蛍光灯の光が差し込み、切れ長の目が覗く。
「ナオミではありません。NAOMIです」と告げて、再びぱたんと被せた。
よく意味が解からなかった。
『それは芸能人の名前ですか? それとも何かの略号?』中から尋ねる我輩に。
「私の好きなアーケードマシンの名称ですわ。New Arcade Operation Machine Ideaの略です」
「左様でございますか……」
やっぱり何だかよく解らなかったが、そう告げた後、キヨ子はなにやらゴソゴソしている。机を伝わるかすかな気配だけが外部から伝わって来た。
真っ暗闇の中でじっと耐えること、数分。
さっと明るくなり、
「さぁ、もういいでしょう」
キヨ子はイチゴ柄のパジャマに着替え上からカーディガンを羽織っていた。
『我輩は童女の着替えなどに興味はないぞ』
「誰のなら興味があるのです?」
『ママさん……』
うぉっ!
おっそろしい顔をするなキヨ子。我輩は正直なだけなのだ。
キヨ子はスマホを握り締め、
「水槽の中に落としますわよ」
2匹の金魚とガラス越しに目が合った。
『しゅみません……』
我輩が静かになったのを合図にキヨ子はスマホをすごい速さで操作した。どこかとデータの交換をしている様子なのだが、メールでも、いま流行のLINEでもない。数字と少しのアルファベットだけの文字データがとてつもない速さで流れていた。
『キヨ子どの? そのコミュニケーション形態は何と申すものであるか?』
「ただのデータ通信です。NAOMIさんと繋がっています」
『その数字の羅列……。もしや人間への解釈処理を行っていないコンピュータの生データではないのか?』
「そうです。16進数の羅列です」
『あなたにはそれが何を意味するものか理解しておるのか?』
ふっ、と息を吐くと、スマホの操作を止めてキヨ子は我輩を見つめた。
「当たり前でしょ。今、NAOMIさんに視聴覚委員長の素性を調べてもらっています」
『うぉっ……』
何となく怖いことが起きそうな予感がするのだ。
再び、幼女の視線は流れる数値を追い、上下に激しく揺れ動いた。
やがて――。
「やはりね……」
キヨ子の口元がわずかに吊り上がり、瞳の奥で妖しげな光が揺らいだ。
これは完璧によくないことが起きる前兆なのである。
それからそれから――。
だいぶ経った文化祭当日。
「投票の仕方を急きょオマエが持ち込んだ方法に変えたが、結果的には完璧だったな。俺のパソコンを調べたけど、投票サイトへ行った履歴も、ハードディスク内のキャッシュも全て消えていたぜ。さすが北野博士の孫だな。オマエ天才な」
「い、いや。そんなことないさ。その道にちょっと詳しい助手の人がいてね」
「お爺さんが工学博士だもんな。立派な助手さんがいるんだろな。オレもそんな家の子に生まれたかったな」
塚本くん。それが結構苦労するのだよ。
キヨ子が拵え、マイボが協力した投票システムは完璧に動作し、男子たちの清き一票は秘密裏に処理され、その結果は文化祭当日、午後12時、校内だけに張り巡らされたネットワークに繋がるすべてのディスプレイに堂々と流れた。
これもキヨ子の作ったシステムで、外部とは遮断されてたはずの校内LANではあるが、先日ヨドノバシカメラで行ったのと同じ方法で侵入され、発表プログラムが動き出したのである。もちろん気づいた教師がメインコンピュータにアクセスした瞬間、全てが抹消されるという優れものであるが、そんなハッキングがなされているとは頭から疑っていない教師が騒ぎ出すことは無かった。
それまで校内案内図が流れていた画面が切り替わり、軽快な音楽と共にポップな文字が並んでいった。
《桜園田東高等学校・美少女コンテスト 結果発表!》
男子は一斉にディスプレイへ駆け寄り、女子は怪訝な空気の中にも興味を滲ませた視線を集中させる。
「北野。いよいよだぜ」
「見なくてもわかるさ、恭子ちゃんがトップだよ」
《総合得点400ポイント中、358ポイント獲得。第一位………………》
一拍おいて画面がスクロール。順位が表示されるや否や校内がどよめいた。
「げぇ。なんだこれ」
学食でキツネうどんとカレーライスを食べていたアキラと塚本くんは同時に声をそろえた。
「これって、おかしいくない?」
「北野。どういうシステムなんだ。無茶苦茶じゃないか。大魔神が2位だぜ」
我輩も一役買っておる……すまぬな、アキラ。
桜園田東高等学校・美少女コンテスト
---結果発表----
第一位、緑川キヨ子 358
第二位、山岸みなみ 36
第三位、八木原優奈 3
第四位、竹田よしみ 2
第五位、藤本恭子 1
棄権 0
「緑川なんてヤツ、この学校にいたかな?」
アキラは黙して震えるだけ。首をかしげ続ける塚本くんはさらに首を捻ることになる。
「竹田に至っては男だし……」
「僕の部屋にあったクラス名簿を見ながらやったんだ」
我輩も思い当たる節がある。そうであった。『竹田』さんは男子だったのだ。日本人の名前はややこしいな。
「塚本……」
「なんだよ?」
「今日から僕、お前んちの子供にしてくんない。家に帰りたくない……」
であろうな。