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異世界支配は赤目様の気まぐれ  作者: ひよこ丼
第一章 全ての始まり
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第一章6 『初めて見るメイドの威力』


 視界いっぱいに広がる煙を手で払いながら、タツキの紅蓮の瞳が人影を捉える。


 性別も年齢もここからだと分からないが、身長はタツキと同じぐらいだ。

 目覚めた時から感じていたが、異様に目線が低く感じた。一度忘れた違和感が再び上がってくる。それは塊となって喉に引っ掛かった。


 解消できない違和感を胸に、人影へと走る。

 その気配を感じたのか人影がゆっくりとこちらを振り返った。


「フレシアお嬢様。変質者がこちらへ駆けてきますがいかがいたしましょうか」


「出会って第一声がそれとか神経疑うんですけど!?お前の心遣いに興味津々だよ!!」


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、タツキの返しは支離滅裂したものになってしまった。予想外の出来事に、走る足を止めて全身全霊でツッこんでいた。

 視界の隅に二人目の人影がうつるが、それほど気に止めなかった。恩人が二人だった事実より、目の前にいる少女の方に意識が向いていたからだ。


 出会った第一人目の第一声がこれとは想像もつくまい。 


 そしてなにより…


「子供ぉおおおお!?」


 お互いの姿が視認できる距離になり、初めて相手の容姿が瞳にうつった。 


 深い緑の短髪に、何故かピンクのレースがついたメイド服。ご丁寧に、フリルのついたカチューシャ(タツキにはそれ以上わからない)らしきものまでつけていた。生メイドは初めて見る。それも、こんな小さなメイドは。おそらく十にも満たないだろう。……胸が小さいメイドに夢はないとはいわないが。


 よく顔を見てみると、陶器のような白い肌にタレ目で大きなレッドアイ、小さく愛らしい鼻に、整った顔だち―――完全美人。いや、美少女だった。

 強制閉じこもり歴二年の俺から見ても、間違いなく可愛いといえる。髪の特異さからしてこの子は日本人ではないのかもしれないが。…いや、それより既にここが日本ではないのだ。木の化物に常識を逸した力。そう断言できるほどの判断材料は十分に揃っている。


  

 服はコスプレではないみたいだし、なにより彼女みたいな子供がタツキの世界にいたらまず間違いなくテレビデビューをしている。それほどに愛らしい顔立ちなのだから。 


 …そんな可憐な顔で、よくもまぁ人を変質者呼ばわりできたものだ。失礼を極めた挨拶だった。

 たしかに、高校生男子が幼女二人に向かって走る図は、変態と呼ばれても仕方ないのかもしれないけれど。

    


 死を覚悟させるほど恐ろしい怪物をやっつけた犯人がこんなに可愛らしい少女だとは思ってもおらず、咄嗟にはかけるべき言葉を思いつかない。


「何をおっしゃっているんですか。ルイからみたら変質者様も子供の範疇なんですけど」


「愚称に様付とか悪意こめこめじゃねーか…。ん?ルイ?君の名前か?」


「変質者に名前を教えてしまうとは、何たる失態。ルイはダメな子です」


「様付けなくせばいいってわけじゃないし、第一変質者でもないけどね!?」


 その言葉に心底驚いたという顔をされ、それが本心からの表情なのに気付くと今度はタツキが、心外だと顔を歪めた。


 変質者呼ばわりに強烈なツッコミをいれたのはいいが、ルイ、という子の発言を思い返すとそれ以上につっこむべきところがあった。


 一般的に高校生は大人とみていいはずだ。精神面は抜きにして。

 幼稚園から小学生にランクアップしたばかりのような背丈のルイからみればそれはなおさらだ。それに自分はそこまで童顔ではないと自負しているし、なにより背が……。


「あ、背―――!」


 先程から感じていた違和感の正体。

 それは視線が異常なほど下にあることである。気のせいかと思っていたが、ルイと対面してはっきり分かった。俺はどんだけ鈍いんだろう。

 タツキとルイとの身長差は、本来なら何十センチもあるはずだ。なのに、顔を上げればそこにルイの顔がある。もしや………


「俺が縮んだ…?」


 まさか。

 不可解な謎を解くため、タツキはポケットにあるはずのものを探る。

 冷たい金属の感触を肌に感じ、普段なら絶対に取り出すことのない忌まわしき道具を手にとった。重たい。

 恐る恐る取り出した丸い塊は、片手に簡単に収まっており、入れっぱなしだったのに傷などは見られなかった。


 そのまま鉄で作られた蓋を開こうと手をかける。昔母にもらった大切な代物で、ちょっとした高級品でもある。


「それは鏡――ですか?」


「そのとーり!俺にとっては忌々しい道具であーり、科学的に言えばなめらかな平面における光の反射を利用して容姿や物の像を映す魔法の道具でもあーる、プラス、お前のその可愛い仏頂面を見せてくれる代物でもあるのだよ、ルイくん」


 鏡にちょっとしたトラウマがあるタツキは、動揺を隠すために昔漢字辞典で調べた知識をフル活動し、ぺらぺらと喋り倒した。ついでにちょっとできるアピールを試みたつもりでもある。

 ――そんなタツキの思惑も、ルイの前では全てシャットダウンされてしまう。


「何をいっているのかルイには理解しかねます。ただ、最後の説明が私を貶していることは分かりました。…ありがとうございます」


「おいおいルイさん、一人称変わってるぜ?可愛い顔もそんなしかめっ面じゃ台無しですん、って、いたた!っつー、まじでいてぇ!!手加減しろよ!!」


「可愛いルイの悪戯なら少しぐらい目を瞑っていただいてもいいはずですよね」


  実に殺意のこもったお礼を頂き、少しばかり仕返しをしてやろうとしたタツキだが、鋭い痛みに強制リタイアする。


 どうやら思い切り頬をつねられたらしい。動作が早すぎてタツキの目には捉えられなかった。どんなスキル持ちだ。

 鈍いタツキに痛みへの心構えがあるはずもなく、突然感じた激痛に思わず涙が滲んでしまった。  

 幼女のパワーは侮れないということを身を持って学ぶことになった。


「痛いって!高校生を泣かせるロリメイドって何者!? あ、そのまんまか…」


「まだ愚言を吐き続けるつもりなら今度はルイの蹴りが飛びますよ」


 思わぬ忠告とともにルイの瞳が鋭く光る。

 愚愚愚。初対面の相手にさえ自分の愚直さが見通されている。真実なので軽くしょげる。昔のタツキならそれだけでネガティブ一直線だったが、本来の人格が呼び起こされたことで多少のことでは心が折れなくなっていた。


 その瞳に宿る色を見て、ふと髪の色と瞳の色がリンクしていないことに気がついた。

 タツキほど真っ赤ではない、どちらかといえばオレンジに近い瞳。黄緑色に染まったショート。

 そんな目立つ外見に今まで疑問を抱かなかったぐらい、"ルイ"という人格に合う色をしていた。愛らしい顔にはどんな色やパーツでも似合うのかもしれない。


 赤い瞳だけが浮き上がっているタツキとは随分と差がある。

 もちろん染めた可能性やカラコンという魔法具の使用も思慮に入っているので、一概には言えない。


 ただその目が冗談を言っているわけではないと示していることだけは分かり、タツキは早々におふざけタイムを切り上げることにした。


 出会ったばかりの男にそう簡単に心を許したりしないのが普通だ。

 そんな安直な考えをするタツキは、それだけでルイの思考を読み切ったと勘違いしている。

 

「普通…、か」


 ポツリと呟きをもらす。

 あの夜から何かがズレている。

 周囲の全てが狂っているのだ。


 ―――異世界。


 子どもとは思えない言い回しに身体能力。

 謎の怪物。

 奇妙な違和感。

 そして現実ではありえない魔法のようなもの。


 その全てがタツキの予想を裏付けていた。

  

「それにしても…これほど小さな鏡は初めて見ました。王宮で作られたものでしょうか…」


 またつまらないジョークで受けようと考えたが、今度は本気で蹴る予約をされているので勿体無いが胃に収める。


 異世界では鏡の小さいものはレアなのだろうか。


「おいおい、たかがサイズの問題で大げさだな。 今まで表情を全然変えなかったルイ様が、こんな板切れ一枚でそんなキラキラお目目を向けてくれるなんて…心中複雑だぜ全く」


 蹴りが飛ぶであろうワードのすれすれを狙った言葉を連ねる。

 綱渡りの会話でもタツキにとっては楽しかった。ずっとこの時間が続くことを知らぬうちに望んでいた。


「こんな鏡ぐらいデパートにでも行けばすぐ見つかるはずだけどな…。あ、異世界にはそんな便利なもの存在しねーか」

   

 首を傾げて一人つぶやくが、虚言だと見なされたらしく少女からの相打ちはなかった。


 何はともあれ、一番始めに感じた疑問を晴らすのが先である。そう決心をつけて鏡を覗きこんだ。


「ッな………!!?」


 別人かと思った。ただ赤く光る双眸がその思案を中断させ、他人説が消え去る。もはやタツキの存在を唯一絶対付けるものになっていた。


 あまりのストレスに脳がおかしくなったと本気で考えたが、鏡の中のルイに変化はなく、第二説目も捨て去られる。


 となると、今見ているものは現実ということになる。


 もちろん映っていたのはタツキ自身である。しかし鏡の中の自分は高校生にしてはずっと幼かったのだ。


 丸っこい顔の輪郭。

 触るとぷにぷに感が味わえるだろう膨れた頬。

 小さくなったその他諸々のパーツ。

 そして自分を証明してくれる赤く光るぱっちりとした瞳。


 幼少期………。五歳ぐらいの自分に戻っていた。


 しばらくの間顔をぺたぺたと触り、本当に幼くなったことを実感する。


 信じられない。これについては理屈が全く分からなかった。異世界については案外すんなりと飲み込めたが、周りより自分の変化のほうが衝撃は大きかった。

 改めてこの世界の異常さを目の当たりにした気分である。


 人間、他人の身に振りかかる不幸より自らに襲いかかる不幸の方が怖いというが、事実だ。


 実際自分の身に起こってみて初めて気づく。


 疲れるのが早かったのも、なかなか歩く距離が伸びなかったのも、これが理由か。


「頭の調子でもお悪いのですか、変質者」


「まずその変質者呼びやめてくんない!?俺は質実剛健、猪突猛進で有名、成瀬他月!覚えとけ!」


「…執事になられるお方でしょうか」


 まあ子供に四字熟語は難しいだろう。だが、どうやったらあんなに長めた自己紹介文を3語にまとめられるのか。


 少し考えて、質実剛健のはじめしか聞き取れなかったことに気づく。…そもそも聞く気がなかったのかもしれないけれど。


 ガキンチョの頃、相手に格好いい印象を持たれようと辞典を調べつくして完成した自己紹介が空振りしたことにより、タツキの心の傷は深まった。


「お、俺は成瀬他月!名字が成瀬で名前が他月だ。気軽にタツキ♡とでもよんでくれ!」


「…フレシア様、フレシア様。タツキ殿の変質者度合いが急激に増してきました」


 しまった。姿形は幼稚園児だからと痛いノリで受けると思った自分が馬鹿だった。数々の黒歴史が頭を巡る。


 後悔の繰り返しをする自分に思わず肩をすくめた。先程からルイの容赦ない言葉によってパンチの連発を心に喰らっていた。


「殿って何時代だよルイ殿!? …ま、名前で呼んでくれたのは素直に嬉しいけどさ。てかさっきからずっとスルーとかフレシア様まじパネェな!!」


 ルイの服装もそうだが、名前に"様"付けするということは、主従関係か何かだろうか。


 主であるはずのフレシア様といえば、ずっと木の亡骸を前にしゃがみこんで動かないでいるけれど。

 後ろ姿なので何をしているかもわからない。だが、その姿が視界に入るたびに何故か胸がざわつく。理由は分からない。


「うえぇん―――」 


「えっ、まさかの泣いてるパターン!?」


 初めて聞く声が泣き声とは、さすがのタツキも反応に困る。


「フレシア様はとても心優しいお方なのです。…時に鬱陶しいほどに。現在はルイが焼き払った残骸に涙をこぼされています。断じてルイが悪いわけではありませんので」


「ちょくちょく本音が漏れてんな…」


 それだけ聞くとルイの悪役さが浮き彫りになってしまっている。が、それを言うと根源のタツキが言葉の暴力めった打ちにされることがわかっているので黙っておく。


 もしかすると、気づいていなかっただけで出会った時から既に彼女は泣いていたのかもしれない。視界の隅に写り込んでいた彼女はどれもしゃがみこんでいた。


 仮にそうだったとしたら、タツキは罪悪感に押しつぶされるだろう。


「あ、あのー、なんでルイっちは慰めたり…、その、しなかったわけ?」


「なんですかその不快感で固めたような呼び方は。…そうですね、フレシア様がお泣きになられるのはいつものことなので、放っといてもいずれ泣き止むという結果をルイは承知の上なので。…失礼ですが」


「だいぶ失礼だよ!!」


 それにしても怪物なんかに涙を流す人がいるだろうか…?綺麗事か?同情か?

 ルイの話によれば怪物退治の度にこうらしいが、さすがに作り話に思える。


「おい、フレシアちゃ…」


「ルイったら、酷いわ!この子だって生きてるのに―――殺しちゃうなんて…!」


 フレシアという名の少女が、命への尊さを怒りで固めた叫びをした。

 立ち位置的に、タツキの目には揺れる長い髪しか映らないのだけれど。その髪に触れたい欲求に駆られるが、確実に変質者認定されるので留める。


「しかし、この方を助けようと提案なさったのはフレシア様です。それにここであの魔物に暴れられてはクローク様もお困りになられますので」


「そ、そうだけど…命まで奪うことはないと思うの…」


 途端に萎み気味になるセリフに笑顔を作ろうとして、胸に微かな痛みを感じる。


 ちくり。

 表情は見えないが、フレシアという名の少女の、涙混じりの声は深くタツキの胸につき刺さった。

 しまい込んだはずの罪悪感が心からにじみ出てくる。


 …この木の眠りを妨げたのは俺だ。

 つまり俺がいなけりゃこの少女は泣かずにすんでいた…

  

「タツキ様と呼ぶには少し…いやかなり抵抗のあるツキは、どう思いますか」


「タツキ様の真ん中くりぬいた別称は他の単語にも受け取れちゃうしやめてほしいんだけど!?」


「なぜでしょう…。名前を呼ぶときに使用する酸素が勿体無く感じたルイの粋なはからいなのですが」


「ならそのはからいを少しは俺に向けてくれてもいーんじゃないですかねー、ルイルイさん!」


「気持ち悪い呼び名はやめてください。三度目はないですよ。…お前に向ける優しさまで持ち合わせていないだけですから」


「俺の心が痛みっぱなしな上にどストレートに刺を吐かないで欲しいんだけど!呼び方最低ランクまで落ちてるし!!」

  

 これではいくら突っ込みをいれても足りない会話が続きそうだ。温かみのある体を持つ者との会話は楽しいが、その口から漏れだす言葉は冷たい。


 そんな永遠タツキが貶されるだけの無限ループから脱するべく、ルイへの恨みの視線を外し、生命の尊さに肩を震わせて泣いている彼女に向けた。


「えーと、フレシア…さん?」


 先ほど遮られた呼び名を避け、タツキにしては無難な道を選んだ。初対面の人の名前を呼ぶときは、なにか付け加えるか、あだ名をつけるのがタツキの習慣であり、特技であり、流儀なのだが、それもこの雰囲気では阻かられる。


 あえて他人行儀な呼びかけをしたのは、座り込む少女がどこか儚げで…触ったらぽろぽろと崩れ落ちてしまうんじゃないか。そう錯覚させたからだ。小さな背中に"命"という単語は重い。

   

   

 そんな少女は、タツキの呼びかけに反応すべく、長い髪を揺らしながらゆっくりとこちらを振り返った。


  


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