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異世界支配は赤目様の気まぐれ  作者: ひよこ丼
第一章 全ての始まり
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第一章 『成瀬他月という男 (過去編1)』

 

  わあああん、わあぁん―――………


  誰かが、泣いている。

  心から何かを悲しんでいる。

  心から何かを嘆いている。

  心から何かを悔やんでいる。

  心から何かを憎んでいる。

  ――辛い想いを、している。


 ………―――ああぁあああっ!!!


  いつまで泣いているんだろう。

  泣かないで―――言葉にならない祈りを叫ぶ。


  わああぁん―――


  声は鼓膜に張り付くように耳から離れない。

  悲痛な叫びは心にへばり付いて剥がれてくれない。

  聞いている方の心さえ絶望に塗り潰されそうになる。聞いていたくない。もう聞きたくない。泣かないでくれ。


  ――――わああぁああぁ!!


  どこかで聞いたことのある声だ―――


  懐かしい。

  胸がどうしようもなく熱くなる。

  言い表せない気持ちがこみ上げてくる。


  いつも聞いている声だ。いつだってそこにあって、いつだって聞ける声。

  なのに今は聞くことを拒んでいる。


  わあああん、わあああんんん……


  相変わらずその声はすぐ傍から発せられている。伝えたい何かがあるのだろうか?その意図が一向に分からない。

  それなら、こちらだって聞きたいことがある。


  何で泣いているの―――?



 



「なんでだよ…」


  そう呟き、男は光の差さない部屋に寝転んだ。まるで自分の心の中みたいだ、と笑えないジョークを思いながら。

 

  彼の名前は成瀬(なるせ) 他月(たつき)。どこにでもいる平々凡々の高校生である。今時のアニメを好み、年に見合ったものを学び、異性に興味を持つ――

  ただひとつ他の同級生と違う点があるとすれば、瞳の色ぐらいか。


 ―――なぜか生まれた時からその瞳は紅蓮に染まっており、薄れる気配がないのだ。


  "周りと違う"ことは、タツキの年頃で最も恐れることだ。現に、クラスメイトと同じ輪に入るには、同じ存在になり、同じ価値観を持った、同じ人間でなくてはいけないと考えている。怯えが偏見を強めていた。


  タツキの双眸は赤い。


  ――まるで己の生命活動の継続を強調するように。

  ――悲しみを無意味に吐き散らして、青という色そのものを抜き取ってしまったように。

  ――愛の証明品の代替品のように。

  散々泣き腫らした跡のようにもみえる。


  医者の話によれば、瞳が赤い例で最もあり得るのが"アルビノ"というものらしい。

   

  虹彩はメラニンの量により、無色・淡青色・淡褐色などに分けられる。

  だが、アルビノの目を持つ人間の場合、脈絡膜のメラニン欠乏により、瞳孔は眼底部の血管の色が透け、瞳が淡紅色になる。

  その人数は、人類人口のおよそ0.001%。日本人は大抵がブラウン(濃褐色)に属するので、確率はもっと下がるはずだ。


  中学時代、必死に自分の特異さについて調べまくったタツキは、最終的に医者と同じ結論に至った。


  ―――自分は障害者(アルビノ)だ!!


  これだけでも、まだ幼いタツキに衝撃を与えるには十分だった。"障害者"という言葉はあまりにも重い。

  その段階では、ショックはあったにしてもまだ受け入れられた。日を重ねるにつれ、この瞳も自分なんだと納得して前を向けたはずだ。


  ――だが、その考えは所詮戯言で、傲慢で、浅はかで…甘かった。故に呆気無く打ち砕かれた。

  いっそ病気だったらどれだけ楽だろうと、何度も叶わない思いに胸を焦がした。



  アルビノの目をもつ者は、色素欠乏により視力が弱い。

  ――――タツキの視力は2.0だ。


  アルビノの目をもつ者は、乱視、近視、遠視、様々な視覚障害を伴うことがある。

  ――――タツキの目は、瞳の色以外の異常は全くない。


  アルビノの目をもつ者は、色素量の多い人ほど視覚症状が軽い。

  ――――タツキの色素量は、アルビノであるはずの平均量を楽々と下回っている。


  

  結論を述べれば、症状が一つも一致しなかったのだ。

  医者も手を尽くしたが、その瞳の輝きは増すばかりで一向に薄れなかった。

  


  タツキ自身は、周りに聞かれるたびこれは神からの贈り物だと答え、全く気にしていない体を装った。むしろ自分は選ばれた者なのだと、年相応に振舞っていたぐらいだ。


  周りの子どもと違うだけで差別された幼少期を、繰り返したくなかったのだ。

  更に付け足せば、昔タツキの周りで起きたある事件に起因する。

  "周り"―――タツキを"普通"にさせてくれない不躾な集まり。



「………」


  タツキは二年前に両親を亡くした。

  正確に言えば、"殺された"らしい。その内容は、当時中学二年生だったタツキには詳しく話されておらず、あまり肉親の死に実感が沸かなかった。行き場のない感情が胸中を

たむろしていただけだ。――犯人を差し出されれば、今まで迷っていた怒りは全てその一点にむけられただろう。

  悲しみや懺悔が、警察の話を思い出す事を邪魔している。


  心の奥底に流し込んだ記憶は、思い出そうとすると頭が痛み、再び表に出ることを拒否しているのだ。

  警察が何度も何度も大切な我が家を物色し、さんざん荒らしまくった後謝罪もなしに首をひねるだけで帰路を辿っていったことぐらいしか覚えていない。


  

  更にその中の一人に、捜査が難航していると言ってタツキに事情聴取を求める輩もいた。もちろんその時のタツキに答えられるはずもなく、数々の質問に沈黙で応対していた。最終的に"事件との関連性はない"はないという至極当然の結論に至ったらしいので、その捜査官が藁にもすがる思いでタツキを縋ったに違いない。いや、もしかしたらタツキの瞳に興味を抱いただけなのかもしれない。今までも、好奇心だけでタツキに関わろうとしてきた人はいた。

   

  遺族への配慮が全くない警察たちに不満を抱かなかったといえば嘘になる。が、タツキは心で燃える小さな怒りの炎に、水をかけ必死に感情をとどめていた。

  何の相談もなく思い出の家を売り飛ばされた時には怒りすらわいてこなかった。すでに出すべき感情は枯れきっていた。


  ―――犯人は未だ捕まっていない。


  結局、事件は早い段階で暗礁に乗り上げ、そのまま解決されることはなかった。その事件はタツキの心に、深い傷をおわせる役割をおっただけで勝手に幕を閉じたのだ。


  タツキがどれだけその幕を上げろと足掻いても、事件そのものが奥底へ封印されてしまったのではどうしようもない。

  悲しくて、虚しくて、自分の不甲斐なさに腹が立った。無力で哀れで出来損ないの自分に。どれだけ傷ついても手当されることはない、傷だらけの心を胸に抱いて泣き続ける自分に。それは両親を亡くしたから、というだけの悲しみではなかった。



  ―――親族親戚が集合する場での事だった。両親の葬式だ。



  ――誰かが言った。


「あの子、目が赤いじゃないの。…ほら、あの子よあの子。まるで悪魔の目だわ……不気味で気持ち悪い」


  あまりにも無責任で、無配慮で、汚らしい言葉。今まで口にしなかったことを、他人が平気で言った。

  

  それを火種に、今まで遠巻きにタツキを取り囲んでいた何千もの目は、一気に攻撃的なものに変容した。


  すると言葉は形を変え、いつの間にか"両親を殺した悪魔"と呼ばれるようになり、一人の少年はあっという間に街中から忌み嫌われるようになった。



 その時感じたことは今でも忘れられない。


  こちらを射抜く侮蔑の視線。自分を否定する無責任な言葉の数々。


  タツキからすれば、五体満足で運動的にも勉学的にも劣っていない自分を糾弾する者達こそ悪魔に思えて仕方なかった。


  瞳の色が違う。

  たまたま両親が何者かに殺された。

  この2点の事実を消し去れば、自分も"普通"に入ることができるのだろうか。


  何度自問自答を繰り返したかわからない。何度この瞳をくり抜こうと試みたかわからない。

 

  人は、"集団"の中では強気でいられる。それが突然輪からはじき出され、"一人"になった途端不安になる。

  必ずしも多数派が正しい訳じゃないのに、小さな自分は何も言い返すことができない。自分を守ってくれる唯一の集団――"家族"を失ったからだ。

 

 

「あれは悪魔が人間の皮を被っているんだ。汚れるからお前は絶対に近寄っちゃダメだぞ」 

「可哀相に。あの忌み子が生まれなければ夫婦は死なずにすんだかもしれんのになぁ」 

「ほんとほんと。なんであれが図太く生き残ってるのかしら。少しは自覚してほしいものよねぇ」 



  近所を出歩くだけで悪口のオンパレード。どんなに大勢の人だかりでも、タツキが通ればその周りだけは必ず開く。無論憧憬によってではなく、侮蔑によってである。


  タツキの心は、ガラスのハートを虚栄心という薄っぺらな膜で覆ってあるだけの割れ物だ。ぷちぷち補正はされていないので少しの衝撃ですぐに砕けちってしまう。


  それに、面と向かって飛んでくる悪意よりもひっそりと囁かれる陰口のほうが虚をつかれるのでガードしづらい。耳を塞いで往来を歩くわけには行かないし、聞こえないふりをしていても自分の話題は自然と耳に入って来てしまうものだ。


  暗殺者と獲物の関係通り、タツキの気が緩んだ隙に、"悪魔"という単語が投げナイフや手榴弾のように投げ込まれる。


「あいつ学校休まねーかな。つーか視界から消えてほしいw」 

「それなw なんで人殺しが堂々と学校てるわけ?異常者だとしてもまじで神経疑うんだけど」 


「へー、まじで目、赤いんだ。アニメみたいでちょっとかっこいいかも」  

「じゃーお前がなれば?」

「は?じょーだんw嫌に決まってんじゃんw」


「可哀相だねー」

「ねー。って、あいつのこと?顔は結構イケてんだけど、頭がね。あ、でさでさー」


  登校初日を皮切りに学校に行くのはやめた。直接的な悪口、口をつく無責任な言葉、偽造された同情、暇潰しの話題の種にするほどの無関心…。

  噂は驚くべきスピードで広まり、今まで周りの信頼を勝ち取る働きがけをしていなかったタツキは簡単に味方を失って、様々な対応によって身を削られた。


  登校中から嫌な予感はしていたが、敷地内に入ったところで、周囲の視線が奇妙なものを見る目から汚物を見る目に変わったことに気づいた。


  所詮学校というものも"人の不幸は蜜の味"と考える者達の集まりでしかないのだ。幸せスピーチより不幸スピーチをした方が舌なめずりをして喜ばれるだろう。



  場面は変わり、場所は冒頭の暗い部屋。


「分かってる。分かってるんだ。俺は生まれてきちゃいけない存在だったんだろ…」


 部屋に設置された体全体を映す鏡。それが過去の忌々しい記憶から戻ってきたタツキの、赤く染まる2つの双眸を不気味に映しだした。


 いつもの出来事にため息をつき、タツキは思う。


 …この色のせいでどれだけ自分を、周りを傷つけてきたことか。


  "カラコン"という魔法の道具を使えばこの色も隠すことができ、街ですぐに気付かれることはなくなる。この瞳はすっかり"悪魔の証明書"になっていた。


  けれどタツキは、色を隠すことはしたくなかった。

 

  小さい頃、母に言われたことがある。


『他月の目は、神様の目なのよ。赤は人の体を造る色だから』

 

  幼稚園のお友だちにバケモノとは遊びたくないと言われた、なんで僕の目は赤色なの、と泣きついた時だったと思う。

  その時は、その一言で笑顔になった。…気がする。



  そう、タツキは母の言葉だけで十分救われているのだ。だから今も、ぎりぎり自分を保っていられる。


  否。


  はずだった。


「もう無理だよ、母さん…」

  

  自分で吐いた弱音に、堪えきれなくなったものが一気に流れ出る。


「うっ、うぐ………うああああ!!!」


  タツキは鏡の前で膝をおり、赤ん坊のようにただ泣くことしかできない惨めな姿へと成り果てた。

  "この目"で"この世"を生きていくには限界がある。


「差別とは無縁の国に行きたい!それでもだめならどこか別の世界に消えたい!この世界は俺を必要としていないんだよ……!!!」


  今日はタツキはの死刑の日だった。

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