終わりと始まり
プロローグ 避けられない死
嵐山 澪。18歳大学1年生。高校は地元の進学校に通っていたが、上京して通っている今の大学での前期の成績は地を這うがごとし。理由ははっきりしている。アイドルにはまり、大学の講義をすっぽかしライブに行ったり、テスト期間中にも関わらず友人と飲みにいっていたからだろう。まあしかし、大学1年というのは誰もが皆少なからず似通った生活を送っているものだと自分を納得させた。ちなみに男である。
そう、男である。
自分は山ほどいる平凡な大学生の中の1人である、と自覚している澪であるが、最近ある悩みを抱えていた。
出会いがない。その一点だ。されどその一点が解決できるかによって、華の大学生生活を何倍にも楽しむことができる。いかにも男子大学生らしい悩みであるが、それゆえ深刻な問題ともいえる。
今は夏休みに入る一週間前であり、澪の所属している学部ではテストが終わった後も講座がしばらくある。
「ここが勝負時だ。」
ここで女子といい関係を築けなければ、この夏休みは途端にむさ苦しいものとなってしまう。それだけは避けたい。大学への通学路を歩きながら考える。そもそも自分の容姿は悪くないと澪は感じている。10人中10人がイケメンと言うまではいかないが、5、6人ならあり得ると判断している。実際、それは間違ってはいなかった。入学してから女子と話すときも好印象を得られた感触はあったし、高校のパっとしないクラスではちょいイケメン枠ではあった。
だが、生まれてこの方恋人がいたことがあるどころか、バレンタインのチョコすらもらったことはない。もちろん童の帝王である。これまた理由ははっきりしている。
「ふ、二人きりでも無理に面白いことを言う必要はないんだ。
その内馴れれば話せるようになる、・・・はず。」
この男は異性に対するコミュニケーション能力に欠けていた。
といっても、複数人でいるときや全く意識していない異性に対してはおちょくることもできる。しかし、気になる異性と二人で話すとなるとまるでいつもの調子がでない。その結果、気になる女子からの評価は
「なんかキモい。」
この一言である。
しかし大学生になった今、いつまでもこのままではいられない。
「今日こそは沙織ちゃんと自然に話す。」
経済学部経営学科19歳愛知県出身A型趣味は料理サークルはフットサル。澪は頭の中にインプットされている情報からシュミレーションを幾度となく繰り返している。こんなことをしているようでは到底話は続かないと気づいていない。
教室につくと、自分のいつも座っている席につく。
「澪、おはよ。今日早いじゃん。」
「まあな。ちょっとした心構えだ。」
「心構えって?」
「そ、そんな大したことじゃないよ。」
グループ学習で同じ班のメンバーである高校からの友人、向井が話かけてくる。ちなみに心構えとは沙織と円滑に話すためのものであり、本当に大したことではない。
「おはよ〜!2人とも!」
「お、おはよう。沙織ちゃん」
「おっーす。さおりん」
もう来た。いつもならあと20分は来ないはずなのに。
「さおりん、今日いつもよりだいぶ早くない?」
「うん。この前教授に今日の授業で使うものを部室棟から持ってきといてくれって頼まれちゃってさ〜。お願い!澪君手伝ってくれない?」
「え?(なんだと!?願ってもないチャンスだ!早くきたかいがあった!部室棟からここに戻ってくるまでに10分はかかる!いや、だが2人きりで上手く話せるのか?しかしここで断るという選択肢はない!!俺は今日成長する!!)」
「あ、ああ。うん、それくらい全然いいけど。」
「やった!ありがとう!」
ニヤァ。
悪寒が背筋を通り抜け後ろを振り返ると、向井がこれ以上ないほど目尻を下げ口角を上げにやけていた。
「上手くやれよぉぉ?」
「戻ってこなかったら教授に2人はデートに行ってるって伝えといてくれ。」
沙織の聞こえない所でそんな軽口を叩きつつ、澪は冷静を装って沙織のあとを付いていった。
部室棟にいくには外に出る必要があるので、冷房の効いた室内を出て蒸し暑い外を歩く。
「澪君、単位どうだった?」
「俺は一応全部とれたよ。危ないのもあったけど。」
「え〜!澪君遅刻多いし仲間だと思ったのに〜!」
「さ、沙織ちゃんは何単位とれたの?」
「24単位登録したのに10単位しか取れなかったよ…。」
「10単位!?それって結構まずいんじゃ…」
「うん。だからこの講座だけは落とす訳にいかないの!
でもうちの班には優秀な澪君がいるから大丈夫だね!」
といって沙織はピースする。単純に喜びを現しているのか、この講座が2単位だからなのか。なんにせよ、あざとい。だがそこがいい。
「(かわいい…!)」
そんな他愛もない話をしていたが、部室棟につく頃には話題はなくなっていた。
「(まずい!話題がない!)」
話題が見つからないまま、部室棟に入りエレベーターで3階に向かう。廊下を歩き部室に入ると長方形の板が数枚置かれていた。これを持っていくらしい。
板を持ち部室のドアを開けて廊下に出る。
「…ん?誰だ?」
戻る廊下の先には金髪のチンピラのような風貌の大柄な男が立っていた。ここはそれなりに有名な大学であるため、こういったいかにもといった感じの生徒は見たことがない。
「あのー、何か用ですか?」
少し不審がりながら声をかける。後ろでは沙織が部室から出てきたところだ。
男は澪の問いかけには答えず叫んだ。
「沙織ィ!!てめえは許さねえ!!!」
「ひっ!なんでここに!?」
「な!?まて!落ち着け!!」
男は血走った目で拳を握りしめ近寄ってくる。
これから何が起こるかは簡単に予測できた。澪は板を横にして男の動きを止めようと動いた。
「うるせぇ!邪魔すんじゃねえよっっ!!」
握りしめた拳が澪目がけて飛んでくる。ろくに体も鍛えていない澪ではこの拳をまともに受けて無事では済まないだろう。
澪は板を盾にして拳を防ぐ。
ガインッ!!
「うおおお!!(なんつー衝撃だ!!危ねぇ!この男ボクシングでもやってんのか!?だったら勝ち目ないんだけどぉ!?板でぶん殴って止めるしかない!)」
ブォ!ブォ!!
がむしゃらに板を振り回すと、男は後退していく。
「オラオラオラ!!」
完全に調子に乗っている澪。
「チッ。めんどくせえ!!」
チャキ!
「な!(ナイフ!?ちょっとまて!……これってもしかして俺やばいんじゃない?)」
脅しなのか、本気なのかナイフを構えて突進してくる男。
まずいと感じ澪は咄嗟に板を長く持ち全力で突きを放つ。咄嗟の判断にしては間合いの差を利用したいい攻撃であり、男はボクシングを思わせる動きで体を右に傾けたが、避けきれず板の角を鼻にぶつけた。鼻は盛大に擦りむけ、鼻血が両の穴からとめどなく溢れてくる。
男の顔は赤らみ、目はさらに血走る。体勢を立て直し本気の踏み込みで拳を繰り出してくるのに対し、板を振るが間に合わない。
バギッ!!ガシャァ!
拳は勢いそのままに、澪の顔面へと吸い込まれ口の中で歯が折れた音がした。澪は廊下の机や椅子が積んであったところに突っ込んだ。鼻血も出て、口の中も切れて血の味がする。しかし立ちあがらないわけにはいかなかった。
男は既に澪を見ていない。ナイフをちらつかせながら怯える沙織に近付いている。
「(ここで動かなきゃ男が廃る!!)」
澪は痛みを堪えながら立ち上がり、椅子を掴み男に投げつける。椅子は小さなものなので、男にぶつかるもダメージはない。
しかし男の気は引けた。
走りよってくる男。
これからやることは決まっている。
子供の頃習っていた柔道で得意だった技だ。得意故に練習した。
あの技なら、今でもやれるかもしれない。
タイミングを掴むため集中する。
今だ―――――
腰技・体落。
ズガシャァァァアア!!
技は決まった。勢いよく椅子と机の山に叩きつけ男が起き上がる様子はない。
「やった……」
ゴフッ!!
澪の口から大量に血が出てくる。
「あ…れ…?」
澪の左胸には男が握っていたナイフが深々と刺さっていた。