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異世界支配は赤目様の気まぐれ  作者: ひよこ丼
第一章 全ての始まり
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第一章8 『死の感覚』



「おらああああぁああ!!!!」


 言葉にするより先にルイに向かって抱きついた。もちろん恋人同士でする愛情表現のそれとは全く別の抱きつき方だ。むしろ飛びついたと表現した方がしっくりくる勢いだった。

 贅肉の全くない腹に抱きつき、勢いまかせに押し倒す。腕は簡単に相手の背中に回り、力強く抱きしめた。


 ――人生初タックル。思いのほかそれはうまくいき、奇襲を避けるのには成功したらしい。予期していた痛みが来なかったからだ。その証拠に、ルイがいた場所はぽっかりと大穴を開けている。真っ暗闇の穴を覗きたいところだが、タツキの位置からは底が一切見えない。

 それ以上に自然の摂理の狂いになんの音も伴わなかった事実に度肝を抜かれた。 まさに無音。ルイでも気づかなかったぐらいに。

 ――少しでも躊躇していたらと思うとぞっとする。タツキが迷いなく身を投じていなければ、このメイドは今頃暗闇真っ逆さまだったのだ。けれど、余裕のない分着地を計算しておらず、現在は止まる目星もないままひたすら痛みを耐えてごろごろと草の上を転がり中だった。


 ルイより少しガタイのいいタツキは、激しい痛みから彼女を守るため、抱きつくように腕の中に包み込んだ。体に食い込みダメージを与える石が憎い。

 やっと回転が止まった頃には、二人共草と泥でぐちゃぐちゃだった。


 タツキは素早くお互いの無事を確認する。可憐な相貌に目立った損傷は見られず、ほっと一息。せっかくの愛らしい顔に傷がついたら勿体無い。一番懸念していたことだったので、相変わらず憎たらしいほど可愛い顔をしたルイに安堵した。


 急激に動く展開に目が驚愕で見開かれている。ルイの意識が彼方にふっ飛んでいることは大きな問題ではない。試しに体を揺らしてみるが、カチンコチンに固まる少女からの反応はない。不意を付いた形だったので押し倒された本人は一切反応できていなかったのだろう。突然のタツキの奇行に追いついていないのがよく分かる。


 怒られることは重々承知。

 殴られるのも、まぁ、受け入れよう。


「それよか命のほうが大事だもんね!んで…お前はいきなりなにしてくれるんだ!殺す気か?殺す気か!!」


 あからさまな殺意を確かに感じた。それも酷く粘ついた陰湿なものだ。

 木の怪物が焼かれた時にでた煙の中。自分に殺意を持った人間が、そこにいる。馬乗りになっていたルイの上から転がるようにどき、悪魔にも見える黒い影を睨んだ。



 丁度木の残跡に正対していたので、黒い影が二人の背後に浮かんだのを運良く察知することができた。ごく自然な動作で距離を詰めてきたので始めは気にとめていなかったが、黒い光が灯った段階ではさすがに異変に気づいた。


 戦闘能力で遥かにタツキを上回るルイが全く反応していなかったのだから、その腕前がかなりのものだということは容易に推測できる。

 伝えるか伝えまいか躊躇ううちに、黒い光がルイの方向を向いたので、考えを遮断し咄嗟のダイブにはしったわけだ。フレシアの方が木に近かったのにルイを狙ったのは、戦闘力を知った上での行動だろうか。不意をつけるのはせいぜい一度まで。ならば強者から片付けておきたいと思うだろう。

  

 木に近いところにいたフレシアは、敵からを逸らさずに距離をとるべく後退していた。

 すぐにタツキとの距離が縮み、横にぺったりと張り付かれる。状況を読まない心臓が激しいリズムを刻む。

 幼い相貌とは違って毅然としている少女。度肝が座っているフレシアは、影に向かって攻撃態勢までとっている。大した度胸だ。


「お、おい!なんとか言えやこらああ!!」


 震えながらもはっきりとした声が腹から出る。本当は半分以上が恐れを隠すための意地汚い見栄っ張りの叫びだったのだが、声掛けが効いたのが煙は段々と薄くなっていく。


 だが、依然人影に色はつかない。真っ黒なまま、木の跡後ろに立っている。目がいい方のタツキでも、服装さえ見ることは叶わなかった。薄ぼんやりぐらい見えてもいい距離なのだが。


「無駄よタツキ。彼らは闇に潜む人たち―――黒魔術師なんだから」


 目を凝らすタツキに、フレシアが手で制す。その小さな動作にドキッとしながらも、聞きなれない言葉に首を傾げた。

   

 ただ、この攻撃に自分が関連していないことには安心した。まぁ別世界まで追いかけてくるとは思えないが。

  

 自分の生きる非日常に巻き込んで死なせてしまったら、償いようがないからだ。

 "災いの目"ではなく"黒魔術師"という得体のしれないものが起こした案件ならば気に病む必要はない。


 とても残忍な思考。

 自分の罪を他人になすりつけることができるのは楽なのだ。


 責任転嫁を終えたタツキは、遅れてフレシアの言葉の違和感に気づく。

  

「かれ…ら―――?」


 フレシアの言っている意味が分からず、しばらく口の中で単語を転がした。


 その"彼ら"は、タツキが理解するより早く姿を表した。


 一つだったはずの影が二方向に引っ張られたように左右に伸び、それがまた人の形を成し、分かれていく…。例えるなら忍者分身の術の増え方に近い。ただ、"影"だけに、はっきりとした人数が捉えられない。

 落ち着き払ったフレシアに対し、タツキは目がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。


「はあああ!!?何だありゃ…バグか!?それとも錯覚!? 一人だってギリギリの相手なのに大人数とか……集団リンチ反対!!」


「ば、ぐ…?…うーん、黒ローブで全身包んでるあたり、暗闇集団系統だと思うけど。厄介な魔法を使うし、人の命をなんとも思わない奴らだから、私は、嫌い、なの」


 小さな眉が不快げに呻いた。その表情の変化一つで集団への尋常じゃない嫌悪感が伝わってくる。

 責任転嫁は既に脳内で完了済みだったが、フレシアの言動から、さらに"暗黒集団"という集まりは赤目に対する偏見者ではない裏付けを取ることができた。

 そんな現状に安堵すると、一気に疑問が溢れてきた。一連の騒動は黒魔術師の仕業だということは分かった。ならその黒魔術師とは、一体何なのだ――?


 異世界では悪役として有りがちな名前だが、その素性は分からない。分かるのは、確実にこちらに不利益をもたらす存在だということぐらいだけだ。

 新たなハテナに数秒思案したのち、"暗黒集団"という団体自体に理由があるのだと結論づけた。かなりざっくりとした推測だったが、今は時間が惜しい。



 "魔法"。フレシアの口から出たその二文字をタツキの耳が捉える。異世界チックなその単語にワクワクしつつも、今は聞き返すべきではないと処理され、打開策を考えることに専念する事にした。


「おい!ルイ、ルイ!起きろ!お前のご主人様がピンチだぞ!! 頼むッ、起きてくれ!!――起きろよッッ!!」


 未だ呆然としているルイの肩を激しく揺らす。小さな体ががくがく前後に動くが、返事はない。ちっぽけな脳は、頼れるべきはこの超人的メイドしかいないと判断したのだ。哀れな愚決に縋る道を選んだともいえる。

 タツキのそんな決死の判断。しかし、最強ともみえた彼女の目はどこか虚空を彷徨っており、焦点があっていない。命の危機だというのに、まだショックから立ち直らないのか…!?

 他人に縋ることを優先した脳は途端に色を無くした。諦めと失望からだ。


「はなから自分に期待しちゃいねーよ……」


 既に自らに"役立たず"という焼印を押したタツキは、自分に可能性を求めてはいなかった。脳内で作戦を組む時も、自分に課した役回りは傍観のみ。


 ルイを守れたことだって奇跡に近かった。きっと考える猶予が数秒でも与えられていれば、別の末路を辿っていただろう。自身に期待していない―――…裏を返せば、常に保身を考えている"逃げ"優先野郎なのだ。


 こんな緊急時でも、人間は自分の無力さに怒りを通り越し呆れることだってできる。


 無力で無能な自分をつきつけられ、暗闇が意識さえ貪り尽くそうと狭ってくる。もう既に心は自虐心で溢れ返り、あの人物のような真っ黒な闇に染まっていた。手足は力をなくし、重力に従って垂れ下がる。考えることを放棄した負け犬の証だった。殺すのならいっそ一思いにやってくれ。今にもそんなセリフが口から出そうになる。


 そんな絶望を突き付けられた局面。突如、絶望に浸ったタツキの頭上に光の声音が響いた。


「―――大丈夫だよ」


「フレシ、ア…?」


 タツキの目の前に暖かな日差しを受けた幻想の花畑が広がっていくのを感じる。無為に人の心を落ち着かせてくれる声音。自分には勿体無く感じるほど、優しさに溢れた言葉。赤ん坊をあやすような柔らかい眼差し。光を受けて輝く黄金の髪。


 きっとフレシアは、タツキが暗黒集団にみっともなく震えているように見えるのだろう。この時ばかりは、姿が子供時代に戻っていてよかったと心から思う。大の男が自分より小さな少女に涙を見せ、蹲る様は惨めにしか見えない。それでも縋りたくなってしまうほどの母性に満ちた微笑みが、ただただ"大丈夫"だと語っていた。小さな子供を落ち着かせるように。


 

 …本当は、"死"を恐れてしゃがみ込んでいるわけではなかった。

 命を狙ってくる暗殺者が怖いわけでも、このありえないシチュエーションに怯えているわけでも、ない。

 答えはもっとシンプルで、常にタツキの根底にあった。

  

 いつからだろう。自分に絶望しか感じなくなったたのは。

 いつからだろう。自分に希望を求めなくなったのは。

  

「大丈夫…だからね。絶対に君は私が守ってみせるから。あいつらなんてルイがいなくても全然問題ないもの。でも少し悪ふざけがひどいから…ちょっとだけお説教して来る。タツキは安心して見てていいからね」


「フレシア…」


 更に言葉を足し、聖母のように笑うフレシアに息を呑んだ。

 幻覚を見た。自分の真っ黒な心に、一瞬で花が咲き誇る風景を。心の刺を、フレシアが優しく抜きさってくれる光景を。

 

 突如感じた錯覚に、現実に返った時には更に自分の無力さが浮き彫りになっていた。

 フレシアの優しさに甘え、自分で立つことを忘れた高校生。惨めさに拍車がかかっている図だ。


 それにフレシアが戦闘向きではないことをタツキはなんとなく感じていた。筋肉のない華奢なその体で何ができる?少なくともルイほどに戦えるとは思えない。それに、たとえ自分の命を狙う相手だとしても手を下せない彼女である。戦うことだって本意じゃないはずだ。第一、フレシアが蹴ったり殴ったりするイメージはないし、こうみえて激強ですパターンも可能性としては低いだろう。まず、幼稚園児や小学生低学年の年代で命の駆け引きをすること自体がおかしいのだ。そんな少女に守られる自分も十分おかしいが。



 ―――と、黒集団が動いた。

 一人が俊敏な動きで射程距離を詰めてくる。木の残骸を取り囲む黒集団のうちの、たった一人。それなのにその相貌から恐怖が襲ってくる。顔はフードで覆われているため見えないが、それが逆にタツキの妄想を悪い方へ駆り立てる。


 怖気ついてる間にもタツキたちとの距離は縮む一方だ。それなのに、下が草だからか滑るような動作だからか、はたまたそのどちらもかね揃えている為か……音が全くしなかった。無音に背後。最悪な要素が重なり合ったことで、無垢で愛らしいフレシアは接近に気づかない。後ろから黒一色の影が来ているうちにもまだ天使の微笑みを続けている。どうやらタツキの悲痛の表情を緩めるまで続けるつもりらしい。あまりの慈悲深さに泣きたくなるが、今は心優しい彼女にすがっている場合ではない。事態は現在進行形で悪い方に転がっている。


 視力2.0を誇るタツキは、しっかりと捉えた。

 黒集団から発射された、どす黒い塊を。 

 命を獲らんとばかりに空を切る、凶器を。


 迷う前にフレシアに微笑むことでその思いを断ち切り、前方にある小さな体を突き倒した。


「馬鹿だな、君も、俺も―――」


 フレシアを押しのけることでタツキの役目は終わった。人生最大の功績かもしれない。

 

 人は死ぬとき全てがスローモーションに見える。それは一度感じたことのある感覚だった。

 時の流れを、自分が倒れこむことで進ませているような。

   

 

 いつもは見えない人の表情が、肌の張り具合まではっきりと見えた。


 瞳の奥に驚愕と悲壮を宿し、短い手を精一杯伸ばすフレシア。

 自身の腹に突き刺さった、光を持たない純黒の異物。

 おせぇよ、と小言をいいたくなるタイミングで現実に返り、目を丸くするルイ。


 人を守って死ぬなんて考えもしなかったが、案外最高の終わり方なのかもしれない。

 初めて自分の存在価値に浸かれた。命を張ってまで守りたい人を見つけられる人はそういない。


 ――幸せだ。

 ただ死ぬだけの無意味な終わりより断然いい。やっと誇れることができた。嬉しい。自分の死に価値を与えてくれたことが。


 そんな思考を切り目に一気に時間が戻る。その身をえぐらんとばかりに何かが腹に食い込み、血がめいいっぱい眼前に吐き出される。嘔吐感は胃液ではなく血塊を引き出した。そのまま体が引き裂かれるような激痛とともに真後ろにふっ飛ばされ、空を舞う。しばしの滞空時間から解放されると、すぐに重力に負けて地面に吸い寄せられる。

  

 ゴムボールのように何度も地面にバウンドし、顔を打ちつけ、背中をぶつけ、何メートルか先まで跳ねた。必死に受け身をとろうとしたが柔道経験ゼロのタツキはうまくいかず、極力身体を守ろうと身を縮こませた。

 ほぼ条件反射の反応だったが、ほんの少しダメージ減少に役立った程度だろう。アスファルトだったら一発アウトだった。もちろん、いくら草で覆われているといえどクッションになるほど分厚いものではない。数回に渡る地への叩きつけで一気に意識が遠のいた。



 出会って数分でエンドロールとかラブストーリーにもなんねぇよ―――

 展開の早さに脳はついてきておらず、最期まで憎まれ口になる。  

 フレシアを想った言葉は相手に届くこともなく、か細い息となって口を出ていた。そこで初めて声さえ出ない状態にあることに気づく。


 やばい。酸素が入ってこねぇ。本格的に呼吸ができない。怖い。怖い怖い怖い。命の源のポンプが止まる。苦しい。血液が流れなくなる。死ぬ。死が音をたてて近づいて来るのが分かる。怖い。怖い怖い怖い怖い。


 お腹を抑えると、どろっとした嫌な感触がした。

 地面に倒れ込んだタツキは体を丸めて血を吐くことしか出来ない。自分の周りが血液で濡れているのが分かる。


 霞む視界に必死の思いで自身の傷口を見、後悔する。腹の真正面に当たることは避けられたが、そんなものなんの意味もない。


 祖父という絶対的防御壁で守られていた、痛みとは無縁だったはずの自分の腹からどばどばと血が流れていた。リアルな負傷だ。太腿を撃ち抜かれた以上の出血量である。死に直結する痛みに耐える精神を、タツキは持ち合わせていない。あの部屋にいた時とは別の、肉体的な痛み。

  

 あぁこれ俺まじで死ぬな…。無論、思っても軽口を叩ける状況ではない。


 痛みが絶頂に達し意識が朦朧とする中、自分の不運を改めて悟る。見事異物はルイの蹴りポイントと同じところに吸い込まれたからだ。傷が治っていない今、二重で致命傷を受けた腹部は、簡単にタツキを死へと誘ってくる。


 "何か"を食らった腹は、裂けるように痛く、恐ろしいほど熱かった。数年前、熱を出して寝込んだ時のことが脳裏に浮かんで消える。

  

 苦しい。

 苦しみが、引かない。

 …もしこの痛みが永遠に続いたら。生き地獄より早く解放されたいと願ってしまうかもしれない。そういえばあの時もそうだったっけ…。

 現実と過去が混合しながら意識は薄まっていく。

 傷口はハッキリとは見えなかたったけど出血多量で死ぬのは確実だな…とタツキ診断が終わったところで意識が途絶えた。


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